『強気の中国、弱気の米国』
講師:用田 和仁 氏(昭和46年卒)
■講師紹介
○土肥 用田くんのお父様は私の中学時代の恩師でいらっしゃいます。それは修猷館に入って知りました。高校時代の彼は暴れん坊で、運動会ではかなりエキサイトして頑張ってくれたことを思い出します。
卒業後も「戦車の用田」ということで果敢な発言をされていて、同級生も心配していたのですが、無事に西部方面総監にまでなられました。そして今は指揮者の心構えとか危機が発生したときの対応とかを、いろいろな所で発言してくれています。
■用田和仁氏講演
○用田 このような格式がある場で大先輩方を含めてお話しできることを、大変うれしく思います。今日はわれわれ軍事サイドから見た中国というのを、率直にお話しします。
■アメリカの戦略
今まではアメリカと日本は、がっちりとタッグを組んだ状態でした。私が現役の時、自衛隊と米軍の良好な信頼関係は私自身が実感しています。その信頼関係は今でもありますが、アメリカの戦略は大きく揺れています。今いよいよ日本が独り立ちしないといけない時ということです。
アメリカはCSBA(Center for Strategic and Budgetary Assessments)というシンクタンクを中心にして、陸海空それぞれをもう一度洗い直して研究をしてきています。そこから出てくるアメリカの答えは、「日本あるいは同盟国は、自分の国の防衛は自分でやれ」ということです。これは日本が見捨てられたということではありませんが、われわれは中国の脅威を考えるだけではなく、このアメリカの大きな変化も認識しなければなりません。これを「弱気のアメリカ」と見るかどうかというのはいろいろ異論があるでしょうが、明らかにアメリカの戦略は変わりました。
■日本の防衛
肝心の日本については、私はかつていろいろと根幹の部分に携わっていた経歴があり、今はOBですがまだなかなか言えない部分もあります。そこはご容赦願います。
最初に結論を申し上げれば、日本の国土防衛の基本は、『取らせない』態勢を相手よりも早く作っていくということです。取られてから取り返すことが基本ではありません。取り返すことも必要ですが、それは一発勝負で大変力が要ります。アメリカの海兵隊は、自衛隊の陸海空が全部合わさったぐらいの戦力があります。それぐらいの戦力があって、初めて取り返しができるのです。
私が言いたいのは、日米一体となって『取らせない』態勢をつくる、そして最大のパワーがあるということを証明するということです。これが抑止力です。戦略の根幹は、敵国の軍事的な冒険を断念させるということです。
中国に対しては、まさに「恐るるべからず侮るべからず」です。このことについて、今日の午前に出た会合でアメリカ人が、「侮るべからず」については「そのとおり」、「恐るるべからず」については「アメリカは恐れてはいない」と言いました。アメリカは日本と考え方が違うということです。ここには大きなギャップがあります。アメリカはやはり太平洋という大きな懐がありますから、ゆったりと長いレンジで考えることができます。
■中国の野望
中国がすごいのは、長くゆったりとした考え方で必ず弱いところから攻めていくということです。1カ月とか2カ月で忘れたりしません。1992年に領海法をつくって、尖閣は自分たちの領土だと言い、そして20年たって今のような行動をしているのです。これはサラミスライス戦略といって、時間をかけて少しずつ目標を達成していくというやり方です。南シナ海でもそれをしています。
そして中国は江沢民の時に、大陸国家であると同時に海洋国家であると宣言しました。もともとは大陸国家として存在していた中国ですが、海洋国家として出ていくには、太平洋を向いた地域しかありません。ですからそのためにはアメリカの影響力を受けないようにして太平洋側に軍事力の影響力を突き出して、その後、中東とかアフリカへのシーレーンを確保するということでした。
その中で大変気になるのは、「中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現」とはっきり言っていることです。「中華民族の復興の夢は、すなわち強国の夢であり、すなわち強軍の夢である」、そして「2013年を海洋強国化の元年」として「海洋権益を含め『拡大する中国の国家利益』を守ることが人民解放軍の新たな歴史的任務」である。そして「人民解放軍は戦争に打ち勝つ軍事目標に基づき国家主権と安全、発展の利益を守らなければならない」と明確に言っているのです。
