第637回二木会講演会記録

『自動運転って何?その時代の社会はどう変わる?』

講師:井上友二氏(昭和42年卒)

■講師自己紹介

○井上 私は、東京修猷会に会費は納めていたと思いますが二木会に来るのは初めてで、ちょっと気後れしています。私の修猷館時代は、勉強よりはアマチュア無線に熱中していました。今の修猷館の無線部は、OBが何とか再興しようとしていて私も自分がつくった無線機を寄贈したりしましたが、数年前に女子が3人ぐらい入部してくれましたが、そのまま何となく消えてしまったと聞いています、是非再興したいですね。

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■車の話題から

〇今、世界最速の車はヘネシーヴェノムGTで、時速434㎞です。これに羽を付けたらもちろん飛んでいきます。2014年モデルで1億2,500万円です。一番高額の車はロールスロイスです。これは2シーターで、14億5,000万円です。私たちが車を買うときはいかに値切るかが大変ですが、このような車を買う人は、いかにプレミアムを付けるかで、2、3億円がこれにプラスされるそうです。日本での最高額の車はレクサスLS500hで1,680万円です。ロールスロイスの100分の1です。彼らのプレミアムぐらいで買えてしまいます。そして最近、このレクサスを上回る2,370万円のホンダNSXが出ました。

■最近の安全への取り組み

 プリクラッシュ・セーフティ・システムというのは、ミリ波レーダーとカメラで人や車をサーチします。歩行者の飛び出しや危険を知らせます。アダプティブ・ハイビーム・システムは、対向車が来ると、そこだけライトを当てません。先行車が割り込んできてもそこだけにライトを当てません。それ以外はハイビームになっていて、自転車や人や落下物とかは早めに見つかります。これはLEDの技術が大きく貢献しています。もう一つが、レーン・ディパーチャー・アラートです。車線からはみ出しそうになるとブザーが鳴りますが、高級車には、運転手がハンドル操作をしないと、自動でハンドルを切って事故を防ぎます。そして、レーダー・クルーズ・コントロールは、例えば100㎞/hでセットすると100㎞/hで走ります。ただ隣から遅い車が前に入ってきて80㎞/hになると自動的に80㎞/hに落としそのまま80㎞/hに追従し、その車が行ってしまえばまた100㎞/hに戻ります。前の車が急ブレーキを踏んだら自分の車も止まります。その他に、最近よくあるペダルの踏み間違い対策を、今、一生懸命にやっています。

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■自動運転

 グーグルが2014年に自動運転車を発表して実際にカリフォルニアで走らせました。けっこう衝撃的でした。ハンドルもブレーキもない車ですから、人間は運転できない完全自動運転車です。
 自動運転は、レベル1からレベル5までが各国統一で定義されています。レベル1は、ハンドルやアクセルを少しだけ自動化した程度です。レベル2は、少し油断して操作しても大丈夫ですが、ちゃんと見ていてくださいという程度です。そしてレベル4になると、普段は見なくてもいいし運転もしなくていいけれども、いざというときには「あなたが運転して」と車が言ってきます。これはハンドオーバーと言います。レベル5は完全自動です。
 ちなみに、車と違って鉄道には軌道がありますしハンドルはありません。ブレーキだけがあります。私が住んでいる横浜にも無人運転の鉄道がありますし、東京では、新橋から走っているゆりかもめも無人運転ですので、レベル5の完全自動運転ができています。
 新幹線は、ほとんど自動運転機能があるらしいのですが、万一のときに備えてあえて運転手を乗せているようです。これは確かに考え方としては素晴らしいなと思います。この辺りのことは法制度もまだ対応していません。免許のいろいろなルールを決めているジュネーブ条約にもこの辺りのことがなくて、どうするかという話が、今、出ています。
 自動運転のレベルが上がるに従って新たに必要になるのが、パワフルな通信能力と各種のセンサーとパワフルな処理・メモリー能力です。そしてその機能は半端ではありません。車屋はそのようなものを開発しなければならなくなっています。

■自動車業界の構図とビジネスモデルの変化

 自動車メーカーは、車を設計してメーカーに部品をつくってもらって、それを仕入れて工場で製品化しています。そしてディーラーさんに売り、お客様対応はディーラーさんがやっています。非常に単純な卸売業です。
 これが少しずつ変わってきています。今、レンタカーとかカーリースが多くあり、ウーバ―(UBER)のようなネットタクシーもよく聞かれるようになりました。私はこのウーバ―をよく利用しています。特に外国ではとても便利です。
 車をディーラーに卸して個々のお客様が買うというビジネスモデルから、もう既に、売った車がビッグデータとかエージェントとかのネットワークにつながってきているのです。そうすると、競争相手は他にたくさんいるということになります。amazon、SAP、facebook、他にもいろいろあって、この人たちがパートナーになるかもしれないし、競争相手になるかもしれないということです。これが今、自動車業界が面している、私にとっては面白い局面です。これに加わらなかった車メーカーは多分、どんなに大きなメーカーでも淘汰されると思います。
 世界はMaaS(Mobility as a Service)という、モビリティをサービスにしようという動きになってきています。ウーバーとかカーシェアのことです。遅まきながらもトヨタも事業部をつくって動き出しました。

