「総理官邸から見た我が国の危機管理 3・11東日本大震災と原子力発電所の事故を経験して」
講師:伊藤 哲朗 氏(昭和42年卒)
日時:平成26年4月10日(木)18:00~
◆講師紹介
○山口氏 同期ですから伊藤くんと呼ばせていただきます。われわれにとって欠くことのできないのは国語の小柳陽太郎先生のご存在です。伊藤くんや石村萬盛堂社長の石村善悟くんとかで小柳先生にお願いして、まさに松下村塾のような勉強会を、高校3年の1年間、先生のご自宅で毎週やっていただきました。当時はガリ版刷りで、先生が吉田松陰や山鹿素行や聖徳太子の文章を準備してくれて、先生が「すごい文章やねえ」とおっしゃるのを、われわれも分からないなりに聞いていました。そういう青春時代でした。
その後彼は東大で学び、現在まで国家の中枢の仕事をこなしてきましたが、われわれの心の中に「皇国(みくに)の為に世の為に」という修猷館精神に火をつけてもらったのは、当時の先生方とわれわれなりの熱い友情であったと思っています。
■伊藤哲朗氏講演
私は警察の仕事が終わった後、内閣官房で内閣危機管理監という仕事をしました。最初は福田総理のときに任命されて、次に麻生内閣、鳩山内閣、菅内閣、野田内閣と、5人の総理と一緒に仕事をする機会を得ました。
■はじめに
内閣官房というのは「内閣の重要政策に関する企画・立案・総合調整」と「各省庁の施策の統一・統合調整」をやる所です。その中で内閣危機管理監というのは、国家の緊急事態への対処と緊急事態の発生の防止という二つの仕事があり、それに当たっても各省庁の総合調整をやります。
内閣官房の危機管理の体制は、上から「内閣総理大臣」、「内閣官房長官」、「内閣官房副長官」という政務の方々がいて、その下に「内閣危機管理監」がいます。総理官邸の地下深くに「官邸危機管理センター」と「内閣情報集約センター」があります。危機管理監は危機が発生した際にはそれらを統括し総合調整をするのですが、実際の危機の場合は議論している余裕はありませんので事実上は各省庁に指示をするかたちになります。
大きな事案が発生すると、官邸危機管理センターに緊急参集チームが集まります。これは発生して30分以内と決めています。30分以内というのは意外と大変です。官邸に着いてからでも地下の危機管理センターまで最低5分はかかりますから、官邸までの時間は10分から15分しかありません。ですからすぐ近くに住んでいなければなりません。私は内閣危機管理監を4年近くやりましたが、その間5㎞以上遠くには行きませんでした。池袋も浅草も品川も官邸から遠すぎます。山手線の外側はせいぜい銀座辺りまでしか行けませんでした。そして携帯電話が通じないところには行けませんでした。
危機には「自然発生のもの」と「人為的なもの」があります。自然発生のものとは、地震・津波のような自然災害で、人為的なものには、偶然に起こる航空機事故や今回の原子力事故のような「重大事故」と、ハイジャック・人質事件のような「重大事件」があります。そしてそれらの危機とは全く違うパンデミックのような「病疫」というのがあります。
危機管理には大きく分けて、危機の事前対策(リスクマネジメント)と緊急事態対処活動(クライシスマネジメント)の二つがあります。クライシスマネジメントというのは、突発的に起こりそしてその危機が切迫している重大事案についての対処活動です。その場合、処理時間は極めて短時間で、業務量は極めて膨大です。平常の業務では対応できません。迅速な判断が行われなければなりません。迷いながらも人の命にかかわるような判断が必要とされます。しかも大抵の人が未経験です。また同じような危機は二度と起こりません。同じ地震でも、同じ場所で同じ規模の地震が仮に東京で起きても、上に乗っているものが全く違いますので被害は全く違ってきます。基本的には文明の発達とともに被害は変わってきます。
■緊急事態における危機管理の根底となる考え方
緊急事態では普段とは全く違う価値観で物事を考えなくてはなりません。クライシスマネジメントの大きな目標は、「人命の保護」と「被害拡大防止」と「国家のガバナンスの維持」の三つです。
