『どうなる日本のエネルギー』
講師:福江 一郎 氏 (昭和40年卒)
■自己紹介
○福江 私は高校を出て九州大学の機械工学科に行き、大学院を卒業して三菱重工業の高砂製作所に勤めました。そこで33年間、ガスタービンコンバインドサイクルの開発をやってきました。9年前に高砂から東京に出てきて1年半前に退職しました。
■はじめに
エネルギーについて考えるべき項目としては、「原子力をどうするか」、「電力料金値上げ」、「シェールガス革命」、「地球温暖化防止」、「電力自由化・発送電分離」、「再生可能エネルギー」、「経済・雇用・貿易収支」、「節電・省エネ」、「スマートグリッド」、「エネルギー安全保障」などが挙げられます。これらを「エネルギー基本計画」としてまとめて「安心な生活と経済成長」を目指すのが考えるべき方向だと思います。
このエネルギー問題に日本の理性が問われています。「国民の意思」としては当然「倫理」や「安心・安全」を重視しますが、一方「経済界」は「経済」や「技術」を重視します。この構図の中で、私たちは対決ではなく大人の解決を見出す必要があります。国民側にはもう少しの「覚悟・我慢」が必要で、一方、経済界、工業界は、あきらめることなく技術に「挑戦」していくことが重要だと思います。そしてエネルギー問題は政治問題でもあります。
日本のエネルギー政策については、民主党政権時代の昨年9月14日に発表された「革新的エネルギー・環境戦略」というのがあります。その内容は、国として実現に向けて最大限努力すべき道筋が真面目に示されている格調高いものでしたが、この中で「原発ゼロ」がうたわれていたために、これは閣議決定されずに参考文書扱いにとどめるとなりました。産業界からも非現実的と評判が悪かったものです。
■原子力をどうするか?
私は原子力に関しては中立と思ってください。
まず国民の民意ですが、去年の選挙での各党の公約では、自民党以外は全部「ゼロ」と言っています。自民党の比例代表の得票率は27.62%なので、数値的には国民は脱原発依存に賛同しているように見えます。
各国の原子力発電所の数を比べてみると、米国、フランス、日本の順になっていて、日本は3番目の原子力保有国です。ですから、ドイツが原子力をやめるという重みと日本がやめるという重みは全然違います。日本が原子力をやめてしまうとフランスも米国も多分かなり影響を受けると思います。
現時点での各国の原子力政策は、ドイツ、スイス、ベルギー、イタリアはやめると決めています。フランスは、原子力依存度を2025年までに75%から50%に低減すると言っています。フランスといえども原子力を減らす方向に動いているというのが現実です。台湾は段階的閉鎖です。英国は非積極的で新規原子力の海外事業者を募集中です。米国は設置認可を17件受け付け、現在審査中です。去年はボーグルとサマーの原子力発電所の建設が決まり34年ぶりに新設を再開しました。中国は2011年の3月11日の事故後、一旦、すべての認可を中断しましたが、昨年安全基準を強化し、沿岸部のみ建設認可になっています。韓国、インド、ロシア、フィンランドは推進派です。
次に原子力を続ける理由です。これは一般論です。まず、既存設備を活用し続ける限りは一番安く、当面の経済活動には不可欠で、最新型は安全を大幅に強化しています。2番目の理由は、現実問題として世界の原子力産業は日本勢が支えていて、日本が抜けると成り立たない状況になっているということです。3番目は、燃料サイクルを中途半端で止められないということがあります。批判もあるのですが、とりあえずは青森の六ケ所村を動かさない限り、即死するような状況です。当然、日米原子力協定も足かせになっています。それから、原子力の廃止は電力会社の経営破綻につながるということです。国が強制的に原子力をやめろと指示すると日本の電力会社の半分はつぶれる可能性があります。当然、原子力産業崩壊の危機になり、雇用問題も生まれ、また技術伝承の問題も出てきます。
一方で、電力関係者が考えている潜在的問題点(リスク)は、国民(住民)の理解取得の困難さと、新設工事の完工リスク・コストアップ(特に欧米地区)があります。それから、燃料最終処理の未決定、経営的な不確定さがあります。経営的にはあまりにもリスクが大きすぎます。
参考データですが、現在50基ある原子力は40年の寿命で区切るとカーブを描いて減っていきます。民主党のときに2030年代にゼロにしますと言いましたが、本当に40年寿命ルールを厳格に適用していけば、かなり急速に減ってしまいます。
原子燃料サイクルについてはいろいろな議論がありますが、地層に埋めるバックエンド処理の決着が最優先事項だろうと思います。高レベル放射性廃棄物の放射能の減衰については、2万年とか100万年とか言われていますが、日本でそのレベルの安定した地層を見つけるのはかなり難しいと思います。世界を見ても、最後は埋めると言いながらどこもまだ決まっていない状況です。
■エネルギーと経済