■車をインフラに

 私はMaaSの次の時代を実現したいと思っていて、それをVaaSI(Vehicle as a Social Infrastructure)と言っています。今の日本の人口は1億2,800万人で、車の台数は去年の統計値だと8,200万台です。このうち2,500万台ぐらいは商用車です。この商用車には、カメラやレーダーというセンサーが付くことになります。これに温度センサーやスピーカーを付けると、その2,500万台の走り回っている商用車から人が住んでいる町の情報が四六時中取れます。これは、今、世の中で言われているIoTの進化した形です。車からクルマ(携帯がスマホになったように)への変化です。
 今、2020年の東京オリンピックぐらいからの実用化を目指している5Gという次世代の携帯が話題になっています。IoTに対応した通信サービスということですが、私は「いや、無線については、携帯の基地局よりもっと近くにクルマがいるでしょう」と言いたいのです。世の中に6千万台ぐらいの自家用車があるのですが、そのうちの95%は駐車場にいるのです。アメリカでも使用時間率は12%ぐらいです。90%は駐車場にあるということです。この駐車場にあるクルマが高い能力のCPUとメモリーと通信機能を持っているので、これを使って何かやろうという構想です。それを、1台1台使うのではなく、駐車場にあるクルマを一つのクラウドとして利用しようということです。巨大なデータセンターに情報を挙げる今のクラウドのデータセンターが使用している電力量は、近年増大しています。その電力消費の半分は冷却なのですが、分散したクルマのCPUを使う分には冷却が要りませんから、同じ処理能力を考えたら電力は半分で済みます。そのようなことを取らぬ狸で計算しています。このビークルクラウドで、地域密着型の新しいシステムができないかなと考えています。
 インターネットがあって、スマホがあって、オーバー・ザ・トップ(OTT)という新しいサービス屋さんがいます。これが今のスマホの世界です。これに、ビークルクラウドという、クルマを中心にしたネットワークをつくってかぶせようということです。今、スマホで何でもできるように見えますが、スマホのアプリはほとんどが個人用で、公共的な社会アプリはスマホにはあまりありませんが、町内や地域のVaaSIを創れれば、町内や地域のサービスをやれるのではないかというのを提案しています。
 それによって、一つはクルマで防犯、減災ができないかということです。2017年で、80万台ぐらいの防犯カメラが社会に入っていますが、車にはバックビューカメラとかいろいろなカメラが積まれていて、2017年で6,000万台の車が何らかのカメラを持っています。しかもそのカメラのうち3分の1は画像処理能力を持っていて、人物なのかどうかを見分けられるのもあります。今、防犯カメラの情報は全部センターに集めて、それこそAIで識別しています。その識別能力の一部を、クルマの画像処理エンジンに持たせることができるのです。既に1千万台以上の車がそのような画像処理エンジン付きのカメラを積んでいますから、一般の防犯カメラが80万台に対して1千万台のクルマがこれを使って防犯ができないかということです。
 もう一つ、減災です。今、防災無線システムというのがあり、地方に行くと数㎞おきに設置してあるスピーカーや各家庭のラジオみたいなのに、災害時に避難情報を流していますが、聞きづらかったりして現実はなかなか難しいです。それをクルマにしゃべらせればいいのです。そうすると、きめ細やかな避難指示や注意報を出すことができるようになります。
 もう一ついいことは、多言語でできるということです。クルマにはCPUが入っていますから、言語別にプログラミングをした多言語対応ができると思います。「どこどこに避難してください」ということを日本語だけでなく、英語はもちろん中国語や韓国語、ブラジル語などでクルマのスピーカーから放送するのです。実際にはたくさんの問題があると思うのですが、エンジニアとしてはこのようなことを実現できたらと思います。
 スマホは、ロングテール、1人しか使わないようなアプリでも探しに行くとほとんど見つかります。スマホの世界ではそのようなニッチなアプリをつくっている人がいるのです。スマホがComputing on Handという言い方ができるとすると、クルマはComputing on Four Wheelsということですので、これで社会サービスのロングテールが出来るだろうと考えています。駐車場にあるクルマがComputing Powerを持ってそこにアプリさえ載せればみんなが使え、今まで実現できなかった多くの社会サービスが実現できるのではないかと思います。

