第576回二木会講演会記録

『大震災後のエネルギー政策と、鉄鋼業の温暖化対策』
講師:品川 昌俊(しながわ まさとし)氏(昭和56年卒)


576-01.jpg 576-02.jpg○田中 品川くんは、高校時代は無線部と執行部というどちらも地味な部にいてあまり目立ってはなかったようです。今日の紹介のために同学年のメーリングリストで品川くんのエピソードを募りましたら二つ来ましたのでご紹介します。一つは、2年2組のときの同級生からで、品川くんはいつも一番前の真ん中の席で授業を受けている非常にまじめな生徒だったそうで、早良区の成人式では代表としてあいさつをしたということでした。もう一つは、1年のときに同じクラスだった女性からのもので、1年のときの九重登山でその女性が岩から落ちて足をけがしてしまったそうです。そのときに品川くんは自ら申し出て彼女をおんぶして下山したそうです。彼女は頼りになる人だと思って感動したということでした。ただ、名前は決して出さないでくださいということでしたので、そこで特別な感情が生まれたということはなかったようです。

■品川昌俊氏講演
 
○品川 私は56年修猷館卒業で49歳になりました。
 3月11日の震災以降、電力不足が連日報道されています。今は経済産業省や電力会社への風当たりが、大変強くなっていますが、これまで国や電力会社がベストを尽くしてきて今の「何不自由なく電気が使える暮らし」に行き着いていたと、いうこともぜひご理解いただきたいと思います。そして、それを踏まえたうえで、今の状況から今後のことを、コストやリスクを含めて考えていかなければなりません。
 
■鉄鋼企業の概況
 私どもの会社、JFEスチールは、東日本と西日本にそれぞれ二つずつの製鉄所を持ち、4つの製鉄所で合わせて2,800万トン程度の鉄を製造しています。国内では新日鉄に次ぐ第2位の生産量です。かつての日本にも「鉄は国家なり」という言葉があったように、新興国では鉄鋼業は大きな地位を占めています。この数年で中国が生産量を2倍にしていますし、インドも急速に大きな会社ができてきています。残念ながら、日本の生産量はだんだん地盤沈下してきていますが、技術的には非常に高い水準にあると考えています。
 日本全体を見ると、新日鉄、JFE、住金、および神鋼の4社の一貫製鉄所が全部で15カ所ほどあります。製鉄所のシンボルとされる高炉は、各製鉄所に1?3本操業しており、国内では26本稼動しています。また各製鉄所の直接の従業員は、3?4千人程度です。関係会社や家族まで含めれば1万人、あるいは3万人という数の人たちが一つの製鉄所に依存して日々生活しており、製鉄所、すなわち鉄鋼企業は、それぞれの地域で重要な産業としてその地域に貢献しています。
 今回の地震でJFEの千葉地区・京浜地区では相当な揺れを感知したので、いったんは工場の運転を止め、点検により異常のないことを確認後、順次再稼働しました。それぞれに大きな自家発電所を持っていますので、その後は、自家発電設備をフル稼働させて、東京電力や国全体の電力需給に協力しています。

