第655回二木会講演会記録

「行政によるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取組み~社会と暮らしはどう変わるのか~」

講師:肥後彰秀さん(平成8年卒)
開催日時:令和3年3月11日(木) 19:00-20:00

■講師紹介

〇服部 執行部で二木会を担当しています昭和59年卒の服部です。本日の二木会は、1月に引き続いてのオンライン開催となり、200名近い館友の皆さんにお申し込みいただいております。
 今日は、平成8年卒の肥後彰秀(ひごあきひで)さんに「行政によるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取組み~社会と暮らしはどう変わるのか~」というテーマでご講演いただきます。肥後さんは、平成13年京都大学工学部をご卒業後、株式会社ガイアックスに入社され、平成28年から同社執行役を務められました。平成29年には株式会社TRUSTDOCKを設立し取締役に就任され、平成30年より一般社団法人日本ブロックチェーン協会の理事を、また、令和元年より一般社団法人Fintech協会の理事を兼任されています。直近では、令和3年1月5日から福岡市のDXデザイナーに就任され、福岡市のデジタル化の取り組みを支援しておられます。

■肥後氏講演

〇肥後 本日はこの伝統ある二木会でお話しさせていただく機会をいただきましてありがとうございます。私の企業活動の中で、行政連携の機会が増えてきています。今日はその中でのことをお話しします。

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■はじめに

 マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループというのが昨年の6月から12月にかけて開催されました。この会議での議論が、昨年末に相次いで公表されたDXに関しての報告書やガイドラインのベースとなっていて、また、これまで各自治体が独自に調達していて、結果としてばらばらでコスト高になっていたシステムを、国が主導し標準化を進めていく方針が明らかになっています。

■デジタル庁とDX関連法案

 デジタル庁設置法案を含む六つのDX関連法案が、今週、審議されました。その中で、個人情報保護法制2000個問題と言われているものがあります。これは個人情報の取り扱いを定めている法令が、民間を対象とした個人情報保護法、行政機関の個人情報保護法、そして独立行政法人向けの個人情報保護法と三つあって、それに加えて地方自治体ごとに条例があり、合計すると2000個ぐらいの法律や条例が存在していると言われているものです。この2000個問題への対処として、これら三つの個人情報保護法を統合して、また自治体ごとの条例に対しても共通のルールを策定しようとしています。
 抜本改善ワーキンググループでも、昨年の10万円の一斉給付を通して浮かび上がった課題が議論されましたが、今後給付金の給付が迅速に行えるように、本人の希望により公金受取用の口座を登録できる法律の検討も進んでいます。
 デジタル庁設置については、検討開始から発足まで3年ぐらいかかるのではと言われていましたが、実質1年で立ち上がり、このスピードはすごいことだと思いました。これまで総務省と内閣府と内閣官房の三つで分担して担当していたマイナンバー制度関連の機能がこのデジタル庁に集約されます。そして、私の専門分野の本人確認もデジタル庁の所管になります。それから国の情報システムの予算をこのデジタル庁で一括計上するようになり、また各省庁に対して勧告権という強い権限を持つ組織となる予定です。このデジタル庁は、「デジタル社会に向けての新たな司令塔」と位置付けられています。

