第656回二木会講演会記録

「新型コロナウイルスに正面から向き合う ~正しく敵を知る基礎研究の重要性~」

講師:徳永研三さん(昭和58年卒)
開催日時:令和3年5月13日(木) 19:00-20:00

〇服部 執行部で二木会を担当しています昭和59年卒の服部です。本日も100名以上の皆さまにご参加いただいています。本日の講演は、昭和58年ご卒業の徳永研三さんに「新型コロナウイルスに正面から向き合う~正しく敵を知る基礎研究の重要性~」をテーマにご講演いただきます。
 徳永さんは修猷館をご卒業後、北海道大学大学院で医学博士号を取得され、その後、国立予防衛生研究所、フランスパスツール研究所、そしてアメリカのデューク大学で分子レベルのエイズウイルスの研究に取り組まれた後、現在は国立感染症研究所の主任研究官としてご活躍されています。

■講師紹介

〇原沢 東京修猷会幹事長の原沢です。今までオンラインだと同期紹介はないのですが、今日は運営側として参加していますので、徳永研三くんの紹介をさせていただきます。
 私たちは東京修猷会の幹事学年をやって以来、同期が家族のようになっています。研三さんは忙しくても集まりには必ず駆け付けて、「次に会う時まで頑張ろうよ」と言ってくれる頼もしい存在です。
 見てのとおりのイケメン(笑)ですが、高校時代はとても硬派な男子生徒でした。バスケット部に在籍していたのですが、同じ部のとても優秀な二つ上のお兄さん(S56年卒)とよく比較されて、顧問の梅野先生からいつも「兄貴を見習え」と言われていたそうです。
 当時は「モーカリ」の制度(担当教員不在の場合、繰り上がりで当日の授業が早仕舞いするシステム)があったのですが、彼は「自主モーカリ」と称して、授業中に机ごと教室から消えてしまうという派手な悪さもやっていたようです。当時の先生は新谷尚子先生でした。大学を出たばかりで初めてのクラスだったので、そんな生徒の有様(研三さんだけですが..)に思わず泣いてしまったそうです。私たちが東京修猷会の幹事学年の時に新谷先生をご招待したのですが、その当時のことを鮮明に覚えておられました。実際、総会終了後に先生を雨の中でお見送りする際に、研三さんは傘持ちをさせられていました(泣)。
 そのように全然お手本にならない高校生だったのですが、今は、良きパパ、良き夫、そして福岡のお父様を時々こちらに呼んだりする良き息子さん、でもあります。世界を股に掛けて活躍する同期の誇りの研究者ですので、今日のお話は心して伺いたいと思っています。20210513-IMG_3423.jpg20211106-start.jpg

■徳永氏講演

 (旧姓)長野さん、過分な御紹介ありがとうございます(汗)。本日は伝統ある二木会で講演する貴重な機会をいただきましたことを心より感謝いたします。
 現在、新型コロナウイルスに関する様々な情報が飛び交っています。そうした中で先ごろ、修猷の後輩で知的職業の極みのようなお仕事に就いている女性が、職場でのとんでもない話について「それは本当ですか」と私に尋ねてきました。
 その話とは「新型コロナウイルスというのはそもそも存在しないのでは? コッホの原則に基づく分離同定が世界中誰もできていない。科学的な証明をしている論文もない」。「存在しないものに対してコンピューター上で配列を出してワクチンをつくった」。「通常ワクチンは安全性のテストや承認を得るまで、7年~10年くらいかかるが、今回は1年ぐらいで動物実験もせずに人間に接種している」というものでした。
 どれも全くあり得ない話であり、私はすぐにメールで回答しました(写真参照)。このような背景もあって、本講演会ではサブタイトルにあります「正しく敵を知る」をテーマに、皆様に正しい情報をお伝えすべく、サイエンティフィックなエビデンスに基づくお話をしたいと思います。20210513-factcheck.jpg