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■VaaSIでできること

 一つの例がシングルマザーのサポートです。保育所をつくることはいろいろ言われていますが、保育所はあっても熱を出した子供は預かってくれません。VaaSIで熱を出した子供を個人が預かってくれるようなシステム化ができないかと思っています。地域限定の顔が見える安心したネットワークでお母さんと地域の人たちが連絡を取り合って、急な熱にでも対応できるようになります。もちろん、そこにお金が動いて地域のミクロの経済圏ができたりする。そのような「急でも安心・お助けアプリ」というようなものが団地100人ぐらいの所でできれば、それはいいことかもしれません。
 もう一つ、大言壮語に近い話になりますが、20年ぐらい前に比べると、生活が苦しい所帯が増えています。その原因の一つは、今は圧倒的に三次産業の比率が高くなっていて、今の日本の三次産業の労働生産性は、アメリカの6割、ヨーロッパの8割だそうです。これには理由があって、アメリカは日本のような手厚いおもてなしをしません。サービスが悪いですから生産性が上がります。ヨーロッパはアメリカの8割ぐらいです。日本もヨーロッパ並みにあと2割上げると、日本のGDPで単純計算すると80兆円の効果があります。この80兆円をVaaSIで稼ぎ出そうということです。ちょっと大ぼらかもしれませんが、1割でも8兆円で、新しい産業ができる、あるいは産業の効率化ができることになります。今、Society5.0とかいう用語が学者の中で使われていますが、そんなことより、三次産業の効率を20%上げるにはどうしたらいいかをみんなで集中的にやったらどうでしょうということです。

■若い諸君に

 世界の高校生の意識調査の結果を見てみると、「創造が大切」と思っている人の世界の平均値が80%で、「冒険が大切」と思っている人は各国平均で55%です。両方がだんトツに高い国がナイジェリアです。アフリカで今伸びている結構大きな国です。韓国も高い数値です。その中で日本はどちらも断トツに低いのです。「近頃の若い者は」と言われてうん千年ですが、この数字を見るとそう言わざるを得ません。このことを私たち年寄りもよく考えないといけませんし、若い人たちは、自分たちが世界の中でいかに外れているかということを考えないといけないと思います。ただ、修猷館はもともと明治時代には英語専修修猷館と言って、英語でしか教育をしなかったという所らしいですから、当然、修猷館の卒業生は違うと思っています。

■質疑応答

〇松藤 平成29年卒の松藤です。今日のお話を聞いて一つの可能性として思ったのが、電力システムとVaaSIを組み合わせることができないかということです。今、日本では再生可能エネルギーの勢いが弱い感じがしています。車を鉄の箱とおっしゃっていましたが、蓄電池が走り回っていると考えれば、それが再エネの不安定さを吸収できるのではないかと思いました。井上さんは、自動運転の最先端のところにおられるわけで、例えばトヨタとかの会社が電力システムとうまく組むようなことを考えていらっしゃるのでしょうか。
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〇井上 今日は、VaaSIは情報通信インフラに特化してお話ししましたが、実はおっしゃっていただいたように、クルマはエネルギーを持ったローカルの蓄電池であり、それが身の回りにたくさんあるということです。今のガソリンエンジンの車はセルを回せばいいわけで、大体60Wから120Wぐらいの鉛電池しか積んでいませんけれども、ハイブリッドのプリウスは大体4kWのバッテリーを積んでいます。最初に出された日産のリーフさんのは25kWぐらいの電池を積んでいます。電池の容量はどんどん増えていっています。これは蓄電池ですから電気を貯められれます。可能性は大きくあると思います。
 エンジニアとして蛇足的に言うと、今の電力網は直流と交流が混在していてその非効率さが一つの課題になっています。発電側と送電側を分離しようという法律が施行されましたが、エネルギー政策としてその直流と交流の問題をもう一回考え直したほうがいいと思っています。そしてそこに、もちろんクルマも入れていただければありがたいと思います。
 もう一つ、蛇足的に加えると、太陽光が一番あるところは砂漠地帯です。計算してみると、サウジアラビアに全部太陽電池を引くだけで世界中の電力を賄えるのです。そのくらい太陽エネルギーというのはすごいし使っていないということです。でもサウジから送電線を日本に引っ張ると、それはロスってどうしようもありません。それなら、その太陽エネルギーを水素に変えればいいのです。簡単です。太陽電池で電気をつくって、その電気で水の電気分解をして水素と酸素に分け、その水素を持ってくればいいのです。ただ、水素は一番軽いので、一番圧縮しにくいのです。この辺が研究課題だと思います。今は面白い時代です。その辺に挑戦していただけるとありがたいです。

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(終了)

<新入会員歓迎会>

 講演の後は引き続き、新入会員歓迎会として、入学・入社などで新たに東京修猷会に入会した初々しい同窓の後輩たちを交えた懇親会を行いました。
 事務局を含めなんと200名を超える多くの館友が参加し、高校を卒業したての若者から大先輩に至るまで、幅広い世代で交流していただきました。学生と社会人、或いは業種の垣根を超えて、熱気あふれる中、館友同志が活発に意見交換しあえる場となりました。

nimoku637_07.jpg 大須賀会長 開会ご挨拶
nimoku637_08.jpg 井上さん 乾杯
nimoku637_09.jpg nimoku637_10.jpg 東京修猷会の紹介(松尾幹事長)
nimoku637_11.jpg 新入会員代表挨拶(平成30年卒)
nimoku637_12.jpg 福岡総会案内(ガンガン会:平成元年卒)
nimoku637_13.jpg 東京総会案内(朋猷会:平成4年卒)
nimoku637_14.jpg 館歌斉唱
nimoku637_15.jpg 伊藤副会長による中締め
nimoku637_16.jpg 新入会員集合写真(平成30年卒)