■マイナンバーカードと公的個人認証

 皆さんはもうマイナンバーカードはお持ちでしょうか。1月末時点での交付済み枚数は3千万枚を超え、運転免許証の数には及びませんが、パスポートの発行枚数は超えました。昨今、このマイナンバーカードの交付のスピードがさらに増しています。理由の一つ目は、政府のマイナンバーカードの普及促進策のマイナポイント事業があり、二つ目は、カードの製造工程や地方公共団体システム機構(J-LIS)辺りのシステム面、人員面の増強などでカード発行のキャパシティーが増えたということがあります。
 三つ目は自治体からの住民への働き掛けの積極化が進んでいます。もちろん国から自治体に対してのマイナンバーカード取得申請のプレッシャーもありますが、例えば石川県加賀市のように、積極的に住民に取得するよう働き掛けている自治体も出てきています。この自治体ごとの交付率は、長らく宮崎県の都城市が1位だったのですが、直近、加賀市が追い越しました。
 現時点で普及率は25%を超えました。これは「最高位の身分証明書」とか「デジタル時代のパスポート」という表現をされることもあります。一昨日ぐらいから堺雅人さんの新しいCMも始まりました。
 2015年ごろに皆さまに配布された通知カードを覚えていらっしゃいますでしょうか。この通知カードは、個人番号(マイナンバー)を証明する書類として利用できたのですが、身分証ではありません。ですから、この通知カードで自分のマイナンバーを証明する際には、それとは別に身元確認を行う必要があります。これがマイナンバーカードですと、身分証を兼ねているので、1点でマイナンバーも自分自身も証明できるというセットです。
 この通知カードは昨年5月で廃止されていますが、住所が変わっていなければ使えるようにはなっています。ただこの通知カードはアナログな紙ですので、住所が変更されているかどうかは実際には分かりません。そして公的個人認証という利便性も享受できません。この通知カードがあるがゆえにマイナンバーカードの普及が進まないのではないかという話もあって、この通知カードは廃止されることになりました。マイナンバーカードをお持ちでない方には、お手元に交付申請書が届いていると思います。これはQRコードを使って簡単に申請することもできますので、ぜひ取得されたらいいと思います。
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 マイナンバーカードにはICチップが搭載されていて、この中に、デジタルデータで2種類の秘密鍵と2種類の電子証明書が入っています。この秘密鍵と電子証明書はセットですので、2セット入っています。これを利用する公的個人認証サービスがあります。署名用電子証明書と利用者証明用電子証明書という名前が付いています。技術的な仕組みは同じなのですが、署名用電子証明書には基本4情報(氏名、住所、生年月日、性別)が含まれています。利用者用証明書用電子証明書には基本4情報は入っていません。
 署名用電子証明書は、e-Taxのような電子申請や銀行口座開設の際の本人確認で使います。これは基本4情報が入っているので、どこの誰かというのを正確に相手に伝えることができます。もう一つの利用者証明用証明書は、どこの誰かはこれ自体では分からないのですが、同じ電子証明書を使えば、同じ人が来たことが分かりますので、これをログインの機能として使ったりします。それから、コンビニで住民票を取得できる自治体がありますが、その交付の際にも使われます。
 マイナンバーカードの今後ですが、証明用証明書は住所が変わると無効になるのですが、それを本人が同意しておけば新たに引っ越した後の住所もひも付いて取れるように、恐らく銀行さんとかが新たなサービスとして考えていかれるのではないかと思います。
 それから、このカード自体がより便利になるようないくつかのトピックが既に動いています。例えば、まさに今月から保険証がマイナンバーカードとひも付きました。免許証とひも付いて使えるようになるということもニュース等でよく聞かれると思います。
 資料に「一体化」、「デジタル化」とありますが、概してですが、「一体化」というのはカードの中に情報を持つかたちです。「デジタル化」というのは、ひも付いて利用できるということで、カードの中に情報が入っているわけではないということです。重要な情報がカードの中に何でも入っていくのではないということは、理解していただくうえで良いポイントだと思います。

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■電子署名

 電子署名とは、文書を本人が作成したものであるということと、文書が改ざんされていないということを証明したものです。
 二つのタイプの電子署名が、世の中で一般的になってきています。「当事者型」というのは、送信者と受信者がそれぞれ秘密鍵と電子証明書を持って署名する形式です。もう一つの「立会人型」というのは、クラウドサービスです。送信者と受信者はそれぞれ必ずしも鍵を持つ必要はなくて、それぞれがログインして、同意しますというアクションをすれば、電子サービスの事業者が電子署名をするかたちになっています。
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 電子署名法というのは2001年に施行されている古い法律です。クラウドサービスが広まったのはその後ですので、法律をつくった時点では「立会人型」というのはあまり想定されていませんでした。ですから「電子署名」と「電子サイン」という呼び分けをしようという動きもあって、私もよく「電子サイン」と呼びます。そのように技術と法律にギャップがある時間が長く続いたのですが、昨年、矢継ぎ早に二つのQ&Aが公表され、この「立会人型」と言われる「電子サイン」のサービスも電子署名法が認める電子署名にあたることと、同じような推定効が働くということが整理されました。これによって、電子署名が有効であろうというシチュエーションでは、「電子サイン」も十分に使えるということが明らかになり、契約書・発注書を電子サインで完了できる機会が増えてきました。実際にハンコのために出社するとか、書類を受け取ってハンコを押して郵送するという手間を省くことができるようになりました。

