第577回二木会講演会記録

『航空戦国時代』
講師:洞 駿(ほら はやお)氏(昭和41年卒)

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○淀川 洞君とは警固小学校5年の時以来、附中、修猷、東大と10年以上同じ学校に通い、大学に入りましても浩々居(こうこうきょ)という学生寮で2年間生活を共にしました。
 大学に入学したときに、「英会話ができるようになりたいな」と2人で一緒にESSに入部しました。ところが周りはみんな最初からぺらぺらで、会話ができないのは2人だけでした。ESSというのは、英会話ができる人が入るサークルで、できない人が入るサークルではないということを2人とも遅まきながら発見し、冴えない思いをしました。ところが彼は、運輸省に入省してからはインターナショナルな仕事に結構従事されています。ESSでの苦い経験をバネに、入省後に相当の研鑽(けんさん)を積まれたのだと思います。
 それから元女優の扇千景さんが国土交通大臣のときの航空局長がこの洞君です。彼に言わせると、扇大臣とは呼吸がぴったり合って、自分がにこやかな笑顔で説明すると、「わかった。任せといて」と、彼いわく「甘い声で」(これはちょっと怪しいと思うのですが)大臣は答えてくれ、実際にきっちり行動してくれたそうです。扇大臣にはときどき冗談交じりにからかわれることもあったそうですが、大臣の洞君に対する信頼がかなり厚かったのは間違いないようです。
 洞君は、奥様も、それから奥様のお姉さんも修猷です。そして洞君の妹さんも修猷です。修猷一家の洞君です。

■洞駿氏講演

○洞 今、マスコミでは「航空戦国時代」ということで、いよいよ航空市場のユニクロ化が進むとか、これから高品質低運賃の航空会社がどんどん出てきて価格勝負のチキンレースが始まるとか、いろいろ賑やかに報道されていますが、多分その半分以上は当たっていると思います。それに備えて我々ANAもいろいろ手を打っています。


■LCC事業モデルについて
(1)LCC(ロー・コスト・キャリア)モデルとは
 LCC事業は、今から40年ぐらい前にアメリカの「サウスウエスト航空」がそのビジネスモデルを確立して、それを見習って各国にいろいろ出てきた事業です。エアラインは、「便利だけれども運賃が高い」というのが一般的な印象だと思いますが、それに対してLCCモデルは、「多少不便かもしれないけれども安い」というので事業を展開しています。「圧倒的に低いコスト構造」を構築して、そしてこれが重要ですが、「これまでの常識を覆す低運賃」を実現しています。
 その「これまでの常識を覆す低運賃」というのは、例えば東京・福岡の全日空の正規運賃は、36,700円です。距離は大体900キロです。一方、有名なLCCの「エアアジア」では、クアラルンプールとホーチミンシティが大体1,000キロですが、これが70ドルなのです。80円で計算しても5,600円です。36,800円と5,600円ということです。LCCの値段の相場はこのようになっています。この低運賃を可能にする事業構造を説明します。
 まず「運行」については、機材を一つにしてポイント・トゥ・ポイントで運行し、短い時間でピストン輸送をします。そして何より大事なことはコストを下げるために高い着陸料の空港は利用しません。一番便利な空港はえてして高いですから、セカンダリー空港という郊外の着陸料の安い空港を利用するというのがポイントで、これらによって徹底的に機材の運航効率を上げて単位当たりの運航コストを下げるということです。
 また「サービス」についても、座席の予約ができないのが普通で、ラウンジサービスはもちろんありませんし、機内サービスについてもすべてお金を取ります。手荷物を預けるのも、お弁当も、飲み物も毛布も有料です。運賃は本当に運送だけです。ですから、ただ行くだけでしたらとても安い運賃ですが、付加的なサービスを求めればそれぞれお金が加算されていくという単純な料金システムになっています。
 「営業」の面でも、すべてWEBの単純なITシステムで予約や清算をします。他社の便との乗り継ぎについても全く便宜は図りません。ましてやマイレージのようなFFPなんていうものもありません。
 空港では、搭乗橋は使わず、ターミナルビルから歩いて飛行機に向かいタラップを登って飛行機に乗り込みます。それから、飛行機が搭乗橋への出入りに使うGSEという車も使いません。そして付加的なお弁当やレンタカーとかの副業をやって収入をできるだけ増やすというのが大体LCCに共通するビジネスモデルです。そのように徹底的に安価にやりますが、給料は決して安いということはありません。若い人が多いので安価な労働力を活用しているということです。