■電力不足とピーク電力の削減
 もともと日本の電力は、原発に30%程度、依存していました。そのような中で、311の地震と津波の影響で、日本の原発54基のうち、14基が停止しました。そのうちの8基は定常の手順できちんと停止したものの、残念ながら福島第1原発の6基は、うまく停止できずに大きな騒ぎになってしまいました。さらに政治判断による一部の原発に対する停止要請や、それに伴って、定期検査後に再稼働できないものが多数あります。この結果、電力供給能力が大幅に減少し、一番電気が必要な夏の時期にとても足りない、というので大幅な節電が叫ばれています。
 東京電力や東北電力のエリアでは、節電は単なる「要請」や「お願い」ではなく法的な処置として位置付けられています。今後は、九州電力や関西電力のエリアでも同じよう状況が発生するのではと、心配されており、既に工場の操業や日常生活にも大きな影響が出ています。さらに、節電に努めても、原発停止に伴う供給力減少を全て補うことはできないので、ガス火力や油火力を増稼動していますが、そのために余分に使用した燃料の費用は、コストとして発生しています。
 日本の電力需要は、1973年の石油ショック以降大きく変化しています。当時は電力需要の65%を工場が使用していましたが、今は産業用電力のシェアは大きく低下し、商業施設、オフィスやホテルで使っている「業務」用と、「家庭」用の電力需要が大きく伸びています。家の中を見回してみても、確かに電気製品の数は増えています。冷蔵庫やテレビは大型化し、エアコンの数も増えています。ですから1軒1軒の家庭の協力がないと今は立ち行かない状況です。具体的な節電のやり方については、新聞や雑誌を参考にしていただければ、と思います。
 4月の中旬から、家庭の節電を進めるために、いろいろな仕組みが始まりました。各家庭の電力使用状況を「見える化」してそれを配信するというサービスや、節電に対して具体的なご褒美がもらえる、というのもあります。行政の協力を受け、登録した住民の携帯電話に対して「本日は電力使用率が90%を超えそうなので、緊急に節電の協力をお願いします」というお知らせメールを配信する仕組みが実用化されました。電力使用率が95%を超えると、「冷蔵庫のコンセントを抜いてください」というような協力要請を発信するようになっています。
 しかし節電の協力要請の中で一番の問題は、必要とされるのは、トータル電力の削減ではなくて、ピークシフトだということです。ピーク時間に使わないようにすることがポイントですが、今の電力メーターでは、ピーク時間に何キロワット使っているのかということがわかりません。また、ピークカットに協力しても、総使用量が同じ場合は、結局、払う電気料金は同じになってしまいます。節電に対するインセンティブという観点からは、これも大きな問題です。
 この夏は、既に多くの方に節電にご協力いただいていますが、この状況はこの夏だけでなく、この冬、さらに来年の夏と、当分続きそうです。ですから、今後は、努力する節電ではなく、自然体で継続できる社会的な仕組みが必要になってくると思います。