■ハンコDX

 昨年の6月に押印に関するQ&Aが出ていて、契約に当たって押印していなくても契約の効力には影響がないと改めて明示されました。今まで何だったのだということですが、その代替方法として、取引先とのメールを残していることなどのほか、もちろん電子署名や電子認証サービスを使えば、押印の必要はないことが整理されています。一方で、法律の条文に、押印・署名が必要ですというものも幾つかあります。例えば、マンションの所有者総会の議事録とかがあるのですが、それらを一括で見直そうというのが法律の改正に伴って今後進んでいく予定です。
 この脱ハンコに関しては、我らの福岡市はコロナ禍の前の2019年から先進的な取り組みを開始しています。市の裁量で決めることができる手続については、提出される書類の全3,800種類をハンコレス化しました。

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■行政手続きDX

 年末に自治体DX推進計画というのが発表されています。これまで各自治体が独自にシステムを調達してきて、結果、ばらばらなものがたくさん存在している状態の中、それぞれに共通している基本的な業務のシステムについては、国が標準仕様を決めてそれに置き換えていきましょうという計画です。
 それから行政手続きのオンライン化が書かれています。31の手続きがピックアップされていて、これについてマイナンバーカードを用いての申請が想定されています。マイナポータルの中にある「ぴったりサービス」を使っていきましょうということです。これが始まるのが2年後ぐらいと言われていて、その間、住民向けのサービスを何もせずに待っておくことはできないという自治体がいくつもあって、独自にこの電子申請のシステムを調達して活用していこうとされています。
 そのような自治体の一つが福岡市です。福岡市はこのDXを積極的に進めていくためのDX戦略課という戦略部署を立ち上げて、民間の人材と一緒に進めていこうと取り組んでいます。資料の右側の画面の下にいるのが私です。隣が高島市長という光栄な貴重な画像です。このように、毎週、私もミーティングに参加して私なりにできるアドバイスをさせていただいています。
 その他、矢継ぎ早にいろいろなガイドラインが出ています。昨年の12月には自治体の行政手続きの際の押印の見直しマニュアルも出ていて、これは、ひたすら「押印を廃止しよう」という内容で、条文とか様式に押印が必要だという根拠がなければもうやめよう、押印の意味が小さかったらそれもやめてしまおう、そして本人確認が別の手段でできるのであればやはりやめてしまおうというかたちになっています。フローチャートでは廃止のほうに流れるかたちになっていて、むしろ押印が必要ですという手続きには、その必要性の説明が要るという、デフォルトがひっくり返ったかたちになっています。われわれは、福岡市やつくば市と実証実験をさせていただいていています。

■本人確認

 民から官に対しての行政手続きだけではなく、世の中ではいろいろな取引が次々にオンライン化してきていて、生活に関連する手続きや取引で本人確認が必要なものがたくさんあります。例えば犯罪収益移転防止法とか、携帯電話不正利用防止法とか、古物営業法では高額なものは本人確認が求められていますし、出会い系サイト規制法というのもあって、それぞれに本人確認のやり方がけっこう事細かに書かれています。
 それだけではなく、シェアリングエコノミーの事例でも、例えばライドシェアで乗り合わせるとか、ベビーシッターでお宅に行くとかのシチュエーションで、安心・安全のための本人確認が求められるようになってきています。
 これまでは企業の立場から見た本人確認の話をしましたが、利用者の立場から見ると、自分がどこの誰かというのを相手に名乗る話になります。この構図は名乗る側と確かめる側とのコインの裏表の話になっています。われわれはその両面に取組むことが大切だと思っています。これのためには、利用者の側をデジタルで支援してエンパワーすることを意識しながら、双方が抱える課題を解決していきたいと思っています。
 このように考えると、マイナンバーカード、そしてマイナンバーカードでできることというのはたくさんある要素の一つと考えられます。ただ実現済みの手段としては、迷うことなくマイナンバーカードでの公的個人認証が最高の手段で、私たちは、個人をしっかりエンパワーして、オンラインでの本人確認の苦痛や課題を解決していきたいと考えています。

