『ダムは無駄か?』
講師:田代民治 氏(昭和42年卒)
■講師紹介
○島井 私と田代くんとは中学から大学まで一緒でした。卒業後、彼とはほとんど付き合いがなかったのですが、ある時に赤坂のクラブで「おい、島井」と私の名前を呼び付けにするのがいて、それが田代くんでした。それから東京での付き合いが復活して現在に至っています。
彼は今アルジェリアの高速道路の建設を担当していて、2、3年前から本格的にアルジェリアに通っています。これは0.5兆円という大きな額の契約です。彼はダムの専門家でしたが、これは鹿島建設の重要な案件だということで、彼に白羽の矢が立ったのだろうと思います。彼の部下の方たちと話をすると、特に土木部門の人たちはみんな、田代くんのためには何でもやってやろうという気持ちでいると異口同音におっしゃいます。
■田代民治氏講演
○田代 私は1972年に鹿島建設に入り、26年間ずっとダム現場をやってきました。民主党政権時代には「コンクリートから人へ」と言われて、無駄なインフラの代表とされたダムに焦点を当て、今日は、本当にダムは無駄なのかという観点で話をさせていただきます。
■福岡では
福岡では今、五ケ山ダムを当社でつくっています。これは那珂川の最上流にあるダムで佐賀県との県境にあります。平成21年の民主党の「ダムは要らない」という話の時でも、この五ヶ山ダムは、真っ先に凍結解除になりました。このダムの目的は、洪水調節、流水の正常な機能の維持、水道用水の供給、そして発電です。
とくに水道用水については、福岡都市圏全体、約250万人に水道用水を供給する重要なダムになります。福岡市は渇水が大きな課題であり、平成6年には295日間給水制限をする問題が起きましたが、五ケ山ダムができて水を常に供給できるようになるのです。ここの総貯水容量はこれまでの供給源であった南畑ダムの約7倍の4,000万㎡あり、さらに渇水対策容量として1,660万㎡が確保できて、これまで異常渇水に対応できなかったのがこれで確保できるようになりました。
また、洪水調節でも那珂川、平成21年の洪水をはじめこれまでに何度か洪水被害がありましたが、五ケ山ダムをつくってその被害からも守れます。
今年の2月にコンクリート打設を始め8月に定礎式をやり、来年完了します。今の福岡県知事は43年修猷卒の小川さんですが、福岡県のダムですから8月の定礎式に出席されました。
私は、故郷に錦を飾るということで、最後はこのダムをやるのが密かな目標だったのですが、立場上この夢はかないませんでした。
■ダムの役割
(1)治水(洪水調整)
一般的にダムの役目は、「治水」、「利水」、「発電」、「流水の正常な機能の維持」です。この中で、治水というのは、洪水時に上流からの流量をダムで調節して下流の河川流量を低減させ洪水被害の低減を図るということです。
ただ日本の河川は諸外国の河川に比べたら急流です。ですから雨が降るとすぐにあふれます。また日本の河川は平常時の流量に対して洪水時の流量がものすごく大きいという特徴があります。利根川なんかは100倍の水が流れます。そのような状況にはダムに水を貯めて対応することが必要になってきます。
そして最近では亜熱帯化して1時間に50mm以上とか100mm以上の豪雨が回数としては非常に増えてきています。堤防も大切ですが、急流河川やゲリラ豪雨での洪水に対してはやはり根本のダムで対策を考えることが重要だと思います。
(2)利水
利水とは、川は雨が降ると多くの水が無駄に流れますが、その余分な水をためておき、流量が不足している時に流して流量を安定させ、それをいろんなものに利用しようというのが基本的な考え方です。
日本には昔からため池も含めていろいろありますが、ダムの定義は高さ15m以上となっています。今、日本にはそのダムが3千個あります。しかし、日本のダムの総貯水量は222億㎡で、これはアメリカのフーバーダムの一個の貯水量400億㎡と比べると、その半分しかありません。これでダムはもう要らないと言えるのでしょうか。 利水の最も身近な水道水を考えてみます。東京都の水源は多摩川水系と利根川・荒川水系です。このうち利根川・荒川水系から約80%の水をもらっています。これは栃木や群馬や埼玉とかの他県のダムから水をもらっているということです。さらに日本の浄水場は丁寧な処理をしていて世界で最もきれいな水であり、日本の水は100%飲めます。日本でペットボトルの水を飲んでいるのを見るともったいないと思います。
