第650回二木会講演会(記念講演会)記録

『金融マーケットは、何を気にしているのか?~』

講師:加藤純一氏(昭和51年卒)

■講師紹介

〇山下 加藤君といえば、何といっても修猷館賞を授与された学問優秀者ということです。でも修猷生ですので遊ぶ方も大好きで、一緒に楽しく40年以上お付き合いいただいている楽しい友人です。  私はよく同級生にあだ名をつけて喜んでいました。若い頃の加藤君は、頭が切れて仕事ができて、しかも一緒に遊んで楽しいやつという意味で、モンキー・パンチのルパン三世に似ていると思ったのですが、「加藤はそんな遊び人ではない」と周りの人間に却下されました。ただそれは、グラマーで美人の峰不二子さんというガールフレンドが足りなかったからかもしれません。  本日のテーマについてですが、よくテレビで「ニューヨークから」と言いながら、銀行や証券会社の人が、「米中貿易戦争を気にして・・・」等と市場の解説をしているのを見ますが、それってアンケートでも採っているのですか、本当ですかと不思議に思います。今日はそのような話も期待しています。われら51年卒のエースで畏友である加藤純一君です。

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■加藤氏講演

 私の今の仕事は、海外も含めた、みずほフィナンシャルグループのディーリングルームで働いている人たちを束ねる仕事です。私は1980年に銀行に入って、この近くの本郷支店で普通の銀行員業務をやっていました。最初の転勤で東京のディーリングルームに異動になりました。それが1983年でしたが、そこから36年間、ずっとディーリングルームとかかわる仕事をやってきています。海外も、ニューヨーク、ロンドン、チューリッヒと12年ほど経験しました。先進国だけですが、マーケットはしっかり見てきたという感じです。

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■過去数十年のマーケットの動き

 日本、アメリカ、ドイツの株価を、1971年1月を100として指数化してみると、アメリカとドイツは似たような動きをしていますが、日本は全く違っています。多分実力以上に上がったのだと思うのですが、1989年の12月29日に、終値が38,915円を記録しました。それ以後の日本の株価はここにまだ届いていません。その後はずっと下がり、今は少し戻してきていますが、戻り切れてはいません。アメリカは1990年の半ばぐらいまではステディに上がってきて、リーマンショックでぼんと落ちましたが、その後は、ぐんぐんと伸びて、今年の7月15日に、27,369ドルの史上最高値を付けています。そこからは少し戻りましたが、足元は最高値に近いところに来ています。日本はバブルが弾けて株価が下がって、1990年代の後半にアメリカとドイツに追い抜かれています。その後、その差は開くばかりになっています。
 最近はドイツが少し足踏み状態です。ドイツの経済は、今、非常に苦しく、恐らく2四半期連続でマイナス成長になる可能性が高いです。ドイツの経済は輸出依存度が大変高いので、世界的に貿易が縮小してしまうと、とても影響を受けて、今はアメリカと差を付けられています。

 平成元年の世界の時価総額Top10の企業と令和元年の同じものを比べてみると、平成元年のTop10は、日本の企業がベスト10の中に7社も入っていました。令和元年の同じ表では、アメリカばかりになっています。中国の企業が1社だけ入っていますが、他は全部アメリカのGAFAとかのテクノロジーとかプラットフォーマーの企業で、それほど社歴が長くない会社がほとんどです。そうなったのは、マーケットの環境やその中身、それから社会の構造みたいなものが大きく変わったということだと思います。
 次に金利です。10年国債利回りで見ると、私が仕事を始めた1980年代の初めは、まだ米国は2桁金利でした。今、2桁金利の国を探してもありません。われわれが買ってもいいなと思えるような国の国債はどんどん下がっています。米国も英国もドイツも日本も、10年の金利はほぼ下がってきています。ドイツと日本はマイナス金利になっています。私がこの仕事を始めた時に、金利がマイナスになるなんて夢にも思わないことでした。アメリカの金利が2桁を割れた時に、いつまた2桁に戻るのだろうかとかを考えたりしていたのですが、どんどん下がって今はここまで来ています。
 これが何を意味するのかということです。これはわれわれのようにお金を運用する立場の人間からすると、非常に厳しい状況になってきているということです。つまり、信用リスクを全く取らずに10年間運用すると、リターンはマイナスからスタートします。運用者としては非常に厳しい状況にあり、それは毎年厳しくなってきています。
 なぜこうなったのか。これは一つの仮説ですが、やはり1980年代から世界がグローバルになってきたことが大きいと思います。企業は、生産コストの安いところに進出するようになりました。特にベルリンの壁が壊れた1989年が一つの大きな節目でした。それまでは、西の世界だけで賄っていたのが、東の世界の人たちがどっとマーケットに出てきて、いろいろな意味でコストが下がり、それに加えて、中国が少し遅れてグローバルな展開の中に入ってきました。そのような中で、なかなかコストが上がらない、インフレが起こらない状況になってきました。
 もともとはインフレがあって、それがおとなしくなって、そして国によってはデフレを心配しなくてはいけない状況になってきているのです。そうなると金利は上がらないというのが今の状況です。

