「みんな知ってるインターネットの、誰も知らない運営の現場」
講師:前村昌紀氏(昭和61年卒)
◆講師紹介
○一木 昭和61年卒の一木です。私の人生の中での前村君との付き合いは、前半戦と後半戦があります。前半戦の子供時代については、中学校は違うのですが、森田修学館という塾で一緒になり、高校1年も同じクラスでした。高校2年、3年は、クラスも違い、運動会のブロックも違っていたこともあり、大学も彼は福岡で私は東京に出てきましたので、あまり会うこともなかったのですが、後半戦として、1996年の12月に広島でばったりと彼に会いました。それがまさに今回のテーマになっているインターネットに関する技術的なカンファレンスで、そこから今につながりました。
そのカンファレンスの講師が、日本のインターネットの父と言われている村井純さんで、目からうろこが落ちるように感動しました。そこから23年経った今、令和の時代になって、当時、私たちが村井先生を見ていたような感じで、彼は若い人からインターネットのビッグブラザーみたいな感じで尊敬される立場にあるわけです。ぜひ23年前の私みたいに、彼の話を聞いて、インターネットってこんなになっているのだと感動して帰っていただければと思います。
■前村氏講演
前村昌紀と申します。二木会の講師に呼んでいただき、とても光栄に思います。今日は私の仕事を50分で説明します。
■自己紹介
私は1991年にNECに入社し、2000年にフランステレコム(現オレンジ)に移り、そして2007年に今の職場であるJPNICに移りました。
JPNICの正式名称は、一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンターです。インターネットの円滑な運営を支えることを使命としていて、IPアドレスの管理と基盤整備事業というその他全般、インターネットを推進する事業の、二つの事業をやっています。その中で、いろいろな団体の役員を仰せつかっています。APNICという団体の理事を、2000年から2016年までやりました。そして2016年にICANNというところの理事に就任し、今に至っています。APNICは、アジア太平洋地域のIPアドレス管理を行っています。日本を示すJPではなくてAPということです。APNICは、IPアドレスの管理だけをやっていますが、ICANNはその他全てを扱う大元締めみたいな団体です。ここの理事を仰せつかるというのは日本人では4人目で、そのあたりが今日ここに呼ばれた理由ではないかなと思っています。
NECでISP(インターネット・サービス・プロバイダー)の仕事を立ち上げるのに、技術屋として参加しました。当時は、それまで学術利用だけだったインターネットで、商用の利用が進んでいった時代でした。1995年頃です。自分のネットワークの仕事ももちろんやったのですが、業界横断的な仕事が多くて、その中にJPNICの委員の仕事も入っていました。
私の仕事を一言で言えば、インターネットの運営調整です。英語ではInternet Coordination、もしくはInternet Governanceです。
修猷館の運動会に例えると、ずばり「緑ブロック」だと思います。赤・白・青・黄が、死力を尽くして素晴らしいパフォーマンスをするというのが運動会の本質ですが、その裏側では、運営委員会がコーディネーションをして、スケジュールを切って、資材のアサインメントをしています。これがインターネットの世界での私の仕事だろうと思っています。
具体的に言うと、インターネットの技術や政策に関する調査研究をして,それを情報提供したり、イベントやセミナーを通じて技術屋の皆さんにその技術情報を提供し、議論の場をつくったりする仕事です。また、役員としてAPNICやICANNの運営に携わって、インターネットの円滑な運営に寄与しています。
■はじめに
本日の話はインターネットの話です。今回の案内では、「世界中に張り巡らされ、世界中のあらゆる情報が入手でき、自らも世界中に情報を発信できるそんなインターネットですが」とインターネットを評していますが、このようにインターネットを捉えている方は今やあまりいないと思います。我々利用者にとってのインターネットというのは、スマホやタブレットやPCを覗くと普通にそこにあるコンテンツやサービスのことだと思いますが、その当たり前の向こうにある「しくみ」がインターネットです。
今日は、クラウドとか、AIとか、IoTとか、5Gとかの話はしません。Googleとか、Amazonとか、Instagramの話もしません。それらは私の仕事ではありません。それらと皆さんをつなぐ「狭義のインターネット」がないと、皆さんの普段の「普通」が実現できないのです。ここが肝です。