(2)機材稼働の例
 ANAとLCCの例で比べてみると、ANAは着陸して次の離陸までの時間がLCCに比べて長いです。これは乗り継ぎの利便を考えてダイヤを組んでいるのです。LCCの場合は、とにかく着陸して次の離陸までの間隔を短くして、朝から晩までずっと目いっぱい飛び続けて機材費を安くするダイヤをつくっています。

(3)各種指標(運航実績・人件費等)比較
 それなら「安かろう、悪かろう」なのかということです。例えば時刻表から15分以内に出ているかどうかという定時出発率の比較や、ロストバゲージというミスハンドリングのバゲージ数や就航率の比較を見ると、何とトップが「ライアンエア」というLCCなのです。ですから品質が悪いとは言えません。安全で最低限求められるサービスや信頼をきちんと守っていくというのがLCCです。
 安全性についても、LCCだから危ないということは全くありません。それを可能にしたのは技術革新で、LCCの機材は新しいですから、新しければ故障も少なくメンテの費用も少なくて済み、安全性も高いということです。
 賃金についても、決して安くはありません。1人当たりの生産性が極めて高いのです。1人で何役もやります。CAさんでもゲートの前で切符を切ったりして何もかもやります。地上の係員も皆そうです。ですから忙しいかもしれませんが生産性が非常に高いのです。従って、「低価格だから低品質ではない」「低価格だから低賃金ではない」ということです。


■各地域におけるLCC事業の現状

(1)欧州におけるLCC

577_4.jpgのサムネール画像  「ライアンエア」はもう今や世界ナンバーワンの輸送旅客数を誇っています。「エアライン・タイプ別の旅客数の変遷」を見てみると、1997年辺りからLCCのシェアが伸びてきています。我々のようなレガシーキャリアのシェアはほとんど変わってなく、そのLCCが伸びた部分は、LCCが新規に開拓した部分がかなりを占めているということです。ですから我々レガシーキャリアとしてはLCCにどう対抗するかということよりも、このLCCがつくった新たなマーケットに対してどう対応していくかということを迫られているということです。特に日本はそうです。

(2)アジアにおけるLCC
 アジアのLCCには「エアアジア」とか「タイガーエア」があります。「エアアジア」はマレーシアに最初につくられたものですが、各国に出資して「エアアジア・インドネシア」とか「エアアジア・フィリピン」とか「エアアジア・ベトナム」とかいう、いわゆるセブンイレブンとかファミリーマートのような手法でマーケットをどんどん拡大しています。今度全日空と「エアアジア」が組んで「エアアジア・ジャパン」をつくりました。
 「タイガーエア」は、シンガポールエアラインズがつくったLCCですが、これはオーストラリアにもフランチャイズの会社をつくっていて健闘しています。そのほか、アジアの各国にLCCが立ち上がっていて、虎視眈々と日本のマーケットを狙っています。

(3)地域別LCCの市場浸透度
 欧米のLCCは30年来の歴史があり、今、北アメリカのLCCのシェアは28%で、ヨーロッパでは30%です。この辺は、今、飽和状況になってきていて、ネットワークキャリアとかレガシーキャリアと言われている古参の遺物みたいなエアラインとLCCの均衡が保たれているのだと思います。アジアはまだ12%です。しかし、インドとかオーストラリアとか、国によってはもう5割前後になっています。
 日本の場合は、国際線シェアはわずか3%ぐらいです。しかしLCCのビジネスモデルがきちんと定着すれば3割ぐらいになってもおかしくはありません。日本は魅力的な航空市場があるということで各国が狙っています。

