第621回二木会講演会記録

『幸福度世界No1デンマークの秘密~福祉はどうあるべきか~』

講師:銭本 隆行 氏(昭和62年卒)

■講師紹介

○奥田 高校時代の彼は、硬式テニス部に所属しながらバンド活動もやっていました。この音楽への興味というのは本格的なもので、当時は東京芸大の作曲科を目指して真剣に勉強されていたそうです。しかし思いがかなわず、仕方なく早稲田の政経に進んだのだそうです。大学時代は浩浩居に入寮して、寮長に当たる特別会計もやっていたそうです。銭本くんは多芸多才、そして熱意の人です。

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■銭本隆行氏講演

 われわれの大学時代はバブルの時で、私はいろいろと思い悩み、就職せずにヨーロッパを放浪しました。その時にデンマークと出合い、日本人を受け入れている学校と関わりを持つようになりました。10年前の平成18年に、11年間やった新聞記者を辞めてデンマークに渡りました。デンマークの話を日本に伝えることが日本を変えるいいツールになると思ったのです。そして去年末にデンマークから引き揚げてきて、今、修猷の近くの紅葉八幡宮のそばで精神障害者の事業所をやろうとしています。修猷の一つ下の昭和63年卒の建築士とか広告関係の人たちと一緒にやっています。ちょうど昨日契約を済ませました。私は、広田弘毅大先輩が建てられた浩浩居にもいましたので、修猷の人に守られている感じがしています。

■デンマークという国

 デンマークは5月ぐらいになると、菜の花でまっ黄色になります。今、菜の花の作付面積が広がっています。バイオディーゼルの原材料として菜種油を使うのです。デンマークのガソリンスタンドに行くと、このバイオディーゼル用のノズルが必ずあります。エコとか環境に非常に気を使っています。
 そして、デンマークは世界の幸福度調査で第1位です。これは社会保障の仕組みがしっかりとできていて、不安がないということが大きな理由だと思います。
 緯度は樺太よりも北にありますが、沖合にメキシコ湾流が流れていますので、大して寒くありません。冬でも氷点下5度から8度くらいです。そして夏はそんなに気温は上がりません。地理的にはドイツの北側に位置しています。ドイツとデンマークの国境なんて、ほとんど東京から神奈川に行くようなもので、検問もなくパスポートも必要ありません。ヨーロッパはそれぐらい自由で一体化しています。人口は福岡県より少し多いぐらい、面積は九州を一回りか二回り大きくしたぐらいで、ほとんど平らです。九州から背振山も英彦山も全部取って、その平らなところに福岡県の人間がばらばらに住んでいるというイメージです。
 そしてデンマークには外国人が多くいます。外国人が11%です。東京にも外国人がいるかもしれませんが、職場にはあまりいないと思います。デンマークには私のような外国人が普通に職場にいます。
 平均寿命は世界に冠たる長寿国の日本とは違います。OECDの平均よりも少し下ぐらいです。その理由の一つは、野菜をあまり食べないことです。寒い国ですから昔は根野菜ぐらいしかなく、ビタミンを錠剤で摂ることもしばしばです。デンマークには医食同源という言葉はありません。食文化は貧しく、肉とパンだけ食べて机の上にはビタミン剤が置いてあるという生活です。子供用のストロベリー味のビタミン剤とかもあります。
 また日本ではいろいろ意見がある胃瘻(いろう)は、デンマークではほとんどありません。日本は家族との絆が強いからか、胃瘻のような決定に家族が関わってしまうことがあります。デンマークでは、社会的なコンセンサスとして、生活のクオリティーを優先させ、胃瘻とかの延命はしないのが主流です。そういうことでも平均年齢は下がります。出生率は日本よりもはるかに高いです。
 日本では参議院選挙があったばかりですが、デンマークでは国政選挙の投票率は高く、常に85%です。デンマークでは子供でもみんな意見が普通に言えます。小学校でも問題の枠は先生がつくりますが、最後の部分は子供たちの意見を反映させ、自分たちが影響力を持つということを学んできています。そのような中で、選挙も当然行くものだという感性が出来上がってきています。ですから、ただ「18歳になったから選挙に行け」というだけの問題ではないと感じます。
 デンマークの国教はキリスト教です。国民は所得の1%前後の教会税を払っていますので、牧師さんもある意味で公務員です。