■新型コロナウイルスの出現

 去年の2月に武漢ウイルス研究所のZheng-Li Shiらが、ネイチャー誌に初めて新型コロナウイルスの報告をしました。彼女には私も国際学会で会ったことがあります。この女性は長年コウモリのコロナウイルスを追い続けていて、バットウーマンと呼ばれているのですが、この報告で一つ驚くべき内容がありました。
 2019年に突然出現したこのウイルスの遺伝子配列は、雲南省の1匹のコウモリから採られたコロナウイルスRaTG13との遺伝子相同性が異常に高く、これが新型コロナウイルスの起源である可能性が示唆されました。
 ただ、雲南省からアウトブレイクが起きた武漢までは1,500 ㎞の距離があります。それゆえ雲南省のこのコウモリが武漢まで飛んでいくというのは非常に考えにくく、なぜこれに近いウイルスが武漢で見つかったのかは謎のままです。
 そして最初の報告から2カ月後に中国のグループが、この新型コロナウイルスは、コウモリのRaTG13に由来すると共に、絶滅危惧種であるパンゴリン(日本名:センザンコウ)が持つコロナウイルスにも由来するウイルスであることを報告しています。

■変異型D614Gウイルスの出現

 2020年の年明けから、世界で感染拡大が少しずつ進む中で、最初の武漢型ウイルスから一挙に感染性が高まったD614G(欧州型)ウイルスが出現します。
 われわれは去年の6月に、プレプリント(査読前論文)でこれに関する報告をしたのですが、アメリカの二つのグループと2、3日前後しての報告になった結果、その直後のニューズウィーク誌には、われわれより2日早く出したアメリカのスクリプス研究所チームのインタビュー記事が出ていました。
 このD614G変異ウイルスにより、昨年2月にイタリア・スペインでの感染爆発が起きて、その後わずか4カ月ぐらいで、世界中の新規感染はほぼ完全に最初の武漢型からこれに置き換わってしまいました。
 われわれの研究において、私が得意技とする偽ウイルス(感染が1回だけしか成立しない、スパイクタンパク質だけをかぶったウイルス)で感染実験を行ったところ、武漢型に比べて約3.5倍の高い感染性を示しました。これはある意味予想通りでした。
 この感染性増強の理由を探るため、武漢型と欧州型D614Gスパイクタンパク質の構造解析を行いました。スパイクタンパク質はウイルス粒子の外側で三つ組みになって存在しますが、その先端に位置するRBDという部分が、鼻腔、口腔粘膜、気管支、肺に発現しているACE2受容体と、鍵と鍵穴の関係で結合します。
 武漢型とD614G変異型を比較したところ、スパイクタンパク質の三つ組みが、武漢型では中にキュッと締まった形になっていました。一方、変異型ではこの三つ組みが開いてACE2受容体に結合し易い形に変わっていました。実際にACE2受容体への結合性を数値で測定したところ、変異型スパイクは武漢型の約2倍に高まっていました。
 この時点で危惧されたことは(人はウイルスに一度感染すると抗体が出来るのですが)、抗体が変異ウイルスには効かなくなるのではという点でした。実験を行った結果、感染者由来の血清に対して武漢型と変異型はどちらも同程度の感受性を示すということが分かり、これは大きな安心材料となりました。
 われわれの論文は今年の2月にネイチャーの姉妹紙であるネイチャーコミュニケーションズ誌に掲載され、朝日新聞でも取り上げられました。 20210513-IMG_3403.jpg

