第547回二木会 開催報告

新入生歓迎会 「百年の素心」

日 時: 平成20年4月10日(木)
場 所: 学士会館
参加人数: 115名(うち新入会員30名)
講演テーマ: 「百年の素心」
講師: 石村 善悟氏(昭和42年卒)

略歴:  昭和42年 修猷館高校 卒業
     昭和46年 東京大学経済学部 卒業
     昭和46年11月(株)石村萬盛堂 入社
     昭和49年3月 同社取締役
     昭和51年4月 同社専務取締役
     昭和54年12月 同社代表取締役社長・(株)イシムラ代表取締役社長
     平成18年7月 (株)マッシィロマン代表取締役社長

歓迎会特別企画: (ミニコンサート) フラバルス(黒田晃太郎氏・平成10年卒)

運営/進行 S56年卒(スゴロク会)田中昭人

講演内容

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はじめに
 当社は明治38年創業で今年103年目を迎えました。先程、老舗としてご紹介いただきましたが、菓子店の老舗は100年200年はざらなので、自慢するほどではありませんが、どうにか老舗の仲間入りができたかと考えております。

 当社が100年続くのには、なにがしかの理由があったと考えまして、今までの流れやいきさつをお話していきたいと思います。
 創業100年を迎えられた理由として三つあげますと


  1. 特段の運の良さ

  2. 「鶴乃子」という商品を持つことができた

  3. 祖神?形や物だけが引き継がれるのではなく、創業者の思い、それは何でもって世の中の役に立つか、どういうふうな商品を作ろうか、という思いを引き継ぐこと

1. 特段の運の良さ

新しい技術との出会い
 創業者の祖父が作り上げた「鶴乃子」は、最初は日持ちがせず、作り方も手間がかかっていました。これらの点を何とかできないか、といろいろ探していた時に出会ったのが、マシュマロ。

 マシュマロは森永(森永製菓)さんが明治32年にアメリカから伝えてきたもので、森永さんの技術者が全国をまわってこの製法を伝えていた。祖父はこの技術者を訪ねてマシュマロの製法を学び、今の「鶴乃子」を完成することができました。

マシュマロデー
 ほんの遊び心で始めたものが、今ではホワイトデーとして日本だけでなく、韓国、台湾、上海、北京と全アジア的なイベントになっていった。

強制疎開により一時閉店したが
 昭和19年の夏に強制疎開の命令を受け、本店並びに住居としていた須崎から立ち退かされました。祖父も父も「やっとこの地に本店を構え、これからという時にどうして、こううちはふの悪かとかいな。どうしてうちだけが立ち退かないかんとかいな。」と嘆き閉店しましたところ、翌20年6月19日の大空襲でこの地は住民45人中40人が亡くなる大惨事になりました。
 誰も亡くなることのなかった私どものことを、運がよかったというのは大変不謹慎なことでありまして、祖父も父も「神仏のご加護をいただいた」と言っておりました。そして、お亡くなりになった皆さんをお祭りすべく須崎地蔵を家の横にたてまして、ずっとお祭りして参りました。
 うちに神仏を敬う風土があったのは、祖先が黒田如水公に付き従って入ってきた宮寺大工だった為かと思います。大手門の汐見櫓は1800年前後に祖先が棟梁として作った物です。しかし、明治の頃の宮寺大工は大変貧しく、祖父は体も弱かったことから、宮寺大工は出来ないと考え、何をしようかと考えたそうです。宮寺大工をしていた祖先の思いは何か、それは自分が作った作品のなかで皆さんが神様仏様を大事に敬うこと。それに変わる小さな物としてお菓子がいいと考えたそうです。お菓子は神仏にお供えして皆さんが手を合わせてくださる。そう思ってお菓子屋を始めたということです。