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■揺りかごから墓場まで

 デンマークの福祉、社会保障は民間委託ではなく公共サービスです。そこが日本とは大きく違っています。そして公務員の割合は、日本は全労働者の5%ぐらいだと思いますが、デンマークは36%です。給料は高くありませんし、契約で3年更新とか5年更新とかになっていて、普通に辞めさせられます。また首を切られることもあります。役所は大きな企業のような感じです。もちろんいろいろな労働協定に守られている部分はありますが、公務員イコール安定という日本の感覚とは違います。
 出生率が高いのも、出産準備と出産費用は完全無料ということと関係があると思います。さらに、育児休暇は完全保障ですが、例えば会社の部長だった女性が出産して職場に戻ったら、出産前の部長職は必ず残っています。ただ職場に戻れるだけではなく、それまでのキャリアもきちんと維持されています。これは労働組合との協定で成り立っています。

■デンマークの教育制度

 義務教育は10年間です。日本では小学校に上がる年齢は4月2日以降に7歳になる子と決まっていますが、デンマークでは「6歳になるころをめどに」という感じです。先生とか親とか、場合によっては臨床心理士とかが判定して、その子の準備ができていれば入学させます。さらに、例えば1年早く学校に入っても、その後進級するには少し難しいかなとなると、もう一回1年生をやることもあり、年齢の輪切りという感覚はありません。このように、その人に今必要とされているサービスを提供するという考え方は、デンマークの福祉サービスの基本で、障害者にも高齢者にも当てはまります。
 それから「高校」という高校に行く子の割合は、デンマークでは5割ちょっとです。職業別の専門学校に行く子も多くて、手に職を持った人の給料は労働組合との関係からしっかり守られています。「高校」という高校に行くのは総合大学(ユニバーシティ)に行くつもりの子が多いです。高校受験はありません。
 大学に行く年齢もばらばらです。少し前に東大がギャップイヤー制度を導入しようとしていましたが、それに似たようなことで、デンマークでは1年とか2年とか世界を放浪したりアルバイトをしたりします。それが大学に入るときのポイントにもなったりします。ここでも年齢の輪切りのかたちはありません。20代で大学の高等教育を終える人の割合は3割と言われていて、高校や大学に行けば幸せになれるという感覚はデンマークにはありません。
 そしてデンマークには私立大学は存在しません。公的なセクションのウエイトが大きいです。大学は全部学費が無料ですし、18歳以上の自宅以外で生活している人は月に12万円ぐらいもらえます。返さなくていい奨学金のようなものです。これはヨーロッパではけっこう普通です。イギリスやアメリカは違います。日本のシステムは、アメリカ、イギリス型という印象です。

■デンマークの社会福祉

 医療費は無料です。失業手当は2年間ぐらいもらえます。そしてデンマークでは早期年金と言いますが、障害者年金は月額35、36万円ぐらいです。この金額をどう思われますか。例えば私はネットで飛行機の安いチケットを買いますが、障害者の人がネットを利用して便利に生活することは簡単ではありません。そのようなことを補いながら支援するというのが、デンマークの基本です。日本の障害者年金はどんな重度の人でも月に9万円ぐらいです。日本の場合は、足りない部分は家族が補う家族支援という考えで成り立っている部分があります。
 デンマークでは、65歳から月に20万円あまりの国民年金がもらえます。これは税金から自動的にもらえます。なぜ保険ではなく税金かということですが、税金だと収入と支出の関係がありませんので、みんな公平にもらえるだろうということです。
 国家予算は、教育、社会福祉、医療だけで3分の2を占めています。大変な割合だと思います。直接税は4割から5割ぐらい取られますが、医療費も無料ですし年金も掛ける必要がありません。子供の教育費とか学資保険も必要ありません。