高いエネルギーコストが経済成長を阻害することは過去のオイルショックの例で明らかです。1980年代の第2次石油ショックのときはGDPと総エネルギーコストの比率が10%に達し、このときに経済がおかしくなりました。その後しばらくはこの比率が低い時代が続いていましたが、現在はまた上がってきていて8%台になりつつあります。GDPに対するエネルギーコストは、かなりシビアに経済・産業の発展に効いてくると思います。
また最近は貿易収支が赤字になったという話題が出ています。昔の日本は10兆円とか15兆円の貿易黒字でした。そのころの燃料輸入額は5兆円ぐらいだったのですが、現在は20兆円レベルまで上がってきています。これが円安になると更に10%、20%と上がってしまいます。輸入燃料費の増大は貿易収支悪化に大きく影響します。
2011年の大震災後は原子力を順次止めていき、震災以前は60%だった火力の比率が現在は90%になっています。この間、LNGは長期契約の関係がありましたので、とりあえず手当てできたのは石油しかなく、この石油が非常に高価でしたのでコストがかさみました。今、全電力で払っている燃料代は以前に比べて3.1兆円増加しています。
これまでの日本は、燃料を輸入に頼る火力ではコストが不安定というオイルショックの教訓から、海外の燃料にあまり依存しない電源を持つべきとの考えで、原子力を増やし、同時に天然ガスも増やしてきて、やっと、原子力、天然ガス、石炭のバランスが取れたベストミックスの状態になっていました。また、日本全国の発電容量は高度成長期から次々に設備投資をしてきて、現時点で、原子力が動けば瞬間に使う最大電力に対して25%の余裕があり、これ以上の電力インフラ投資は不要な状況になっています。ところが原子力を止めると夏のピークなどはかなり大変になるという状況です。
日本は95%のエネルギーを輸入していますので、原油、天然ガス、石炭、それぞれのバランスの取れた購入の仕方をしなければいけません。天然ガスと石炭はいいのですが、石油は90%を中東地区に依存していますので中東地区の地政学上の影響を非常に受けやすい状態にあり、脱石油、脱中東ということが最大の課題になると思います。
ここ20年、30年は化石燃料が主力の時代がしばらく続く状況です。アメリカはシェールガスや、最近ではシェールオイルの話もあり、近い将来、世界最大の石油生産国になるという予測もあります。そうなって、アメリカが中東に興味を示さなくなると、中国の中東進出の動きとからんで、日本は窮地に陥ります。その辺りが安全保障上一番の課題ではないかと言われています。
日本ではメタンハイドレートがけっこう期待されています。まだ技術確立には至っていませんが、これがうまく当たれば100年分のガスはじゅうぶんにあるということです。
このような状況の中、日本が急がなくてはいけないのは国内のガスパイプラインの整備です。ガスについてはアメリカからばかりではなく、地政学のバランス上、ロシアからも輸入してエネルギーを確保していくべきだと思います。
■日本の電力料金は高いか?
各国との比較で日本の電力料金は高いという意見があります。日本が高いのは事実ですが、他の物価、社会サービス料金も世界と比べて日本は高いというのも事実です。それらがなぜ高いのかというのと、なぜ電力が高いのかというのは同じ議論だと思います。
もう一つの事実は、全電力の売り上げより、通信会社の総売り上げのほうが上回っている事実です。それは皆さんの家庭の出費と同じだと思います。今は電力料金より通信に払う金額のほうが多くなっています。
また年間の道路に対する投資額と電力に対する投資額を見てみると、電力は多いときで5兆円でしたが現在は2兆円です。一方で、道路は毎年10兆円から8兆円投資しています。それなのになぜ高速道路の料金は高いのかという点も考える必要があります。
電力自由化のメリットとデメリットはいろいろあります。現在の日本は独占で料金が高いと言いますが、自由化した国ではほとんど電力料金が上がっているのも事実です。それは自由競争になると議論もせずに自由に上げられるからです。
それから燃料は大規模で大量購入したほうが安いので、燃料の95%を輸入している日本では自由化の意味はあまりないような気がします。
また発送電分離の話もよく出ますが、系統の安定運用はかなり綱渡り的なところがあり、送電系統運用者が供給責任を負う制度の構築はかなり難しいと思います。現在の垂直統合のかたちは必ずしも悪いとは言えないということです。
各電源のコストについては、原子力については事故リスクを入れたコスト、石炭やLNGはCO2の処理費用を含めたコストで計算すると、今は洋上風車や太陽光のコストのほうが高いのですが、今後、再生可能エネルギーのコストダウンが進むと、両者が同じレベルになる可能性が出てきています。
■ドイツに学ぶ
