第632回二木会講演会記録

『次世代につなぐAIの活用法~より明るく豊かに生きることができる社会の実現に向けて~』

講師:新野 隆氏(昭和48年卒)

■講師紹介

○瀬川 新野さんとは中学も一緒で、高校1年の時は書道クラスで、数学以外の話のほうが多くて有名な金山先生が担任でした。
 新野さんとは4人のグループで山陰の大山と沖ノ島を旅行した楽しい思い出があります。当時の新野さんは、強烈にリーダーシップを執るタイプというより、彼がいると何となくみんながおおらかにまとまる雰囲気を持っていました。その後、京大でアメフトをやって試合で上京された時には、私の寮に一緒に泊まって翌日女子大巡りをしたこともありました。

nimoku632_01.JPG

■講演

○新野 NECの創設者の岩垂邦彦さんという方は福岡県京都郡の育徳館高校のご出身です。今、その育徳館高校の中に岩垂邦彦さんの銅像があります。私は修猷館高校が一番古い藩校だと思っていたのですが、育徳館高校のほうが古いそうで、少し残念に思っています。
 NECは1899年設立で、電話機の輸入販売からスタートした日本初の外資との合弁会社です。当時、岩垂さんは、営業の基本方針を「Better Products, Better Services」としました。これは今でもNECのスローガンになっています。当時、サービスという言葉は多分あまり使われていなかったと思うのですが、NECはその創設者の意図が今でも生きている会社です。その後、住友の資本が入り、一時期は住友のほうから社長を招いていたこともありましたが、今は住友系列19社ある白水会の1社になっています。
 私が修猷館出身者ということだけではないのですが、九州でいろいろな仕事をやらせていただいています。そのひとつとして、FukuokaD.C.(福岡地域戦略推進協議会)という組織に参加しています。それから九州大学起業部で、学生たちにブロックチェーンなどの新しい技術を教えながら支援をしています。この二つの取り組みについては、どちらも私たちの1年先輩の九大の安浦副学長にお世話になっています。

nimoku632_02.JPG

■デジタル産業革命

 今、デジタル化が急速に進んでいます。2011年の世界の人口は約70億人で、10年後の2021年には79億人になるそうです。インターネットにつながるIoTのデバイスの数は、2021年には350億個ぐらいに増え、これはますます指数関数的に増えていくと言われています。そうなると、いろいろなデータが交り合いながら新しい価値を生み出す時代に来ているということだと思います。これは単なる技術トレンドではなく、まさに産業構造そのものを変えていくデジタル産業革命の時代にいると、われわれは捉えています。
 NECというと、皆さんは、昔のPC-9800、携帯電話、BIGLOBEとかのイメージがあると思いますが、今はそのようなBtoCの領域はほとんどやっておらず、完全にBtoBの会社として、社会ソリューション事業で社会貢献していこうと、大きく会社の方向を変えてきています。
 「Orchestrating a brighter world」というのが新しい我々のブランドメッセージです。このマークデザインの左側のオレンジ色の斜めの棒はオーケストラのタクトを表現しています。若干傾いているのですが、その角度は地軸の傾きと同じ23.4度です。
 そして、そこから、「地球との共生(Sustainable Earth)」、「安全・安心な都市・行政基盤(Safer Cities & Public Services)」、「安全・高効率なライフライン(Lifeline Infrastructure)」、「豊かな社会を支える情報通信(Communication)」、「産業とICTの新結合(Industry Eco-System)」、「枠を超えた多様な働き方(Work Style)」、そして「個々の人が躍動するような豊かで公平な社会(Quality of Life)」という七つの社会価値創造テーマを策定しています。
 国連がSDGs(SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS)という2030年に向けた17の具体的な国際目標を策定していますが、先ほどの私どもの七つのテーマも同じようなことを目指しています。われわれも世界が目指している開発目標の達成に向けて貢献していきたいと考えています。

nimoku632_03.JPG

■デジタルを活用した社会価値創造

(1)安全・安心な街づくり

 京都は年間9000万人ぐらいの観光客が訪れる観光都市です。京都府様は京都府警様と一緒に、最先端の技術を用いて世界一安全な街づくりを進めようと計画し、昨年から我々と一緒に犯罪予測システムに取り組んでいます。これは、警察に蓄積されている過去の犯罪のデータと犯罪理論を組み合わせて分析して、犯罪リスクの高い時間・場所・種類を予測するというシステムです。これを基にパトロールのルートを出し、パトロールの効率化に貢献しています。これはかなりの効果が出始めています。これに加えて、犯罪発生時の天気や気温のデータなども入れれば、それだけ分析の精度が上がることになります。