576-03.jpg■これまでのエネルギー政策
 今は家庭も巻き込み、混乱した状況になっていますが、もう少し落ち着いて、全体的に何が必要か、考えることが重要です。通常の先進国であれば、一般の家庭が毎日電気の心配をする必要はありません。日本でも、310まではそうでした。それは日本が、特に石油ショック以降これまで一生懸命に進めてきたエネルギー政策が、それなりに成果を挙げていたからだと思います。
 エネルギー政策を考えるときには、「三つのE」の視点が必要です。一つは「エネルギー安全保障」で、これは安定供給、すなわち停電を心配しないで暮らしたいということです。二つ目は必要なエネルギーが適切な値段で手に入るということが「経済成長」の基本です。三つ目は「環境影響」、すなわちCO2やいろいろな大気汚染物質への配慮が必要です。これらの三つの視点とそのバランスを忘れないでいただきたいと思います。
 日本はこれまで他の先進国に比べても、はるかに多くの費用やマンパワーをつぎ込んで、エネルギー政策を進めてきました。日本には様々な厳しい条件があります。国産のエネルギー資源に乏しく、島国で電力網が孤立している、あるいはガスや石油のパイプラインが未整備、という制約があります。地震や台風など各種の自然災害が非常に多く、1億人を超える人口を抱える国でこれだけの自然災害が起きる国というのはあまりないようです。また国土が狭い中に人口が密集していますので、環境面の規制も他国に比べ厳しいものがあります。一方で、「私権の尊重」に重点が置かれ、インフラの整備が進みにくい状況が続いています。このようなハンディを乗り越えて、今まではそれなりに成果を挙げてきました。
 これまでのエネルギー政策を振り返ると、石油ショックまで圧倒的に石油依存だった発電燃料を、石油ショック以降はガスや石炭に多様化する一方、石油備蓄を国際基準に比べて潤沢に持つという政策を進めてきました。同時に省エネルギーを進め、世界でナンバーワンのエネルギー効率を達成しています。技術開発の分野でも、世界のトップレベルという評価を受けています。これら一連の政策に必要な資金は、これまで企業が負担したり、電気料金の一部として消費者の方が負担したりしています。その結果、部分的には課題は残っていますが、全体としては、それなりの成果を上げてきました。
 成果の1つといえるのは、エネルギーの値段です。日本のエネルギー価格は、石油ショックの直後は国際的に飛び抜けて高かったのですが、いろいろな政策を組合わせて値段を下げてきました。他の国は逆に値段が上がっています。今、電力を除いたエネルギー価格において、日本はそれほど高いレベルではありません。油・ガスと石炭で見ると、欧州とほぼ同じ水準です。
 一方、電力を入れると、日本はまだ高いことがわかります。しかしながら昔の大きな格差に比べれば、次第に縮小傾向にあります。特にこの10年、欧米は化石燃料価格の上昇につれ電力料金も上昇しているのですが、日本では、燃料価格上昇の影響を飲み込んだうえでほぼ横ばいを続けています。これは段階的な自由化など、政策の効果だといえます。
 エネルギー政策を考えるときの大きなポイントは、供給体制の変更には相当な時間がかかるということです。発電所を1基つくるのに、火力発電所では少なくとも5年、原子力発電所では20?30年の時間が必要です。簡単に設置できると言われている太陽光ですら、大量に設置するには、恐らく10年、20年という時間がかかります。ですから、政策の見直しには長期的な見通しや計画が大変重要になってきます。
 国際エネルギー機関IEAによる加盟国のエネルギー政策審査においては、日本は比較的ポジティブな評価、中でも研究開発や省エネルギーについては、世界に冠たる成果を上げた、とされています。ですから、国際機関から受けた高い評価は、誇るべきと考えます。
 このように310までは比較的うまくいっていた日本のエネルギー政策ですが、311の後、これからどうするかということを考える必要があります。今年の夏は、まず停電を避けるため、全員が少しずつ使用電力を削減し、使うタイミングをずらすことが必要です。中長期的には、現状では十分に戦力になっていない再生可能エネルギーの大幅なコストダウンを図り、その上で大量に導入することが必要です。現状の高コスト品を拙速に大量導入するのではなく、技術開発によるコスト削減が先にあるべきです。次に、今までの電力供給は、東京電力をはじめとして各電力会社が一方的に責任を負い、お客さんがいつどれだけ使おうとも、とにかく必要なだけの電力を送るということが、電力会社の義務でした。今後はそのような運転ができないので、使う側が積極的に使うタイミングをずらすようなことをシステム的に実施することが必要になってきます。
また、西日本で余っている電力を東日本に送れないのは、送電網に問題あるからだ、周波数が違うからだと、よく言われます。ただし、送電網の増強投資は電力会社の売上げや収益には直結しないので、何らかの促進政策が必要かもしれません。
 長期的な原子力発電の位置付けも重要な課題です。そのときに大事なのは、定常運転における「低コスト」と、何か起きたときの「安全」は、なかなか両立しません。いざというときに備える保険のコストを上乗せすると、当然電気代は高くなります。何か起きたときはそのとき考えるから、通常はできるだけ安い方が良い、というのも無責任と指摘されます。両者のバランスをうまくとる、知恵が必要です。
 今はエネルギーが非常に注目されていますが、311の前、日本が抱えている課題として、少子高齢化やゼロ成長など、様々な指摘がされていました。311の後、このような問題が自然に解決したわけではありません。やらなければいけないことはたくさんあり、各種の課題のバランスを取りながら進めていくしかありません。
 ようやく6月22日に国家戦略担当大臣を議長として、「エネルギー環境会議」というエネルギー政策を見直す政府全体の枠組みが始まりました。経産大臣と環境大臣の2人を副議長としています。今年中に中間整理・基本方針の策定を経て、来年中には政策を決めようというスケジュールで作業が進んでいます。