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■最後に

 今日触れることができたのは、デジタル社会に向かう動きの中での一つの側面でしかありません。そして、最初に申し上げるのを忘れたのですが、本日のお話はあくまでも民間の視点からのお話であり、私としても民間の中でやれることで頑張っていきたいと思っています。
 それから、社会がデジタル化して情報の精度が上がり、その恩恵として便利になる世界を皆さんに感じていただいていると思っていますが、一方で、精度が高まった情報は誰がどのように扱うのか、負の側面は生じないのかという不安も出てきていると思います。しかし、倫理の面や情報を扱う組織に対する信頼、また情報の扱い方や守り方については、しっかり議論が行われていると感じていますし、それを技術が支えています。その技術自体はこれからも日々進化していくと思いますし、国も民間企業も、しっかりと議論し考えて、世の中に便利なサービスを出していくと思っています。
 デジタル社会に進むことというのは、本質として個々の力が強まることであり、または個人の個性を認めていくうえで必要な変化ではないかなと考えています。自分自身も含め、社会の皆さんがより活躍できる良き社会になるよう、これからも取り組みを続けていきたいと思います。
 本日はありがとうございました。

■質問

○肥後 質問をいただいています。
○質問 マイナンバーは取得しないといけないようですが、現実にはあちこち提出してカードを盗み見られるのでしたら取得は不可能です。秘密にしなくても安全が保障される社会を目指そうとしているのでしょうか。
○肥後 これについては、私個人の意見ですが、私はこのマイナンバー、つまり個人番号が知られたところで何ができるのかと思っています。これはかなり限定的なもので、むしろできることはこの程度ですというのをしっかり説明していくほうがいいと思っています。マイナンバーは個人情報の中でも一番センシティブなものと言われているのですが、実際のところはそれほどクリティカルな影響が発生するものではないと思っています。むしろ便利に使える、個人が新たに持つ属性の一つで、これをきっかけに便利な世の中をつくっていくというのが、この先、進んでいく方向なのではないかなと思っています。

■会長あいさつ

○伊藤 昭和42年卒、東京修猷会の会長の伊藤です。私自身もそうですが、一定の年配以上の方は、デジタルという言葉を聞いた瞬間に抵抗感を持つ人も多いと思うのですが、これを避けてはこの世を生きてはいけない状況になってきていると思います。
 私自身も、かつて警察にいてサイバー犯罪やサイバーセキュリティも担当していました。サイバーの問題については、安全性とか信頼性、そして個人情報をいかに守っていくかということが課題になっていて、これを今後、本当に使いやすくて信頼でき、そして安全なものにしていこうと政府も考えているのだと思います。
 そうした中にあって、肥後さんたちのご活躍が今後大いに期待されるわけです。これからいろいろなものとマイナンバーカードが結び付いてきますし、デジタル化というものが本来のかたちで私たちの生活に深く結びついてくるということを感じさせてくれるお話でした。肥後さん、今日はありがとうございました。

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(終了)

■講演後の質疑応答

(講演終了後、ご参加いただいた複数の館友の皆様から、過去に駐在された、または現在駐在しておられる諸外国と比較して、日本でDX化が遅れてきた原因と今後の見通しについてご質問がありました。この点について肥後さんからのコメントを掲載させていただきます。)
ご質問ありがとうございます。総括して回答いたします。諸外国に学ぶ姿勢、これはもちろん実践されていました。例えば、マイナンバーカード、公的個人認証の仕組みは、エストニアの国民カードの仕組みを大いに参考にしています。一方で、日本の国民が個人情報に関してセンシティブな国民性というのが少なからずあるのだと思います。マイナンバー制度の開始に至るまでの議論では、その点も考慮し、マイナンバーの利活用の範囲を限定列挙に制限することが行われたと理解しています。社会保障、税、災害対策の3分野です。私見ですが、技術の視点からは、個人に関するすべての情報が、このたった12桁の番号に紐づき管理されるようになることはありえなく、個人が持つ属性のあくまで1つにすぎないと考えていますし、利活用の分野も広がる方が良いと考えます。各国の制度は様々ですが、それぞれの国の事情を反映して決まっているものと思います。国ごとの独自性もありつつ、必要な標準化と相互運用性を備えるよう、様々な議論や取り組みが行われています。日本も日本なりの制度、サービスを便利に作りあげていけるよう、できるところで尽力していきます。