「なぜ?&どうなる? 2020年東京五輪」
講師:松瀬 学 氏(昭和54年卒)
日時:平成26年1月9日(木)19:00~
◆講師紹介
〇堀尾直孝氏 松瀬くんとは小学校1年生のときに同じクラスになったのが最初の出会いで、当時は色が黒く背が高い、という印象でした。その後、城南中学校に進み、松瀬くんはバレーボール部、私は剣道部に入りました。そして3年生のときにラグビー部が創設され、私と松瀬くんはそのラグビー部に入りました。修猷館に入っても2人でラグビー部に直行し、部員数が少なく私と松瀬くんは1年生で自動的にレギュラーになり、花園を目指しました。1年生の時、花園県予選の決勝戦まで行きました。彼はスクラムの真ん中のロック、私はフルバックでした。大里高校に8対4で負けました。2年の決勝では福岡工業と当たり4対3で勝ちました。そのときの4点のトライをしたのが松瀬くんでした。そして多分三十数年ぶりに修猷が全国大会の花園に行きました。残念ながらそれ以来全国大会には行っていません。福岡は東福岡が強いので壁が厚くてなかなか先に行けないのです。
その後、彼は早稲田に行き私は慶應に行きました。早稲田はスタープレーヤーも多く非常に強かったのですが、彼はスクラムのロックで活躍していました。学生時代に松瀬くんと私は数度当たり、お互いにライバル同士としていい試合をさせていただきました。
早稲田を卒業した後は、彼は共同通信に入り、相撲、ラグビー、オリンピック等の取材をされ、ニューヨーク勤務を終えてフリーランスになられて現在に至っていらっしゃいます。今回のこのオリンピック東京招致の本は彼の人懐っこさで構築された人脈による取材によるものであり、なかなか良い本だと思います。
■松瀬氏講演
○松瀬 明けましておめでとうございます。堀尾くんとはラグビーも一緒のずっと親友で、私の結婚式の司会もしてもらいました。早稲田ラグビー部の同期が予定だったのですが、緊張して式の始まる前にウイスキーを1本飲んで酔っ払って倒れてしまい、急遽(きゅうきょ)堀尾くんが司会となったのですが、これがうまくいきました。あのときから堀尾くんは頼りになる「よか男」と思っています。
この二木会では、7年前に1度お話しさせていただいていますので2度目になります。出席されている方が随分若返ったという気がします。
■はじめに:東京五輪決定
2020年の東京オリンピックが決まったときは私ももちろんブエノスアイレスにいて、決定した部屋の外のミックスゾーンと言われるメディアが待っているエリアにいました。決まった直後に中から関係者が喜んでわっと出てきて、手当たり次第にみんなでハグとか握手とかをやりました。うれしかったです。
私は2016年のオリンピック招致のときからずっと関わっていて、今回、東京に決まったことで、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』という本を書きました。
■五輪旗と修猷館
修猷館には1964年の東京オリンピックの五輪旗があります。東京オリンピック組織委員会の会長をされていた安川第五郎先輩に、当時のIOCのブランテージ会長が国立競技場に揚がった五輪旗をプレゼントしてくれたのです。それを安川先輩が修猷館に寄贈されたのです。
私は年末にそれを見に修猷館に行ってきました。元は体育館の入口にあったらしいのですが、オリンピックが東京に決まって注目され、鍵の掛かる資料館に移されていました。やはり雰囲気がありました。 その資料館には、中野正剛さんや広田弘毅さんに関係するものもたくさん置いてあって、やはり修猷館には偉大な先輩がたくさんいらっしゃるということを実感してきました。
今はレプリカを使っているらしいのですが、この五輪旗は長らく運動会の入場行進に使われていました。高校の 運動会で五輪旗が担がれている、というのをJOCやIOCが知ったら、権利関係がありますから怒ると思います。それぐらい伝統のある五輪旗です。
■東京都知事