■インターネットの仕組み立て
インターネットとは、全世界に点在する64,000あまりのコンピューターネットワークを相互接続した全体、すなわち「ネットワークのネットワーク」のことです。
それを実現している仕組みを説明します。まず、ビット(データ)を運ぶ技術があります。回線を引くとか携帯電話の電波で飛ばすとか、いろいろな方式があります。その上に、プロトコルをつくります。これは、ビットの並びに意味を与えて、やり取りを実現する約束事です。もう一つ重要なものが、一意な識別子です。通信相手を特定する電話番号のようなものです。これを分配して管理して、初めて全世界の回線網がインターネットとなってデータのやり取りができるようになります。
その仕組み立ての決め方に「We reject: kings, presidents and voting.」というスローガンがあります。これはインターネットの技術屋でしたら誰でも知っているスローガンです。政府に決められたくない、自分たちでやりたいということです。
この技術規格の決め方が、以降のインターネットの仕組み立ての決め方全てに作用してきます。オープンで、インクルーシブ(包摂的)で、ボトムアップで、コンセンサスベースで決めていこうということです。このことを一言で表すのに「当事者自前主義」という言葉をつくりました。政府が取りまとめないので国境がありません。64,000ものネットワークを相互接続して動かす全体の仕組み立てが、国境を越えてグローバルな当事者自前主義で決められて動いているのです。ここは重要なポイントです。今日、私が一番言いたいことはこの辺りのことです。
いくつかの団体に分かれてそれらをやっています。プロトコル標準化をしているところ、ドメイン名管理と全資源の源泉管理をやっているところ、IPアドレスを管理しているところなどの団体があり、自分たちだけでルールをつくるのではなく、そこに当事者のコミュニティが集まって、ルールを決めていきます。
■インターネットの独り立ち
初めは研究者だけのものだったインターネットでしたが、1990年代前半に商用プロバイダーが出現してみんなが使い始めました。日本では1995年のWindows95の発売でインターネット普及の弾みがつきました。するとすぐにドメイン名で問題が起きました。「当事者自前主義」ですから、それを世界中の当事者で一緒に考えて解決しようという動きが1996年に始まったのですが、1997年にアメリカによってストップがかけられました。それは、1960年代からそれまでに至るまで、インターネットの開発と運営にずっと米国の研究予算が投じられてきた、つまりその意味で「インターネットは米国のもの」だったからです。
しかしそこからがアメリカの偉いところで、1998年にグリーンペーパーという文書を発表して、「インターネットは米国のものだったが、今後は民間主導のグローバルな枠組みで管理するべきだ。そのために民間に識別子管理を担う新会社を設立しよう。ただ、立ち上げ後の2年くらいは引き継ぎ期間として、米国商務省からの委託事業としよう」と言ったのです。この時の新会社というのが後にICANNになるものです。実際には2年間では全然終わらず、商務省とICANNの契約は延長を重ねていきました。
そして米国商務省がついに手放す気になったのは、2014年3月14日です。エドワード・スノーデンによって、NSA(米国国家安全保障局)が広範囲に通信傍受をやっていたということが明るみになりました。これでアメリカのインターネット業界の信頼がガタ落ちして、「じゃ、手放すか」となったという説があります。本当のところは分かりませんが。そして2年半後の2016年10月1日に移管が成立しました。
それまでは、米国商務省の電気通信情報局(NTIA)というところが、ICANNと契約を結んで委託して監督する関係だったのですが、ICANNが自律的に資源管理を行うことになり、ICANNと米国商務省の契約関係はなくなりました。独り立ちです。これは、不特定多数が使う社会基盤に関する管理および管理方針の策定が、国家主権や国際的な条約によらずに民間主導で行われている、とても稀有なケースです。インターネットのコミュニティによる自治が始まったのです。
■インターネット上のガバナンス