 そうはいっても、コモディティだけを見ると、オイル価格はオイルショックでどんと落ちた後はそれから横ばい状態で、2000年の初めぐらいまでは価格も安定していました。ただ2000年代の初めはITバブルという言葉があったりしてグローバルに景気が良くなり、「This Time is different」という言い方で、いつまでも景気拡大が続くのではないかと思われる時代がありました。その時は世界中の需要が喚起されてオイル価格も上がっていきました。そしてリーマンショックが起こって世界的に経済が縮小してオイル価格は落ちましたが、現在はアラムコが攻撃を受けても、オイル価格が上がるのはほんの一瞬だけで、また戻るという落ち着いた動きになっています。
 金価格に関しては、オイルと似たような感じでしたが、金は資産の逃避先と考えられたので、さらに上がりました。一番高いところからはさすがにちょっと落としが入りましたが、その後は、これも大きな意味での横ばいからはまだまだ抜け切れていません。これから何が起こるか分からないという、不確実なことのタネが世の中に増えてきています。そのようなときは、安心なものにお金を置いておきたいというので、債券だけではなくて金にもお金が入ってきています。

 為替については、実質実効為替レートという指標があります。貿易量とかインフレ率とかを加味したうえでの、実質的な実効為替レートです。円は1973年に変動相場制に移行して、ものすごく安いところからいったん高くなって戻して、安いところでプラザ合意があって、また高くなって少し戻して、また90年代の真ん中ぐらいにぐんと高くなって、そこから安い方向へ動き始めています。2007、2008年辺りは、円高になって日本は苦しみましたが、ここからは通貨安のほうに来ていて、今少し円高方向に動いています。皆さんの感覚は少し円高懸念かもしれませんが、実行為替レートで見るとまだ安いです。
 逆に米ドルは、今高いです。これはトランプさんが「ドルは高すぎる」と言っていることにも通じます。ユーロは本当に高くなるのではないかと思った時期もあったのですが、ここに来てだんだん弱い方向に戻ってきていて、今はドルと円の真ん中ぐらいの位置関係にあります。過去は別ですが、やはりドルは強いというのが今のところの状況です。

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 名目GDPについては、米国はリーマンの時に少し動きは止まりましたけれども、全体としては着実に増えてきています。中国が伸びているのはご存じのとおりですが、日本は1990年代の真ん中ぐらいから横ばいで、日本はなかなか大きな成長はできていません。この辺りはもしかすると、皆さんの生活実感と合っているかもしれません。2000年以降アメリカと日本の株価の動きが随分違うことについて、日本はこの名目GDPがなかなか伸びないので株価も伸びない、逆にアメリカは名目GDPが伸びているので、株価も伸びるという見方もあります。
 国によって定義が違いますが、中央銀行は消費者物価をターゲットにする運営をしています。消費者物価指数の対前年度比のグラフを見ると、日本のオイルショックの頃は20%を超えるインフレでした。今では遠い昔ですが、トイレットペーパー騒ぎを覚えていらっしゃる方もあると思います。そのような時代から考えると、今は本当にインフレがなくなってきています。残念ながら日本の場合は、割合に早い時期からマイナスになっていて、ゼロに近いところをずっと来ています。アメリカの場合は一遍沈んだことがありますが、そうはいっても、2%から5%ぐらいの間のところにあります。この日本とアメリカの差が、名目GDPにもけっこう効いています。
 40年ぐらいを振り返ってみましたが、70年代から80年代の前半にかけてはインフレの時代で、構造の変化が起きてもうインフレの心配はない、デフレを心配しなければならない世界になってきたというのが最近の状況です。

■金融マーケットは、何を気にしているのか?