猪瀬さんはオリンピックを招致した当事者ですが、「徳洲会のおもてなし事件」で結局都知事を辞めました。そして皮肉なタイミングでしたが、その辞任会見の日に、『勝ち抜く力』という本を出版されました。
新しい都知事について盛り上がっていますが、今、一番有力なのが舛添さんです。舛添さんの組織運営力は抜群です。一緒に仕事をした方に言わせたら、ディベート力が素晴らしいということでした。彼は福岡の八幡高校出身です。八幡高校は私たちが2年のときに準決勝で勝った相手で、ラグビーが強かったです。細川さんも出る話がでています。小泉さんが絡んだら勝つかもしれません。誰になるかは分かりませんが、誰がなってもオリンピックのことは一生懸命していただけると思っています。
■五輪招致の現場にて
今回の招致成功は、一言で言えば総合力と情報戦の勝利でした。投票が行われるブエノスアイレスに入ってからは何票ぐらい東京に入りそうだという票読みを毎晩しましたが、これが適格だったのです。前回のIOC総会が開かれたコペンハーゲンにも私は行きましたが、票読みは随分ずれていました。今回は前回に比べ非常に分析能力や読みの質と精度が高かったということです。
1回目の投票ではイスタンブールとマドリードが26票で並び、決選投票でマドリードが負けました。東京の関係者はこの結果を喜びました。マドリードは最終投票の戦略が高い精度でしっかりできていたと言われていたので、マドリードが怖かったのです。そして最終投票は東京が60票の圧勝でした。マドリードが相手だったらわかりません。
4年前の招致レースと異なり、今回の勝利は「オール・ジャパン」の結束でした。スポーツ界、政界、財界そして皇室も東京を応援するという「チーム日本」の力が出ました。メディアにはあまり扱われていませんが、2011年6月に「スポーツ振興法」が改正されて新たに「スポーツ基本法」ができたのも大きかったと私は思っています。これに、国の責務として国際総合競技大会の招致を支援するとあったため、今回は投票までのいろいろな海外のイベントや会議やプレゼンテーションに政府関係者や行政の方がたくさん関わりました。これが4年前とは全く違う展開でした。
そして今になって考えれば、前回の2016年は勝てなくて今回勝ったということは幸運でした。2016年だったら今から2年後です。2011年の東日本大震災により、多分東京はオリンピックを返上していたと思います。そういう意味で幸運だったと思います。
■ロビイング
会議室のロビーでいろんなことをやるのがロビイングです。オリンピック招致に関してはすさまじいロビイングが展開されました。裏で活動する裏選対という人たちもいるのですが、表のロビイングの三本の矢と言われていた1人が日本オリンピック委員会会長でIOC委員の竹田恒和氏です。10カ月間で地球を11周、五十カ国あまりを回り七十人以上のIOC委員と、具体的な利害関係とか様々なバックグラウンドを踏まえて話をされてきました。例えば、ロシアが万博を開きたいということだったら、「日本はロシアの万博を応援します。その代わり東京のオリンピックを応援してください」というような話をします。アフリカはスポーツ施設がまだ整備されていません。こういうところにはODAとか企業がいろんなかたちで支援します。今回は「スポーツ・フォー・トゥモロー」という響きのいいネーミングのプログラムをつくり、その国のスポーツの発展を支援しましょうという活動を掲げIOC委員にアピールしてきました。
IOC委員の100人にはいろんな人がいます。ただ唯一共通していることは、その委員の国のスポーツの発展に絡んでいるということです。そこを攻め、最終的に票をもらう活動としました。
高円宮妃久子さまも効果がありました。私は皇室の方に初めてインタビューしましたが、品があってエレガントです。IOCではパーティばかりですが、この方はパーティの真ん中にいらっしゃいます。海外のパーティで真ん中できちんと話をされるということはできそうでできません。それだけ外交慣れ、パーティ慣れなされているのでしょう。すごいと思いました。私が話をしていたサマランチ・ジュニアは、「久子さまはオーラがすごい」と言い、フェリペ皇太子より久子さまのオーラが勝っているとべた褒めしていました。
