第616回二木会講演会記録

『ロボットが拓く未来社会〜産学連携の開発現場から〜』

講師:高西 淳夫 氏(昭和50年卒)

■講師紹介

○庄野 高校時代の彼はものを作るのが本当に好きでした。部品を買ってきて当時はまだほとんどなかったテレビゲームを作ったり、音楽をやっていましたので、ギターのエフェクターみたいなものを作ったこともありました。このように理科系のことは随分できたのですが、世界史とかは全然駄目で、当時の修猷館は3年まで文系も理系も分かれていなかったので、高西が修猷館を卒業できたのは、私が世界史を教えたおかげです。そして私が修猷館を卒業できたのは、高西が理科を教えてくれたおかげだと思っています。
彼はものづくりに対する情熱、熱意、実践する力にあふれ、また人に対する親切、信義に長けていると私は思っています。

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■高西氏講演

 庄野くんがどのような紹介をしてくれるか心配していたのですが、致命的なところは避けてくれてまずは一安心しています。
 ロボットは非常に幅広い応用の分野があり、今は多くの用途でロボット化されています。産業用ロボットに限られますが、ロボットは生産台数も増加しており、非常に好景気というか好調で、個人的には本当にうれしい限りです。

■ロボット革命イニシアティブ協議会

 一昨年の9月に安倍総理が戦略として掲げた「ロボット革命」に端を発し、昨年の6月に「ロボット革命イニシアティブ協議会」が発足しました。この協議会は三つのワーキンググループ(WG)でできています。一つ目はIOT(Internet of Things モノのインターネット)を産業界、特に製造業でいかに進めるかという「IOTによる製造業ビジネス変革」、二つ目はロボットを更に普及させ日本の競争力も上げようとする「ロボット利活用」、三つ目は同一ハードを使ってコストを下げるプラットフォームワーキングを推進する「ロボットイノベーション」です。このようにロボット革命イニシアティブ協議会には、たくさんのグループがあり、その中で活発な議論が行われています。私もその中のいくつかのグループに参加しています。
 それから経産省の局長さんが去年宣言して、東京オリンピックの2020年に合わせてロボットのオリンピックをやろうとなっています。

■サービスロボット産業の夜明け

 ロボットというと、安川電機などのいわゆるロボットメーカーが販売するという一般的な印象がありますが、ソフトバンクという通信事業社がロボットを発売しました。これは120㎝ぐらいのロボットで、中にはモーターが20個入っています。モーターが20個入っていれば、その分野の人によると200万円ぐらいのコストになるそうですが、実際の定価は19万8千円だそうです。格安です。みんなびっくりしました。このロボットは1回あたりの1ロットの千台が1分で売り切れています。この辺が今後どのように展開するかは興味があるところです。

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■ヒューマノイド

 私の研究対象はヒト型ロボットです。ヒト型ロボットというと昔はただの遊びではないかと言われていましたが、今はビジネスとして工場の中だけではなく家庭にまで入ってくる可能性が出てきています。11年前の愛知万博では遠隔操縦タイプで災害救助用のロボットや、トヨタ自動車の楽器を演奏するロボットとかいろいろなロボットが展示されました。
 日本はヒト型ロボットをたくさんつくっています。ヨーロッパやアメリカでは、どうも宗教的な背景もあって、日本が圧倒的にヒト型ロボットをつくりやすい、社会に導入しやすい土壌があるようです。
 私がロボット研究に入ったのは、早稲田で長い間ヒト型ロボットの研究をやっておられた加藤一郎先生の研究室に入ったことがきっかけでした。そこでつくったロボットのうち、WABOT-1とWABOT-2の二つが一番有名です。WABOT-1は2本足です。その当時、同じ早稲田の機械工学科の教授から「鉄でできた二本足の機械なんか歩くはずはない」と言われたそうです。加藤先生は「絶対に歩かせてやろうと思った」とおっしゃっていました。そしてやっと歩いたのですが、今のロボットに比べれば、歩幅は10㎝ぐらいで1歩も45秒ぐらいかかるゆっくりした動きでした。
 その10年後にはエレクトーンを弾くロボットを開発して、つくば万博の開会式にNHK交響楽団と合奏したこともありました。加藤先生は残念ながら亡くなられましたが、われわれはその後大学の中で共同研究をやったり、今は研究所としての活動を活発にやっています。

■何故、ヒューマノイドなのか?