 ところで、神仏を敬う敬虔な心、ということを書いておりますが、大成功を納めた方や大企業に意外とそういう目に見えない世界を敬う面があると思います。昨日講演を聴きました経団連の御手洗会長のキャノンは観音様のNの一字をとった名前ですし、修猷館の出光会長のタンカーには全部お稲荷さんが奉られている、と聞きます。証券関係につとめていた友人の話によりますと、「相場観のいいやつは神社参りをよくする」そうです。信仰がベースにあると心強いのかなと思います。より大きな物に守られてきた、ということを否定することは無いかと。商売の世界は緩やかに上手にとりいれても悪いことではないなと思っています。

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憑きの管理
 成功者は「運がよかった」「誰それのおかげ」と言いますが決して「自分に実力があったから」とは言いません。心の謙虚さというのは大事なのかなと。
 しかし、運の話だけでは努力や心の持ちようは関係ない、ということになりおもしろくないので、若い方たちには「憑きを管理する」と話しています。
 これは「憑いている人とか憑いているものにとことん付き合う」ということです。

 有名な話として日本の運命を救った東郷平八郎さんの例があります。日露戦争の際に日本の連合艦隊の司令長官に任命されましたが、この際に「なんで東郷か?成績もそうたいしたこともない、だいいち風采もあがらない、大丈夫か」こういう意見が多かった。この人事に反発し乗り込んできた日高壮之丞に対して、山本権兵衛海軍大臣が「東郷という男は妙に運の強い男だ。今度の戦いは東郷の運にかける」と言った、とあります。これは「坂の上の雲」に出てくる話なんですが。
 私はこの話を思い出して店長を決めたことがあります。それは今から30年以上も前ですが、私が31歳で社長に就任して最初の仕事でして、博多駅店の改装を行いました。当時、高度成長期にもかかわらず、当社は本当に不振でした。うちだけ赤字になる、そんな中、博多駅の改装は乾坤一擲の戦い、と言ってもよいものでした。しかし改装はできたが店長にする人材がいない。このとき私は東郷さんの話を思い出し、ある人物に決めたのでした。それは、納品担当の人間で、私や社の人間と共に麻雀をすると、下手くそなのにずーと勝ち続ける男でした。いつもはトラックを運転して納品し、仕事の後は手のひら真っ黒、爪のあかはたまってシャツが後ろからはみ出しているような感じで、とてもとてもお菓子屋の店長ふさわしくない。しかし、「こいつは憑いている、こいつと心中」というつもりで店長にしたところ、大当たりだった。博多駅店の売り上げが、年間7千万だったのが1億1千万になり、総売上が7?8億だったのが初めて億の二桁に乗った、そんなことを社長就任の年に経験できた。東郷さんの話とは比べようもないですが、なるほどこういう応用が出来るのかな、と思いました。

