第553回二木会講演会記録

"おめでとう!ノーベル物理学賞"?基礎科学と若者の理科離れ?
平成21年1月8日(木)

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中澤 宣也氏(昭和38年卒)
紹介者の挨拶

nimoku553_02.jpg○福山忠彦氏(昭和38年卒 同期)

 中澤宣也氏は、東京大学理学系研究科物理学専攻の博士課程卒業後、工学院大学に奉職され、常務理事を長年務めた後、現在も理事をしています。1979年から1980年まで、ボストンのハーバード大学物理学教室に研究員として在籍され、そこには、私たち38年卒同期の萩原輝彦くんも同じく理論物理学で行っていました。そのころ私も仕事で何度かボストンに行くことがあり、そのたびに萩原さんや中澤さんと会っていました。
 現在、彼は学究者であると同時に教育者であり、工学院大学の経営者の1人でもあります。本日はそういう中澤さんから時宜にかなった講演が聴けることは私ども同窓生にとって大きな喜びです。それではよろしくお願いいたします。

"おめでとう!ノーベル物理学賞"?基礎科学と若者の理科離れ?


○中澤
昭和38年卒の中澤です。甲畑幹事長から、ノーベル物理学賞3人受賞をテーマにめでたい話をやってくれという要請がありました。スウェーデンのノーベル賞受賞会場に「The Noblest Pleasure is the Joy of Learning」という言葉が書いてあるそうですが、少しでも宇宙の謎を解く楽しみを感じていただければということで今日はお話をさせていただきます。


■ 序

 私たちの世代は、ノーベル賞を受賞された湯川先生の写真が、中学校の理科教室に飾ってあるような時代に育ちました。65年に朝永先生がノーベル賞を受賞されると、「朝永効果」と呼ばれて全国で理論物理を目指す人が増えました。小林誠さんは私と同年齢ですが、「朝永効果」の一つの結論として、再びノーベル賞受賞者が出たことはまことに喜ばしいことだと思います。今回3名も受賞されましたが、その効果はどうなるでしょうか。
 朝永先生の言葉を紹介します。「理論物理屋は40歳を過ぎると3種類に分かれる」として、
1番目は「わけのわからない、物理もどきをやる = Theory of Everything」。
2番目は「Administrationに精を出す」。私なんかもこっちのたぐいで、いまや学校のマネージメントに相当エネルギーを取られています。
3番目は「何もしない」。
 朝永先生がおっしゃるには、「世の中の害にならないのは3番だ」そうで、今日は私が皆さんに害を及ぼす役割を演じています。ただ「例外のない法則はない」ということで、生涯第一線の一級の理論物理屋として通しておられるのが、南部先生ですということをご紹介しておきます。


■ 素粒子の世界

 基本的な言葉の説明をします。素粒子の世界というのは、宇宙をすべて理解したいというのが動機です。そのためにはまず「時間と空間」がなければいけません。これは「一般相対性理論」の世界になるのですが、まだいろんな議論があって落ち着いていません。そこにまず「真空」があるのですが、物理の真空というのは空っぽではないと南部先生がおっしゃっています。「真空は無内容ではない」のです。
 この真空の世界に「物の素材」が出てきます。基本的なものは「クォーク」と「レプトン」です。そして物同士が力を及ぼすための力を媒介するものを「ゲージ粒子」と呼びます。そしてその真空でいろんなものに質量を与える役割を果たしている「補助的粒子」もあります。これらで世界ができていると今考えられています。
 物の素材は「玉葱(たまねぎ)」構造になっていて、順番にむいていってどこまでいくかということをやっています。物質は、複雑な分子の集合体であり、その分子はさらに原子核と電子から構成され、原子核はまた陽子と中性子で構成されています。そして、また次にもう1枚玉葱の皮をめくりたいと考え、その構成体にクォークという名前を付け、存在を予言した人々の中に、小林・益川がいたということです。そのほかにレプトンと呼ばれるものもあり、これらが物質の一番小さな構成体であると理解しています。
 クォークという言葉はゲル・マンという人が1963年に付けた名前で、ジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」という小説の中で、かもめがクァークと3回鳴いたという件があって、その鳴き声からクォークという名前になったそうです。
 自然界には四つの力があると考えられています。地球と太陽の間の力の「重力」。磁石や電荷同士の「電磁気力」。陽子や中性子の中でクォークをくっつけている「強い力」。それから放射崩壊の際に働く「弱い力」の四つです。
 その力を媒介する粒子の概念を説明します。キャッチボールを遠くから眺めていて、もしキャッチボールの球が見えなかったら、なぜかわからないけれどもキャッチボールをやっている2人は前後左右に動いて、お互いに影響を及ぼしあっていることだけが見えるわけです。それと同じく物理では、例えば電磁気力(クーロン力)と呼ばれるものは電子と陽子が光子をキャッチボールすることによって力が及ぼされていると理解します。万有引力では重力子がキャッチボールされています。
 物質を構成するクォークとレプトンのグループを合わせてフェルミ粒子と言い、第1世代から第3世代まであります。そして前述の粒子間の力を媒介する4種類の粒子があります。それに南部先生が提唱された真空の性質を決めるヒッグス粒子があります。これらでわれわれの世界ができあがっていると理解するのが、今の標準モデルになります。
 小林・益川理論は、クォークがまだ3種しか見つかっていなかったときに、3世代6種あることを予言したものです。これは非常に先見性がありました。この小林・益川理論を確かめた実験の測定器は縦横高さそれぞれ10メートルぐらいと非常に大きく、14カ国59の研究機関から来た360人の研究者グループで規模の大きな検証実験をしました。このように巨大な実験をやって極微の世界を調べているというのが、素粒子物理の中身です。 nimoku553_03.gif■ 対称性とは

