『東日本大震災を経験して考えること』
講師:大塚 久哲 氏 (昭和42年卒)
■自己紹介
○大塚 私は修猷館を42年に卒業後、九大の土木工学科に入学し、修士と博士課程を修了しました。その後、助手と助教授を経て平成3年に建設省の土木研究所に出向し、平成8年に建設都市工学科建設振動工学講座の教授として九州大学に戻り、来年3月に定年退職になります。専門は構造工学、地震工学です。
■東日本大震災を経験して考えること
2005年3月に起きた福岡県西方沖地震では、建物、水道、橋梁の被害があり、また液状化の問題や避難した人たちの問題、そして復興への取り組みなどいろいろ経験しました。そして今回の東日本大震災が起こりました。
1.2011.3.11東北地方太平洋沖地震と津波
3月11日の東北地方太平洋沖地震では約400?×200?の非常に大きな範囲が震源域となりました。太平洋プレートが沈み込んでいる日本海溝のところを幾つか区分けをして震源域を想定していましたが、今回は幾つかの震源域が同時に動いてしまいました。
翌日の西日本新聞朝刊には、気象庁が「想定外の地震規模」と述べたと出ています。気象庁も予測に関してギブアップしているのです。今度の地震では構造物そのものの被害はM(マグニチュード)9の割にはそれ程大きくはなかったのですが、大変大きな津波が来て、原発事故が起きました。
2.各地の被害状況・復興計画と防災教育
私は、北は青森県八戸市から南は福島県相馬市まで2回にわたって被害の調査に行きました。 岩手県の普代村は、明治三陸津波の経験により15.5mの防潮堤を築いていましたので今回の津波による大きな被害はありませんでした。一方、岩手県宮古市の田老地区では、ここも明治三陸津波を経験していますが、10mの防潮堤でしたので津波が防潮堤を越流して中心地がすべてやられました。岩手県、宮城県のその他の地区も地形によって被害の形態は違いますが、海岸地区の惨状は大変なものでした。
それぞれの地区で復興計画を立てていますが、海側の産業施設の多い土地には人が住まないようにする建築制限エリアを設け、住居は高台に移してもらうというものが多いです。ただ実際にはそれに従わない人たちも出てきますので計画がなかなか進まないこともあります。また復興計画が「現状復帰」ということで考えられても、実際には生活のためにその土地から出ていく人たちもいて人口減になることは必至ですので、現状復帰のまちづくりが必要かどうかという議論にもなります。復興計画にはこの辺りの柔軟な発想が必要だと思います。また高速道路を高盛り土にすることも津波対策としては有効となっています。
教育の問題も大事です。群馬大学教授の片田先生が釜石小学校などで「津波が来たら高台に逃げろ」という教育をずっとされていて、今回はその子どもたちが地区の人たちに呼び掛けて一緒に高台に逃げましたので、そこではほとんど死者がありませんでした。インドネシアの津波のときにも言われていましたが、教育が大事です。語り伝えのあるところは助かり、それがないところは大変な被害になりました。
また、地学教育を見直そうという声も上がっています。東西南北のことを知るのが地理で、天文と地下のことを知るのが地学です。それに時間軸の歴史を入れた基本的なことがらを子供達に学ばせることが大切です。
私たちの修猷館高校が平成24年1月8日の産経新聞に載りました。東北地方に初めて高校生が修学旅行で来たという記事です。このころにはまだ高校生が団体で被災地に行った例はなく、これはいろいろなところで取り上げられました。さすが修猷館ということでした。
3.震災によって日本は没落するか
被害が起きると国費が投入されます。近い将来に必ず起きると言われている首都直下地震と東海・東南海・南海地震についての被害想定が出されていますが、それによると、首都直下地震の想定被害は112兆円、また東海・東南海・南海地震については81兆円となっています。
ポルトガルのリスボンで1755年にM8.5‐9.0の地震が起き、津波と火災により市街地と港湾施設は壊滅的被害を受けました。かつては強国だったポルトガルも新興国イギリスとの競争が激しくなっている中、この地震を契機に国力が徐々に衰退し250年後の今日まで回復していません。当時のポルトガルはちょうど日本と同じような加工貿易国でしたが、復興計画に金を使い過ぎたとも言われています。地震によりGDPの3割から5割が失われたと言われています。
もし日本で首都直下地震と東海・東南海・南海地震が相次いで起こったとしたら、その想定被害総額は193兆円になります。この額は2011年の名目GDPの予測値470兆円の4割になります。首都直下地震と東海地震はどちらも30年確率が70%とか80%とか言われていますので、恐らく同じ世代で起こるでしょう。そうすると日本はポルトガルの二の舞ということも考えられます。
4.将来の地震にどう備えるか
地震の被害想定で死者や経済被害の予測が出たら、そこには具体的な数字で出ていますから、そこから事前防災のために一つ一つ戦略を考えます。そしてそれを積み上げて防災計画を立てて事業を行います。事前にやっておけば百何十兆円の想定被害を減らすことができるのです。税金が投入できるところは計画どおりにやれますが、民有地とか民有財産については難しい面もあります。
大震災当日、JRが早々に駅のシャッターを下ろして帰宅難民になった人たちを閉め出すことになりましたが、今後は改善されていくようです。また浦安市で液状化による住宅被災がありましたが、これについては補助金をだす基準が見直されました。山を切り開いて切り土と盛り土を利用した住宅造成地は盛り土側壊れますが、このような造成地は至るところにあります。今回もこのような造成地で宅地崩壊が発生しています。これは買うときには見ただけでは分かりませんので法律で情報公開を義務付けることも考える必要があります。
このように今回の経験から行政はいろいろな見直しを行っていて、想定されている地震が起きても被害が少しでも減るように、今、知恵を絞っています。
5.福島原発事故を防ぐ手立てはなかったのか?