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■デンマーク経済の成り立ち

 福祉のための多くのお金は、一つは税収入で賄われますが、外からも稼いでこなければなりません。
 デンマークの富の源として、例えば「AP.モラー・マースク」という世界一の海運会社があります。また糖尿病の薬のインスリンを作っている「ノボノルディスク」という会社もあります。「ノボノルディスク」のインスリンは、世界的シェアを占め、日本でも5割に上ります。それから豚肉の「ダニッシュ・クラウン」というのがあります。加工肉として日本もこれをたくさん輸入しています。それから「ヴェスタス」という風力発電も世界的な有力企業となっています。
 それから大きいのは北海油田です。デンマークが産油国だというのは聞いたことがないかもしれませんが、原油自給率は100%を超えています。

■働き方 IN デンマーク

 デンマークの人は週37時間以上は本当に働きません。そして年間6週間は必ず休みます。夏は3週間連続して休む権利があります。それから残業代の時給はかなり高いです。最初の3時間は時間給の50%増で、その先の残業代は倍額になります。
 働く人は労働協定でいろいろ守られていますので、管理職の大きな仕事はどうやってモチベーションを高めて働いてもらうかということです。また外国人の雇用は不可欠で、外国人が労働力を補っているのも確かです。

■デンマークが抱える問題

 一つはアルコール、薬物問題があります。デンマークでは20歳未満の人の飲酒を禁止する法律はありませんので、中には若いころからアルコール依存症になるような子もいます。薬物についても、使ってはいけないという法律はなく売買禁止しかありません。使用とか所持は本人の自由ですから、生活を崩してしまう人もいます。それはデンマークという国の根底にある、「自己決定」ということと大きく関係しています。
 自由だけれども、失敗したときの社会のサポートはしっかりしています。そこが日本と違います。身を持ち崩してしまった人に対しては、各自治体にサポートセンターがきちんとあります。私が住んでいた3万人ぐらいの自治体にもありました。
 また離婚が多いです。女性が強くなってきています。例えば、週に2日ぐらいしか夕飯をつくらないような旦那さんはもう終わりだと、デンマークの女性は言います。そして親の離婚とかで不安定になる子供も多くいますので、そのような子たちをサポートするために、昔からスクールソーシャルワーカーなどの仕組みはたくさんつくってきています。自由で自己決定の社会、でも失敗すればサポートがあるというのがデンマークの仕組みです。日本とは違います。
 それから肥満も、アメリカほどではないかもしれませんが多いです。

■ノーマライゼーション

 「ノーマライゼーション」という言葉は、日本では「共生化」とかいろいろな言い方がされています。これを唱えたのはデンマークのバンクミケルセンという人で、私はこの人の財団の事務局もやっていました。この考えは、デンマークでは障害者福祉について使われ、日本のように高齢者福祉については適応されません。これは障害者が可能な限り普通に近い生活を送れる可能性を与えなければならないという考えです。高齢者にこれを適応しようとすると、高齢者はノーマルではないのかという話になります。高齢者は、そのステージで生活しているノーマルな人という考え方です。これから日本でこの言葉がどのように使われていくかは分かりません。

■自己決定

 私はこの「自己決定」の話を何よりも伝えたいと思っています。欧米は、「自己決定」というものが中心になって社会ができています。日本がこのことをどう思うかは好き好きかもしれませんが、日本のように自己ではなく人が決めることでいい社会ができるのかなと思うこともあります。
 私がいつも違和感を持つのが、4、5人でセルフサービスの食堂に行ったら、特に女性の方が、飲みもしない水を注いでくれたりすることがあります。日本の自治体の予算配分もそれと同じような感じがしています。また、じゃんけんは日本の発明です。決定をじゃんけんで済ませるようなことが、日本の文化の中ではうまくいく面もあったとは思いますが、この部分はもう一度見直してもいいと思います。
 「自己決定」というのは、相手に対してのリスペクトです。そして自分の思いを言っていいということです。そこで話が始まります。利用者や障害者や高齢者などの当事者の言葉が全てではありません。やはり職員側のプロとしての意見もあるのです。それらを合わせて、一緒にいいものをつくっていかなくてはいけないのです。だから自己決定というのは、裏返せばある意味で他己決定でもあるのかもしれません。他者へのリスペクトです。ただ最終的には本人が決定するという考えです。