安倍首相はG20のサントペテルブルグからブエノスアイレスに飛びましたが、安倍首相にはいろんな読みがありました。消費増税とオリンピックを東京に持ってくるというのをパッケージにして「アベノミクス第4の矢」と位置付けて、今の日本の経済に万が一のことがあったら世界の経済が駄目になるから、世界の経済を壊さないためにもオリンピックを東京に、という説得を海外に対して行ったということです。
ロビイングではインテリジェンスも重要です。インフォメーションと異なり、行動に移すために役に立つ情報がインテリジェンスです。日本はインテリジェンスの能力はあまり高くありませんが、今回はインテリジェンスを三つのところから持ってきました。一つは竹田さんです。もう一つは世界最大の広告代理店でスポーツ界に影響力が強い電通です。国際大会は電通なしでは開催しにくい状況になっているほどクオリティーの高い情報をたくさん持っています。そしてミズノです。日本ではあまり大きくないスポーツメーカーですが、1980年のモスクワオリンピックからIOCのスポンサーに絡んでいます。元副社長の上治氏をIOCの人はお友達のようにみんな知っています。ユニフォーム、ウエアのスポンサーなので、服のサイズを採りながらいろんな雑談をして、その中からの情報を集めています。
■キーパーソン
招致委員会が抑えておくべき外国人が何人かいますが、そのうちの1人に新しいIOC会長のトーマス・バッハというドイツ人がいます。彼はフェンシングの元オリンピックチャンピオンです。だから太田雄貴がずっとプレゼンに出続けたのです。そのようにして要所を抑えます。
私が見るかぎり、招致成功の功績者のトップは、早稲田大学のラグビー部の先輩の森さんです。今回、森さんはいい働きをされていましたが黒子に徹していて、ラグビーで言えば3番のプロップのような動きでした。
また、ニック・バレーという多くのオリンピック招致に実績のある有名なコンサルタントがいます。彼なくして東京の招致はあり得ませんでした。彼はビジネスとして東京招致に協力しましたが、プレゼンテーションの詳細を含め戦略を伝授しました。
■放送権料と時差帯理論
国際イベントをやるときには、やはり今は放送権料が成否の鍵を握ります。オリンピックは利権の塊です。4年間でIOCの収入は80億ドルで、その約半分はテレビの放送権料です。よって、テレビ局への配慮を優先しますが、テレビ局は時差のないところでオリンピックが行われることを最も喜びます。そこで私は「時差帯理論」というのをつくりました。8時間の時差帯で「北中南米エリア」(A)、「アジア・オセアニアエリア」(B)、「ヨーロッパ・アフリカエリア」(C)と地球を3分割するのです。これで見ると、過去のオリンピックの開催地は絶妙です。商業主義オリンピックが確立されたのは1984年のロサンゼルスオリンピックですが、84年のロスがAです。88年のソウルはBです。92年はCのバルセロナでした。96年はAのアトランタでした。2000年はBのシドニーでした。2004年はCのアテネでした。2008年はBの北京でした。これはAのニューヨークが弱く北京になりました。2012年はAかCしかないのでロンドンでした。そして2016年はAしかなくリオでした。2020年は順番でいくとBのアジアが有力ということで東京になりました。完璧な理論です。そうすると2024年はヨーロッパでしょう。アフリカかもしれませんがCで決まると思います。
■2020年東京オリンピックへの課題と「修猷力」
いろいろな課題がありますが、震災を忘れてはいけないのは間違いありません。被災地を絡めないとオリンピックは表面上はうまくいっても大失敗になると思います。
