「人生100年時代の『働く』を考える」
講師:古野庸一氏(昭和55年卒)
◆講師紹介
○吉田 古野とは高校1年の時に同じクラスになり、バスケットボール部でも一緒で、それから40年の付き合いになります。三つのポイントで彼を紹介します。
①彼は人間的で本能的な男です。やる時はやるのですが、やらないと決めたら本当にやらない憎めない男です。
②彼に欠かせないのがバスケットボールです。高校の時にインターハイに行き、東京大学のバスケットボール部でも活躍しました。そして10年ほど前に、私がコーチとして関わっていたスペシャルオリンピックスのバスケットに彼を誘ったところ、今では彼のほうが熱心にやっています。先日、コーチを務めたチームが全国大会で優勝したので、3月にアブダビである世界大会に日本代表ヘッドコーチとして男子チームを引き連れていきます。プライベートの8割ぐらいはバスケというくらいバスケ好きです。
③集中力と行動力がすごいです。ゴルフにしても読書にしても本を書くにしても、一気に集中して行動に移します。集中と行動のオンオフのバランスがよい親父であり、夫であり、社会人であり同志です。
彼の仕事のことはあまり知りませんので、今日の話は楽しみにしています。
■古野氏講演
この写真は修猷館バスケットボール部顧問の梅野先生で、年末にお会いした時のものです。72歳でとてもお元気でいらっしゃいます。横のキャプテンの花田のほうが先生に見えるくらいです。この梅野先生が最近ゴルフの教室に行って、熱心にコーチの話を聞いているそうです。先生が素直に人の話を聞くとは思えないのですが、息子さんに負けるのでどうにかしたいのだそうです。でも、その息子さんというのはドラコンのレッスンプロなので、負けるのは当たり前だろうと思うのですが、負けず嫌いなところが、元気の源だということです。そして、今日のテーマの「人生100年時代」の大前提は元気であるということです。
■はじめに
今日の私のお話は、60歳を超えての再就職とかの話ではなく、20代、30代の方に聞いていただきたい内容ですので、皆様からお子様やお孫さんにお話ししていただければと思います。
私のA面のプロフィールは紹介いただきましたが、私のプロフィールにはB面があります。ビジネスをばりばりやっていたものの、40歳前にメンタルヘルス疾患になり、その後、大腸がんになったり、胆石で胆嚢(たんのう)摘出をしたりいろいろなことがあり、忙しくもあり大変でもありました。
その時にバスケットを再開しました。バスケットを再開してから8年ぐらいになるのですが、それからは病気知らずです。高校の時にやったバスケットがいろいろな意味で自分を助けてくれています。2013年のスペシャルオリンピックス・アジア・パシフィック大会には吉田さんと一緒にコーチとして行きました。中田英寿さんが応援に来てくれてとても楽しい大会でした。
■「人生100年時代」とはどういう時代なのか
サザエさん家族の設定年齢は、フネさんが48歳、波平さんは54歳だそうです。昭和の時代は50歳になるともうおじいさんでした。今の50歳とは全然違います。また1955年の平均寿命は女性が68歳、男性が64歳です。今は女性が87歳、男性は81歳です。この50年で寿命は20歳くらい延びています。1955年の定年は55歳でしたので、今は75歳の定年でも違和感はありません。
「人生100年時代」という言葉は、ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットンさんが、『ライフシフト』という本の中で、日本で2007年に生まれた子どもの半分は107歳まで生きると書かれていたことがきっかけで、使われるようになりました。人生100年とすると、22歳から65歳までの労働時間より65歳から100歳までの生活時間が長くなります。この長い時間をどうマネージメントするかという話です。
一方で、技術の発展は目覚ましく、指数関数的に世の中は発展しています。5000万ユーザー獲得までの時間というのが、ラジオは38年でしたが、ポケモンGOはわずか19日だったそうです。世の中はすごい勢いで発展しているのです。それに伴ってビジネスも大変なことになっています。例えばCDの生産枚数や書店の数やデジカメの出荷台数が年々減ってきていて、一方でシェアリングエコノミーとかIoTなどの、いわゆるデジタルの世界がすごい勢いで進化してきています。
また、生涯の未婚率が上昇しています。そして専業主婦は減少しています。1回結婚して「夫は仕事、妻はうち」というモデルが急速に過去のものになってきています。「人生100年時代」というのは、学び、結婚、仕事の大前提が変わる時代だということを改めて思います。
