第645回二木会講演会記録

「今、『用の美』に触れる喜び~伝統工芸品『博多織』の今後~」

講師:大淵和憲氏(平成4年卒)

◆講師紹介

○中島 大淵君とは原北中学校から、高校、大学まで一緒でした。ちょうど30年前に元号が変わり、私たちが修猷館の願書を書く時に「昭和64年」というのを消して「平成元年」と書き直しました。修猷館では同じ1年7組で、大淵君は吹奏楽部で打楽器を担当していました。そしてバンドでベースも弾いていました。
京都大学では、総合人間学部が新設された時期でしたが、大淵君は私たちの先輩である金子堅太郎の研究に取り組みました。金子堅太郎が欧米を回って明治憲法の聞き取り調査をした報告書の研究でしたが、本として出版されました。そのこともあったと思うのですが、彼が京都大学総合人間学部の初代総代でした。大淵君が呼ばれた時、驚いたのを覚えています。
その後は放送局に入社し、ニューヨークからオバマが初当選した大統領選挙や、若田光一さんの宇宙ステーション滞在などを伝えていました。放送局で16年勤務した後、博多織の世界に入りました。これには少し驚きましたが、でも大淵君らしいなとも思いました。

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■大淵氏講演

京都大学では金子堅太郎を題材に卒論を書きました。そして、私はテレビ業界に入るのが夢でしたので、テレビ新広島に入社して16年間勤務し、40歳の時の平成25年に博多織の門を叩きました。テレビ局時代に工芸品の取材をすることがあり、何か自分にもできることはないかと思いつつ地元の工芸品を見てみると、そこに博多織があったのです。

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■博多織とは

博多織は、満田弥三右衛門という博多の商人が鎌倉時代に織りの技術を宋に学びに行って、1241年に持ち帰ってきたと言われています。去年は、博多織が伝わって777年経ったということで、様々なイベントが実施されました。博多織の献上柄をモチーフにした「7-7-7」のロゴが作られるなど、ブームアップとしての盛り上がりを感じました。
博多織は、経済産業大臣が指定する伝統的工芸品で絹の織物です。基本的には締めるための帯が中心で、張りがあってきゅっと締まって締めやすいです。帯が擦れると絹鳴りの音がします。他産地の帯ではそうはいきません。
そして、経(たて)糸の数が多い織物です。掛けてある間道(かんどう)の帯の下に垂れ下がっている房がありますが、その糸数は4,800本です。総浮(そううけ)二丁の柄物だとその1.5倍の7,500本ぐらい入っていますので、緯(よこ)糸は端にしか出てきません。この緯糸の出てくる所(=「耳」)をどれだけ揃えて打つかを学校では練習します。皆さまにも「耳」を見ていただきたいと思います。きちんと整っている「耳」が見どころです。
もう一つの特徴は「自立」です。巻いたものが立てられるという意味です。それだけ経糸が多いからなのです。京都の人からは「博多の帯は立ちますよね」と言われます。京都の帯の経糸は基本2,400本程ですが、博多織はその倍の数の経糸が入っています。
博多織の代名詞の「献上柄」というのは、華皿(はなざら)と独鈷(どっこ)を表したもので、どちらも仏具です。これに似た柄を学校でみんなが考えるのですが、献上柄を越える柄がいまだに見付かりません。とても計算された中での洗練された柄です。
博多織と西陣織の違いを一言で言うと、西陣織は緯糸使いです。柄を緯糸で出します。博多織の柄は経糸使いですから、上に行くと別の色糸になるということはなく、経糸方向はずっと同じ色が続きます。
博多織には指定7品目というものがあります。献上、変わり献上、間道、総浮などです。今日はその献上柄の帯と、縞で模様を出す間道の帯と、柄がいろいろ入っている総浮の帯をお持ちして見ていただいています。博多織では柄糸のことを「浮糸(うけいと)」と言いますので、結構「浮」という言葉を使います。博多織工業組合が定める基準に合格した製品には、必ず博多織の証紙を貼るようになっていて、手織のものには必ず手織の証紙を貼っています。それらが市中に出回って販売されています。
帯には格というものがあり、博多織の帯は冠婚葬祭などでは基本的に使われませんが、若い感性を働かせて、いかにも献上、いかにもおしゃれ着というのではない色使いにして、お茶会とかちょっとかしこまった所でも締められる帯を創ろうとしています。