 まず簡単な対称性は修猷館の六光星です。雪の結晶もそうです。これらは形の対称性ですが、力の法則にも対称性があります。その例として、万有引力の法則では「空間の回転に対する対称性」と言い、力自体が対称性という法則を持っていることになります。
 南部先生のお話をシンプルに説明します。円卓にお皿とお絞りが交互に置いてあると、席に座った人は左右どちらのお絞りを取ろうが全く自由です。つまり左右の対称性が保障された状態です。そこに南部先生が登場して、気紛れに左のお絞りを取ったら、他の人も左のお絞りを取らなくてはいけなくなります。もともと左右どちらでもよかったものがどちらか一つになってしまいます。その原因は先生の気紛れで、もともとは対称性があったものが具体化するときに、何かの偶然で対称性を破ることになったというので、自発的に対称性が破れていると言います。


■ 自発的対称性の破れと質量の起源

 これを物理の法則に持ち込んだのが南部先生です。物理では真空の世界でそういうことが起こります。もともとの法則はきれいな対称性を示すものが、現実の世界では破れるという「自発的対称性の破れ」というコンセプトは非常に重要で、質量の起源など種々の自然現象の解釈に極めて重要な概念です。
 では質量とはいったい何でしょうか。重たい球と軽い球があったとき、ちょっと押すと、軽い球のほうが加速しやすいです。質量というのはこのような加速のしにくさを表す指標です。例えば、乗客の少ない電車の中で移動するのは比較的簡単で、この状態が質量が小さい状態と言えます。逆に乗客が多いとなかなか動きにくく、これを質量が大きい状態と考えることができます。この「何かで混雑した状況」が「真空において素粒子の行く手をはばむ原因」になっているわけです。その混雑した状態のことを、物理では「真空での場が凝縮」していると考えます。
 2004年にアメリカ人3名が「強い力」の理論でノーベル賞をもらいました。そのときのノーベル財団の出した公式の受賞理由の中でA4の紙1枚分を南部先生のことに費やし、「南部先生の理論は正しい理論ですべての適切なる要素を含んでいたけれども『 It was perhaps too early(早すぎた)』」と言い訳をしました。このコメントが出たので、これで南部先生のノーベル賞は無理かなとみんながっかりしました。それが今年、受賞されて非常によかったと思います。南部先生の理論は今も素粒子論のいろいろな場面での、最も基本的で重要なものとなっています。

nimoku553_04.jpg 南部先生は本当に偉大な先生で、20世紀後半の最も豊かな理論物理学者の1人だと思います。あまりにも「先駆的(too early)で凡人には理解が追いつかない」のですが、先生は「自分が面白いと思っていることに他の人が全く興味をしめさない」だけだとさらりとおっしゃいます。そして物理屋には「Deep」な人と「Versatile」である人があるとおっしゃるのですが、南部先生は両方の人ですばらしい人です。
 南部先生の語録に、物理学で新しい分野を切り開く(break through)ためには三つのタイプがあるというものがあります。一つは「湯川モード」で、原理はそのままにして新粒子?湯川さんの場合はパイ中間子でした。? を持ち込むことで新しい説明をしようするタイプです。南部先生はカラーというコンセプトを持ち込みました。二つ目の「アインシュタイン・モード」は、もともとの原理を変えてしまう。南部先生は、素粒子が点ではなくて弦だったらどうなるかということを、世界で最初に言った先生です。三つ目は「ディラック・モード」。ディラックは、自然界の現象は必ず数学的にきれいな式で説明できると言っています。「自発的対称性の破れ」というのはまさにそれに属するわけです。つまり、南部先生はこの三つのタイプがすべてあてはまる偉大なる先生だと思います。