そのような時代になると、キャリアが60歳では終わらずに、長期間になります。またその中でキャリアが多様化します。そして、育児や介護や学びのために仕事を辞めるという断続的なキャリアが普通になってきます。過去にモデルがなく、もしかしたら会社に依存できない時代になるとか、学び続けることが求められる時代になるということです。
■「働く」という観点で、どういうスタンスで臨めばよいか
子供の教育方針については二つのアプローチがあると思います。「生き残ってほしい」という思いから、とにかくよい学校に行ってほしいという考えと、もう一つは「幸せになってほしい」という思いから、とにかくのびのびと育ってほしいという考えの二つです。当然どちらもあると思います。これらの両立がうまくできればよいわけですが、この二つは結構矛盾します。これらをどうすれば統合できるかということです。よくある自己啓発本の語りはどちらかで、両方の話はありません。
その前提となる「幸福」ですが、収入が増えれば幸福度は増加し、あるところで飽和します。アメリカの研究では7万ドルと言われています。日本円ですと700万円とか800万円で衣食住が満たされて、それ以上の収入があってもあまり幸せ度は増加しないということです。そして個人の幸福感は、ソニア・リュボミアスキーさんの論文によると、「遺伝」が50%、「環境」が10%、「意図した行動」が40%で決まるということです。その幸福遺伝子を持っているかどうかは遺伝子検査で分かります。
その検査をしたら私は持っていませんでした。幸せのハードルが低く、人を羨ましく思うことがありますが、私にはその遺伝子がないからこのような研究をしているのだなと改めて思いました。
「生き残る」ことと「幸せになる」ことが統合できればよいわけです。そのために大事なことの一つは、自分に合う仕事を見つけることです。若い時には難しいことかもしれませんが、あきらめないで探し続けることが大事です。仕事の捉え方として、仕事は時間の切り売りだと考える「ジョブ」、仕事はお金・出世・名誉を得る手段と考える「キャリア」、仕事はそのものを楽しむ天職と考える「コーリング」という三つのカテゴリーに分ける考え方があります。その中で、どのようなときにパフォーマンスが上がるかとか、どういうときにやる気が起こるのかを自分で考えることが大切です。
二つ目は居場所を確保するということです。例えば、この修猷館のOBというコミュニティも居場所として大事なのかもしれません。マザーテレサさんは、「この世で最大の不幸は、戦争でも貧困でもありません。人から見放されて、自分は誰からも必要とされていないと感じることです」と述べています。職場で居場所感を高めるためには、一緒に働きたいと思われるようにするということです。仕事ができなくても、礼儀正しいとか、楽しいとか、相手の立場に立つとか、相手を尊重するとか、愛想がよいとかの人は居場所があります。これは努力すればできることです。
もう一つは、学び続けて能力を高めましょう、そして高めていくことを楽しみましょうということです。学習に「70:20:10」の法則というのがあります。人事とか人材開発の業界では有名な比率です。仕事の経験が70、人からの薫陶が20、研修が10ということです。そこで学習が起きているというのです。
そのときに、同じ経験をしているのに、学んでいる人と学んでいない人がいます。その違いは、その経験をした後に気づけるかどうかです。気づきそのものはリフレクションで起こります。
経験した後に、その経験は何だったかと考えることをリフレクションというのですが、それが経験したことを学習する上で、とても大事なポイントになります。方法論として、例えば一流のスポーツ選手のほとんどがやっているのはレポーティングです。今日は何ができて何ができなかったかとか、何を学んだかということをいつも書いています。経験したことを学びに落とすリフレクションが大事です。
その学びの源泉はC(Curiosity:好奇心)・H(Hardship:修羅場)・O(Objective:目標)だと考えています。わからないことを知りたいという好奇心があるから学びます。修羅場では、学ばないと適応できないから学びます。そして、目標を達成しようと思って、人は学びます。何かを学ぼうとしたときに、どの源泉を使えばいいのか考えるといいと思います。
共通していることは、自分が居心地がいいと思っている「コンフォートゾーン」から外に出ることにあります。「コンフォートゾーン」の外で出ることで学びが促進されます。
また、学びには「垂直学習」と「水平学習」があります。垂直学習というのは一つのことを極めることです。「一万時間の法則」という有名な法則があります。何かで一流になるためには1万時間の練習が必要だということです。それと同時に、自分で考えて練習することが大切です。スペシャルオリンピックスの時、誰かが中田英寿さんに「どうすればいいコーチになれますか」と聞いていました。その答えは、「選手に考えさせる」ということでした。技術を教えるのではなくて、考えさせることが大事だということです。