■ワクチン

 ワクチンについては、皆さまが最もご興味のあるところかと思います。
 今回の新型コロナワクチンの開発は通常よりもはるかに短縮されています。従来のやり方では、予備段階に数年、前臨床試験と毒性試験に2年から4年、3段階目の臨床試験では5年から7年、そして最後の書類審査で1年から2年と、合計15年以上かかります。今回は、すべてのステップがワープスピードと呼ばれる数カ月の単位で行われました。去年ネイチャーにこの論文が出た時点では、10カ月から1年半かかると言われていましたが、実際にはファイザーワクチンは9カ月で承認されています。
 現行の世界三大ワクチンとして、ファイザー、モデルナ、およびアストラゼネカ製が使われています。モデルナとファイザーはメッセンジャーRNA (mRNA)ワクチンで、脂質の粒子の中にスパイクタンパク質だけをコードするmRNAが取り込まれています。アストラゼネカ社のものはウイルスベクター型ワクチンで、アデノウイルスを運び屋として使っています。2番手として出てきたウイルスベクター型ワクチンが、ジョンソン&ジョンソン社のものです。そして表面にスパイクタンパク質だけを取り込ませた脂質粒子からなるサブユニットワクチンがノババックス社のもの、中国のシノバック社から出たワクチンは旧来の不活化ウイルスタイプで、ロシアが全力を懸けてつくったスプートニクⅤはアデノウイルスベクター型ワクチンです。 20210513-IMG_3407.jpg
 昨年暮れの報告によると、モデルナとファイザーは95%近くの感染防御効果があるようです。アストラゼネカ社は82.4%、ノババックスは89.3%、1回接種タイプのジョンソン&ジョンソンは少し落ちて66.1%と報告されています。ロシア製は意外に健闘していて91.6%です。中国シノバックの不活化ウイルスワクチンは50%程度の効果と報告されています。
 この2月に、まだプレプリントの段階なのですが、興味深い論文が出ています。ワクチン接種が迅速に進んでいるイスラエルにおいて、1回投与後の統計データが報告された後、そのデータをイギリス人研究者が再解析したところ、接種後最初の14日間はかなりの数の感染者がいて、14日目のワクチン効果は限りなくゼロに近い値でした。そして接種後3週目でワクチン効果がピークに達し、その後は維持されていたという報告です。ここでの重要なメッセージは、ワクチン接種したからといってすぐに安心して遊び回ったりしたら、感染してしまう危険性が大いにあるということです。

■ワクチンの副反応

 次にワクチンの副反応の調査結果についてお話しします。この論文における調査年齢の区切りは、16歳から55歳まであるいはそれ以上となっていて、55歳までが若手に入っています(この年齢をもう少し下げれば違いがはっきりするかもしれませんが)。この調査では、ワクチン接種者と「プラシーボ」というただの生理食塩水を打った人たちの副反応を比べています。プラシーボの人たちにもある程度反応が出ているのは、単なる気のせいということになりますので、ワクチン接種者との差が本当に起きた副反応ということになります。やはり若くて元気な人のほうが免疫反応が良いせいか、副反応が強く出るようです。
 アレルギーについてですが、この年明けすぐにサイエンス誌に載った総説によると、mRNAに使用されているポリエチレングリコール(PEG)がその原因ではないかということです。先ほどもお話した通り、ワクチンの脂質膜の球体の中にはスパイクだけをコードするmRNAが入っていますが、その外側に細胞内への浸透性が増すようにPEGをまぶしているのです(同じ理由でスキンケアやヘアケア商品にもよく含まれています)。
 そしてワクチン開発とは無関係な4年前の調査論文によると、アメリカ国内において72%の人々が抗PEG抗体を持っているとのことです。この抗体レベルは人によってまちまちですが、今回のワクチン接種によってアナフィラキシーを起こす人は、この抗PEG抗体の血中レベルが高いのではと考えられています。

■相次ぐ変異ウイルスの出現(*本講演はデルタ株の世界的拡大前)

