第560回二木会講演会記録

第560回二木会講演会(平成21年10月8日)
テーマ:水と環境の世紀を迎えて
講 師:藤野 宏氏(昭和35年卒)


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560_DSC00027.JPG○紹介者 中村 清次氏(同期) 藤野君は高取中学から修猷館、そして九大に進み、栗田工業に入りました。大学に入学後ラグビーに目覚め、会社に入っても強豪ラグビー部で5年ほどやったほどで彼の青春はラグビーなしには語れないようです。彼の人となりを言いますと、大変にファイティングスピリットにあふれていて、一度決めたらやり抜くという大変意志の強い男です。
 株価は企業の通信簿と言われているのですが、彼が社長に就任してからの株価を見ても彼は経営者として大変優れた業績を残したと言えると思います。
 栗田工業は水の総合デパートと言われています。水というのは私たちには大変になじみがあり、またいろいろな機能を持っているにもかかわらず知らないことがたくさんあると思うのです。今日は水のいろいろな機能や興味深い話を聞くことができると思って楽しみにしています

■藤野 宏氏講演

 「水」は身近にあり過ぎて認識が難しいのですが、生活にかかわる「社会の水」と産業にかかわる「産業の水」とに分けられます。「社会の水」というのは上下水道などです。これに関しては昨今、海水の淡水化というものがクローズアップされています。他方「産業の水」は、電子産業から始まり、医薬、食品などすべての産業に関係している水で、これからは水資源の確保という意味で産業排水のリサイクルが大きなテーマになっています。この分野が日本の最も進んだ水の分野です。


■ 水の惑星・地球

 衛星から見ると地球はブルーに見えるそうで、地球の表面の7割は水に覆われていて地球は「水の惑星」と呼ばれています。地球上の水の量は約14億立方キロメートルで、この水の総量は決して変化しません。それが水の特性の一つです。これが全部使えれば水問題は起きないのでしょうが大部分がわれわれが使えない海水です。淡水はわずか約2.6パーセントです。数量だと3,600万キロ立方メートルしかないということですが、更にこの淡水の大部分は氷河や南極の閉じ込められた氷や地下水などで大半は使えません。私たちが使える淡水は地球全体の「水」のわずか0.01パーセント程度、量にすると18万立方キロメートルということです。身近なもので例えると、地球上の全体の水をお風呂と考えると、私たちが使える水は大さじ2杯分ぐらいしかないというイメージになります。


■ 世界の「水問題」

 20世紀は石油の時代で、石油が経済の基盤を作り、また石油を巡っていろいろな戦争が行われました。昔は「湯水のごとく」と水が豊富にありましたが、今はペットボトルの水がガソリンよりも高い時代になっています。今の水の問題は、地球の温暖化とか砂漠化などの環境問題とかかわっています。
 一つの問題は「水不足」で、これは世界の人口が増えることによって生じています。国連の資料では、世界の人口は半世紀で大体倍々に増え、2000年で60億人、2050年には90億人から100億人ぐらいになるだろうと言われています。一方、地球上の水は海水が蒸発して雨になって降るというように常に循環していて、その総量は増えることがありません。ということで、使う人が増えればおのずと水が足りなくなるということです。国連の予測では、2025年には世界の人口の3分の2が水不足の事態に直面すると言われています。増える人口が足りない水に拍車を掛けているということで、これは食糧不足という問題に連鎖していきます。
 私たちが使える淡水は地球の水のわずか0.01パーセントですが、私たちの生活用水はその中の10パーセントに過ぎません。水の用途の大半にあたる70%は農業用水です。残りの20パーセントが工業用水になります。
560_DSC00014.JPG 水と食糧の関係ですが、日本で米を1キログラム生産するのに約4トンの水が必要だと言われています。食肉の生産には、家畜が直接飲む水だけではなく飼料を育てる水も当然必要になりますので、更に水が必要になります。牛肉1キログラムを生産するには水が20トン必要だと言われています。このように地球上で私たちが使える水の大半はその姿を食糧に変えているのです。水が不足すると食糧が不足するということです。今でも地球上では水も食糧も不足して苦しんでいる人がたくさんいて、しかも人口は増え続けていますので、現実はより深刻な状況に向かっていると言えます。
 東京大学の沖大幹先生が、今、「バーチャルウォーター」という考え方を世の中に広めています。ここからの内容は沖先生の言葉を借りながらお話しします。水は化石燃料と違い地球上を無限に循環している資源です。従って上手に使えば未来永劫、持続的に利用することが可能だという特性が一つあります。二つ目は、ほかの鉱物資源等と比べて重さや体積当たりのコストは安いので、貯蔵や輸送のコストが高く、こういうものには向かないということです。よって食糧として輸出入すると合理的だということが言えます。三つ目に、その一方、水は必要なときに必要な場所で必要な水質が満たされないと価値がないということです。以上、三つの特性があります。
 この特性を踏まえて水問題の本質を考えると「水が足りない」という水資源の「ストック」の問題ではなく、時間的・空間的に偏在しながらも地球上を無限に循環している水資源の「フロー」の問題として捉えるとらえることが大事になります。そのうえで、必要なときに必要な場所で必要な品質の水を安定して供給するための「マネジメント」が必要となります。
 水問題を議論する世界的な動きとして「世界水フォーラム」というのがあります。これは「世界水会議」というフォーラムによって運営されています。第1回目は1997年にモロッコのマラケシュで開催されました。2003年には京都で開催され私も会社を代表して参加しました。このときは世界180カ国以上の官・民・学のいろいろな立場の人が参加して、発展途上国の水道インフラ整備に民間資金などを積極的に使うという方針が明記されました。この中で、水を必要としている国々の人たちは、水はライフラインだから当然無料で提供されるべきという主張でしたが、飲み水を作る欧米の民間企業は、水の供給はビジネスである以上、採算を度外視しては供給できないというものでした。これは民間企業としては当然の主張です。このようにお金がある国とそうでない国との間で水という問題の認識に大きな隔たりがあります。


