『日本の政治は君たちが変える』
講師:山本 周 氏(昭和49年卒)
■講師紹介
○渡 彼は名古屋に生まれ、おやじさんの転勤で広島、東京、札幌と移り歩いて中1の3学期に友泉中学に来られ、そこから修猷館に入られました。そして修猷を出て彼も私も隣の修猷学館に行きました。一般には浪人の経歴を消したいと思っている人が多いのかもしれませんが、われわれは逆に修猷学館を経歴に入れたい気分です。修猷学館は大事なところでした。
修猷館の先輩には優秀なジャーナリストも多いですが、彼も早稲田大学からフジテレビに入られて活躍されています。
■山本周氏講演
○山本 渡くんとは1年と3年の時に同じクラスでした。今日は新入会員の方が大勢いらっしゃいますので、若い人向けにお話ししたいと思います。
■この20年はどんな時代だったか
新入会員の方は1996年から1998年生まれと想定して今日の準備をしてきました。私ももう60歳ですが、この年齢の人間にとっての20年前というのはついこの前の話ですが、若い方々にとっての20年前というのは感覚的には相当昔だと思います。物の見方や考え方は育った時代が影響していると思いますので、まず新入会員の方たちが生まれた時代を振り返ってみます。
今から20年前の1996年はアトランタオリンピックの年です。有森裕子さんがマラソンで銅メダルを取って、ゴール後に「初めて自分で自分を褒めたいと思います」と言って流行語大賞をもらわれました。この年の12月にはペルーの日本大使館公邸人質事件がありました。当時フジテレビは絶頂期で、木村拓哉さんと山口智子さんの「ロングバケーション」とか「古畑任三郎」で高い視聴率をいただいていました。
そして翌年の1997年には、神戸の児童殺傷事件、金融パニック、ダイアナ皇太子妃事故死という暗い話題がありました。明るいニュースでは、岡田武史監督率いるサッカーの日本代表が初めてワールドカップの出場を決めました。またドラマでは江口洋介さんの「ひとつ屋根の下」とか木村拓哉さんと松たか子さんの「ラブジェネレーション」が人気でした。
その翌年1998年には長野オリンピックが開催され、サッカーワールドカップのフランス大会に日本中が熱狂した年です。そして和歌山カレー事件がありました。映画では、「タイタニック」が世界的に大ヒットしました。フジテレビでは、反町隆史さんの「GTO」とか、木村拓哉さんの「眠れる森」とか、江角マキコさんの「ショムニ」とかが視聴率を取っていました。
政治の側面からこの20年間を振り返ってみると、1996年1月に橋本龍太郎さんの内閣が発足し、この年の10月に今の小選挙区比例代表並立制の選挙が初めてありました。この時から、この小選挙区比例代表制で、衆議院の選挙を合計7回やっています。その前は一つの選挙区から3~5人が当選する中選挙区制だったのですが、今はその中選挙区制を経験した議員はもう15~16%しかいないのだそうです。今の選挙制度はいろいろ問題があるのではないか、中選挙区制のほうがよかったのではないかという声が、われわれの中からも含めて一時あったのですが、その中選挙区制復活論者がどんどん引退されて、今では制度自体はもう完全に定着していると言っていいと思います。欠陥はいろいろあるとは思いますが、これを大きく変える議論はなかなか出てこないと思います。
またこの年に沖縄の普天間基地の返還でアメリカと合意しています。当時日本経済新聞がスクープしてみんな愕然としました。返還はまだ実現されていません。ですから私は個人的にはとても残念です。20年前、龍様もけっこうやるじゃないかということで盛り上がったのですが、その勢いがもうしぼんでしまった感じです。
橋本さんの後は小渕恵三さんの内閣でした。この時に、自民党と自由党と公明党の自自公の連立政権をつくりました。自民党と公明党の関係はこの時から今まで続いているということです。その次が森喜朗さんで、そして2001年に小泉純一郎さんが総理になりました。小泉さんは総理を5年間やっていますから、今日お見えの若い方々にとっては小泉さんが最初に印象に残っている総理なのではないかなと思います。