■ CP対称性の破れと6Quarkモデル

 『ダ・ヴィンチ・コード』の作者ダン・ブラウンに『天使と悪魔』という小説があります。物質、反物質が出会うと、物質は全部消滅して、大エネルギーを出すことになりますが、この反物質を持ってバチカンを脅迫するという話です。
 小林・益川の話はこの反物質が宇宙に存在しない理由と関係している分野です。電子・陽子・中性子などは、われわれの世界に通常存在する粒子です。それに対して、1928年にディラックが、電荷が逆符号になっているものを反粒子と命名しました。1932年には電子の反粒子が見つかりました。現在では、すべての粒子には必ず反粒子、質量は同じで電荷が逆の粒子があるといわれています。
 ダン・ブラウンの小説の話に戻りますが、物質と反物質1グラムが反応したら広島原爆の2倍に相当するエネルギーが出てきます。しかし、反物質を作るためには、高エネルギーの加速器が必要です。1グラム作るのに今の技術では20億年はかかります。だから反物質を作って何かをするというのは無茶な話で、素粒子の世界の微々たる実験をやるぐらいのものしか作れないというのが現状です。
 次は鏡に映した世界の話です。通常の心臓は左側にありますが、間に鏡を置いて映すと右側に心臓が来ます。ですから鏡の中の世界での法則とわれわれの法則は異なり、これをパリティ(P)変換が破れているという言い方をします。小柴先生のノーベル賞で有名になったニュートリノは左巻きで、それを鏡に映すと右巻きになります。鏡で映したぐらいで自然法則が変わるは困ると思いますが確かに違うのです。しかし、鏡に映すと同時に粒子を反粒子に変える変換(C変換)を加えると、われわれの世界の法則と変わらないと考えられていた訳です。確かに反ニュートリノは右巻きです。
 ところが、1964年にK中間子が壊れるときに、わずか1000分の2ですけれども、反粒子と粒子の壊れ方が違うという現象が実験的に見つかりました。そのときにサハロフというロシア人の理論物理学者が「われわれの宇宙は物質ばかりでできている。宇宙が誕生したときには物質と反物質が同量できていたはずで、それが今こうなっているためには粒子と反粒子で反応が少しずれていないとそのことは説明できない。これはたった一つの実験で見つかった現象だけれども極めて重要だ。」と言いました。でもこの現象の実証はこれしかなくて、それ以降この現象を実証できない状態が続いていました。
 その後、素粒子が崩壊し別の素粒子になる(変身と呼びましょう)現象の整理が進みました。現在はは3世代6種のクォークがありますので、変身の組み合わせは3x3=9通りあります。そしてこの変身の確率を数字を並べた行列で表すわけですが、そこに複素数があると粒子と反粒子との反応の差が出ることになります。
 1972年当時にはクォークはアップクォーク、ダウンクォークとストレンジクォークの3種類しか見つかってなく、4種類目も不確か、あっても二世代4種と思われており、その変身の行列をどういじっても、粒子と反粒子の差を表すような複素数を持ち込むことができなかったのです。そのような状況の下、小林・益川は「じゃ、思い切ってクォークの数を増やしてしまえ」と、3世代6種、9つの組み合わせを考えると複素数を残す自由度があるということに気がつきました。すなわち「粒子、反粒子の反応に差がでることがあるならば、これだけの種類のクォークがないとうまく理論に組み込めません」と主張し、1972年の9月1日に投稿した6ページの論文で、粒子、反粒子の差を生む可能性として新たに6つのクォークがあればうまくいくと発表しました。しかし、この時点ではこの理論は一つの予測にしかすぎなかったわけです。