576-04.jpg■今後の課題
 今注目を集める再生可能エネルギーには、太陽光をはじめ風力、地熱、小型水力などがあります。潜在的な能力(ポテンシャル)は高いのですが、いろいろな課題から、足元の電力不足に対する即効性ある解決策にはなりません。関係者は、それぞれ自分が興味のあるエネルギーを強力に推奨しますが、おいしいところだけを見て、課題を見落とすと、判断を間違います。今はとにかく技術開発を進めてコストダウンに力を入れることが必要です。
 再生可能エネルギー電力のコストとしてそれぞれの発電単価が新聞等に紹介されていますが、使用されるデータが古く、適切な比較ができないものも見られます。透明性を持って適切なデータ収集をするのは難しいのですが、やはり定期的なデータ収集は必須です。データがなければ、このような状況において、適切な議論ができなくなります。
 明日から再生可能エネルギー固定買取法案が衆議院委員会の審議が始まります。法案推進派は、「日本は、太陽光発電の普及量においてドイツやスペインにあっと言う間に抜かれた。その原動力となったのは固定買取制度だ」と指摘します。確かに、ドイツ・スペインでは全量買取制度により太陽光発電設備が大幅に拡大しました。「市場価格の8?10倍という高い価格で20年間、安定して買取ります」という制度に、国内外の投資家が多数群がりました。しかし、20年後の買取規模をよく考えずに制度を入れたため、負債の先送りをするような格好になり、現実には破綻しています。スペインに至っては、電力会社はほとんど倒産状態で、政府は買取価格の見直しや契約期間の縮小という乱暴な制度変更をせざるを得なくなる、太陽光パネルメーカーは政策変更に振り回されて業績が大きく変動しています。
 またドイツに大量に導入された太陽光パネルは、ドイツ製ではなく中国からの輸入品がほとんどです。ドイツの大手、Qセルズという会社は輸入品とのコスト競争に負け、とうとうマレーシアに工場を移転しました。国民負担による買取制度を導入するのであれば、長期的な国内雇用と、再生可能エネルギーの拡大を両立させるような制度が必要です。
 今まで、電力会社が安定した電力を必要なだけ供給してくれました。しかし、今後は使う側がもっと考える必要があります。長く続けるためには、いつまでも人間の「気付き」や「注意力」に頼るのではなく、何らかのかたちで機械化、システム化していくこと、協力した人にはご褒美が出るような仕組みが必要です。これから普及が期待される電気自動車のバッテリーに貯めた電力を必要なときには家庭で使うシステムも可能ではないかと、言われています。
 今後はスマートメーターやスマートグリッドの活用により、状況に応じた供給と需要のきめ細やかな調整が期待されています。
 ご存知のように、沖縄を別として、日本本土では電力会社が九つに分割され、そして東日本と西日本では周波数が違っています。今回のような非常時に備え、会社間の送電連絡線や周波数変換装置の増強が必要でしょう。しかしながら、非常時に備える「余剰設備」は民間企業の投資にはそぐわないので、石油備蓄と同じように法律で電力会社に義務付ける、あるいは高速道路のように税金で整備する、というような仕組みが必要です。
 一方、都市ガス・ネットワークの現状は電力以上に不安があります。東京ガスが輸入したLNGの受入基地は、東京湾の中に3ヶ所しかありません。万一、東京湾の中で大きな事故が起きると、長期間使えなくなる状況も考えられます。今回、津波で大きな被害を受けた仙台では、仙台ガスの受入基地が壊滅的な被害を受けました。たまたま、これは本当に不幸中の幸いなのですが、新潟から奥羽山脈を越えて仙台までパイプラインがつながっていましたので、今は東京ガスが、新潟経由で仙台地区にガスを供給しています。もしこれがなかったら、今も仙台地区は都市ガスが使えない状況が続いています。今回の電力危機を考えると、各地域ガス会社の相互ネットワークの必要性は明らかです。しかし、これも民間企業の投資としてはなじみにくいので、法律による義務付けや促進政策が求められます。
 311の後、電気、水道やガスが止まりました。それが何日で復旧したかを調べると、電力は2?3日でほぼ90パーセントまで復旧しました。これに比べて都市ガスは、配管1本1本の損傷や漏れチェックを確実にしていくと、どうしても時間がかかります。今回の仙台近郊ですら、日本中のガス工事会社の応援を受けて約1カ月かかりました。電力は、ガスや水道に比べればずっと早く復旧するユーティリティーであることは忘れないでいただきたいと思います。
次は石油の話です。日本の原油処理能力と製油所の稼働率の推移を見てみると、設備の能力が変化していないのに、稼働率は徐々に低下しています。車の燃費を向上させ、火力発電所の燃料を石油から石炭や原子力に転換してきまし。日本の石油需要は2005年以降、確実に減少しています。今、日本の製油所はどこも7割操業です。装置産業が70%操業で利益を出すのは難しく、かなり深刻な状況です。
 暗い話になってきましたが、電力やガスや石油という日本の基幹エネルギーは、今それぞれに問題を抱えていて半ば出口がない状況にあります。今回のエネルギー危機により、これまで日本経済を支えてきた製造業を始めとして、日本社会全体が大変な状況に置かれています。将来に向けたエネルギー政策を再構築するためには、限られた人たちだけが密室で議論するのではなく、全員がデータや知識を共有し、共に議論していくことが重要です。
(終了)