この時代は9・11の同時テロ、アフガン戦争、イラク戦争など、国際的にはきな臭い年ではありました。今の安倍さんが1回目の総理に就任したのが、10年前の2006年です。でも安倍さんは体調を理由にして総理を辞めました。これ以降、総理大臣は1年交代の時代になります。福田康夫さん、麻生太郎さん、それから民主党政権になっても、鳩山由紀夫さん、菅直人さん、野田佳彦さんと、ころころ変わりました。昔、竹下登さんという方が、「歌手1年総理2年の使い捨て」と言いましたが、それよりも短い1年で替わっています。
■人口構成
1995年当時、日本の人口は1億2千560万人で、その後少し増加していますが、2015年に初めて減少に転じました。それでもこの間の人口総数自体はあまり変わっていないのですが、人口構成が大きく変化していて、64歳以下の割合が減っていて65歳以上の割合が増えていっています。
国立社会保障・人口問題研究所というところが、4年前に、2060年の人口構成の推計を発表しています。それによると2060年の日本の人口は大きく減って8千674万人となり、その中の65歳以上の割合は4割になるという計算だそうです。そしてこのころの男性の平均寿命は84.19歳、女性は90.93歳なると言われています。2060年はこの平均寿命からいくと、私たちには空想の世界ですが、若い方々にとっては現実だということを考えていただきたいと思います。
■選挙権
今月の6月から選挙権年齢が引き下げられ、18歳以上の国民にも選挙権が与えられます。最初の日本の普通選挙は、25歳以上の男子で直接国税15円以上を納めている人に限られていたため、有権者数は全人口の1.1%しかいなかったそうです。その後1925年にその納税要件は廃止されたことで、有権者は全人口の20%ぐらいになり、そして1945年に男女平等の普通選挙になって選挙権も20歳以上になっています。今回の選挙権年齢の引き下げはそれ以来の大きな改革で、およそ240万人が新たに選挙権を得るそうです。
日本の有権者数は、一昨年の暮れの衆議院選挙の時点で1億430万人ですから、新たに18歳から20歳で選挙権を得られる方は、割合では2%ちょっとです。この新しい18歳選挙権が適応されるのは、今年の6月19日以降に公示された国政選挙からです。今、参議院選挙が6月23日ごろ公示と言われていますから、次の参議院選挙からは18歳以上の方も選挙権を得られます。
では海外ではどうなのかというと、8割から9割の国が18歳以上に選挙権があります。今度のサミット参加国のうち、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、つまりG7のうちのG6は既に18歳以上に選挙権があります。私も含めて、年配の方々の中には、近頃の若い奴に選挙権なんか与えていいのかなんていう議論もありましたが、でも世界的に見れば、日本もようやく国際標準に追い付いたところです。
■若年層の低投票率
問題は若い人の低投票率です。衆議院議員総選挙の年代別投票率は、昭和42年から平成2年までは若い人は50%から60%ありましたが、それ以降は急に下がっています。2014年の衆議院の選挙の時は、20歳代の投票率は32%でした。この時、20歳代の人口が1千300万人でしたから投票総数は420万人しかいなかったということです。それに対して、その時の60歳代は人口が1千800万人で投票率が68%でしたから、20歳代の約3倍の1千240万人が投票に行ったという計算になります。ですから、政党や候補者側からすると、60歳代以上の人々をターゲットにする方が効率が良いということになります。
ここは修猷館の集まりですから、政治に無関心の若い方はいないと信じています。政治家というのは、権力欲と自己顕示欲と名誉欲が人並み外れて強く、うまく扱わないといけないややこしい方々です。でも選挙になると、宣伝カーの上から電信柱にも頭を下げます。そのような人でなければ当選しません。有権者からすると、当選したいという政治家の欲求を満たさせることへの見返りにわれわれが求める政治をやらせる、その何年かに1度のチャンスが選挙だと考えればいいと思います。選挙のときは有権者のほうが偉くなりますので、これを利用しない手はないと思います。
