第557回二木会講演会(中山氏講演)の記録


日本の食糧・農業への期待

 ○中村 中山悠君は昭和31年に北海道大学農学部に入学、昭和35年に明治乳業株式会社に入nimoku557_1jpg社されました。その後、平成元年に社長に就任されました。6年前からは会長として元気に頑張っておられます。昨年の秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。趣味は将棋、それから小唄は名取と多彩です。特にマージャンや競馬などにも大変に造詣が深い方です。

■中山悠氏講演
 ○中山 ただいまご紹介いただきました中山です。私は修猷館を卒業したということを大変誇りにしています。いい意味での放任主義で好き勝手にやらせてくれたその時代の修猷館の友達が私にとっては一番です。

■序
 北大の農学部に石塚喜明という大変偉い先生がおられ、学生時代からわれわれは「国民を飢えさせないように食糧政策については、国がきちんと責任を持たなければならない」と言われていました。国が食糧政策をきちんと持て、ということですが、日本の食糧事情をずっと見ていて、ここ4、5年、ひょっとしたら食糧事情に大変なことが起きるのではないかなと感じるようになりましたので、その辺を皆さんにお話しします。

■1990年代の食糧事情の環境激変
 日本の食糧事情の大転換期はGATTのウルグアイラウンドだと思います。GATT(関税および貿易に関する一般協定)は、第二次世界大戦の原因の一つにヨーロッパ、アジア、アメリカの経済のブロック対立があったという反省から、「これからは自由な貿易をしよう」と1947年に創設され、ケネディラウンドだとか東京ラウンドなどで話し合いがされてきました。
 食文化はそれぞれの民族・国家には固有のものだから、食糧は外すという前提がGATTにあったはずでしたが、1970年ごろに起こった世界的な食糧危機に対して各国が積極的に農業の生産性の向上を図ると、反対に今度は穀物が余り始めました。そしてウルグアイラウンドが1988年ごろから始まるのですが、ちょうどそのころ日本は世界で一番景気がよかったので、農産物の輸入自由化を迫られました。妥結したのは1994年です。これには自民党政権下では絶対「うん」とは言わなかったと思います。そのためじゃないかと思えるほどタイミングよく非自民の細川政権ができて合意が成立しました。
 日本はこのとき、米や牛乳・乳製品についても全部自由化し、世界中が関税を払えば全部持ってきてもいいという総関税化になりました。それに伴い、日本は1997年に農業基本法を改正し、グローバルスタンダードを導入しました。もともと食糧というのはそれぞれの民族独自のものですが、このウルグアイラウンドを契機にして、食糧も自由化の世界に大きく変わっていったということです。


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■万一の時が近い将来に来るのでは?
 新しい農業基本法ができてから約10年たった今、これからは好きなものが食べられなくなる時代が来る気がしています。その理由を挙げてみます。

?世界の食糧価格が高くなっている。
 世界の食糧というと、「小麦」、「とうもろこし」、「大豆」のことです。この価格がこの2、3年上がってきています。これはアメリカに端を発した金融危機で行き場のなくなった投機資金が入ったせいとも言われていますが、中長期的にもこれらの穀物は構造的に確実に上がってきています。
 地球の人間たちが平常に生活していくためには、備蓄が1.8カ月分あればいいと考えられています。その1.8を割ったのが世界的に不作だった1970年ごろ1回と、それからここ2、3年です。
 主要乳製品も2005年から2008年までずっと上がってきています。世界の農産物というのは、とうもろこし、小麦、大豆ですが、実は農業交渉で問題になるのは人間が食べる牛乳・乳製品も重要品目のひとつです。それが高くなってきています。これが食糧事情を困難にしているひとつの要因ではないかと僕は思っています。

?異常気象?温暖化、干ばつ?
 二つ目は異常気象の問題です。牛乳・乳製品というのは大体生産地で消費されますが、オーストラリア・ニュージーランドなどでは輸出産物として積極的に作っています。生産量としてはヨーロッパが多いのですが、交易品としては、約60パーセントはオーストラリア・ニュージーランドの太平洋州から出ています。そのオーストラリアは3年続きの大干ばつです。ほかにも異常気象があちこちでたくさん農産物に影響を与えていることは皆さんご承知のとおりです。