胡錦濤から今の習近平に至る2代にわたってのこの3年間、彼らは中国人民解放軍に、「戦争に勝て」、「戦争に備えよ」と言っています。例えば安倍総理が自衛隊に来て「戦争に備えよ」、「戦争を準備せよ」と言ったらどうなるでしょうか。中国は、今、習近平が昔のスターリンのようなかたちになろうとしているのだろうと思います。中国の軍隊は中国共産党の軍で、習近平の言うことだけを聞く軍隊なのです。法律も中国共産党の指導に基づく法治国家ですから、中国共産党が「こうだ」と言えば法治も法律も変わります。
中国の理念は、「統一」「安定」「発展」です。「自由」とか「民主主義」とか「人権」ではないのです。そこには「国民の自由と安全を守って幸福を追求」という感覚はありません。「統一」というのは、スクラムを組んで逃がさないということです。そしてそのためには「安定」が必要で、中国人民解放軍よりも人数の多い武装警察がいます。力で圧倒しても、安定を第一優先にさせるということです。そのためには経済の「発展」が要る、そのためには海洋強国でなければならないということです。
もう一つ、中国に国境の概念はありません。力の及ぶ範囲が中国の国土・領海なのです。だから核心的利益と言って、チベット、ウイグル、台湾、そして2010年には南シナ海と広げていき、次に尖閣にまで広げようとしているのです。
その中で去年2014年11月のAPECでアメリカのオバマ大統領は、習近平が言った「太平洋には米中両大国を受け入れるに十分な広さがある」ということを同じ言葉を使って認めたのです。これは大変なことです。オバマは大変なことを言ってくれました。そのメッセージは習近平を大変勢い付けたのではないかなと危惧しています。
(1) 第1列島線
中国に行くと、日常のテレビでも、失礼なことに日本の領土の上に赤い線を引いた第1列島線が普通に出ています。中国にとって、この第1列島線と言われるものが「守りの城」であると同時に、「攻めの城」なのです。かつて毛沢東が「アメリカと核戦争をやっても怖くない。5億人死んでもまだ5億人いる」とうそぶきました。今は、北京、天津地域、上海、揚子江地域、広州・珠海地域が彼らの経済的核心的地域だと言っていて、これらが潰れれば中国共産党が潰れます。それに合わせて、済南軍区、南京軍区、広州軍区と大きな軍区があり、そしてそこには北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊とあります。これらは絶対に守らなければなりません。このアメリカや日本の圧力を絶対に受けてはいけない軍事的な聖域が、黄海、東シナ海、南シナ海なわけです。
第1列島線がなぜ大切かというと、中国の船が南に出ていくためにはエアカバーが要ります。そのためには、ここの滑走路が要ります。南西諸島には20の空港があって、そのうち14が1,500m以上の滑走路を持っています。これが中国にとっては、西太平洋に軍事力を使おうとすると必要な空港になるのです。
中国が南西諸島を突破するということは、日本の155万人の国民、国土、主権を失うということです。中国にも経済的な核心的利益地域があり弱点があると申しましたが、日本の太平洋ベルト地帯と言われる地域はやはり日本の政治、経済の中心です。南西諸島を破られ中国に自由にされるということの意味を、われわれは深刻に捉えなければなりません。
(2)海上民兵
中国に「海上民兵」というのがいて、人数は500万とか1,200万とか言われています。有事には「正規軍の渡海・上陸作戦を支援する」となっています。漁民がみんなそうで、平時は漁業活動をしています。これは任務なのです。漁業と言うのかどうかは知りませんが、父島・母島で赤サンゴを採ったりしています。1隻に30人乗るとしても、200から250隻が1個師団となっていますので、6千人から1万人が一遍で上がってくるわけです。漁船ですから、小さな港でも4、50隻が中に入ります。例えば父島・母島に200隻来ました。それから五島に100隻ぐらいが台風の避難だと入ってきました。尖閣も以前200から300隻ぐらいに囲まれました。全部1個師団なのです。