(2)データに基づく予知保全

 二つ目は、日揮様と一緒にやっているデジタルを活用したプラント運転の故障予知システムです。昨今、プラントの長寿命化と運転員の高齢化、そしてノウハウが属人的だという中で、いかに合理的なプラント運営・運転を行い、維持していくかが課題になっています。これもわれわれのインバリアント分析という技術で効果を上げています。インバリアントというのは普遍性ということで、通常運転時の状態をモデルとしてつくり、それに対してリアルタイムでどこか通常運転時からずれていないかを見極めるというものです。これにより、故障が起きる数日前に、人が全く気付かないような異常をAIが検知できるようになり、これまでの属人的な予測ではなく、データを基にした予知保全が可能になりました。

(3)製造業の競争力強化

 三つ目は、NECプラットフォームズです。私どもは製造業として全国に10カ所ぐらいの工場を持っていて、それぞれの工場にトヨタ方式を導入して現場革新を進めてきていますが、昨今のIoT化、AI化の流れの中で、われわれ自身が持つ技術を自分たちの工場に適用してみようと考えました。まず、ネットワーク機器をつくっている福島の工場にわれわれのAIを導入しました。その一つは物体指紋認証です。人間は指紋や顔で特定しますが、物体も同じように、その特徴点を抽出して物体を認識する物体指紋認証という技術があります。そのような技術や音声認識を使ってハンドフリーで作業をするようにしました。作業効率の改善による生産性向上というのは本当に地道な世界なのですが、今回プリント基板の実装の工程で20%の生産性向上を実現させました。

(4)新たな創薬の実現

 四つ目がCYTLIMICで、創薬の領域でAIを適応している事例です。これは機械学習と実験を組み合わせて、がんの治療用のペプチドワクチンの候補となるペプチドの配列(5000億通りの組み合わせがある)をかなりの精度で予測できる技術を開発し、その実用化を目指したものです。これは当然われわれだけでできる話ではなくて、免疫学基礎研究をずっととやられている高知大学様や、免疫治療実績のある山口大学様と共に研究を進めて、ようやくものになりそうなところまで来ました。

(5)AIを活用した将来の社会的価値創出に向けた共創

 われわれは大学や各機関との共創によって新しい価値をつくっていく取り組みをしています。大阪大学様とは脳型コンピューターを共同で研究しています。東京大学様とは、AIを活用した新しいものを社会実装するためには科学や工学だけではなく倫理・法制度の研究も当然必要になってきますので、それについて一緒にやっています。それから、産総研様とか理化学研究所様とも一緒に研究をしています。

nimoku632_04.JPG

■NECが考える価値創出

 価値創造のプロセスは、まず、実世界にあふれる複雑な情報を高度にセンシングして、それをサイバーの世界に集めて、そして「見える化」する。そしてそれを「分析」する。そしてそれによって予知・予見できる。そしてそれをベースにして実世界で「対処」して社会価値をつくっていきます。これがAIを活用した活動のプロセスです。

(1)AI

 われわれは、NECの最先端AI技術群を「NEC the WISE」と称しています。The WISEというのは、「賢者たち」という複数形です。あらゆるシーンに対応するさまざまなAI技術を持っています。その中で、顔認証や指紋認証については世界一を誇っています。
 実際の事例として、今年6月のイギリスのサウスウェールズでのサッカーのチャンピオンズリーグの決勝戦、これは数十万の人が来て、スタジアムに7、8万人入るというイベントでした。その際、安全な運営のためにということで、4台の車の上にカメラを設置して、街を回りながら50万件の要注意人物、行方不明者などのデータベースにヒットする人がいないかを照合し、数名をヒットできました。リアルタイムで動いている人をヒットする技術は初めてということで、かなり精度が高いことが確認できた事例でした。