?アジア経済発展による食糧需要構造の変化
 1970年の食糧危機の時、人口の増加に食糧生産が追い付かないと言う学者がいました。しかし現実には、科学技術の進歩と農業の生産性を上げていった結果、そういう問題は起きませんでした。
 近年、世界の人口が増えていく中で、中国やインドで先進国並みの食生活が広まったらあっという間に食糧が足りなくなり、だれがその面倒を見るのだという本を、アメリカのレスター・ブラウンが書き、大ベストセラーになりました。この本は国家的な食糧問題に再び火をつけました。一般的に経済が豊かになってくると食物は炭水化物から肉に移っていきます。牛肉1キロを作るのに、牛は牧草を十何キロも食べなければいけませんし、牛乳も草10キロで牛乳1キロだと言います。つまり、穀物を食べていた人が肉を食べると10倍の穀物が要るという計算になります。
 1970年から2005年の間に、中国の人口は1.6倍になり穀物の消費量は2倍になっています。インドは人口が2倍になって穀物の消費量は2倍になっています。インドは宗教の関係で肉を食べない人たちがいますが、いずれにしろこれからの世界の食糧事情として、アジアの経済発展が大変問題になるということです。

?バイオ燃料の普及の影響
 バイオ燃料というのは、生物資源をエネルギーなどの多用途に使うということです。その背景の一つは、石油の高騰でエネルギー代替品を用意しなければならないというエネルギー対策です。二つ目は温暖化対策です。植物は空気中の炭酸ガスを吸収する光合成で成長します。すなわち、その植物を燃やして放出される炭酸ガスはもともと空気中のものだから、大気中の炭酸ガスは増加しません。だから、バイオエネルギーは炭酸ガス問題の対策として大変有効です。三つ目には化石燃料は有限だからエネルギー安全保障的に自国でエネルギーを作ろうということで、これを言い出したのはブッシュさんです。
 このような背景の中で、当然、世界の低開発国から見れば「食糧をどうしてエネルギーに使うのだ」という思いが出てきています。

?国内農業の食糧自給力の低下
 私はこれが一番大変な問題だと思っています。一言で言えば、農民の高齢化と耕地面積の減少の問題で、日本の農業はもう崩壊していると思います。結局、農業では食べていけず、基本的に農業に魅力がなくなっているのだと思います。農業では優等生の酪農の世界でも農家戸数は減っています。これが現状です。

■世界貿易は時計が逆回転している?
 このような情勢下で、ここ4、5年で将来の食糧事情に備えて農産物の輸出規制をする国が増えてきました。食糧があまっているのに輸出を制限している国もあります。冒頭にGATTの話をしましたが、GATTは保護主義が戦争の原因になるという反省の中で生まれました。ウルグアイラウンドで農産物も含めた総関税化で合意しましたが、それから約20年たった今、時計の針が逆回りして昔の保護貿易に戻りつつあるところが大変な問題だと思っています。

■日本は、今何をなすべきか?
 そういう中で今、国民全体が食糧問題を国民の課題として自国の自給率を回復に取り組むことが必要だと思います。日本の食糧自給率をカロリーベースで考えると、この5年間ぐらいずっと40パーセントで、国際的に最低レベルにあります。
 自給率アップを国家目標に掲げたのは農業基本法を改正した1997年からです。政府も経済界もこれに取り組んでいますが全然進んでいません。そして生産者だけが高齢化し、先ほど説明したような事態になっているのです。
 「農業」と「食品加工業」と「消費者」とはお互いに関係し合っていますので、これを一つのシステムとしてとらえて自給率を下げている要因分析をする必要があります。このシステムから見ると農業が食品産業の産業基地になっていませんし、食品産業は激しいコスト競争をやっており、国内で生産された原料では製品を作れず、中国をはじめとした海外生産に移っています。また、食生活が変わり、私たち消費者は自給率が低いものを食べるようになっています。そうかといって政治家が消費者に米ばかりを食べろというわけにはいきません。

■酪農・乳業における自給率向上に向けて
 乳業の日本の自給率は生産額ベースで言えば68パーセントですが、飼料が全部輸入物ですから、カロリーベースでいくと自給率は30パーセントです。輸入物の大半はチーズの部門ですから、牛乳・乳製品の自給率を上げるためには、チーズの国産化と飼料を輸入品から国産品にするということ、さらにコストも世界と競争できるものにしないといけません。