■ バーチャルウォーターから見る日本の「水」事情

 非常にポピュラーな話題ですが、牛丼1杯を作るのに使われている牛肉、米、タマネギなどに必要な水は2トンになるということです。パソコン一台を作るのにも1,500リットルの水が使われています。紙は1キログラムを造るのに700トンの水が要ると言われています。鉄1トンには250トンの水が必要です。このように、われわれは水なしでは生きていけなくなっています。このようにたくさんの水が私たちの日々の生活に見えないかたちで関与しています。
 バーチャルウォーターというのは、沖先生が広められた、いわゆる仮想水ですが、これが国境を越えて世界中のあらゆるものに付いて行き来しているということです。実質的に、食糧の輸出入は水の輸出入と同じだということになり、食糧の貿易はバーチャルウォーターの貿易だとも言えるわけです。
 近年、慢性的に渇水に悩ませられている地域もありますが、日本は全体として水は豊富だという認識の方が多いと思います。しかしバーチャルウォーターの観点に立つと、日本も海外から大量の水の輸入に頼っている国ということが言えます。
 日本は食糧の6割は輸入に頼っているということからバーチャルウォーターの視点では、沖先生の計算によると、日本は食糧に姿を変えて年間640億トンの水を輸入している水の輸入国だということだそうです。


■「水」問題を超えて

 今、世界中で持続可能な社会を実現しようと各分野でさまざまな試みがなされています。実現のためには大きく言って三つの柱があるというのが大方の意見の一致するところです。一つは今話題になっています「低炭素社会」です。次に「自然共生社会」ですが、これは自然と調和して共生して自然の中でわれわれが生かしてもらうということです。私は「地球に優しく」という言葉は非常に嫌いですが、むしろ地球、自然に優しくしてもらうような行動が必要なのではないかと考えます。それから「自然循環社会」です。これは各資源を使うにあたって、リユース、リデュース、リサイクルの3Rを常に考えながら自然エネルギーの循環をベースに効率いい社会を持つということです。この三つが柱になると思います。これらは相互に関係していると考えられます。2025年には世界の3分の2の人たちが水資源で苦しむと言われている中で、石油に関しては代替エネルギーがありますが、水に関しては代替えの物質が存在しないというところがポイントになります。幸いにして水は地球上を無限に循環しているということで、今後はいかにこの循環する水を有効に使うかということが非常に大事な「カギ」になってきます。
具体的なことを私どもの会社のビデオで簡単にご説明したいと思います。

(栗田工業のビデオ放映)


■おわりに

「水」と「食糧」と「エネルギー」の三つがそれぞれ関与し合っているということで、当社の今後は、今の「超純水」を超える技術を提供して、より生産性のいい食糧、エネルギーの生産等に寄与したいと考えています。
 技術的なレベルでは、「水道水」から「純水」、更に水の中の不純物を徹底して取り除いた「超純水」とありますが、今は、その超純水の更に進化したかたちとしてそこに有効なガス等を注入して水を機能させる「機能水」という呼び名の水が作られています。今までは引き算だったのが、今後は機能を付加し、足し算で水を作っていくということです。更に今は、水の分子を掛け合わせる掛け算、いわゆる温度圧力等を変えることによる「超臨界」という世界になっています。これは水と水蒸気が共存したようなかたちで、廃棄物等、特に有機物を分解してしまうもので、将来は鉄鋼の高炉を何とか水で動かせないかという夢を持っています。
 大変散漫な話になりましたが、そこのところは水に流していただいて・・・
個人としては水を上手に使って、社会に関しては水の必要なときに必要な場所で必要な水が確保できるような世の中になるように、ぜひ皆様も発信いただいて行動に代えていただければと願って私の話を終わらせていただきます。