 現状でヒト型ロボットが家庭の中で家事を何でもやるというのは、安全の問題もあって、今すぐには難しいと思います。しかしヒト型ロボットをつくることは、ヒトが歩くメカニズムを構造から解明できる一つのサイエンスの手法なのだと、加藤先生は言っておられました。つまりヒトと同じ構造の二本足で歩いたら、それはヒトの二足歩行をロボット工学的な視点から解明できるということです。私はこのことを勝手に英語でRobotic Human Scienceと呼んでいますが、これが10数年前から世界中で認められるようになり、日本国内では人間科学の研究に多くのヒト型ロボットが使われるようになっています。

■WABOT-HOUSE ヒューマノイド・ファミリー

 二足歩行ロボットは私が一番入れ込んでいるロボットですが、一方でホンダのASIMOやトヨタ自動車のヒューマノイドがあります。これらはよく歩くし、状況によってはランニングもできるそうです。そのようなところと比べると、大学の研究開発費は100分の1どころか1,000分の1と言ってもいいぐらいで、このようなところとはなかなか正面切って競争できないでいます。
 そこで私たちはWABIAN-2に骨盤の機能を搭載しました。ASIMOくんの膝は曲がったままで、ボディーからいきなり脚が出ています。ところがヒトはボディーと脚の間に骨盤があり、そのおかげでヒトは膝が伸ばせると言われています。それに加えてこのロボットは、関節間の距離の比も重さの比もほとんどヒトと同じにつくってあります。
 ニュートンの運動の3法則の一つに、作用反作用の法則があります。ロボットも歩くときに着地した力と同じ力が床から戻ってきて、その力で前に進んでいます。これを床反力と言います。ヒトの場合はその床反力グラフが二つのピークを持っていて、そこが他の類人猿と一番違うところです。WABIAN-2をASIMOくんのように膝を曲げて骨盤を動かさずに歩かせると、床反力グラフはピークがありません。ところがこのWABIAN-2の床反力のグラフは、二つのピークが出ています。これによって、外見だけではなく力学の視点でも、ヒトに近いという一つの立証ができました。
 ヒトに近くなったこのロボットの応用の一つですが、10年くらい前に日立製作所が歩行支援機の開発をしていて、そのテスト段階でこのロボットを使いました。実際に高齢者とか歩行障害者の方に使ってもらうと転倒のリスクがありますが、ロボットを使うとその問題は解消されます。もう一つのメリットがあります。このロボットは100個以上のセンサーを搭載していますので、異常な数値が出れば問題箇所を容易に特定し修正できます。これはエンジニアにとっては大きなメリットです。
 また人体運動のシミュレーターとしての性能を利用して、歩行障害の方のリハビリの検証や、また補装具の科学的な安全確認にも利用しようとしています。また最近ではフットの部分も人間並みに小型になっていますので、これにスニーカーを履かせてスニーカーの検証にも使いたいと期待しています。
 そしてランニングもやろうとしています。ASIMOくんのランニングは全部モーター能力だけのランニングですが、アスリートの人たちは筋肉や腱の中にばねと同じような要素をトレーニングでつくっていると言われています。われわれはロボットの筋肉に当たる部分にばねを搭載して、エネルギー効率良くランニングする研究を始めています。