原発事故対策として「止める、冷やす、閉じ込める」という安全確保の3原則がありますが、今回は想定外の津波に襲われ「止める」だけしか行えませんでした。問題は、津波に対しての備えがどれくらい真剣になされていたかだと思います。1,100年前の貞観地震で福島にも大津波が来たという証拠があり、学者から想定津波の見直しの提言があってはいたのですが、それを取り込んでいなかったのです。私はこのことに怒りを感じます。
失敗学の畑村洋太郎先生が「事前に察知した危険性を放置したがゆえに払わなければならない代償は1千倍だ」と言っています。まさにそのとおりで、非常用電源を高台に移す予算が100億‐150億円で、今度の福島の事故の収束コストや賠償金が10兆円規模ですから、ちょうど1千倍になっています。
今、1万人規模で東電と国を業務上過失で告訴しています。その相手としては、保安院とか政府とか東電とかが入っているのですが、学者は入っていません。学者は告発の対象ではないのです。学者に責任能力がないと判断されているのでしたら、このことも大変に悲しいことです。
6.今後のエネルギー政策はどうあるべきか?
原発のエネルギー効率の良さは認めざるをえません。けれども日本人はその原発をオペレートできるのですかということが問われています。この辺りを国民はしっかりと考えてほしいと思います。全廃にはならないにしてもできうる限り減らしてほしいものです。
今、再生可能エネルギーに注目が集まっています。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーだけでやっていけるという「エネルギー永続地帯」が日本全国1,742市町村の中で52市町村あります。これを今後どれぐらい増やせるかということに注目しています。東京や福岡はやはり大発電量が要るでしょうが、農村地帯は自分たちでエネルギーを賄うことも可能です。食べ物については、自分の土地で採れたものを食べようという地産地消という概念が昔からありますが、エネルギーも地産地消をしようという考えです。自分たちでつくったエネルギーを自分たちで消費したり、売電するのです。
原子力発電もそうでしょうが、今は水力発電も迷惑施設なのです。しかし今後の日本の電力供給量を安定させるうえで重要な鍵になるのは、水力発電による電力供給量の増大だと思います。私は土木という専門上、水力発電に期待しています。既存のダムの利用によってもかなりの発電を行うことができます。
昨今は「コンクリートから人へ」ということでダムをつくらない方向にありますが、なぜダムはだめなのでしょうか。官僚のやり方がまずかったのでしょうか?特に九州は、蜂の巣城の攻防があったということもあると思います。九州大学でも優秀な学生を国家公務員として霞が関に送り込んでいますが、国家公務員になるのはあくまでも国民に対する奉仕のためです。彼らにはそのハートを持ってもらいたいと切に思います。
■質疑応答
○高橋 41年卒業の高橋です。今度の東電の原発事故でも津波対策でも、いろいろな問題の一番の根源にあるのは大学のときの教育に原因があるのではないかと思います。テキストに走っていて、科学者とか技術者としての自分の哲学を持ってはっきり発言できるような教育はどこの大学でもほとんどやっていないように思います。いかがでしょう。
○大塚 大学教育では知識は教えますが、人間の教育まではなかなかできません。ただ倫理教育はやっています。土木学会でもテキストをつくっていてそれを利用したりして倫理教育をしていますが、そのような教育で今回の事故が防げるとは思えません。
今日は訴訟の話をしましたが、中国の歴史の中でそれが明らかになっています。倫理に従って人間が正常な判断をできるなら法律は要らないという儒教の教えに対して、荀子の性悪説により法律で縛る考え方が出ました。そして今は法治国家になっているのです。人間は悪いことをするから法律で罰するというのが今の法治国家の考えです。ですから今回のような重大事故を防ぐためには、当事者が責任を持ち、それが全うできなかったら法律に頼って罰するしかないと思います。それが次の事故の可能性を抑えることになるのではないでしょうか
○金谷 31年卒業の金谷です。今、私共のマンションで耐震診断を行っていますが、これの信用度はどのくらいなのでしょうか。震度6とかを対象にしたものだそうですが、首都直下は震度7とかいう話もあります。果たしてそれでいいのでしょうか。それから、建てたときには新耐震基準に則った建て方をしたらしいのですが、それは図面だけで検証できるのでしょうか。その2点をお尋ねします。
○大塚 姉歯さんが偽装をしましたが、現場の作業員は経験から柱の大きさや鉄筋の数を見て分かります。しかしおかしいと思っても現場の人間はそれを言う立場にはありません。マンションの場合は販売の際、鉄筋の図面を用意することになっていますから、知識のある人は図面を見たら分かるというのはあります。そしてもう一つ、今日もお話ししましたが、その地盤が盛り土なのか切り土なのかも大切なことです。
原発のストレステストでも用いるモデルの説明までないとその解析の信頼度は分かりません。ですから耐震診断についても、「大丈夫ですか」と言われても、どんなモデルでチェックがやられているかが分からないと、正確にはお答えできません。
新耐震基準では想定した地震力に対して人は助かります。地震で柱がせん断破壊して天井が落ちてきたら全員圧死になりますが、そうならないようにしたのが昭和56年の新耐震基準です。しかし「財産価値が残る」とは一言も言っていません。命が助かるだけで財産を守る設計にはなっていないわけです。震度6に対してO.K.でも震度7ではそうではないことも十分あり得ます。
(終了)