(2)Connectivity

 Connectivityを実現するコンピューティングとネットワーキングについてもNECはいろいろなことをやっています。海底光ケーブルについては昔からやっています。今、世界で海底光ケーブルができる会社は3社しかなくて、そのうちの1社がNECです。これまでに大体25万㎞、地球6周分の実績が既にあります。今インターネットで全世界がリアルタイムでつながっているのも、ほとんどがこの海底光ケーブルのおかげです。
 また宇宙の分野にもかかわっています。この間、みちびき4号が打ち上げに成功しましたが、そこに使われている測位信号の通信やメッセージ通信のケーブルは我々が提供させていただいています。それから地上システムもNECが全体をやらせていただいています。

(3)Security

 今は次々に新しいマルウエアが増えてきていてサイバーアタックが頻繁に起こっています。今、1カ月に開発される新しいマルウエアの数が1000万個と言われています。その1000万個を全部事前にブロックするのは多分不可能だと思いますが、私どもはCyber Security Factoryという、お客様のシステムを24時間365日、監視するようなセンターをつくって、ここで監視業務のサービスをやっています。過去の大量のアラート通知に関係するパケット情報の分析結果と、それをベースにしてアナリストがどんな判断をしたのかという過去のデータをAIに学習させて、優先度の高いアラートを選別し、それだけを最後の人に判断させるようにしています。

■より明るく豊かに生きることができる社会の実現について

 AIが進んでいくと2045年にはシンギュラリティが来て、AIが人間の能力を超えてしまうとか、10年後には今の人間社会の仕事の8割はロボットやAIに取られてしまうとか、最後にはAIに人間が使われるのではないかとかいろいろなことを言われますが、あくまでも人間社会を豊かにするためにどう使うのかを、リスクも併せてきちんと考えていかなければならないというのがわれわれの大きな課題認識です。
 まさにBrighter World(明るい賢い社会)を実現するために、技術だけではない、いろいろな視点を持った方々と共創しながら解決していこうと、1年前から未来創造会議というものを立ち上げて、技術と人間の関係を根本から見直したいと考えています。

■質疑応答

○古賀 国内の企業さんとの事例が多かったのですが、海外でも大きなプロジェクトを抱えていらっしゃるのでしょうか。
nimoku632_05.JPG
○新野 海外で今われわれが一番力を入れているのは、顔認証をベースとしたボーダーコントロールとか犯罪を未然に防ぐようなことで、世界数十か国でやらせていただいています。インドでの国民IDシステムや、ロジスティック(物流)についてもRFID(Radio Frequency IDentification:モノに張り付けたタグから電波等を使ってモノを識別する技術)を使うAIのシステムで効率化を実現しています。
 これからは、パブリックセーフティの領域をもっと世界の中で広めていきたいと思っています。例えばアルゼンチンのティグレ市では、市全体に約1000個のカメラを置いて、AIの技術を使って街全体を監視するシステムを始めています。

○山崎 昭和52年卒の山崎です。インドの都市開発について、日本に期待されている部分も大きいと思うのですが、NECさんはその中でどのような貢献ができるとお考えでしょうか。
nimoku632_06.JPG
○新野 まさに今、インドではスマートシティ化というのをあちこちでやろうとしていますが、あまりにも領域が広すぎて、大きなデザインとなるとなかなかわれわれだけでできることではありません。得意な人たちを集めたコンソーシアムの中でわれわれの得意な領域で貢献するのが一番いいと思っています。

○肥後 平成8年卒の肥後です。BtoBに完全に切り替わってきているというお話でしたが、BtoCの組織からBtoBの組織に変えられる中で、一番苦労されたことは何でしょうか。
nimoku632_07.JPG
○新野 これは本当に残念なことだったのですが、PC(パソコン)の事業や携帯の事業を、基本的には売却ということで解決させていただきました。そして、リソースをIoTやAI、システムインテグレートといった領域にシフトしていき、社会ソリューションへの注力という方向を明確にしていきました。

■大須賀会長あいさつ

○大須賀 今日は、昭和10年代の卒業生から社会人になられたばかりの若い人まで120人を超える大勢の方々に集まっていただきました。
 最後に超人間的知性の登場というのがありましたが、コンピューターが人間社会をコントロールするような社会というものに対する心配がありながらも、それでも人間がコンピューターを活用してよりいい社会ができることに対する期待は大きくあります。そういう点で、よりいい社会をつくっていけるように、NECさんが一層また活躍され貢献されるように期待しています。

nimoku632_08.JPG

(終了)