かつて福田赳夫総理のときにダッカ事件というのがありました。日本赤軍が、日航機をハイジャックして、身代金600万ドルと仲間の釈放を日本政府に要求しました。当時の福田総理は「人命は地球より重し」と言って、人質を解放してもらうために600万ドルをまるまる値切りもせずに払い、拘束されていた人を釈放して人質を返してもらいました。この時は、「人命の保護」という目的は達せられましたが、結局テロリストに資金と共犯者を与えて、そして国家のガバナンスが全く崩れてしまいました。国内ではあまり議論になりませんでしたが、諸外国からは、日本の対応はテロリストを太らせ、むしろ世界中にテロをまき散らす行為だったと大変な批判を受けました。
その後、我が国もだんだん変わってきました。イラクに自衛隊派遣をしたことがありましたが、その時は旅行者や相当数の日本人が人質になり、テロリストは「自衛隊は撤収しろ」と我が国に要求してきました。当時は小泉政権でしたが、自衛隊は撤収せずに人質は全力を挙げて救出するということでやりました。残念ながら福岡出身の青年がテロリストに惨殺されましたが、自衛隊は撤収しませんでした。その時は、「人命の保護」についてはうまくいきませんでしたが、「被害拡大防止」と「国家のガバナンスの維持」は達成できたわけです。そして日本国内ではそのことに対して小泉政権を批判する声はありませんでした。それは9・11の後だったということもありますが、国民の意識が変わってきたということだったと思います。
普通は弱者は大切にしなければなりませんが、緊急時においては果たしてそうなのかをまた考えていく必要があります。トリアージュという言葉がありますが、緊急医療の現場において、そのとき持っている医者や看護師や薬とかの医療の資源を尽くして、最大の人を助けるためにはどうしたらいいかということです。災害現場においてもその考え方でやっていかなくてはいけないと言われています。同じようなことがいろいろな場面に出てきます。誰を最初に助けるべきなのかということが問われます。
例えばインフルエンザにかかった時、ワクチンやタミフルという治療薬の数に限りがあるとき、一番抵抗力がないお年寄りからワクチンを打つのかタミフルを配るのか、それとも将来がある子供や青年を優先するのかというのが問われます。ここにいらっしゃるOBの方で、自分とお孫さんのどちらを先にやるのかとなった時に、年寄りのほうが致死率は高くても「孫を先にやってくれ」とおっしゃる人も多いと思います。判断をする際に何を基準に考えればいいのかということです。
普通は私権が非常に大事ですが、危機にあっては私権はある程度制限されなければなりません。危機にあっては、国民は共同体の一員として公に尽くす義務というのも出てきます。法手続きについてもある程度省略せざるを得ないものはあります。権利義務の変化とか法手続きの省略ということも出てきます。戦争のような大変な事態が起きたら、徴税とか、場合によっては兵隊さんを集めるということも出てくると思われます。緊急事態においては価値観も大きく変わってくるということです。
価値観も変わりますが、優先順位の決定も大事になってきます。平時であればゆっくり議論して最善を選べばいいのですが、緊急時においては議論している暇がありません。議論してその間何もしないのは一番悪いことです。また優先順位を決めずにどれもこれも大事では決して物事は進みません。次善の策でもすぐに決断してやったほうがいいのです。そのときには為政者が判断せざるを得ません。ですから、われわれは緊急時の為政者にすべてを委ねるしかないのです。そうなると当然その判断は為政者の日ごろの価値観や人生観を育んでいる歴史観や国家観で決まってくるということです。
それといろんなことの決定は独り善がりではいけません。必ず「私はこういう考えでこれをやっている」ということをしっかりと説明して国民の理解を得る必要があります。何をやっているか分からない、何をしようとしているのかが分からないというのでは政府に対する国民の不信が出てきます。「自分と考えが違うけれども、やろうとしていることは分かる」と思ってもらうことが最低でも必要なことです。何をしようとしているかが分からないというのは、本人自体が何をしようとしているかが分からない場合にそうなってしまいます。やはり判断の裏付けとなる国家観、歴史観がきちんとないと場当たり的な対応しかできないと思います。