(4)続々と日本に参入してくるLCC
 韓国のLCCは雨後のタケノコのようにできていて日本の各地に乗り入れています。福岡には「エアプサン」が乗り入れています。中国からは「春秋航空」が茨城と高松に乗り入れていて、近く佐賀空港にも乗り入れます。そして、「エアアジアX」が羽田に週3便飛んできています。もともとはカンタス航空のLCCの「ジェットスター」は、成田、大阪等々に乗り入れてきていますが、今度JALと一緒に「ジェットスター・ジャパン」というのを立ち上げる予定になっています。その他フィリピンからも「セブパシフィック」というのが日本に来ています。


■ネットワークキャリアの事業戦略
(1)ネットワークキャリアの事業戦略オプション
 ネットワークキャリア同士でも世界的な淘汰は行われています。かつてヨーロッパは各国にそれぞれエアラインがありましたが、今はルフトハンザとエールフランスとBAの3強のもとにそれぞれの国の航空会社が組み込まれている状況です。アメリカの航空会社も今までに何度もつぶれています。アメリカン航空は例外ですが、チャプターイレブンという日本の会社更生法みたいな体系の下に入って、労働協約等すべてが白紙となってゼロから再スタートするのです。これを何度も繰り返し極めて身軽になって生まれ変わってきているわけです。
 もともとエアライン産業というのは平和産業ですから、テロや戦争や病気、そしてこの前の震災もそうですが、イベントリスクという事象が起こるとお客さんが途絶えてしまい収入が安定しません。このような不安定な財務状況に耐え得るような体質をつくっていかなければならないというのがもともとあります。
 その中でLCCが出てくるわけです。「コスト面ではLCCにはかなわないから、LCCと競合する路線は無視しよう」という選択はもちろんありますが、我々ANAは、LCCが出てくるのは必然で、我々もLCCが発掘しようとする客層にビジネスチャンスを見いだして利益をそこに求めていこうと考えています。


(2)ネットワークキャリアによるLCC事業への参入
 ネットワークキャリアはみんな「俺もやろう」とLCCを考えるのですが、ことごとく失敗しています。成功した事例は非常に少ないです。BAが「GO」、エアカナダが「ジップ」、アメリカのユナイテッドも「テッド」というLCCをつくり、ありとあらゆるところがみんなつくったのですが、ほとんど失敗してしまいました。それは、これらのLCCは、値段だけは安いけれどもコストは依然として高いままのロー・フェア・キャリアでしたので、長続きしませんでした。そして自分が今飛んでいる同じ土俵の中に参入させましたから、自分で自分の足を食う共食いの状況になってしまいました。また親元の影響を完全に排除することができなく非効率のままLCCが運用され、どれも失敗しました。
 成功したのが、カンタスがつくった「ジェットスター」とシンガポール航空がつくった「タイガー」です。これは全く親会社とは別ブランドで、親会社との関係や影響をほとんど断ったというところがポイントです。
 成功している独立系のLCCに「エアアジア」と「ライアンエア」があります。これは日の出の勢いで伸びていっています。徹底的に値段にこだわり、勝負できるのは運賃しかないということで、冗談か本気かわかりませんが、トイレの使用料までお金を取るとか、また飛行機の立ち席をつくろうとかいうことまで考えているというのが記事になっているくらいです。

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■ANAのLCC事業戦略
(1)関西圏における独立性の高い新LCCの設立・出資
 我が社も「ピーチ」という関西空港を拠点とするLCCを立ち上げました。ANAの資本が3分の1、そして香港の資本が3分の1で、残りは産業革新機構の会社です。来年の3月から関空・札幌、関空・福岡、5月からは関空・ソウルの仁川(インチョン)に就航し、路線も次々に拡大していく予定です。
 また香港資本と組んだということで、将来的にはこの「ピーチ」を使って、あるいは「ピーチ」の子会社を使って、中国の本土にも出ていこうという狙いも持っています。