 現在出現している変異型(2021年5月上旬現在)は、武漢型には全く由来せず、すべてD614Gの子孫ウイルスです。まず去年の暮れごろから出てきた英国型(現アルファ株)、次に今年の初めから増え始めてきた南ア型(現ベータ株)、そしてブラジル型(現ガンマ株)があります。この三つの共通点は、スパイクタンパク質のアミノ酸501番目がNからYに変わった変異(501変異)を持つということです。
 また、カリフォルニア型(現ラムダ株)が過去2カ月ぐらいアメリカで流行しています。これは501変異由来ではなく、アメリカで独自に生まれたアミノ酸452番目の変異ウイルスです。 それから、この2~3週間、世間を騒がせているインド型(現在のカッパ株;その後に世界で感染爆発するデルタ株と若干異なる)がありますが、これはこの501変異を持たずに、カリフォルニア型が持つ452番変異と南ア型・ブラジル型が持つ484番変異という二つの変異を持っています。マスコミはこれを二つの変異を持つ恐ろしい二重変異ウイルスと言って大騒ぎしていますが、二つの変異があるから怖いウイルスになるというわけではありません。
 これらの変異は、先ほどもお話ししたACE2受容体に結合するスパイクタンパク質の特定領域である、RBDという部分で起きています。ワクチンは、ACE2受容体とスパイクの結合を抑えるべく、RBDに対する抗体を体内で作らせるのが目的なのですが、この部分に変異が起きると、ワクチン効果が低下することが危惧されます。
 これら変異ウイルスのうち、日本国内でも世界においても、英国型が圧倒的な増殖スピードで感染拡大しています。この英国型に始まった501変異については、注意すべき話があります。昨年、北京の研究グループがマウスで新型コロナウイルスの感染モデルを作る過程で、ウイルスを何回もマウスで植え継いでいるうちに、マウスACE2受容体に効率よく結合できるこの501変異型ウイルスが出現して、マウスに効率よく感染できるようになったのです。つまりこの501変異というのは、マウス実験における馴化型として出現したわけなので、ヒト―ヒト感染によって自然界で出現した501変異ウイルスは、逆にマウスにも感染しうるウイルスとなってしまいました。実際それを裏付けるデータが査読前論文で複数出ているようです。
 一方、南ア型・ブラジル型に共通の484変異は、去年の秋の時点で、実験室レベルでその出現が予測されていました。その実験において、シャーレにまいた細胞にウイルスを感染させた後、患者由来の血清を添加して、そこから逃避して増えてきたウイルスに、更に別の抗体を添加するという作業を繰り返した結果、最後まで増え続けたウイルスにこの484変異があることが分かりました。免疫から逃れ続けた末のウイルスでは、高頻度にこの484変異が起こることを予言した論文だったのですが、実際その通りになってしまいました。
 そしてこれらの変異ウイルスに対するワクチンの有効性の有無は、今後の感染拡大の抑制において重要な鍵となります。
 つい先ごろ、私の長年の友人であるパスツール研究所のオリビエ・シュワルツ教授が、ファイザーワクチン接種者由来の血清は英国型、南ア型に対して程度の差こそあれ依然有効であることを、ネイチャーメディシン誌に報告しています。彼が30人規模のチームを率いて大規模実験を行った研究結果です。
 その実験において、D614G欧州型、英国型、南ア型に対する、感染後3カ月、6カ月、9カ月後の患者回復期血清の中和活性を調べてみると、英国型とD614G欧州型はどの血清でも同程度に抑えていました。南ア型に対しては少し効きが悪くなっていて、感染9カ月後の血清では63%に留まっています。
 一方、ワクチン接種者の血清の場合、同じ変異型について、接種後2週、3週、4週、6週と定期的に血清を採って調べると、2週目では全く効いていないものの、週を追うごとに抑制効果が高まり、6週目では英国型とD614G欧州型に対して92%感染防御できていました。南ア型に対する防御能は77%でしたが、これは実験上、血清30倍希釈の状態で抑えられるか否かの値です。
 実際の人間の体の中では血清は希釈無しの原液なので、ワクチン効果は、南ア型に対して少し落ちるものの依然として有効であると言えます。また現在、日本で爆発的に増えている英国型に対してワクチンがよく効いているというのは朗報です。
 ブラジル型およびカリフォルニア型についてもそれぞれ報告があり、ワクチン接種者由来の血清の両変異型ウイルスに対する抑制効果は、英国型と南ア型の中間程度であることから、どの変異型に対しても十分なワクチン効果はあると言えます。
 最後にインド型(カッパ株)ですが、回復者の血清を使った場合もワクチン接種者の血清の場合でも、インド型の抗体感受性は欧州型D614Gと南ア型の中間程度という査読前論文の報告があります。
 これらをまとめると、中和抗体に対する感受性は、元のD614G欧州型と英国型がほぼ同じで、これより少し落ちるのがブラジル型、カリフォルニア型、インド型で、この三つは大体同程度です。そして最も効きが悪いのは南ア型のようです。
 この南ア型が実際に脅威であるか否かですが、先週出たばかりの査読前論文では、アカゲザル感染実験において、南ア型は、肺におけるウイルス量も、肺組織のダメージの度合いもむしろ低かったという結果が示されています。したがって、中和抗体からは逃れやすいものの病原性は低いということから、変異=ウイルスの凶暴化ということにはならないと言えます。 20210513-IMG_3399.jpg