 もう一つ、「憑きの管理」として大切なのは素直であることです。
 素直という心のありようがどれだけ憑きにつながり、力を伸ばすか。それは運動選手の優勝インタビューを聞いて思いました。横浜高校が春夏連続優勝した時、監督が松坂投手のことを聞きかれると「とにかく松坂、素直、この一言につきるね」と言っていました。僕の大好きな高橋尚子選手、シドニーオリンピックで金メダルを取った時、インタビューで高橋選手のことを聞かれた小出監督は「うん、キューちゃんね、もうとにかくね素直、これだよ。監督やコーチが教える、あっわかりました。やってみます。すぐ実行する。実行すれば伸びる、伸びるからおもしろいから教える。すぐ実行する。また伸びる。この繰り返しね」と言っています。
 ところで、高橋選手が金メダルをとった最大の理由は、僕の独断の解釈ですけど、小出監督を監督に選んだことだと。あの当時の名監督、名コーチの中で実際に選手にメダルを取らせるという憑きをもっていた監督は小出さんだった。有森を二度、鈴木博美に世界選手権で金を。そのことがわかっていて、高橋選手は押し掛け女房のように監督に師事するようになった。小出監督も不承不承だったが、教えだしたところ、とんでもない素質をもっていた。何事かを成し遂げた人は、指導をした人から素直だと言われているところが不思議だなと思います。
 ところで素直さのレベルに小才、中才、大才とあって、生きる才能のレベルが決まる、と子供達に言っています。小才はあまり言うことを聞かない。中才は先輩や権威のある人の言うことを聞く。本当の意味でのトップリーダーは自分にいやなことを言う人、目下の人、ライバルあるいは敵の言葉を素直に聞くことが出来る。トップはいつも忘れますね。だいたい偉くなると、自分に都合の悪いことを言う奴はそばに置きたくなくなる。それをやり始めると会社はすぐにだめになる。自戒するところです。
 私には口の悪い友達がいっぱいおり、これが救いになっています。つまらん経験ですがお話しします。
 当社の洋菓子部門を確立させたショコラバーという製品は、ブライダル市場で大ヒットし福岡、東京でベスト3に入る商品でした。20数年前の発売当初、後輩の妹が「いちょん、おいしゅうない。味に感激がなか」と言ったのを聞き、はじめは「なんや、おまえの妹は味のわからん奴たい」と反発しましたが、そう聞かされた翌日、私は工場に行って製造方法を確認したところ、レシピにある杏のジャムを使っていなかった。杏ジャムが値上がりしていたからと言うのです。シェフは「コストもかかるし、ジャムを塗る手間もかかる。社長は人件費減らせー、と言ってるじゃなかですか」と言う。私は「値上がりしようが、ひと手間かかろうがとにかくちゃんと塗ってくれ」と言って、元の味に戻させました。
 これ笑いながら話してますが、後輩の妹が言ったことを素直に聞かなかったら、うちの洋菓子部門を押し上げてくれたショコラバーは、この時点で死んでいたと思います。後輩の妹さんには会うたびに「本当にありがとう」と手を合わせています。
 素直って、以外と商売にとっていいんだなー、と思いました。

  ヤンキースの松井が5年前に大リーガーになって、4月5月は不振だった。それが6月になったらとたんに打ち出した。これには秘密があったそうです。5月の末頃に日本のある新聞に、松井のここが悪い、と言う評論記事がでた。それを読んだ松井はなるほどこれ間違ってた、と修正したところ復活できた。松井はニューヨークからこの新聞社に電話して、記事を書いた田尾さん、楽天の監督をしていた人ですね、田尾さんにお礼を伝えていてくださいと。
 松井ほどの大打者になれば一評論家の意見を聞かなくても立ち直れるはずです。トップになればなるほど、いやなことや批判に耳を傾ける力がいるんだ。これが結果的に憑きを呼ぶ何かしらを得ることが出来る、自分の力以上のものを自分の仕事の味方に出来る。それが出来なければ、企業は長く続かないと思います。