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■博多織デベロップメントカレッジ(博多織DC)とは

今年で13年目になる2年制のNPO法人の学校です。修了時には博多織伝統工芸士会から「博多織手機技能修士」の認定を受け、その肩書で活動できるようにしています。毎年7~8人が入学して、今12期生が1年次を終えたところです。比較的こぢんまりとした学校です。
学長は小川規三郎先生で、重要無形文化財「献上博多織」技術保持者、即ち人間国宝です。平成15年に保持者となり、現在御年82歳でいらっしゃいます。お父さまの小川善三郎先生と規三郎先生のお二人が、これまで博多織の人間国宝になられました。
学校では、織物を六つの段階で学んでいます。1番目が「意匠(いしょう)」です。2番目は「染色」というもので、これは設備も要りますから学校内では行っていません。それから「整経(せいけい)」という長い経糸の準備、そして「機仕掛(はたじかけ)」、次に「製織(せいしょく)」で実際に織る。そして「商品加工」として端に房を付けたりして仕上げを行うという流れです。
献上柄は、二進法の世界でパンチカードを作り、それを機の上にある機械に読み込ませて織ります。このパンチカードは沢山の紙を使いますので、現在はSDカードが入っているパソコン制御のものを使用しています。献上柄の設計図には糸を何本とか、長さが何尺といった数字が並んでいます。小川先生は「織は算盤(そろばん)で織れ」と言われます。色をどう配置するかの前に、緻密に計算することも重視されます。
5mの帯を手織りで織ると、平均すると1週間位かかります。けれども、織る前の段階の経糸を準備するまでに1カ月半ぐらいかかりますので、全部で2カ月はかかります。これが力織機だと帯1本で5時間程度です。これからは、手織りにどこまでこだわるかを考えないといけません。
博多織DCで織っている「総浮二丁」という織り方があります。緯糸を一越に2回ずつ通すと、花の柄以外は無地になります。「総浮一丁」の方は、緯糸は基本的に一越に1回ずつ入ります。一越の中で緯糸を通す回数の違いで無地ができるかできないかという違いです。緯糸を2回ずつ入れると、倍の時間がかかりますので、織のメーカーでの生産は多くなかったのですが、無地部分を作ると、こんなに柄を際立たせるのだという点が評価されました。学校でこれを織り出したら、各メーカーも二丁の総浮の帯が増えていったそうです。
学校では2年間で、「献上」や「総浮」を織ることができるようになるのが目標ですが、各メーカーにも影響を与えるような新たな織り方を考えようとしています。

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■博多織の現状

博多織工業組合には、現在47の組合員がいます。100以上あった時期に比べると、47まで減ったとも言えます。その中で、19人の博多織DCの卒業生が個人で組合員として活動しています。
生産本数・生産額の推移を見てみると、1975年からはずっと右肩下がりになっています。生産本数は、最盛期には194万本だったのが、7万8千本まで減っています。生産額も1975年は187億円だったのが、20億円を切っているという状況です。このような状況は全国の産地でも見られますが、博多織も例外ではなく厳しい状況下にあります。ただ、その中で新たな組合員が、博多織DCから出てきているという状況です。

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■人間国宝と伝統工芸士

博多織の学校では、「一体何を目指すのか」ということを各々が考えておかなければなりません。工芸に携わる者としては、二つの形があります。一つは、カレッジの小川学長のようないわゆる人間国宝、重要無形文化財技術保持者です。これは、文化庁の文部科学大臣が指定する文化財保護法が根拠法令になっています。もう一つが伝統工芸士というものです。これは、経済産業省の管轄の伝統工芸品産業振興協会が認定試験を行っているものです。織りに携わって12年経ったらこの試験を受ける資格が得られ、その試験に合格したら国家資格が得られます。これは、伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)が根拠法令になっています。
人間国宝は、スタンスとしては「作家」的です。伝統工芸士は、産業的にたくさん作るという意味で「職人」の世界ということです。「作家」でいきたいか、「職人」としてやりたいか...どう活動するかが問われるところです。

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■「用の美」と伝統・伝承

「用の美」とは「無名の職人による誠実な手仕事を『民藝』と名付け、豊かな日本文化を残すために尽力した思想家・柳宗悦氏が提唱した概念」と言われています。ガラスケースに入った状態の美術工芸、アートの作品とは違って、身に着けることから感じられる美を追求する言葉です。その美をどこまで感じるかは人によって違いますし、そもそも今、着物を着る機会があるのか、ということもあります。その中で、この世界をどのようにアピールするかということも求められています。織る技術を学ぶだけで精一杯なのですが、そのようなことも考えなければならないと思っています。
その中で学校では、「伝統」とは何か、「伝承」とは何かを考えます。「継承」という言葉もあります。グスタフ・マーラーという作曲家の言葉に、「伝統とは火を護ることであって、灰を崇拝するにあらず」というのがあります。小川規三郎先生は「伝統はつねに時代を吸収して生きつづける新しいもの」とおっしゃっています。