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■産学連携

 加藤先生が同僚からばかにされながら続けてきたロボットの研究は、今では大学の中だけではなく、いろいろな企業とか研究所で技術が応用・利用されています。
 例えば、ヒト型ロボットが二足で歩くようにはなったのですが、この技術をもっと有用に使いたいと、電動車いすが階段の上り下りができるように、電動車いすの車の代わりに二足にしたものを、テムザックという企業と共同研究してつくりました。そして2007年にロサンゼルスで開催された展示会に、これを持っていきました。
 ロボットそのものだけではなく、中に使う部品が普通に販売されているものではロボットに搭載できない場合があります。そのうちの一つにモータドライバというのがあって、特殊電装という会社と共同でロボット用に開発して、これを研究の後に一般販売したらたくさん売れました。

■MiniWay

 普通の自転車やバイクは、前輪をうまくコントロールしてやると、ある程度スキルがあれば人が乗りこなすことができます。ところが同じ2輪でも、セグウエイのように左右に車輪が付いているタイプですと、人の力で前後方向に倒れないようにするのはほとんど不可能です。セグウエイは中のセンサーとコンピューターが計算して転倒しないように移動しているのですが、このセグウエイの移動方式と二足歩行ロボットが転倒しないようにするための移動方式は、全く同じではありませんが非常に近いです。そこで私の研究室のゼミ生にロボットの研究をしてもらうのに小さなセグウエイをつくらせて、これを倒れないように動かしてみようというのを毎年やっていました。そしたら福岡の学習用のロボットキットメーカのJAPAN ROBOTECHというところがそれを製品化してくれました。

■楽器演奏ロボット

 楽器を演奏するロボットの研究で研究費をもらうのは難しいです。成果がお金につながらないからです。でも加藤先生はエレクトーンを弾くロボットをつくりました。私も音楽が好きですので、フルートを演奏するロボットをつくりました。指は電動モーターにワイヤーを使って駆動するのですが、ワイヤーには庄野君の会社の協力でフッ素樹脂加工をしてもらい摩擦を低減することができました。このロボットのチャレンジの一つはソフトウエアです。ロボットがいい音を認識するために出てきたアイデアが、評価関数というものです。今の制御のコントロールは、お互いに反駁(はんばく)することをたくさんの目的を実現しないといけません。そのときに使われる数式を評価関数と言います。これによってロボットのいい演奏が実現できるようになりました。
 共同研究では、トヨタ自動車と、サックスを演奏するロボットの共同研究をしました。われわれなりに一生懸命に吹かせたのですが、むせび泣くブルースのように低音でしかも音圧が低いものは全く音が出ません。リードの問題とか実際にやると、いろいろ新しい問題が出てきます。ロボットをつくって、やはりプロはプロのスキルがちゃんとあるのだなということを実感しました。

■映画に協力

 たまには楽しいことがあります。それはテレビとか映画への協力です。例えば「ロボジー」という日本映画がありました。封切りの3年ぐらい前にこの監督が早稲田に来られて、「これからロボットの映画をつくる。コメディーだけれども中で使う技術の話はきちんと扱いたいので協力してほしい」と言われて、早稲田の学生がアルバイトで設計や図面について協力しました。シナリオも関連部分は、理論的に間違いがないかを全部チェックしました。
 去年は「ベイマックス」というディズニーの映画がありました。これにも協力しました。完成後、試写会にも呼ばれてとても楽しかったです。劇場公開期間が終わりブルーレイを買ってエンドロールを見たら、私の名前が、TAKANISHIのはずがTAKANASHIになっていました。DVDもブルーレイももう売り出されていて、最後にちょっとがっくりきました。

■運動方程式から情動方程式へ

 楽器演奏のロボットをやっていると、受け取る人側の心の問題が出てきます。先ほど評価関数の話をしましたが、これまでのロボットと人の心に関係するロボットの一番大きな違いは、情動というものがどういう数式で表されるのかということです。二足も含めてただ動くだけのロボットでしたら、運動方程式が見つかれば、ほとんどのことが自動的に計算されて出てきます。
 ふと思ったのは、人の心というのは一カ所に留まっていません。外から入ってくる情報や自分の内部状態で、どんどん状態が移り変わっています。これは運動と同じではないかということです。そこで、運動方程式と全く同じかたちの式を使って情動方程式という勝手な名前を付けて、ロボットのプログラムとしてロボットに埋め込んで情動をつくり出す研究をしました。