 2015年からの株式市場、債券、為替の動きを見てみます。
 まず株式市場を、日本、アメリカ、中国、ヨーロッパで比べてみると、それぞれが全然違っています。日本とヨーロッパは少し似ていますが、中国は2015年に結構噴いた後は落ちて、そして横ばいの状況です。アメリカは少し横ばい状態だったのが、2016年11月にトランプ氏が大統領選挙に勝ったところからぐんと上がっていて、最高値を更新し続けています。
 債券については、日本、アメリカ、中国、ドイツで比べてみると、どれも金利がどんどん下がってきています。昔のことを考えると、アメリカの10年の金利が1.5%だなんて信じられない話です。そんな中、マイナスの国債を買っていいのですかという質問を受けますが、儲けるという観点だけで考えると、満期まで持ったらマイナスになりますが、途中でマイナスが深くなったところで売れば売買益が上がります。それが全てとは申し上げませんが、途中で売ることを前提に考えると、マイナス金利の国債でも買えることになります。
 ドル/円の為替を見てみると、本当に動かなくなってきています。昔はなかったことですが、狭い幅でしか動いていません。理由の一つは、日本が昔のように貿易黒字が大きい国ではなくなってきているということがあると思います。そしてドルベースの貿易だけで見れば、輸出と輸入が同じくらいの金額になってきています。それから、昔はヘッジファンドのようなマーケットを荒らす人がたくさんいたのですが、今はいなくなってしまった感じがあり、非常に落ち着いてきています。そのような人たちは、人民元とかポンドとかに行っています。
 中央銀行の政策金利について、直近2019年と2018年の対比の表を見てみると、ほとんどの国が下げています。そして、先進国だけではなく、新興国の中央銀行も金融緩和をしています。このような風景はこれまで見たことがありません。
 ここ20年の日本銀行のバランスシートを見てみると、ずっと増え続けています。論理的にはバランスシートが膨らんでいるからといって、世の中にお金があふれているとはならないはずなのですが、私の見方は、これは心理的に効いていると思います。いざとなったら中央銀行がいろいろな形で対策を打てるというバッファが大きくなっているということで、何となく世の中のお金が膨らんでいるという感覚が強くなるのではないでしょうか。このバランスシートを対GDP比という観点で見てみると、2013年の4月に量的質的金融緩和を導入してからはぐっと上昇しています。金利がなかなか上がらないということも含めて、このことがいろいろなところに影響しているのだろうと思います。
 少しおまけの話ですが、日本のマーケットにおける海外の人たちの影響度合いは、ものすごく大きくなっています。外国人の株式売買のシェアはもう4分の3くらいになっています。東証の1部上場企業の時価総額の総計を1989年のバブル期から見てみると、その後、「ITバブル期」とか、「リーマンショック」とか「アベノミクス」とかの節目で上下動はありましたが、今は1989年のバブル期より大きくなっているのです。時価総額だけで言うと、今はバブル期を抜いているのです。これは皆さんのイメージとは少しと違うと思いますが、そこまでは上がってきていて、決して縮小しているわけではないということです。

 そのような中で、では金融マーケットは何を気にしているのかという話です。地政学リスクのタネをここに幾つか挙げています。昔は先進国が地政学のタネということはなかったのですが、今は政治も含めて何が起こるか分からなくなっています。極端に言えば、トランプさんがツイッターで何か言った瞬間にマーケットが動きます。それは、マーケットの参加者が人間だけではなくなり、機械の比率が高くなって、テキストマイニングと言ったりしますが、言葉が何か出た瞬間に、機械が即時にマーケットを動かしてしまうような時代になっています。ただ、そのままだと負けるというのがよく分かって、その逆をやる機械もけっこう出てきていて、機械も少し学習してきた感もあります。
 われわれも、機械がどのように反応するかも考えてやらないといけないということだと思います。日本銀行も、政策決定会合の後に毎回ステートメントを出すのですが、それを機械が読み取っての反応を考えながら、若干裏をかくような文言の使い方をすることもあるということでした。中央銀行もそのようなことを考える時代になってきているということです。
 他に中東の動向も気になりますし、香港のこともとても心配で気になっています。