国家というのは基本的には国民のためにあります。一人一人の危機管理を自力でやるのは限界があります。泥棒を捕まえるのも自分ではできません。例えば泥棒の被害額と警察官の費用とを比べると、はるかに警察官のための費用が多いのですが、それはもったいないからやめましょうという話ではないのです。ですから、そうした役割を持つ国家に対して共同体の一員として私たちはどう対応していくべきなのかということも考えていかなければなりません。
とりわけ公と私の在り方というのは、国によって違う感じがします。この前の東北の震災では、被害者同士が乏しき物も整然と分かち合って乗り切ろうとされました。そうした姿は世界各国から大変大きな賞賛を受けました。国によってものの考え方は随分違います。国の在り方をどう考えるかによって緊急時における対応が変わってくると思います。先ほど、高校時代に一緒に勉強したという話で聖徳太子のことが出ましたが、聖徳太子の言葉で「背私向公」というのがあります。これは、国民としていざというときには私のことばかりを考えずに公のために尽くすことも必要だという教えだと思います。東北大震災においてはこれが本当に大勢の日本国民によって実行されました。我が国民にはそのような教えが脈々と受け継がれてきていると思います。
危機に際しては、短時間で人の命が懸かっているような重大な決断をしなくてはなりません。そうすると、やはり本当の人間の姿が出るという感じがします。5人の総理がおられましたが、そうした危機における対処の仕方を見ていると、申し訳ないのですが、総理の力量というのが如実に分かります。国家のガバナンスとか危機における優先順位の決め方等については、やはり日ごろの物の考え方が瞬時の判断とつながってきます。
優先順位で物事を決めるということは、一人一人の価値観は違いますから、不満分子、劣後の人が出るということです。それは当たり前のことです。不満の人は声が大きくなります。それを気にしていたら何もできません。危機においては、腹を据えて大事なところからしっかりと手を着けられるかどうかです。そして危機管理に当たって、リーダーは価値観を共有するための努力をすることが大事ですが、我が国は幸いにも他の国に比べると国民としての共通価値がたくさんあると思います。
■緊急事態対処活動
基本的には情報をしっかり取ることが大事です。それから、事態進展を予測した対応が必要になります。その場合にイマジネーションが大事になります。空振りでも迅速な初動対応が大切です。それから政府としての意思決定が大事になります。活動の目的や当面の目標を明らかにしなければいけません。よく分からないままに事態の推移を見守りつつ対応していくのでは後手後手に回ることになると思います。
もう一つは、緊急時においては、平時とは全く異なる態勢でやっていく必要があります。組織をすぐに変えて危機に対応する態勢にしていかなければなりません。それと、的確な広報というかクライシスコミュニケーションが極めて大事です。何を考えて何をしようとしているのかを国民にしっかりと理解してもらうことが大事なことです。
3・11では二つの事案が起きました。一つは大地震と津波で、もう一つは原発の事故という、全く違うものが二つ同時に起きました。地震については阪神淡路大震災の大変な教訓があり、今回の地震の対処については非常に素早い立ち上がりができたと思っています。
ところがもう一つの福島の場合は、初動から東京電力とのやりとりがうまくいかず、適切な対処が全然できませんでした。例えば、東京電力から電源車の依頼があって、各電力会社や自衛隊にもお願いして五十何台もの電源車を直ちに用意しましたが、ケーブルが合わないから接続できていないと言ってきたりしました。すべてがその調子で、いろいろなことが起きました。その他にも情報が全く入ってきませんでした。東京電力は本社に聞いても何も分かりませんでした。「現場はどうなっているのか」と聞いてもよく分かりませんでした。本当にひどい状態でした。次から次へと問題が出てきました。
住民の避難についても、原子力安全委員会とか保安院とか東京電力の考えは定まっておらず、決定事項について私が問い正してもあやふやな返事しかありませんでした。私は「大勢の方々が着のみ着のままで家から逃げるということの現場を想像して決めるべきではないか」と言ったこともありました。