■笑い誘発ロボット

 東日本大震災の後、何度かボランティアに行きましたが、そこで思ったのは、一番かわいそうなのは子供たちなのです。それ以来、何とか彼らに笑いを取り戻すために笑わせるロボットをつくりたいと思い、今、一生懸命に学生がつくっています。そして一瞬芸や、芸人がやっているものまねや、ひげダンス的な動きなどができるようになっています。

■質疑応答

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○滝本 昭和48年卒の滝本です。先生の見込みとして、いわゆる鉄腕アトムのようなロボットが何年後ぐらいにできそうだと思われていますか。

○高西 同じような質問をよく受けます。実際にヒト型ロボットをつくっていて、知的な能力も含めて目標のヒトに近付けようとすればするほど、目標となるヒトは遠くなるというのが、現場の偽らざる気持ちです。ヒトがいかによくできているかということだと思います。本当の意味で全人的な、人間に取って代わるようなロボットは、何十年も先なのではないかなと思います。

○黒岩 昭和41年卒の黒岩です。医療系について少しお話し願います。

○高西 私は2010年に榊原記念病院で心臓の手術をしました。その時に一番感激したのは人工心肺です。今の私の命はこれのおかげだと思っています。これは町工場の人たちと心臓外科医が一緒に寝泊まりしてつくったそうです。ですから、医者とエンジニアとの密な関係は本当に重要だなと思いました。
 顎関節症の患者に負担が掛からない治療の検討やトレーニングを目標として、咀嚼(そしゃく)ロボットというのを歯科医の方々と共同研究しました。これは、先輩の山梨大学の大西正俊先生に大変お世話になりました。また手術の基本である縫合と結紮(けっさつ)の手技を自動計測して、定量的に評価できる装置の開発でも、大西先生には本当に協力いただきました。
 それから九州大学とも連携してやっています。この方も修猷の先輩ですが、九大の橋爪誠先生が救命救急で有名で、トレーニングセンターにモーションセンサーを付けさせていただいて、手術を評価する装置を試験的に導入してみました。
 また、気管挿管と言って、例えば全身麻酔の手術をするときに口から肺までチューブを入れますが、これのトレーニングには今まではただの人形を使っていたのですが、ロボットを使おうということで、同期の小出みどりさんや女子医大の麻酔科など多くの先生がたにアドバイスをいただきながら、気管挿入訓練ロボットを完成させました。
 また昭和大学の先生との共同研究から生まれた歯科治療訓練用患者ロボットで、昭和花子というのがありましたが、テムザックという福岡の会社がデンタロイドという名前で製品化して、今、海外も含めて販売されています。歯科大学では簡単な人形を使って治療のトレーニングをやっていたのが、これに患者をリアルに再現するロボットを使おうということです。
 このように新しい治療法や治療器具ができたときに、まずヒト型ロボットで安全性や効率を確認して、最後に人に適応することができます。また医療関係者の治療訓練にロボットを使うことで、手技が定量的に評価でき治療技術の向上が期待されます。このように医療分野でのロボットの活用には、大きな可能性があると考えています。

■大須賀会長あいさつ

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○大須賀 ロボットの利活用という話がありましたが、他に楽器の演奏とかの遊びの世界も研究に入っていました。実はそのような研究がその後の大きな利活用につながっていくのではないかと思いますので、これからも幅広く研究を続けていただきたいと思います。
 私が感じましたのは、一つは、人間に近いロボットをつくろうとすることは人間科学の研究なのだというお話でした。もう一つは評価関数の高精度化によって、ロボットの可能性が無限に広がるということです。
 今の日本社会は人口減少や高齢化の問題が言われていますが、そこの相当な部分をロボットが補っていく社会になっていくのではないかと思います。日本がロボットの技術を更に高めていって、人類の平和にこれを活用できるように一層の研究に励まされることを祈念します。

(終了)