その他の利水としては、かんがい用水、漁業、また日本にはあまりありませんが水運や、それから観光にも役割を果たしています。工業用水についてもとくに精密機械には綺麗な水が必要となります。とくに21世紀は食糧が足りない時代になると言われていますが、そのようなときに農業用の水の必要性が高くなってきます。
また、当社で徳之島ダムをやりましたが、今は離島でも小さいダムをつくっています。トイレをはじめ水をきちんと確保しておかないと観光として成り立たないということなのです。
(3)発電
スイスと日本を比べてみると、原子力、火力、水力とあるうちに、スイスは原子力が39%、火力が5%、水力が56%です。日本は原子力が26%、火力が65%、水力は7%です。かつての日本のエネルギー基本計画では「原子力発電の割合を50%以上にする」となっていましたが福島の事故で今は白紙になっています。
CO2排出の観点から見ると、石炭火力や石油火力に比べて水力はクリーンなエネルギーで、スイスのエネルギー構成はその点を考慮しています。
水力発電の一つに揚水発電というのがあります。これは水を上部調整池にくみ上げてためることで蓄電するというものです。それは発電の開始と停止が容易なので電力が簡単に補給でき、また大量の電力補給が可能です。もともとは、夜間の原子力の余った電力で水を上にあげてピークの電気需要をカバーしようという仕組みだったのです。
発電コストについては、もちろん原子力が安く、次いで石炭火力やLNG火力も安いですが、風力や太陽光なんかに比べると水力ははるかに安いです。またソーラーパネルなどはいつか廃棄物になる未知の恐れもあると思います。
今、われわれ関係者の一部は水力発電についてのさらなる活用の検討を進めています。例えば既設のダムの容量配分の中の発電容量をもっと増やせないかとか、既成ダムの上を嵩(かさ)上げして容量を増やし発電量を増やそうということも検討されています。それからピーク発電の増強ということで、既成ダム下流に逆調整池をつくることも考えています。また揚水発電所で、上と下にダムがあればそれを利用できないかという発想もあり得ます。
資源エネルギー庁の調査によると、水力発電のポテンシャルとして459億KWhが取れ、既存ダム等の最大活用による水力発電で324億KWhが取れるとなっています。これらは試算ですが、いろいろ積み重ねるとけっこう大きな量になります。
今のように火力に頼っていると、CO2の問題もありますし、貿易収支の赤字は、原子力が止まって原油やLNGを輸入しているからだというのは皆さんも感じていらっしゃると思います。
■ダムは自然破壊か
黒部ダムに行って「これは自然破壊だ」という人はあまりいないと思います。ここは観光ルートの一つとして定着し、地域の活性化に貢献していると思います。また私がつくった宮ケ瀬ダムも周りを公園化して、クリスマスのイルミネーションをしたり観光放流をしたりして憩いの場所になっています。
日本の湖はダムでつくられたものも多く、憩いの場として利用されており、ダムが自然破壊の元凶とは思えません。またダム材料は自然由来のものからできていて、自然に戻すことも可能です。「コンクリート」という言葉には人工のもののイメージがありますが、そのコンクリートは、石灰石、砂、砂利、水でできていて、すべて自然のものです。したがって今回の東日本大震災で出たコンクリートのがれきの多くは、破砕して堤防などに再活用しています。
■日本の社会資本整備
日本は中国やアメリカに比べたら、遥かに面積が小さく資源もないのに、その小さな国がアメリカや中国と対抗できるのはインフラの力がすごいからだということをあるアルジェリア人から教えられました。とくに日本が優れているものは、「交通」、「エネルギー」、「水」だと・・・。
ただ日本列島というのは脆弱(ぜいじゃく)で災害が多いので、常に国土の安全安心を確保する必要があります。これは多分江戸時代とかそれ以前からの課題であって、江戸時代の藩主は治水、農業用水の整備などをけっこうやっていました。災害の多い日本において、いかに強靭性を加えていくかが課題となります。特に、交通網、水、エネルギーに関しては大切で、われわれも受け継いでいかねばなりません。
今古い構造物のリニューアルや、砂防で補強したり、新しいかたちの海岸堤防を考えたり、被害の拡大を防ぐ遊水地をつくったり、都市部の地下に大空洞を掘って洪水を避けるような強靭性強化が考えられています。