ドイツは「原子力ゼロ」と「再生可能エネルギー80%を達成」を掲げています。再生可能エネルギー導入計画は、2050年に向けて1次エネルギーを50%減らし、同時に再生可能エネルギーを80%まで増やし、節電を25%してCO2の排出は80%減らすという計画です。これで厚かましいのは、2050年の時点で、電力の20%分は明らかにフランスから買う予定となっていることです。このことは意外と知られていないと思います。
ドイツの電力料金体系の中で、再生可能エネルギーの特別割増料金EEGというのを消費者が負担することになっていて、これが2013年から大幅に上昇して、これにはさすがの消費者からも反対が出始めています。
ドイツは周辺国と電力のやり取りをしていますので、本質的に、原子力ゼロは成り立ちます。例えば日本で考えると、中部電力が浜岡を止めてしまえば原子力ゼロになり、それで「中部電力は原子力ゼロです」と言っているのと同じことなのです。当然中部電力は関西電力から電力を買わなければならず、同じようにドイツはフランスからかなり買っているということです。
ドイツの教訓としては、国民への節約精神の啓蒙とか普及というポジディブな面も当然ありますが、ネガティブな面として、太陽光に対する過保護な政策の反省と再生可能エネルギーのFIT(固定価格買取)制度の不備があります。そして一番大きいのは、送電線の増強が必要なのですが、住民の反対で建設が進まないのと、政府が原子力をはやめると言ったために国内の送電会社をオランダ企業とかに売ってしまい、送電会社は利益ベースでしか運営しないことになり、遠い将来を見て長期的に投資するというマインドが消えてしまったことにあります。
■再生可能エネルギーは頼りになるか?
これから再生可能エネルギーを増やさなければならないのですが、トータル30%が目標とされています。そのためには数十兆円の投資が必要となります。しかも30%まで増やすと電力料金は最大30%値上げしなければなりません。
日本では去年の民主党政権下でFITをあまりにも高い金額で設定し過ぎましたが、これは問題だと思います。現在太陽光に42円を出している国はどこにもありません。
現在、日本の太陽光発電のコストは高くて、40円を払ってもらってもぎりぎりなのですが10円ちょっとまで下がる可能性はあります。風車もしかりです。自然エネルギーはとにかく燃料代がただですから最初の投資が少なくなればコストは下がります。
もう一つの問題は、太陽が照らないときや風車が動かないときのバックアップの電源が必要となります。再生可能エネルギーの気ままな電源を増やすということは、ものすごい設備を持って半分しか使わないということになります。しかも原子力がなくなると、ピーク対応として自家発電をそれに代えるとしても、燃料の確保とコストの面で非常に難しくなります。
FIT制度導入後の再生可能エネルギー導入については、FIT42円の負担を考えると、再生可能エネルギーを入れるのはいいのですが電気料金に対する負担がけっこうばかになりません。
再生可能エネルギーの導入については、30%が目標となると、風車や太陽光で、かなりのポテンシャルを使い切らなければなりません。ボリュームとしてはバイオも地熱もあまり助けにはなりません。環境省の調査では、太陽光については家庭の屋根が一番で、次に休耕田にかなりのポテンシャルがあるとされています。
風車は増やしたいのですが、残念ながら風の強いところは電力の消費の中心地から離れているところが多く、そのために電力網をもっと強化する必要があります。
地熱の一番の問題は既得権益者との調整で、温泉組合の認可がなかなか取れません。地下水がマグマに接触してそれが温泉になって出てくるのが地熱の原理なのですが、これは有限なので発電用の温泉水を大量に採れば温泉宿のお湯は枯れてしまうということなのです。地熱は大変有効だと言いますが、経産省も環境省もそれほど伸びないのではないかと、現実的に見ています。
日本の太陽電池の設置量は、現在、ドイツ、イタリアに次いで世界で3番目になりました。現在どんどんコストダウンが進行していて、今後は火力発電並みに安くなる可能性はじゅうぶんにあります。この負荷変動吸収対策として電圧調節器を入れて末端の電圧が上がり過ぎるのを防ぐシステムが必要となります。
風車については、今、洋上風車の実証研究を一生懸命やっています。風車はやはり変動がありますので出力標準化の工夫が必要になります。
■CO2削減の呪縛
現在、CO2排出量がどんどん上がり、京都議定書での6%の線をはるかに超えてしまいました。したがって、CO2を基準年から20%下げなければならないとなると10%かさ上げし、合計で30%削減の必要があります。CO2も原子力と全く同じ問題があり、CO2の回収と貯留について今から地中や海中に貯留する実験を始めています。原子力の廃棄物もそうですが、CO2もほとんどの地域で反対に遭っています。この問題を解決しないと地球環境問題は難しい状況です。
■今後の日本のエネルギー政策