■民主主義

 デンマークで最後に残るのは「民主主義」だと言われています。民主主義の3要素は、自己決定の「自由」、誰もがものを言える「平等」、連帯の「博愛」です。誰もがものを言えて、そして最後には何がしかのかたちでまとまろうというのを、デンマークでは小学校からの授業でずっと教えられてきています。ですから民主主義というのは政治システムではなく文化です。徹底的に話し合います。
 デンマークの市議会では、議案を多数決で決めるのは10%しかないと言っていました。ぎりぎりまでお互いが歩み寄るかたちを取るのです。それがデンマーク人が考える民主主義です。

■最後に

 「福祉」という言葉は「生活」という言葉に置き換えたら分かりやすいです。「福祉の充実」は「生活の充実」なのです。福祉は特別な人のものではありません。一般の人もみんな含まれています。
 いろいろなことの自由や権利を主張もするし、それのためにいろいろなことをやりますが、それは誰かが変えるのではなく自分たちが変えないといけない、そしてそれは常にみんなでやり続けないといけないということで、日本国憲法12条にある「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」という言葉が私は好きです。みんなでこのことを考えていくと、日本はもっといい国になると思います。

■質疑応答

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○藤本 32年卒の藤本です。ブータンも国民幸福度が世界ナンバー1という評価がありますが、その辺はどう思われますか。

○銭本 ブータンと日本は、教育やインターネットの環境がかなり違っています。今の日本がもっと幸せなかたちになろうとしたときに、ブータンだけを見るのは違うと思います。もしブータンに学ぶとしたら精神論の部分になると思います。

○石川 58年卒の石川です。今のお話ですと、失敗してもセーフティーネットが張り巡らされているようですが、そうなると働くモチベーションがなくなってしまうのではないかという懸念がありますが、どうなのでしょうか。

○銭本 そのご質問は日本の方からたくさん受けます。実際には、働かない状態というのはどんな人にとっても良くない状態ですので、それに甘んじているというのは案外ありません。それでも生活保護の受給率は日本の4倍です。その中で、モチベーションを高めるためのいろいろな取り組みはやっています。競争が全てではないという中で、モチベーションという考えでやってきて今のデンマークという国ができています。日本から見ればちょっと不思議な話です。

○水崎 63年卒の水崎です。外国人が多くて国境がほとんどないような国で、負担者と受益者の関係はどうやって定義付けられるのでしょうか。

○銭本 その国に居住権もなく、ただいるような人に対しての支援はほとんどありません。ただ滞在権を持っている移民、難民の人たちに対しては、最低でも生活保護レベルの支援が行きますし、その額はやはり大きいです。もちろんその部分の負担が増してくると難しい問題にはなっていくと思います。報道でもお聞きかもしれませんが、外国人排斥のような動きも出てきています。それでも博愛という考えで、そのような人に対しても最低でもサポートしていこうというのはいまだにあります。

■大須賀会長あいさつ

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○大須賀 前の会長の昭和35年卒の中川勝弘先輩が先週の金曜日にお亡くなりになりました。残念です。昨日お通夜があり、今日青山葬儀場で葬儀が行われました。
 今日のお話を聞いて、デンマークはすごい国だなと思いましたが、物事には何でも作用と反作用があるなとも思いました。デンマークでもいろいろな問題もあるようでとても考えさせられました。その中で、われわれは、いいものは取り入れて、心の豊かさを重視するような社会を目指したいと思いました。
 日本をいい国にするために、どうぞ先頭に立ってこれからもご活躍されるよう期待して御礼の言葉とさせていただきます。

(終了)