前回の1964年の東京オリンピックが戦後のスポーツ界のかたちをつくりました。今回の2020年のオリンピックは全面リニューアルです。どのように変えていくかが重要となります。組織委員会が今月中には立ち上がります。会長が森さんになるかは分かりませんし、新国立競技場の建設予算もすったもんだしています。スポーツ庁については、順調にいけば来年には立ち上がるでしょう。実は修猷館のおかげだと思いますが、このスポーツ庁のプロジェクトチームの諮問委員会のメンバーになぜか私が入っています。
6年後に東京オリンピックが来ることになると、間違いないのは平均寿命が延びます。東京オリンピックまでは絶対元気でいたいという年配の人が増えます。ほとんど知らないと思いますが2019年にラグビーのワールドカップがあるのですが、森さんもつい先日まで「俺は2019年までは元気でいるぞ」と言っていました。今は「俺は2020年までは絶対に階段は登れるようにしておく」と言っています。このような人は世の中にけっこういらっしゃると思います。
館友の方々を前にしてお願いしたいのは、このオリンピックは修猷館の大運動会だと思って、運動会の乗りで東京オリンピックに絡んでいただきたいということです。去年の東京修猷会総会の「つなげよう修猷力」の流れで、「つなげようスポーツ力」オリンピックパワーというのをモットーに皆さんで東京オリンピックに絡んでいただき、そしてできたら私もそこに呼び込んでいただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
■質疑応答
○-- 五輪の前年にやる2019年ラグビーワールドカップと東京五輪の二つの大会の全体としての経済効果について松瀬先輩が思っていらっしゃるところをお話しください。
○松瀬 私はラグビーをやっていましたので、2019年のラグビーのワールドカップは成功させたいのですが、この2019年のワールドカップは世の中では全然認知されていません。改修する新国立競技場で最初にやるのはラグビーのワールドカップです。そのために改修するのです。ついでにオリンピックにも使わせてやろうという計画なのです。森さんはそうおっしゃっています。
東京オリンピックが決まってすぐトーマス・バッハという人が日本に来ました。それはやはりお金を集めるためです。4年間で日本の企業がオリンピック関係に出したお金は大体100億円です。これを6年後の東京オリンピックのためにざっと10倍の1千億円を集めたいというのです。電通ホールでレセプションが開かれたときに、野球をオリンピックに戻すという話が出ましたが、これは日本の関心度を高めて放映権料、スポンサーのお金をもらいたいための手段です。
ラグビーのワールドカップに話を戻すと、日本企業がそれだけ東京オリンピックにお金を出さないといけないとなると、周辺のイベントは無視されてしまう危険性があります。これは大変なことです。ですからここは恥も外聞もなく、ラグビーのワールドカップをオリンピックの前年のウオーミングアップイベントとしてパッケージでPRしていくべきだと思うのです。分けて考えては駄目です。ラグビー&東京オリンピックというパッケージのかたちでスポンサーマネー、テレビマネーを集めるべきだと思っています。
○大須賀副会長 今日は中川会長がご欠席なので私から謝辞を申し上げます。最初にご紹介された同期の堀尾さんの話が長かったということでしたが、小学1年生からの話をすれば当然長くもなり、お人柄まで分かるようないいお話だったと思います。そして松瀬さんのお話は、非常に言葉がはっきりしていて分かりやすいお話でした。
地球儀を3分割した時差論のお話がありましたが、さすが修猷館、あの分析力はさすがだと思いました。オリンピックが決まったということは、常にいいことで、もともと少し景気が上向いてきていたので、東北の復旧・復興も含めて日本の景気が更にこれで良くなっていけばいいなと、今、お話を聞きながら感じた次第です。
ところで、今年1番の寒波が来ているそうですので、皆さん、どうぞ風邪を召されないように気を付けてこの冬を乗り切っていただきたいと思います。そして、今日はお帰りに700円をポケットに用意されて出口で本を買っていただきたいと思います。今日はありがとうございました。
(終了)