■BCGの有効性

 当初、BCG接種をしている国で新型コロナウイルス感染者が少ないことから、都市伝説的にBCGは感染防御に効いていると言われていました。これに関して、去年の3月に日本のグループが査読前論文において、感染者数と死者数の統計でその有効性を示しています。BCGの「接種国」、「接種中止国」、「非接種国」で比較すると、「接種中止国」および「非接種国」で感染者および死者が多く見られるということです。
 BCG非接種国であるオランダのグループも、これに近いデータを査読前論文で出しています。このグループは、BCGで免疫力を訓練することでウイルス感染を防御できるということをすでに2018年に報告していて、更にそれと併行して実際にBCG接種の臨床試験を行っています。BCG接種をした高齢者を3年間フォローした結果、呼吸器感染症が激減していることが、昨年のセル誌で報告されており、もはやBCGの効果は噂レベルではなくなっています。

■環境中における新型コロナウイルスの安定性

 去年の3月に、新型コロナウイルスは環境中でかなり長い間生存しているという衝撃の論文が出ました。段ボール、ステンレス、プラスティックにくっ付いた後、どれぐらいの間、ウイルスが生きているかという話です。段ボールでは24時間、ステンレスやプラスティックでは72時間生きているというデータが示された影響もあって、外にあるものはすべてウイルスに汚染されているかのようなヒステリックな風潮が、世の中に広がってしまいました。
 確かに手洗いやうがいは大事なのですが、最近の論調としては、ウイルスが付着したものよりも、むしろウイルスを含むエアロゾルからうつる可能性のほうが高いということが言われ始めています。実際、先ほどの論文においても、新型コロナウイルスはエアロゾル中で3時間程度は生存しています。
 空気中に拡散するこのエアロゾルに対して、すぐに落下するのが飛沫ですが、直径50マイクロメーターの飛沫(ひまつ)1個にウイルス粒子1個が含まれる確率は37%という論文が出ています。3個に1個の割合ですが、飛沫全体の量を考えるとかなりのウイルスが放出されていることになります。
 飛沫は、サイズが大きいものは大体6フィート(180㎝)以内に落下すると言われていて、当初、アメリカのソーシャルディスタンスにおいて盛んに「6フィート!」と叫ばれていたのはそのためです。ところが実はこれだけではなく、一般的な飛沫に加えて、更に小さな乱気流ガスと呼ばれるものは7~8 mまで飛散するという報告があります。
 別の論文では、感染者が1分間大声で話すと、少なくとも1,000個のウイルス粒子を含む飛沫核が放たれて、ウイルスを含むエアロゾルは8分以上空気を漂う、という研究結果が報告されています。30㎝離れたところからiPhone 11カメラに向かって、25秒間繰り返し「Stay healthy」と大声を出す実験です。どうやらこの「healthy」の"th"の発音がポイントらしく、"th"を発する際の、歯に軽く挟んだ舌を引き抜く動作によって、飛沫がよく飛ぶそうです。
 ともあれ、以上の結果より明らかなことは、決してマスク無しで狭い閉鎖空間に長時間滞在してはいけないということです。そして大事なのは、換気が十分にできた環境を作り出すことです。
 なお、空気感染の危険性については、先月末にアメリカ陸軍のUSAMRIID(ユーサムリッド)の研究グループが査読前論文で、カニクイザルの実験において、粘膜感染よりも空気感染のほうが重症化するという報告をしています。その実験では、粘膜感染においてより多量のウイルスを用いているにも関わらず、少量のウイルスで空気感染したサルのほうが圧倒的に重症化していました。つまり、ウイルスを含むエアロゾルが直接肺に入ってくるほうがはるかに危険である、ということを示すデータです。