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nimoku553_06.jpg 次にこの理論が実験的に実証されるまでどういう経緯があったかをお話しします。6つのクォークがあればうまくいくと発表した段階では、3つしか見つかっていませんでした。74年にCクォークが、77年にはBクォークが見つかりました。すると、1981年にアメリカ育ちでロックフェラー大学におられた三田一郎さんという日本人が、B中間子と反B中間子の崩壊に大きな差が出てくることが実験で検証できるかもしれないと初めて指摘したのです。その後この予言を支持するデータが少しづつ出始めました。つくばの研究所(KEK)では小林・益川理論の検証を自分達の手でやりたいと政府に働き掛け、ついに1994年から400億円かけて実験装置の建設が始まりました。そのあとすぐトップクォークがアメリカで見つかり、6クォークというお膳立てが揃いました。あとは本当に小林・益川理論が正しいかを調べればいいということで、98年から実験が開始されました。
 最初の論文から30年が経過した、2001年についに実験的に証明がなされました。つくばの研究所の測定装置から得た3,300万のデータの中で小林・益川理論を実証するのに役に立ったのは10万分の1の500とか600しかありません。非常に多くのデータの中から役立つデータを選ぶというのも大変なことだったと思います。こうして400億円を投資してノーベル賞級の成果を出すことができました。
 時代から言えば非常に先駆的な理論を構築されたお二人ですが、当時の名古屋大学には、坂田先生という方が素粒子の模型を世界に先駆けて提案されたり、4番目のクォークというのがはっきりしない時代に丹生先生という方が、宇宙線の中で何か新しい粒子が発見できた可能性を指摘されており、つまり、新しいものを組み込むことに抵抗がない雰囲気がそこにはあったのだろうと思います。

nimoku553_07.jpg■ これから期待すること?基礎物理の将来

 基礎物理学にはまだまだ未知の世界が広がっています。これから先もさらなる実験が必要で、さまざまな計画が進行中です。
 今までお話しした素粒子の解明が一体何の役に立つのかという疑問があると思いますが、何の役にも立ちません。小柴先生も胸を張って「ニュートリノの実験をやっても何の役にも立たない」とおっしゃっています。ただ、インターネットの仕組みなど素粒子実験の過程で派生的に出てきた技術はものすごいものがあります。素粒子のことがわかっても役に立たないけれども、素粒子がわかるための努力は非常に大きな波及効果をもたらしてきたことを申し上げたいと思います。
 というわけで「宇宙の謎解きに挑戦するのは人類の人類たる由縁である」というので、これからの若者に期待したいと思います。


nimoku553_08.jpg■ 若者達は今?若者の理科離れ

 子どもというのは本来科学者です。「なぜ」とか「どうして」とかそんなことばかり聞きます。小柴先生は平成基礎科学財団を作られ、若い人に科学の面白さを教えようと、「楽しい」のではなく、「楽しむ」科学教室を作っておられます。主体的に自ら取り組んでほしいということです。これを私もお手伝いしています。
 ところが、最近では科学に無関心の層が増えています。科学に関心を持つ世代は、主として50代、60代です。つまり、われわれ世代は科学への関心が強いけれども、若い世代では。科学への関心の度合いがどんどん減少している状況です。
 例えば小学生を対象とした天文学会の調査では、太陽が地球の周りを回ると答えた生徒が42パーセントにものぼり、月の満ち欠けは地球の影によると理解しているのが37パーセントというデータがあります。要するにすべてがブラックボックス化していて、科学技術の成果は享受したいけれども、そのブラックボックスの中身には興味のない若い子が増えてきています。これは困ったことだと思います。
 最後にノーベル賞100周年でスウェーデン国王のお言葉をご紹介します。
「A Child is not a Vessel to be filled, but a fire to be lit」。
 子供は何も知識を詰め込むための器ではないのだと、そうではなくて子ども自身が持っているその火をともして刺激をしてやるということが非常に大事なのだということです。ここにお集まりの皆さんもぜひ今後の世代がそういう気持ちで科学技術に対して好奇心を持って取り組むようにご支援をいただければと思いながらこれでおしまいにさせていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。


○司会
中澤先生、どうもありがとうございました。さすがナノの研究をされているだけあって時間ジャストでした。それでは箱島会長からごあいさつをお願いいたします。

○箱島
私も随分二木会に出ていますけれども、こんなに高級かつ上等な話を聞いたのは初めてで、非常におつむが上等になったような気がしています。あとで理解度のテストがないのもまた救われる思いです。今回は3人の日本人が物理賞を独占しましたが、しかし若者の間に科学に対する興味が減ったという話もあり、これもまたなかなか由々しいことだと思います。修猷館からノーベル賞の受賞者が出るようなことがあれば若い人たちが刺激を受けるでしょうし、二木会に来てもらってそういう話を聞ければ大変けっこうだと思います。今日はありがとうございました。


※最後に、2008年の忘年会で東京修猷会が入手した旗の紹介が行われました。
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