■日本の農業への期待
 農業を一つの経営と考えれば、破綻寸前の会社を立て直すためには持っている経営資源と技術を有効に使うことが必要です。人のまねをしても絶対うまくいきません。結局、日本の農業とは米なので、その米を食べなくなって自給率が落ちたのです。一度変わった食生活は変わりませんが、農業を立て直すためには米を作らないといけません。それなら、一つは飼料用に米を転用できるか、もう一つは米を粉にしてめん類の代替えにできるかというのが今問題になっているところです。今の日本の農業を守るためのコストは税金で負担すべきだと私は思います。そして農業を支えている多くの農民を米作農家にして、米を食用のみならず、飼料用だとかバイオエネルギーに転用することを考えていったらどうだろうと思います。
 それから皆さんも、自分が食べたものの自給率が何%かぐらいは意識するようにしていただきたいと思います。自給率の国家目標は45%以上と言っていますので、一消費者として自給率の高いものを召し上がっていただきたいと思います。しかしこの話は栄養のことは何も考えていません。ですから、自給率の高いものプラス牛乳・乳製品を食べると絶対に健康になります。これで私の話を終わります。ご清聴ありがとうございました。

■質疑応答nimoku557_2.jpg ○石川
 昭和30年卒の石川と申します。先日NHKで食糧の廃棄率というのがありました。アメリカでは年間4兆円分捨てているのに対して、日本は何と11兆円分を捨てているということです。この捨てる分をなくすだけで5%ぐらい自給率が上がるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○中山
 日本の廃棄は8千万トンとか9千万トンと言われていて、それはアフリカの飢餓難民の3倍ぐらいの人を救えるぐらいの量だそうです。おっしゃったようにアメリカの何倍だそうです。それを節約すれば自給率も上がるのではということですが、問題は日本が飽食になってなぜそのように食糧を捨てているかということです。食糧の廃棄をなくせば自給率アップにつながる可能性を秘めていますが、そのような無駄な廃棄が多いというのが、日本の大変な食糧事情からすれば大きな問題だと思います。

○宮川
 昭和12年卒の宮川です。私の知った範囲ではお百姓さんは自分の土地を人に貸す気がありません。農業法人でもあれば農業問題も解決するだろうと思ってこの4、5年間やりましたけれども、この農地の問題で引っ掛かるのです。小規模な耕地をこわして、大きな耕作面積を確保しようとするとこれもまただめです。ですから農地法を改正されるようにご協力をお願いします。
○中山
 ご指摘の点はまさにホットな議論がされているところです。旧の農業基本法は戦後の食糧難の時にできました。その理念は農工間格差の是正で、農民の所得を町のブルーカラーまでに上げれば農作物を作るだろうということです。そのときの農業基本法のもとに農地法ができていますから、土地は農民の所有するものだとしているのです。
 私は日本の農業改革は米しかなく、農家はやはり米を作るようにしないといけないと思っているのですが、一番ネックになるのはご指摘の農地なのです。農地法をいじらない限り、日本の農業は世界の競争に太刀打ちできませんし、将来的に国民の食糧をきちんと生産できる農業基盤はできないと思います。ご指摘のとおりだと思います。

○橋詰
 昭和62年卒の橋詰です。乳製品について質問をさせていただきます。一つは、私は昨今、乳製品、特に牛乳の消費量が落ちてきているのではないかと感じていますが、これについて、原因と今後、酪農業・酪農家としてどう考えていくべきかについてご意見を伺いたいと思います。もう一つは、牛乳にはカルシウムが豊富だと言われていますが、牛乳のカルシウムは体に入ってもなかなか吸収されにくいという意見を言う人がいますが、この辺りが実際どうなのかという質問です。
○中山
 まず牛乳の消費量ですが、数字から言うとそのとおりです。これは中長期的に見れば、日本人が老齢化して胃袋が小さくなってきているということが影響していると思います。短期的に見ると、飽食の時代ですから、競争するものがいろいろあり、例えば、朝食でジュースと競争したらやはり牛乳が少し負けているのだと思います。
 カルシウムの問題ですが、それは逆で、食物からのカルシウムの吸収率からいうと一番いいのは牛乳です。かつて厚生省は国民所要栄養量というのを毎年発表していました。そのときに「日本人の食事で唯一足りないのはカルシウムだ。カルシウムを摂るためには牛乳・乳製品が一番いい」と指導していました。
 実は自給率と関係があるのですが、最近食のメニューが変わってきて、自給率をダウンさせているのは肉だと言われています。しかしそれをやめろと言うと、政治が食べ物のことまで国民に言うのかという話になるので、農林省も厚生省も「肉を食べ過ぎるから日本人はメタボになっている。メタボを減らせ」と言い出しました。これは国の自給率を上げようという、まさに政治的な話です。
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