一方で水平学習というのは、視点を変えて立ち位置を知るということです。今日の場もそうなのかもしれません。越境学習という言い方もしますが、違うところから自分の立ち位置を見てみると学ぶことがたくさんあります。「人生100年時代」には、両方をうまくやっていくことが大事だと思います。
なお、本日の話のベースは、『「働く」ことについての本当に大切なこと』(白桃書房)という本に書いています。4月に発売する予定で、現在、校正中です。
■質疑応答
○藤本 80歳です。著書が3冊あると紹介されていますが、どうしてこの場で売っていないのでしょうか。
○古野 後でお送りします。
○酒井 私は産業医をしていて、就労者の方のメンタルヘルスとか製造業の方の健康面とかを扱っているのですが、若い社員が汎用性のないことを仕事としてやらなければならないことに悩んでいます。仕事を辞めろと言うのは簡単ですが、それは非現実的だというとき、どのようなアドバイスをすればいいのでしょうか。
○古野 二つお伝えしたいと思います。一つは、20代は自分の好き嫌いを見極めるときかなと思います。なので、この仕事は自分に向いている、この仕事は向いていないということをチェックしていき、自分に向いていることを考えていくのがよいと思います。もう一つは、汎用性がない仕事はないと思っています。極端な話かもしれませんが、家事でもバスケットでも、そこでやっていることは会社でも使えます。やっている仕事に汎用性がないものはなくて、そこにどう意味付けていくかということだと思います。
○前村 私も30人くらいの事業所の人事とか育成を考える立場にいます。そして、インターネット関係のグローバルな業界団体の役員もやっています。そこで感じるのは、日本の企業というのはどこも窮屈な感じがします。何か日本の企業の中で特徴的に共通しているものがあって、それを解決したらもっといいのにとお感じになるところがありますか。
○古野 あります。自分のキャリアを自分でコントロールすることをキャリア自律というのですが、いざ会社に入ると、上からいろいろ言われて、自分で自分のキャリアをどうにかしようということを、だんだんあきらめていっているということがあるようです。もっとキャリア自律度を高めるように、もう少し個人に任せるような人事制度にすればよいと思います。例えば、誰と働くかとかどんな仕事をするかとか、あるいは自分の給料をいくらにするかとかを自分で言わせることが効果的です。給料を言い値で決めるようにすると、自分が「こんなこともできます」と言うことを客観的に言えないといけません。自分の市場価値を常に意識することで、自分の成長に気を配れるようになれますし、雇用されている会社から自由になれます。
○高橋 特に日本の大企業で、定年を延ばすという話はあっても定年制をやめるという話はありません。「人生100年」ということを考えると、まずリクルートから定年制を廃止するというくらいのことが必要になってくるのではないかと思います。働きたい人はいつでも働く、80歳でもリクルートで新入社員になれるというのはいかがでしょうか。
○古野 おっしゃるとおりだと思います。ただ、リクルートはその前に辞める人が多くて、それは今でもです。30歳で辞めると1年分の給料が支度金として出ます。そして38歳早期退職制度というのがあって、そこで辞めると退職金が出ます。別に辞めなくてもいいのですが、そのようなことでリクルートでは定年までいる人はあまりいません。ですから今のお話はリクルートではあまり考えられていないと思います。
■会長あいさつ
○伊藤 私は役人をしていましたが、自分の仕事のことを今日のお話のような考え方で考えたことはありませんでした。働いた時期については、結構中身の濃い人生を歩いてきたつもりではいましたが、それと同じような時間がこれから待っているということになれば、やはりそのあたりが本当にこれからは大事になってくるのだろうと思いました。
2007年に生まれた子供の50%以上は107歳まで生きるというのは衝撃的な数字だと思いますし、現実に医療の進歩とかを見ていますと、その話があながち夢物語ではないと思います。そうなると、現役で働いているときから、その後の時代をシークエンスで考える必要があるのだと感じました。
今日はそのあたりのいろいろなご示唆いただきました。本を出されているということでしたので、その本を手にして、より豊かな人生100年を迎えたいと思いました。今日はありがとうございました。
(終了)