私の意見を半分入れてお話しします。原子力の方針決定については、やはり将来は段階的にゼロというのが国民の総意だと思いますので、その方向でまとめるべきだと思います。ただ当面は、活断層の判定が前提ですが、安全対策を強化して安全が確認されたものはすみやかに再稼働ということになると思います。それから、節電・省エネについては最低限のことはやるべきだと思います。また再生可能エネルギー30%導入実現のために、電力系統の強化と大幅なコストダウンを優先事項としてやるべきです。そして化石燃料の入手ルートの多様化とガスパイプラインの整備を急ぐことが必要です。一番望みが持てるのはメタンハイドレートです。そして自由化についてはもう少し注意深く議論する必要があると思います。そしてCO2削減の確実な遂行のために、省エネ、再生可能エネルギー、CCSを全部やらなければいけません。
大切なことは、エネルギー問題は国民の皆が覚悟して取り組むべきだということと、福島の後始末や今後の原子力も含めて、そこから逃げないという精神です。そして重要なのは、エネルギーを転換するためには大変な投資が必要だということで、これはやはり覚悟の話になります。それが現実です。
■質疑応答
○?? 今日のお話には水素の話が入っていませんでした。これは有効なエネルギー源だと思うのですが、ご意見をお聞かせください。
○福江 水素はエネルギーの一つの分野を占めていますが、私の意見ではほとんど望みがないと思います。まず貯蔵ができにくいことと、水素をつくるコストの問題もあります。アイスランドでも水素社会をつくろうといろいろやりましたが、頓挫しました。現在では世界でまだ水素エネルギーをやっているのは日本だけです。むしろ、今はCO2の貯留の問題がありますので、CO2と水素を結び付けてもう一回炭化水素をつくるというCO2のリユースの方向に動きつつあります。水素を純粋につくる研究は全体的には下火になっていると思います。
○タカハシ 41年卒のタカハシです。日本はいわゆる電力鎖国の状態にあるように思われます。ドイツやEU諸国のように、ロシアや韓国、中国と輸送電網をつくる可能性についてご意見を伺いたいと思います。
○福江 アジア電力ネットワークの構想は当然あります。技術的なハードルは少しありますが可能だと思います。ただ後は地政学上の問題で、ロシア、中国、韓国と日本が仲良くできるかどうかということです。現時点のエネルギー問題では、中国、ロシアと手を組むべきだというのが私の個人的な見解です。おっしゃるとおりだと思います。
○苛原 34年卒の苛原です。九州大学でやっているレンズ風車について、具体的な長所、短所について教えてください。
○福江 九州大学のレンズ風車は有名です。原理はいいと思うのですがリングを支える構造体が難しいです。世界的には注目されていますが従来の3本羽で自由に回る方式が主流というのが現実です。実用化は難しいと思います。
○土肥 46年卒の土肥です。蓄電の技術はどこまで行っているのでしょうか。将来の可能性をお聞かせください。
○福江 いろいろな会社で蓄電装置が発売されていますが、コストを計算するとほとんど可能性はないと思われています。電力ネットワークの中で価格が変動するので蓄電装置をたくさん置くべきだという意見がありますが、それは電池で間に合うようなボリュームではありませんし、コストが間に合っていません。原理としてはいいのですが現実問題としてはほとんど考えられていません。
○松尾 28年卒の松尾です。三菱さんではロケット技術との関連で宇宙太陽光発電についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。
○福江 宇宙では10倍の発電をしますのでそれをマイクロウエーブで送電するということですが、それは夢物語だと思います。10倍であれば10倍の面積を地上に置けばいいのです。例えばゴビ砂漠とかサハラ砂漠とか、宇宙に置くぐらいだったらまだ面積は地上にあるということです。地上にある電力を超電導の送電線で張り巡らすジェネシスという計画がありますが、まずは地上でやるというのが第一歩ではないでしょうか。
○中村 37年卒の中村です。原子力に代わる再生可能エネルギーにこれだけの時間と人材とコストを掛けるのでしたら、原子力の絶対的な安全な方法をみんなの英知を絞ってできないものでしょうか。
○福江 私は原子力の専門家ではないのですが、絶対安全なものはできます。しかしそこから先は国民のコンセンサスが問題になります。技術と皆さんのマインドの差が埋まらない限りは難しいと思います。
○ヨシカワ 33年卒のヨシカワです。いわゆる化石燃料というのは一体何年ぐらい持つのでしょうか。またなくなったときに再生可能エネルギーだけで人類は生きていけるのでしょうか。
○福江 最新のデータでは石油が46年、ガスは160年、石炭が120年となっています。しかしこれは現在使っている量での計算です。今後は低開発国や中国が加速度的に燃料を使いますので残っている量はほんとにわずかだと思います。結局は太陽や風に頼るという話になると思いますので、それらのコストダウンで頑張るというお答えしかないと思います。
(終了)