■マスクの有効性

 最近テレビにも出ているサンフランシスコ(UCSF)のMonica Gandhiのグループが、去年の夏に出した論文があります。ここに二つの写真が示されていますが、一つは2020年春の香港の路上の写真です。香港は2003年のSARSのアウトブレイクで痛い目に遭っていますから、公衆でのマスク着用は普通の感覚になっているようで、皆がマスクをして歩いています。この写真の時点でコロナによる死者はわずか5名だったそうです。もう一枚の写真は、1918年のスペイン風邪の時に、アメリカのフットボールの試合を観戦している人たちのものですが、意外なことに全員マスクをしています。これは当時のアメリカ政府が国民にマスク着用の要請をしたためです。今回、莫大な数の死者が出ているアメリカですが、昨年のトランプ政権下におけるマスクの軽視が、コロナウイルスの爆発的な感染拡大に繋がったことは否めません。
 論文の話に戻りますが、これまで、体内に入ってくるウイルスの量と、これが少ない場合の無症候感染との関連性について、実証されたことがほとんどなかったのですが、Gandhiらはその総説論文において「マスク着用によって『ウイルス取込み量』を減少させることが、結果的に軽症または無症候感染に繋がることを、ここで初めて議論する」と語っています。
 この総説で引用している重要な論文があります。新型コロナウイルスに感染したハムスターと健康なハムスターを二つのケージに分けて飼い、前者から後者のケージに向けて風を流すことによって、感染が成立するか否かを調べた論文です。この実験において、高い確率で感染が成立したことから、新型コロナウイルスの空気感染が成立することが明らかになりました。
 次に、感染ハムスター側のケージの外側にサージカルマスク(不織布マスク)をかぶせて同様の実験を行ったところ、感染はかなり抑えられました。逆に、健康なハムスター側でマスクをした場合でも、効果はやや落ちるものの抑制効果が認められました。更にハムスターの臨床所見も数値化されていて、重症度を示すスコアが、マスク有りのハムスターで激減していました。
 Gandhiらが引用したこの論文は、極めて重要な三つのメッセージを提示しています。一つは、新型コロナは空気感染するということ、二つ目は、マスクが着用者のウイルス飛散・感染をともに防ぐということ、三つ目はまさにGandhiらの総説における議論の焦点ですが、マスクがウイルス取込み量を減らすことによって症状を軽減させるということです。 20210513-IMG_3415.jpg
 最後に、推奨されるマスクの種類についての論文をご紹介します。アメリカのデューク大のグループが、14種類のマスクを用いて、飛沫がどれだけ飛ぶかを検証する実験です。ここでは異なるマスクを着用した状態で5回連続「stay healthy people」と大声を出して調べています。バンダナはほとんど効果がなく、ネックゲーター(ネックウォーマー)は最悪で、むしろ何もしないより酷いようです。防御においては最強と言われるN95マスクですが、飛散防止に特化したこの実験では、サージカルマスクとあまり変わらない結果が出ています。コットンマスクにも色々ありますが、2枚重ねのコットンマスクは、サージカルマスクより少し効果が落ちるものの、意外なほど飛沫の拡散をよく抑えていました。