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■博多織の今後

博多織のこれまでの777年の流れをより太く長く存続させるためには、伝統工芸を広く産業として捉える視点を持つことが大切だと思います。博多織については、担い手が高齢化していて後継者不足の問題があります。だから学校ができたのですが、学校の2年間で技術を習得した後、織り続けて技術を学び続けるという状況がまだ十分でないところがあります。その中で進路をどう実現させるかということが今後の課題です。
市場拡大の意識についても、今はもう帯とか着物を作らず、小物だけをつくると決めている会社もあります。でもそれがもしかしたら今の「伝統」の一つの形ではないのかという考え方もあります。
私が博多織産地の中に入って考えたこととして、産地はどうあるべきかということがあります。経済産業大臣指定の伝統工芸品は232の品目があります。その中で、沖縄を除く九州には21あるのですが、その21の中で、博多織はどのような立ち位置にいるのだろうかなど、もっと研究・調査したうえで博多織にフィードバックできればという問題意識を持っています。博多織はもとより、伝統工芸が今後どのような形であり続けることができるのか、提言ができるようにしなければと思っています。

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■質疑応答

〇丸山 30代に入って日本舞踊を始めまして、おのずと着物に関心が向きました。同級生で小唄の師範をやっている修猷出身の友だちと、12年後には、博多座を借り切って一緒にやろうと言っています。12年後にはそのような衣装もつくっていただけるようになるのでしょうか。

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〇大淵 学校ではいろいろな図案に対応する意匠の技術を研修しています。将来的にそのようなご希望に対応できればいいと思います。そのような求めがあることを一つ一つ大事にしていくことは大切なことだと思っていますので、日が近付きましたらまたご相談ください。

〇寺田 私は職人に憧れてこのデベロップメントカレッジについて調べたことがあるのですが、年齢について「概ね38歳くらいまで」となっていました。若い人を育てたほうがいいのかもしれませんが、門戸を広げていただけるとまた新たな世界が広がるようにも思います。
それから、趣味で東京友禅の友禅染の習い事をしているのですが、その先生も技術習得後の進路についてかなりの問題意識を持っていらっしゃって、博多織と共通しているなと思いました。

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〇大淵 今回13期生の新しい1年生は高校卒業から50代までの7人です。私は入学したのは40歳でしたが、その時は「概ね35歳まで」でした。ここでやることは趣味ではありません。ここの運営費の多くは行政からの補助金で賄われています。後でその真意に気付いて辞める人もいますが、学ぶ内容は一流のものであることに間違いありません。
学校は同志を見付ける場でもあり、グループを組んで自分たちで何かをしようという動きはあります。これから先の頑張りが大切だと思います。

〇坂井 材料の絹はどのような所から持ってこられているのでしょうか。

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〇大淵 今日ここにお持ちしている帯のほとんどは中国産の絹糸を使ったものです。でも中国産以外には使いたい糸がないわけではありません。
まず、小石丸という品種の繭を使った日本産の絹糸がありますが、日本産のシルクはまず手に入りません。宮崎の秋山先生という方が、小石丸の絹を生産して作品を作っていらっしゃいますが、他は皇居の中の桑畑しかありません。
もう一つはブラジル産の絹糸です。エルメスのスカーフはブラジル産のシルクと聞いています。この糸は高価ですが、光沢が違います。

■会長あいさつ

〇伊藤 博多織が777年も続いてきているということは知りませんでした。大淵さんがテレビ局に16年勤められた後、自ら博多織の世界に飛び込まれた決断を尊いものに感じました。そのことが実を結んで、将来の博多織がさらなる道を見出すのではないかという期待を持たせていただくようなお話でした。
私も石川県で勤務したことがあり、そこにも伝統工芸がたくさんありましたが、新しく進んでいるところと、だんだん進めなくなっているところがあるように思いました。
お話にも出ましたが、皇居の中の紅葉山という所に小石丸の養蚕所があり、皇后陛下(現上皇后陛下)自らが養蚕されて糸をつくっていらっしゃいます。私はそれで織ったという反物を拝見したことがあります。その養蚕についても、需要が増えてわが国でもつくる人が出てくることを期待したいと思います。
博多織が、今後世界に誇れるものになっていくことを心から期待して、益々のご活躍を祈念いたします。

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朋猷会(平成4年)同級生の皆さま

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(終了)