もう一つ怖いのは、2年ぐらい前に中国は国防動員法というのをつくりました。これは有事、平時にかかわらず、中国にある企業は習近平の一令で全部接収されます。そして、外国にいる留学生や旅行者も軍務に服しなさいとなります。そこに特殊部隊が混じっていれば、当然そこで内部蜂起が起こります。内部蜂起したものと海上民兵が一体となったら手に負えません。
これから日本は沖縄も含め中国人に対するビザの発給を簡単にするとしていますが、われわれは軍事的な面からしか話をしませんが、まさに敵に塩を送っている状態です。
■日・米・中の相克
アメリカにはエアシーバトル(ASB)という構想があり、中国のミサイル攻撃の兆候があったら攻撃の前に、アメリカの海軍・空軍は生き残るために、グアム、サイパン、テニアンまで下がることとなっています。彼らの考え方の基本は長期戦です。軍事的な決着をあいまいにして政治的な決着をするということです。これは日本を飛び越して政治的な妥協をやってしまう危険性があります。軍事予算が減額となり中国と面と向かいたくないという中で、アメリカの選択した戦略の基本はどうもそういう方向にあるようです。
中国の問題もありますが、それだけではなくアメリカの戦略も非常に大きく変わりつつあり、日本は実に厳しい選択へと追い込まれています。日米同盟は基本にありながらも、アメリカの戦略は懐の深い戦略に変わりつつあります。残念ながら、全てアメリカに寄り掛かるという時代ではなくなってきています。日本は眠っていたら完全に置いていかれます。アメリカの軍事力の低下、日本の防衛力の弱体、日米の分断、米国の軍事関与の一種の低下とか、いろいろなことがあって、オバマ大統領のこれからの2年間はどうなるか分かりません。そして中国は完全に足元を見ています。
アメリカの学者が、日本に対する拡大核抑止の破綻について述べていました。「日本に対する核抑止があるのは幻想だ。アメリカが自分の国に核を撃たれていないのに、日本のために撃つことはない」とはっきりと言っていました。日本は今、微妙な時期に差し掛かっています。拡大核抑止でアメリカが撃たないとなると、中国のストッパーが掛かりません。中国は安心して局地戦(local war)を挑むことができます。これは大変厳しい状況だと思います。
勝手なことを言うようですが、防衛費は絶対に足りません。5兆円で何をしているのかと言われそうですが、この戦力で戦えるはずがありません。今、全ての面で人も物もありません。少なくとも10年間、今の倍の予算が要ります。
そして、自衛官は定数不足なのです。船とか飛行機は増えるのですが人は増えていないのです。自分の所でやりくりしろと言われているのですが、やりくりなんかできません。これが現状なのです。ではどうすればいいかというと、官民一体の輸送コマンドをつくることが大切になってきます。これは災害の時も一緒で、強制権を持たせて一つの命令のもとに全体が動くということです。これは戦う時にも必要です。アメリカにもTRANSCOMという官民一体の組織があります。これは平時でも有事でも必ず要ります。緊急事態には、自分の権利を制限するというのが大前提で、国民を挙げてこの根幹の部分を議論する必要があると私は思います。
■最後に
ぜひともお話しをしておきたいのは、武器の使用ということです。グレーゾーンとか平時にも自衛権が発動できるというのは世界の国の軍隊の常識です。だから怖くて周りの国は攻めてこられないのです。
引き金を引くというのは、警察も自衛官もそうですが、正常な人間が異常な状態のときに引き金を引くのです。正常な人間が人を殺したこともないのにそれをやらなければならないのです。撃った人間はハートが壊れます。それに対しては特別なケアが要るのです。
イラクとかに自衛隊員を派遣する時にわれわれが政治家の人にお願いしたのは、三つの必要なことでした。その一つは「大義名分」です。大義名分がないと絶対に戦えません。それから「法律」です。武器を使ってもいいという法律がしっかりしていなければなりません。それから「国民の圧倒的な支援」です。自分たちに代わって引き金を引いてくれという声がなければハートが壊れます。