2. 「鶴乃子」という商品をもつことが出来た

 「人が角いものなら、自分は丸いもの」と言って祖父は土産菓子の箱を丸箱にしました。鶴のデザインも祖父が書いたものです。これまでもこの絵を変えてみようと何度も高名なデザイナーも含めて相談しましたが、これ以上のは出来ませんよ。これを大事にして、と言われました。
 「人が角いものなら、自分は丸いもの」と祖父が言ったのは今風に言えば、独自性、オリジナルを大事にしなさいよ、人のまねをするな、ということだったと。我が社の菓子づくりの基本で強く根底にあります。
 ホワイトデーのアイデアも誰かのやっているイベントに乗るのでなく、自分でオリジナルなものを作りたいと。
 今から30年前は男はチョコをもらうばかりで、お返しは無かった。でも女性の方からは「お返しはないの?お返しの日があったらいいねー」という声が出てきていた。私がある少女雑誌を見ていたら、そんな記事があった。「おっ、おもしろいねー、お返しの日か。そういえば男はお返ししていないね」と思いましたね。そしてこの記事にマシュマロ、クッキー、キャンディーが載っていました。「マシュマロといえば、うちの鶴乃子が使えるじゃないか」ということで、社内の若い女の子を集めて検討したところ、お返しはちょうど1ヶ月後の3月14日にして、マシュマロデーと。岩田屋さんにこの話をもっていったところ喜ばれた。ひな祭りとお彼岸の間で埋め草のイベントになると。この年20万売りました。この20万から作り出されたホワイトデーの市場は現在、1000億です。ちなみにバレンタインデーは1500億。未だにバレンタインの市場の方が大きいんです。ここにいる男性諸君には是非がんばってお返しをしていただきたい。
 「鶴乃子」がこういうイベントを作り出すことが出来た。
 そして今マシュマロは美肌効果があると言うことで、黙っていても売れるんですね。ある実験で、1日15個ずつ3週間食べたところ、0.3ミリのシワが0.2ミリになったと。コラーゲン効果なんですね。私は科学的データーわかりませんが、祖母は99才、母は91才、死ぬまで肌がきれいでしたよ。鶴乃子を食べ続けたからと言ってます。
 「鶴乃子」という明治の頃に用意してもらった素材で、我が社のこれから先の見通しをもたせてくれる、ありがたいと思っています。


3. 祖神

 続いているお店には、心の部分、思想、人生観、というものが残っていき、これは家訓になるんですね。この心の伝承はどうやったら出来るのか。

 一つは、言葉を仲立ちとした体験の共有。ある言葉を同じ場面で体験し共有すると伝わっていく。
 私は19才の時に大失恋をし、もうグチャグチャ、フラフラしていると、父が客間に呼び「この軸が読めるか」と。莫妄想、という軸でした。「ばくもうそう、やろーも」と言うと、父は「そうたい、莫妄想たい。わかったろー」と言ってスタスタ部屋から出ていきました。私、コンチクショーと思いましたが、その時のスキッとした父の姿が今でも心から離れません。
 莫妄想とは元寇の時の話で、元の使者がやってきて降伏を勧める。この対応に悩む執権時宗が無学祖元に教えを請いに行った。無学祖元は一言「莫妄想」と怒鳴りとばした。大変大きな言葉です。「妄想する無かれ」
私は経営者として決断を一旦したら迷わずやっていく時にこの言葉が生きています。本当にありがたい言葉をいただいた。

 二番目に「胸中の温気」二宮尊徳の言葉です。思想や哲学や例えば経営方針などを書き物にしてしまうと死んでしまう。氷になってしまった言葉を溶かし、有用な水にするにはどうすればいいか。それは言葉を読む一人一人が胸の中に熱い思いを持つかどうか。そのことを問われている。それぞれの社長方針を職場で読み上げていますが、生きた言葉になるかは社員一人一人の思いですね。

 そして、先義後利。これは近江商人の店のほとんどが家訓にしています。義は社会正義、あるいはお客様への信義、信用ですね。まさに去年一年間、食品偽装、表示の問題など不正直であることを問われました。利を先に求めてしまう。この利も大きな利でなく、目の前の小さな利を求め、結果として会社をつぶしてしまったところもあります。ある菓子メーカーは期限切れの牛乳を使用したことを11月にわかったのに1月に発表しようとした。不正の発表を先延ばしにした。それは12月のクリスマスケーキの売り上げが落ちるから、という理由でした。
 先義後利。義を先にして、利を後にする。あるいは義を先にすれば利は後からついてくるとも読めます。これをしっかりとそれぞれの代の経営者が普遍化していくなら、商売は長く続く、と近江商人は言っています。この言葉こそ、今、我々の業界だけでなく企業人に問われている大きな言葉ではないでしょうか。

 皆様、自分の熱き思いを体験で溶かしていただきながら、これからの経営をしていくことが大事なことではないか、と思います。
 ご静聴ありがとうございました。

新入会員歓迎会特別企画・ミニコンサート

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(黒田晃太郎氏・平成10年卒)


新入会員歓迎会

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