それでは何を基準に投票先を決めたらいいのかということですが、まずは政党や政策です。それから、利益誘導かもしれませんが、地域に何をしてくれるか、また広く日本や世界にとって役に立つ人かどうかということです。そして政治家にとって最も重要なことは信頼で、有権者は候補者が本当に信頼できるかどうかを判定しなければなりません。そのためには生でその人物に接するのが一番いいと思います。もちろん見たから接したから分かるとは限りませんが、人物を知る参考にはなると思います。
若い人はあまりテレビを見ないかもしれませんので新聞の話をします。新聞の政治面は、政治に関係している人たちを想定して書いてある業界紙です。しかし一面の記事は一般の人にぜひ知ってもらいたいと新聞社が考えている記事ですので、それぐらいは目を通していただきたいと思います。それから、社説はいろいろな問題についてコンパクトにまとめてあり、あれを読むと意外と便利です。その主張に賛成反対はいろいろあるでしょうが、まとめてある事実は変なことは書いてありません。
今は北海道と京都で衆議院の補欠選挙をやっています。投票権はなくても、私ならどちらの候補者に入れるかと考えるだけでも勉強になると思います。
■安倍内閣
(1)政局
今は、来年4月に予定されている消費税率10%引き上げの再延期があるのかどうかと、この夏に衆参同日選挙があるのかというのが最大の焦点です。少なくとも永田町、霞が関はみんなこればかりに興味を持ってやっています。
結論から言うと、消費税率の引き上げは再延期になる雰囲気ではあります。リーマンショックとか東日本大震災のような大変なことがない限りは上げるという言い方をしていたにもかかわらず、もし上げないとなると、安倍さんが総理の間は多分上げないのではないかなと思います。
衆参同日選挙についてはよく分かりません。安倍さんが多分最も信頼している菅官房長官は反対しているとも言われています。あくまでもうわさ話レベルですが、安倍総理は「一体だれが同日選挙だと言っているのか」と怒鳴っているという話も聞きますが、実際には与党も野党もほとんどの人が同日選挙はあり得るということで動いています。
(2)支持率
私どもFNNの1ヶ月前の調査では、安倍内閣の支持率は46.3%です。年代別に内閣支持率を見ると、実は20歳代の方が一番高く、その次に高いのが60歳以上の方です。支持する政党も20歳代の方は自民党が高く、次がやはり60歳以上です。これに対して民進党の支持率は、全体が12.8%ですのに20歳代は7.3%の支持しかありません。若い人に相当嫌われています。中堅どころの議員のレベルは自民党より民進党のほうが高いと思っていますので少しもったいない気もします。
(3)政治日程
当面は衆議院の北海道5区と京都3区の補欠選挙があります。消費税との絡みでは、5月18日の1―3月期のGDPの速報値が注目で、サミットとその前にG7の財務大臣と中央銀行総裁会議というのがあります。ここで経済が更に低迷しないように各国は需要を拡大すべきだということで一致すると、安倍さんは消費税引き上げの再延期を決断するのだと思います。そうすると夏の参議院選挙の争点から消費税の話を外すことができるという政治的なメリットがあります。
ただし、税と社会保障の一体化とか、リーマンショック、東日本大震災のような事態がない限りは確実に引き上げると言ってきたことと整合性をどう取るのかという宿題は残ります。絶対にやると言ったのにできなかったとなると、それはアベノミクスの失敗なのではないかという批判を浴びます。よほどうまい理由付けを考えないといけないと思います。その一つは、外国から日本は消費税率の引き上げは延期して内需拡大に努めてほしいという希望があったというのがあるのかもしれません。
今の予定では、国会が6月1日に終わって7月10日ぐらいに参議院選挙という日程が考えられています。これでいくと18歳以上の方の選挙権が施行されるのでそれもいいのかなという感じです。しかし、そもそも今年の1月4日に国会を召集したのはなぜかということです。当時から言われていたのですが、1月4日に召集し、国会延長がなく会期末の6月1日に衆議院を解散すると衆参同日選挙がピンポイントで可能になるということで、もともと狙ってはいるのだろうなと思います。