(2)首都圏ベースの新LCCの早期立ち上げ
 成田に関しては、この8月31日に「エアアジア」と組んで「エアアジア・ジャパン」を立ち上げました。これはANAが3分の2を出資するANAの完全な子会社で、経営のガバナンスを我が方が執っていきますが、運航やマーケティング等はすべて「エアアジア」のノウハウを使ってやっていこうと思っています。成田はANAの本拠地ですが、「エアアジア」も黙っていれば日本の他の資本と結び付いて成田に飛んできたでしょう。どちらにしても日本の市場を荒らされるのなら一緒に組んでその利益を享受しようということです。しかし、成功するかどうかは親会社の非効率な慣習や文化をきちんと断ち切れるかどうかが最大のポイントです。欧米でも、一時期、雨後のタケノコのようにLCCが台頭していきましたがそのほとんどが淘汰されて、結局生き残ったのはごく少数のLCCだけです。


■エアラインが空港に求めるもの
 このLCC事業が成り立つためにはいろいろな要件がありますが、国の航空に関する規制の緩和や公的なあるいは空港会社のサポートも必要です。諸外国の中にはLCC専用のターミナルがあって、体育館のような建物の中に簡単なカウンターがあって、お弁当を売ったりマクドナルドが入っていたりする、バジェット・ターミナルというものを用意してLCCを育てている国もたくさんあります。関空会社も成田会社も、これから来るべきLCC時代に備えてそのような施設や諸々の便宜を提供しようという動きも見せていただいています。いろいろな関係方面の協力が必要ですが、これによって日本の空が多分大きく変わるだろうというのは間違いないところです。


■質疑応答
○平地 今まで日本の航空業界は様々な規制があったということですが、なぜそのような規制があったのでしょうか。またどうしてそれが自由化になってきたのでしょうか。
○洞 規制緩和というのは、参入の自由と運賃の自由化ですが、参入の自由が一番重要です。1970年代にアメリカから規制緩和の流れがスタートしましたが、当時の日本は空港の発着能力が非常に限られていたので、自由化しても新たに就航したい会社にとってほとんどその余地がなかったということがあります。今羽田が国際化でどんどん拡大していますが、やはり魅力のある首都圏の空港の発着能力の拡大が遅れてしまったということでなかなか自由化に踏み切れなかったということです。よく「自由化に踏み切れなかったから日本のエアラインは競争にさらされるチャンスが遅くなり、それだけ体力が弱い。それは国の行政が悪い。無駄な空港ばかりつくって本当に必要な成田や羽田をもっと拡張すればよかった」と言われます。一面の真理ではありますが、その実現は極めて困難であったというのが現実です。


○?? LCCとネットワークキャリアの間で事故率のデータがあったら教えてください。
○洞 今は技術革新が進んでいて、事故率もかなり減ってきています。新しい飛行機だと、もちろん日々の定期的な整備は必要ですが、整備にかかるコストや手間はものすごく少なくて済みます。
 我々は1機を20年ぐらい使いますが、LCCは多分10年未満で替えているのだと思います。儲かってないとそのような機材の更新もできません。事故に関しての統計はありませんが、決して安全性において劣るということは言えないと思います。
 みんな「安かろう、悪かろう。安全性も多分手を抜いているだろう」と思うかもしれませんが、それではお客は乗ってきません。万が一事故を起こせばもうその会社は終わりなのです。ですからちゃんとしたLCCなら絶対に安全だと思っていただいていいと思います。


○土肥 LCCの事業のモデルは日本を起点にしないとできないものなのでしょうか。例えばANAさんがシンガポールに会社を持って、シンガポールを起点に展開するモデルは考えられるのでしょうか。
○洞 航空の世界には外国の出資を制限する外資規制というのがあり、ほとんどの国でこの外資規制をしています。しかしフランチャイズ方式ですと、三国間を飛ばすことが可能になります。私たちも「ピーチ」の中国版とかシンガポール版のような会社で三国間を飛ばすことに進出したいと思っています。

(終了)