ここまで、インターネット自体のガバナンスの話をしてきたことになりますが、ここからは、インターネット上のガバナンス、Governance on the Internetの話をします。これは、インターネット上の社会問題や経済的な問題を解決するための社会のルールです。インターネット上であろうがなかろうが、人や企業が社会の中でやっていいことと悪いことは変わりません。問題は、インターネットという社会基盤が今までのものと全く異なることで、それにどのようにして対処していくかということです。
インターネットは、デジタル情報のコピーというのが本質です。何かを運んだときに、データは向こうに行きますが、だからといって、こちら側では消えません。送り出したものは取り戻せませんが、強みは、即時に圧倒的多数と情報共有ができるということです。誰でも発信できますし、誰でも受信できます。地理的な制約が皆無で国境の概念が極めて希薄です。
インターネットにも個人情報の侵害、著作権の侵害、児童ポルノ、フェイクニュース、フィッシング詐欺とかいろいろな問題があります。インターネットの技術は専門性が高く、技術革新が速く、利用者はすぐに飛びつきます。もちろん悪用者もすぐに飛びつきます。ここに過去に例を見ないような問題が起こるだろうということです。
インターネット上の問題に対しては、多岐にわたる高度な技術・見識が必要なので、さまざまな当事者が参画するマルチステークホルダーアプローチにならざるをえません。ICANNもマルチステークホルダーアプローチでやってきました。1998年にできましたので21年経ちますが、最初のほうは、それは惨憺(さんたん)たるもので、このカオスは何だと思ったのですが、問題を一つ一つつぶしながらやってきたら、それなりにまともな議論ができるようになってきました。
平成の31年間はまさにインターネットが始まってからつい先日までです。令和になった今、これからはインターネットの問題に対していかに対処するかが問われる時代になりました。
■これからどうなる?
今後、考えていかなければならないテーマが四つあると私は思っています。一つは、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の問題です。巨大で強大なプラットフォームが万一暴走したらどうやって食い止めるのでしょうか。一国の独占については国内法で定義できるのですが、グローバルな独占はどのようにして規制するのでしょうか。
2番目の問題は、フェイクニュースです。誰でも情報発信が可能で表現の自由があるというのは大いに結構なことなのですが、どのようにして、うそ情報のまん延を食い止めるのでしょうか。それは情報社会学と呼ばれている領域かもしれません。
3番目は、今、グローバルな法執行力が求められています。日本にサーバーを置かずに地球の裏側に置いても、日本語で作れば日本市場向けのサービスができます。海賊版をつくるのは明らかな著作権法違反ですから、日本国内にいれば容易に規制することができるのですが、他国だと途端に弱くなります。インターネットの本質は、グローバルに即座に情報共有ができることなのですが、法執行の観点では、このグローバル性にほとんど対応できていません。これをどうするのでしょうか。
4番目はセキュリティです。コンピューターの世界では、ウイルスやワクチンなど、医学のアナロジーでセキュリティを表現します。目に見えないからです。感染病が広範囲にまん延するパンデミックというのがありますが、インターネットでもパンデミックというのが起こるのではないでしょうか。
これら四つの課題はそれぞれ専門領域が違っています。それぞれの専門家が力を合わせて、「当事者自前主義」で解決の道を探していくことなのだろうと思っています。
以上で本日の私の話はおしまいです。個人的な感触なのですが、インターネットというのは修猷館みたいなものだと思います。政府が先生たちだと考えると、先生たちに頼らず、何でも自分たちでやって自分たちでどうにかしようと、生徒の自治を志向していました。インターネットでやっていることは、まさに「みんなでやろうよ」です。他人事にしないで自分たちで対処していこうよということです。それは私たちが修猷館でやっていたことだったと思います。その修猷魂みたいなものがこの仕事にフィットしたと思うことがあります。
令和初というお土産まで付いて、今やっていることのスピリットをいただいた母校の二木会の講師としてお話をさせていただき、とても幸せです。本日はありがとうございました。
■質疑応答
○柴垣 当事者自前主義で運営されているということでしたが、その際のコストはどのようなかたちで負担しているのでしょうか。例えば前村さんの報酬はどこから出ているのでしょうか。