前回の衆参同日選挙は1986年の中曽根さんの死んだふり解散の時で、この時に自民党は大勝しています。しかし当時は衆議院が中選挙区制でしたが、今は小選挙区制比例代表並立制ですから、自民党選挙関係者はそんなにうまくいくかはよく分からないと言っています。それから、ダブル選挙にすると投票率は確実に上がりますが、その上がった分は自民党に来てくれるのだろうかというのも自民党は心配しています。
それから参議院の方は独自の後援会を持っていない人がほとんどで、選挙のときは衆議院とか県会議員とかに乗っかってやっていますので、衆議院の方が一生懸命にやっている選挙にタイアップしたほうがいいという期待があります。政治的には野党間の政治協力がやりにくくなります。自公は長くやっていて手慣れたものですから楽です。ただし、ダブル選挙の場合は負けるときは両方負けますから、ある意味恐ろしいやり方ではあります。それから、われわれのほうもそうなのですが、もし参議院を夏にやって12月に衆議院選挙をやると、1年に選挙を2回やることになりお金が倍掛かります。ただし消費税率引き上げを先送りすると同日選挙にする理由が若干薄れます。どちらにしても衆議院の選挙は消費税率引き上げの前にやることになりますが、安倍さんの任期中にもし上げないとなると衆議院の選挙をもっと先に持っていくということもあり、安倍さんはこの辺りも考えてやると思います。
これは有名な話なのですが、おかしな関係があって、日本でサミットが開催された時は、ほぼ同じ年に衆議院選挙をやっています。この二つに因果関係はありません。つまりジンクスみたいなものですが、そのジンクスでいくと今年は衆院選が「ある年」になります。
ちなみに総理は今日フジテレビにいます。明後日、日曜日放送の「ワイドナショー」という、ダウンタウンの松ちゃんなんかが出ている、ほとんどバラエティー番組があって、その収録をしています。
私が今気になっているのは、安倍さんが2020年という年号をしょっちゅう言って、どうも2020年にこだわっているようで、ひょっとしてひょっとするとそこまでやりたいのかなとも思っています。
■質疑応答
○新納 昭和53年卒の新納です。参議院の比例は政党名を書いてもいいし個人名を書いてもいいという変則な感じがしますが、これを導入した背景をお聞かせください。
○山本 今は非拘束名簿式でしたが、昔は拘束名簿式でした。拘束名簿式では候補者に順番を付けるのですが、そうすると、名簿の下位の人は団体が何もしないというのが一番大きいと思います。また逆に名簿の上位の人の団体も動かなくなります。ですから選挙で競わせようということだと思います。
○古賀 昭和45年卒の古賀です。麻生さんもOECDの事務総長と抱き合ってまで上げるようなことを言っていましたし、安倍さんも事あるごとに東日本大震災とかリーマンショックのような事態がない限りは上げると言っていますが、あれで上げなかったら本当にうそつきという感じがします。本当に上げないで済むのでしょうか。そこがそれこそ政治の難しいところなのでしょうか。
○山本 少なくとも、安倍さんと菅さんは税率を上げると税収が全体として減ってしまうと思っている節はあります。それではどうして「上げる」と言ったのだということになります。多分、日本はサミットの議長国だし、外国から言われたからしょうがない、とにかく日本が率先して経済の底上げをやっていく姿勢を見せる必要があると考えるのだろうなと思います。
GDP2%が目標だったのですが、今、狙ったとおりのインフレ率は達成していません。むしろデフレ傾向があるときに消費税率を上げるのは経済的にはマイナスだということを安倍さんはいろんなところから吹き込まれているのだと思います。やはりアベノミクスは失敗だったと言われるのが多分いちばんきついのでしょうから、それを凌駕できるような理由付けを一生懸命に考えているところだろうと思います。
<新入会員歓迎会>
(終了)