■質疑応答

○Q地球規模のレベルでの水不足に対して、解決策というのが海水の淡水化ぐらいの話で、なかなか本質的な大きな解決にはなってないように思います。このような地球規模の水不足の問題に対してはどういう解決策が考えられているのでしょうか。


560_DSC00070.jpg○藤野 一つは対処療法として困っておられる方をいかに救うかということで、技術的にはお金さえかければどこでも水はできます。中国に関しても、沿海州に海水淡水化施設を20基ぐらい造れば当座の問題は解決できます。もう一つは、先ほどの「持続可能な社会」にからんできて、おっしゃったようなことに関しては、環境全体のテーマとして非常に大きな課題になっていると思います。従ってそのようなことを意識しながら取り組んでいくことが大切ではないかと考えます。

○Q昔造ったダムが現在その5倍の費用の護岸工事が要るというのが140カ所か何カ所かあって、国民の税金を全部そちらに使っているという無駄が最近問題になっています。私はやはりダムは中止の必要があるのではないかと思っています。
 もう一つは、県が認可した住宅地の前に市道があり、その下の深海でアワビが採れるということが最近わかりました。住宅を建てて汚水を流すようになるとアワビが死んでしまうからと地元の漁業組合ともめているということです。そういう場合に、近い将来でも囲いを作って養殖をするとか水をきれいにするという希望を持てるのでしょうか。

○藤野 ダムは発電の問題や治水の問題等で、要不要の議論も含め色々とご意見があると思いますが、既に現存する施設については無駄のないように有効に使っていってほしいと思います。
 
○Q大企業では、使った水を循環して処理して自社内でクローズで使っています。それはいいことですが、でもほかの少々大きい工場でも下水、工場の排水を放流しています。これは水資源の環境から考えても無駄というかよくないことなのではないでしょうか。
 それから私は、海水を淡水化する小さな会社を立ち上げたことがあるのですが、海水の淡水化を大規模にやってそれを増やすというのは、それは飲める水からいうとやはり微々たるものなのでしょうか。ということの二つです。

○藤野 いかに水が世界中を循環していると言っても汚染されると飲めません。その分水が減ったことになりますが、それを処理してリサイクルすれば、その分、水が確保できたということです。おっしゃるように工場などで全量フレッシュウォーターを送るよりは必用な分をリサイクルするほうが、ポンプの消費電力量も減り、CO2も減るということになるようです。
 その一つの例が、ある液晶メーカーさんでは、1日5万トンの水を完全にリサイクルしています。5万トンというのは、福岡県の海の中道の海水淡水化施設の造水量とほぼ一緒です。回収してリサイクルするのも新しい水を造るのも、水資源という観点から見るとほぼ同じようにとらえていいだろうと考えています。
 シンガポールはマレーシアから水を買っていたのですが、マレーシアがえらく高い値段を言ってきたために、「じゃ、自分でやる」と下水及び工業水のリサイクルを始めたのが、言われている「ニューウォーター」です。他方、海水の海淡化もやっています。そういうものが水資源の確保、環境対応にもなるということが一つです。
 海水を淡水化すれば、その分飲み水は増えます。ただし今、淡水化した水は非常にミネラル分が少ないので体の細胞膜に良くないということで、淡水化した水に対して必ず飲料水などを2、3割加えるというのが普通のようです。ですから全量確保できるわけではないと考えていただければいいと思います。


○司会 最後に箱島会長、よろしくお願いいたします。

560_DSC00101.JPG○箱島 水について大変本質的なお話を短時間でしていただきました。地球の水の総量は変わらないとか、あるいは使える水はわずか0.01パーセントだとか、あるいはバーチャルウォーターという概念を持ち込んだ場合、日本は水の輸入国であるとか、本当に驚くような話ばかりでした。水というのは、身近な存在だけに肝心なところがちっともわかってなかったということです。空気もそうかもしれません。あるいはひょっとしたら女房もそうかもしれません。明日からまた水に対して身近にみずみずしい感じで接することができるのではないかと思いました。ありがとうございました。
(終了)