■平時において行うべきこと
危機の事前対策は項目がたくさんあります。危機に備えてそれらを全部やらなければなりません。それをしっかりやることで初めて実際の危機に対応できます。頭の中で考えているだけでは、あるいは考えていなければ決して危機に対応できません。もちろん想定外というのは起こりますが、日ごろから危機のことを考えて訓練をしておけば、その場合に優先順位を決めて対応することも可能です。それができていなければ全く危機に対応できないということが、まさに今回の我が国の原子力行政での不幸な事態につながったわけです。
みんな原子力災害なんて起きないという前提でいるかもしれませんが、私たちはそれはあり得るという前提で訓練していました。聞いていた話では、我が国の場合は原子力の五重の防壁というのがあって、チェルノブイリみたいなことはあり得ないがスリーマイルアイランドのようなことはあるかもしれないということで訓練をしていました。それについては私たちも失敗ですが、専門家が同じように考えてもらっては困ります。やはり専門家は危険性を知っていてそれを言わなくてはいけません。しかしそれを言うと原子力の安全性への住民の不安をあおるということで、まず言うことはやめたわけです。そして考えることをやめたのです。そして準備をやめました。その結果が今回の原子力発電所の事故なのです。
今日は初めて参加された学生さんもいらっしゃいます。人間の真価が問われるのは危機の時だと思います。あるいは自分が失敗したときに真価が問われるのだと思います。そのときにちゃんとした人間として振る舞えるように勉強されることを期待したいと思います。
■質疑応答
○草柳 平成23年卒の草柳です。今、有事の際には、まず議論をして対策本部を設置するようになっていると思うのですが、都知事選のときに田母神さんが平時からそのような本部を設けておくべきだということを言っていたと思います。その辺りはどうなのでしょうか。
○伊藤 田母神さんの話は分かりませんが、基本的には切り替えということです。普段から有事に備えおくというのでは、その人間が余って無駄になってしまいます。普段は違う仕事をしていても、備えて準備をしておくということが必要だということです。
○ワタナベ 昭和42年卒のワタナベです。私は若干原子力の関係の仕事をしていますが、こういうリスクがあるからこういう対策が必要だということは、原子力の関係者の中の人は分かっているのですが、口に出すと不安をあおるということでみんなそれを封殺しようという動きが強いです。日本人はリスク管理は下手な部類に入るのではないかなと思いますが、いかがでしょうか。
○伊藤 確かに言うと心配を与えるというのが一つあります。もう一つひどいのは、「言うと本当に起きる」という人がいます。悪しき言霊信仰のようなものです。現場においては現実にそういうことがあるのは事実です。これはいろんな場面で私もできる限り払拭していくようにしていきたいと思っています。
○アズミノ 昭和18年卒のアズミノです。今のお話をお聞きして現在行われているALPS(多核種除去設備)なんかの今後の対応をお聞かせください。
○伊藤 汚染水の処理についてのALPSとかについては詳しくは知りませんが、東京電力が苦労していることは事実です。
東京電力全体として原子力発電所の状況を見ていると、結局、発電所のことについて、運転の仕方は知っているけれども構造を知らなかったということだと思います。例えば私たちは、車の運転の仕方はよく知っていても車の構造は知りません。そのように東京電力の原子力発電所の人たちも、詳しいことは分からないという状況にあったのではないかと思います。
ですから不都合が起きたときに、構造が分かっている部分については制御することができても、それ以上のことについては分からなかったというのが正直なところだったのだろうと思います。そのような際にはやはり実際につくった技術者を集めてやるべきだったのでしょうが、そのスピードは非常に遅かったということです。自分たちが分からないところは、とにかくつくった人たちに聞くしかありません。力を結集するというところが欠けていたということが言えると思います。
(終了)
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