異常な状態の中で正常な人間が起こす正常な反応が、コンバットストレスです。日本では、異常な状態で全てのことを想定しなさいとなっていますが、全てが分かったら苦労はしません。分からない状態に必ずぶつかるのです。そのときに判断するのは政治家なのです。ネガティブリスト、ポジティブリストと言いますが、予測以外のことはやってはいけないというのは、ドイツには一部にありますが、この日本だけです。われわれは民主主義の中の自衛隊であり、逸脱することは決してありません。中国のように中国共産党の軍ではありません。
国の防衛を考えるとき、大量の最大のパワーを短時間で見せつけることで、敵も味方も損害が少ないのです。相手に合わせて行くという流れではありません。最大のパワーを早く発揮する態勢をつくることが、敵・味方共に被害が少ないということなのです。皆さんも、日本の自衛隊をぜひ信頼していただきたいと思います。決して独走することはありません。自信を持ってそれだけは申し上げておきます。ありがとうございました。
■質疑応答
○大木 昭和39年卒の大木久光と申します。聞くところによると、日本の土地が外国人に買われていて、先進国の中で自国の土地が外国人に買われている国は日本以外にはないということです。ですからこのようなことは法基準としてきちんと決めないと、いつの間にか日本が中国の日本自治区みたいになるということもあると思うのです。その辺についてお話をお聞かせください。
○用田 土地の話については、われわれも大変危惧するところです。沖縄とかの南西諸島、九州の鹿児島空港のすぐ脇の土地、佐世保の目の前の五島とか、佐渡島とか対馬もそうです。そんな所が野放図に買われています。今おっしゃったように、ぜひともそこのところは安全保障という枠を掛けて規制をしていただきたいと私も思っています。政治家の先生方もそのように動いておられると思います。
2121年が中国共産党100周年記念です。彼らにとっては特別な年です。ヨーロッパのほうでもフランスとかは、2025年までには日中は必ず戦火を交えるだろうという予測を冷徹にしているそうです。オバマ大統領のこの2年というのは完全なレームダックですから、とても危険です。そういう意味では大変危険な時期に入っていくと私も思っています。
○泉 昭和52年卒の泉と申します。中国は中国共産党が問題で、これが民主化すれば解決するのでしょうか。それとも民主化しても、中国という国のキャラクター上やはり同じようなことが起こるのでしょうか。
○用田 中国の統治で今まで民主化したことは多分ないと思います。この1億の日本でも意見がまとまらなかったり、アメリカでもねじれ現象が起こったりしていますから、あの13億人が民主化するというのはちょっと恐ろしい限りです。予測はできませんが、多分体制は変わらないと思います。
今の中国はチャイナセブンと言われる人たちと、それを支える3千万人の中国共産党員、そしてそれを支える家族なんかを含めると3億人が利権を持っていて、その人たちを支えるシステムなのです。そういう意味では、やはり壊れてしまうか強権で縛るしかないというシステムですので、今のままでは民主化は難しいと思います。
■伊藤副会長挨拶
今日は用田さんから、現在わが国が置かれている軍事的な位置付けの話を分かりやすくお話しいただきました。私自身も内閣にいまして、最近の中国の台頭と軍事的な意思をひしひしと感じていました。特に2期目のオバマ政権になってからはアメリカのアジア政策が大きく変わり、どちらかというと日本よりも中国を重視するような政策を取り始めている感じがしています。まさにわが国自身が中国に直接対峙(たいじ)して守っていく、国民的な気持ちを持っていかなければならない状況だと思います。
お話がありましたように、最近の中国は経済力の大きな発展を背景として、さまざまな軍事的な台頭が本当に目に見えて大きくなってきています。それに引き換えわが国のそのような事態に対する対応力というのは、軍事的な面でもそうですが、政治的な面や法制面でも大きく遅れていることは今日の話にあったとおりです。とりわけ、最後のほうに話がありましたが、自衛隊には自衛隊法というのがあって「これしかやってはいけません」ということになっています。例えば南極探検隊で船を出すことでも、法律に書いてないと行けません。そのように箸の上げ下げまで全て法律に書かないといけないと思われていて、実際に緊急事態になればそんなことでどこまでやれるのか大変危惧されます。
(終了)