日本の国家予算では、社会保障が約30兆円で公共事業は約6兆円です。この公共事業費をうんと増やせと言うつもりはありませんが、ある程度のことはしないと日本の国土は守っていけないと思います。公共事業というのは社会のストックになります。社会保障のお金はほとんどがその年に使ってしまいます。しかし公共事業でお金を使うと、これは何年も残り社会のストックになります。公共事業はストックという価値観があると思います。1年の国家予算だけで見るのではなく、残存価格という考え方ももう少し取り入れて、次の時代に何かを残すという考え方も必要だと思います。
これからわれわれは、安全安心な国土のために少しずつインフラを改善していかなければなりません。それには「強靭化」プラス「再生・長寿命化」、そして「環境」も考えながら強化することが大事です。そのためには民間だけの投資では限界があり無理がありますので、公共の投資が必要だと思います。
■下支えする人々
最後になりますが、これらのインフラを支えてくれている人たちがいます。冬の寒い所でも夜間でも働いていてくれています。このこともぜひ認識していただきたいと思います。震災のがれきも、それを処理して初めて今の復興が成り立っているのです。福島の除染も本当によくやっていてくれています。福島第一発電所でも防護服を着て放射能の危険がありながら働いてくれています。これらの人たちは本当に日本を救おうという気持ちでやってくれていますので、この方々がいるということもぜひ知っていただきたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
■質疑応答
○山下 今日はインフラの「長寿命化」というお話もありましたが、インフラの将来像を考えるのはとても大切だと思います。田代先輩が長年インフラに携わっていらして、昔と今とで計画段階での変化というのは感じられますか。
○田代 若い時の私はやはり大きなダムとか特殊なもの、人に誇示できるようなものをつくりたいという気持ちがありましたが、地元の方とかと接していくうちに、だんだん人の役に立つものをつくりたいという気持ちが強くなってきました。
○田中 寿命で廃止されたダムというのがあるのでしょうか。そしてそもそも寿命というのがあるのでしょうか。山とかの土砂が埋まってダムの機能が衰えているとかいうのも聞きますが、大体どれぐらいの寿命と見ておられるのでしょうか。
○田代 一般にダムは100年の堆砂の分を堆砂容量として見込んでつくられていました。ただ、その見込みが予想より多いダムがいくつかあったのは事実です。 戦前までのダムは別ですが、最近のダムは土砂を排出する設備をつくったり、ダムの上流側に小さなダムをつくってそこに土砂をためてダム湖の中には砂をあまり入れないような配慮をして寿命を延ばしています。ですから最近のダムはもっと長い寿命になるのではないかと思っています。
○前野 われわれは小学校のころから、ダムはいいことばかりだという教育を受けてきましたので、知識としては、ダムは治水、利水、発電で役に立つと信じてきています。「ダムは無駄だ」と言っている人は何をもってそう言っているのでしょうか。それから、アメリカはこの100年間で1,800基ぐらいのダムを壊しているということです。地形が違うとかダムの耐久性の問題もあると思うのですが、アメリカがそこまでやっている事情は何なのでしょうか。
○田代 アメリカで「ダムが無駄」というのは、これから計画されるものは要らないと言っているのです。今あるダムが無駄だというわけではありません。日本では今のエネルギー問題を考えても、もう少しダムの必要性を見直してもいいのではないかと思っています。
アメリカの場合は、小さいダムで品質に問題のあるものを壊したとかは聞いていますが、きちんとしたダムを壊したという話は聞いていません。あのフーバーダムを壊すなんていうことは絶対にない話だと思います。
■大須賀会長挨拶
講演をお聞きしているうちに「ダムは必要である」と認識しました。
今年は、広島の土砂災害があり、浅間山の噴火もありました。本当に自然の怖さ、恐ろしさを改めて感じました。
昔から治山、治水というのがわが国を治める基本でした。地形が特殊な日本の治水に対するご努力は素晴らしいものだと思います。
ご講演の中で、インフラについて、「交通」と「水」と「エネルギー」という仕分けをされていましたが、そのインフラを継続、強靭化していくことの必要性を分かりやすく、説得力のある良いお話しを聞けました。
本日は、ありがとうございました。
(終了)