 少しだけ先の話をします。大きな構造ではインフレのない世界と言いましたが、リーマンショックがあって、トランプ大統領が出て、ブレグジットが起ころうとしている今は、もしかすると世界の新しい構造のスタートのところに来ている可能性もあるのではないかと思います。グローバル化がどんどん進んできて、今度はそれが少し逆回転する、もしかすると、例えば5Gや6Gの世界になったとき、米国を中心とする世界と中国を中心とする世界に大きく二つに分かれてしまうとか、あるいは、いろいろなところがリングフェンスをしながら自分たちの領域を守るという方向に来て、今までのように人やモノや金の動きがどんどん膨らむということが期待できない時代になってしまうリスクを考えないといけないところに来ているのかもしれません。少し悲観的な言い方かもしれませんが、今起こっていることを積み重ねていくとそのようなリスクシナリオも必要になってくるのではないかなと思っています。

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■<みずほ>の取り組み

 今からの5年とか10年で、われわれのディーリングルームに必要とされる人間というのは、AIとかビッグデータとかを使いこなすリスクテイカー、そしてお客さんと接するセールスとかコンサルタント、そしてそのようなAIとかビッグデータをつくったりメンテナンスしたり使いやすいものにしていく人間、この3種類の人たちと考えています。そのような観点から、今取り組んでいることをご紹介します。
 IBMさんとは、AIを使って、マーケットが大きく変動することを事前に察知できないかという予兆管理ツールを開発しています。東京大学の大学院の学生とは、先進的テクノロジーを活用したチャート分析システムの共同開発を行っています。東大の大学院の学生はすごいです。もう本当にびっくりするぐらい精度のいいものをつくってくれました。北京大学とは、AIを活用した株式アルゴリズム取引サービス強化に向けた業務提携契約を締結しています。慶応と日本IBMとは、量子コンピュータを触っています。本当の意味で量子コンピュータが使われるようになってしまうと、また世の中は大きく変わってくると予想され、そのようなことにも備えていかなければならない時代をわれわれは生きているのだと思います。

■質疑応答

〇水崎 63年卒の水崎です。昨今、地政学的なリスクやサイバーセキュリティとかの物理的な新たなリスクが生まれ、それから、リブラとかの仮想通貨とかの新しい金融のツールみたいなものが出てきています。それらに対して金融はどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

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〇加藤 まさにそのようなところにも対応していく必要が出てきています。ただ今の段階では、何が主流になっていくかが分かりません。これは完全に私的な意見なのですが、恐らく、中国は人民元電子コインを近々つくると思います。そうなると他の中央銀行も多分つくらざるをえなくなり、中央銀行のコインが出ると、民間は駆逐されてしまうと思います。そうなると今度は、人民元コインとFRBコインの交換率といった外国為替みたいなものは残るはずですので、この辺りにいかに対応していくかを考えないといけないのだと思います。

〇古賀 45年卒の古賀です。日本の中は鬱積(うっせき)したようなところがあるのですが、どうすれば、もう少し右肩上がりになるのか、皆さんがもっとハッピーに思える国になるのか、先生のヒントを教えてください。

〇加藤 先生ではなく生徒です(笑)。これも全くの私的な意見ですが、アメリカに401kという、日本で言う確定拠出年金みたいなものが出てきたのは1980年代でした。最初の20年近くはなかなか増えず、株価もそんなに伸びていかなかったと思うのですが、今世紀に入って、残高がどんと伸びてきていて、これが毎月いろいろなリスク資産を買うのです。これが、少し挑戦しても戻ってくるということの一つの大きな理由になっていると思います。 それを考えると、日本も確定拠出年金は随分増えてきていますし、iDeCo(イデコ)とかの新しいものが出てきているのですが、まだまだ残高が少ないです。例えば、今働いている人が全員月に1万円でリスク資産を買うような形になった瞬間に、多分世の中が変わると思います。そうすると、自分の老後の資産に対する安心感が出てきますし、株が上がったらと売ろうという人が出てきます。そうすると気持ちが明るくなり、景気も良くなります。私はこのような流れをつくったらいいと思います。

■会長あいさつ

〇伊藤 このような大きな輪郭のお話はなかなか聞くことがありませんので、今日は大変貴重なお話を聞くことができました。
 私はどちらかというと、外交とか安全保障とか治安という観点から国際情勢を見てきていましたが、そうしたものが金融とも大きく連動してきている感じは強くいたしました。加藤さんのように知恵のある方に日本の経済の処方箋を書いていただいて、いろいろなところでお話ししていただければ、日本が本当に元気になるのではないかと思いました。

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(終了)