○前村 税金では賄われません。例えばJPNICはAPNICに契約料を払っていますし、JPNICはIPアドレスを配っているISPに、維持料というかたちでコストを負担していただいています。そして利用者はプロバイダーに月間3千円とか4千円とか払っていますが、その中の一部がJPNICにIPアドレス管理の代金として入金されてくるかたちです。そのようにサービスを受けている人からお金をもらっています。基本的には民民の契約で縛られています。
○水崎 お話に、民民の関係だとありましたが、中国とかロシアは、疑似的に法律により国境を立ててくることもありそうですが、そのような場合の対処方針についてどのようにお考えでしょうか。
○前村 インターネットは国際的な民事の世界で枠組みをつくってはいますが、国連のITU(国際電気通信連合)には、IPアドレスはITUが管理するべきだという主張をする加盟国がいます。インターネット関連団体は各国政府関係者との関係構築に努力していまして、インターネットの実像や我々の考えを理解していただく努力を一生懸命にしています。発展途上国の政府の皆さんとは、信頼関係構築に成功し、分かっていただくことも多いですが、ロシアや中国はなかなか難しいです。
○天本 サイバーセキュリティや、サイバーテロを防ぐ方法を教えてください。政府の介入の話がありましたが、個人でもいろいろ混乱させて喜ぶ変な人がいます。インターネットのサイバーセキュリティについて、これからどのような方向で問題を解決されようとしているのでしょうか。
○前村 個人とおっしゃいましたが、サイバーアタックはお金になりますので、きっちりした犯罪組織ができ上がっていて、巨額のお金が投じられています。彼らも本気です。資金源を断つとかいろいろなやり方があって、半分はサイバーの問題ではなく、そのような犯罪機構にどう対処するのかという問題です。技術的な観点でもなかなか簡単な策がなくて、皆さん腐心しているところです。
腐心して改善や対処をする人たちと、悪事をやっている人たちの技術革新のスピードが違い過ぎると話になりません。崩壊します。崩壊するかもしれないくらいの緊張感でやっていかないといけないと思います。
○渡辺 私には中学生と小学生の息子がいます。目下の我が家の攻防は息子にスマホを持たせるか否かみたいなことです。子供たちにスマホを持たせるときに、何かアドバイスがあればお聞かせください。
○前村 すみません。ありません。真面目にお答えすると、「ないです」というくらい難しい問題です。若い時からの教育が大切だということはみんな承知しているのですが、効果がある教育の実現にはまだ距離があると思います。今は高校の教科に情報というのがあります。まだ教科としての指導技術にも改善の余地もあり、専門の先生も少ないということもありますが、徐々に改善していっています。情報の教科書を一度読んでみたことがあるのですが、よく書かれていました。
私の息子の小学校でも、携帯のキャリアの皆さんが来て父母に対する講習会が行われています。このような教育面の対処も徐々に進んでいますので、将来に期待しているところです。
○山縣 インターネットは国境がなく誰でもアクセスできるということでしたが、GAFAのような巨大企業がアメリカに集中しているというのは、やっぱりアメリカが育成していたのが原因なのか、それともたまたまアメリカに頭のいい人が集まっていたということなのでしょうか。
○前村 全世界から優秀なブレーンを大学に入れていくところあたり、米国はとても上手だと思います。欧州は、自分で対抗すればいいのにと思うのですが、逆にこのGAFAに対して防御的な政策を立てたりします。日本も威勢はいいですが、「GAFAのような」と言っている時点で後塵に拝しているのだと思います。インターネットだけの問題ではなく、どのようにしてそのような技術を日本の中につくっていくかは、戦略的にやらないといけないと思います。修猷館の卒業生の皆さんにも、この辺に関与なさる方もいらっしゃるのではないかと期待しているところです。
■会長あいさつ
○伊藤 今日はありがとうございます。私も昔、内閣でNISCを監督する担当でしたので、情報セキュリティのことを随分見ていました。情報セキュリティについては、こうすれば防げるというものが何もありません。ですから、危険なものが内在しているということを知りつつ使うしかないのだろうと思います。確かに、セキュリティに関しては、政府が介入して警告を鳴らすことはできても、実際に何かをすることは全くできないのが実態でしたので、世界的な規模でインターネットの抱えるいろいろな課題を解決されておられる前村さんのお仕事に改めて敬意を表する次第です。
昭和61年卒(六一会)の皆さま
(終了)