■まとめ

 ① 新型コロナウイルスはコウモリウイルスとパンゴリンウイルスの両方から派生したウイルスです。② 変異型D614Gウイルスはスパイクの構造変化により感染力が約3.5倍増強しています。③ mRNAワクチンは非常に有効で有望です。④ ワクチンの副反応は若い世代ほど強くこれは不可避なようです。⑤ 相次ぐ変異ウイルスの出現で、変異型によってはワクチン効果がやや低下していますが、依然有効です。⑥ BCGの有効性は噂レベルではないようです。⑦ 環境中における新型コロナウイルスの安定性は24~72時間です。⑧ ウイルスが付着したもの以上にウイルスを含むエアロゾルのほうが危険なので、マスク着用が「うつさない」「かからない」の両方において非常に有効です。

 ご清聴ありがとうございました。

■会長あいさつ

〇伊藤 今日は新型コロナウイルスに関連して徳永さんに貴重なお話をしていただきました。現在、新型コロナの感染者は毎日7千人を超え、死者の数もわが国は少ないと言われていましたが、1万人を超えるという状況です。世界の先進国と比べても、わが国の感染者が少ないのは、今日のお話にもありましたように、BCGの影響とか、マスクの励行や、手洗いの効果があるのかもしれませんが、決して安心できる状況ではありません。ただ唯一の望みは、ワクチンによって少し改善していくだろうということです。もう少し時間をかけて詳しいお話を聞きたかったという感じもいたします。質問がある方もいらっしゃったと思いますが、質問はチャットで書いていただければ後で回答してくれるそうです。
 われわれが現在当面していますウイルスに対して、明快なやり方も見えてきたようにも思います。今日はありがとうございました。 20210513-IMG_3420.jpg

(終了)

■質疑応答

※講演後によせられたご質問等について、後日回答を作成させていただいたものです。

(質問1) 有意義な講演をありがとうございました。参考文献の一覧、査読前でも最新の文献をご教示ください。
(回答) そう仰っていただきありがとうございます。参考文献は以下の通りです。

1.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の出現

2.変異型D614Gウイルスの出現

3.ワクチン

4.ワクチン副反応

5.相次ぐ変異ウイルスの出現

6.BCGの有効性

7.環境中における新型コロナウイルスの安定性

8.マスクの有効性

(質問2) ありがとうございます。とても説得力あるお話でした。公共施設のトイレにあるエアーハンドタオルは安全なのでしょうか?
(回答) 説得力ある話とのことで大変嬉しく思います。エアーハンドタオル(ハンドドライヤー)ですが、安全ではありません。これはコロナ前から言われていた事ですが、ハンドドライヤーがトイレ内の大腸菌を拡散していて、むしろ不衛生に繋がることが、複数の研究で明らかになっています。コロナ禍では、感染者の手に付着したウイルスがトイレ内に飛散する可能性もあることから、私の知る限り、公共施設のトイレにあるハンドドライヤーの多くは現時点で停止されていると思います。

(質問3) ワクチンによって効果が違いましたが、効果が少ないものを接種することも、打たないよりはまだよい、ということになるでしょうか?
(回答) 防御効果が低いワクチンによって体内で作られる抗体は中和活性が低く、ウイルスが容易に逃避変異を引き起こす可能性があります。一方、国内で使用中のファイザーおよびモデルナ製のmRNAワクチンは、現在世界の新規感染のほぼすべてを占めるデルタ株に対しても、90%程度のワクチン有効性を維持していることが明らかになっています。
なお、先日放送分のラジオNIKKEI「医学講座:新型コロナウイルスの変異とその対応」において、更にアップデートした情報をご提供しています(2021.10.5放送)。現在ポッドキャストで配信されていますのでご興味があればぜひ御試聴ください。
ラジオNIKKEI「医学講座:新型コロナウイルスの変異とその対応」