第567回二木会講演会(平成22年7月8日)
『Where and why are 10 million children dying every year? 』
?世界に貢献できる小児科医を目指して?
講 師:赤羽 桂子氏(平成7年卒)
○紹介者 恒川 明子氏(同期) 彼女とは、修猷館時代に同じテニス部で帰り道も同じでしたので、親しくしていました。当時彼女は「将来は医者になりたい」と言っていて、その後それを実現させて、まさに有言実行の人だと大変尊敬しています。
私は社会人になってから大学院に行きましたが、その大学院に行くかどうか迷っていたときに、軽く「そんなのさっさと行けば」と言われて、彼女が私の背中を押してくれました。
■赤羽桂子氏講演
○赤羽 本日はこのような席でお話をさせていただく機会をいただき大変光栄に思っています。ありがとうございます。また一昨年の私の誘拐事件に関しては、皆様にご心配やご迷惑をお掛けしましたが、おかげさまで、今、私は元気に働いています。今日の「Where and why are 10 million children dying every year?」というタイトルは『ランセット』という有名な医学雑誌の2003年に載った医学論文のタイトルです。この図もその論文から持ってきたものですが、毎年死んでいく1千万人の子供の世界分布を色で示したものです。一つの点が5千人の小児の死亡になっていて、人口が多いインドやナイジェリアではとても赤が濃く、南アジアとサハラ砂漠以南アフリカに小児の死亡が限局していることがわかります。
■小児死亡と栄養失調
世界で毎年1千万人の子供が死んでいっているのですが、その原因は、感染症と言われる肺炎や下痢やマラリアや麻疹(はしか)やH??/A?DSが大半を占めています。また死亡する子供たちの35%に栄養失調の合併があります。栄養失調の合併があると体の機能が低下していて適切な治療にうまく反応しないことが多く、栄養失調の問題が解決しないと小児の死亡を減らすことはできないと言われています。栄養失調の先にある飢餓の人口は、地球全人口の7人に1人に当たる10億人に達しています。1日に2万5千人が死亡していて、このうちの半分以上が5歳未満の子供です。これは世界のどこかで6秒に1人の子供が死んでいくという計算になります。
■自己紹介
私は平成7年に修猷を卒業して医学の勉強をした後、5年間小児科医として働いていました。このときに国際保健の道へ進もうとしましたが、その前に途上国特有の疾患の勉強をしたいと思い、2007年から1年間長崎大学で熱帯医学の勉強をして、2008年から半年間エチオピアで、そして今年の1月から4月まではマラウィで活動していました。
私が国際医療協力を志した理由ですが、私の父は熱帯感染症の研究者で、私が小さいときから途上国に行って、家族にその話をしてくれていました。母は専業主婦なのですが、社会問題に関心があって、本を読んだりして自分なりの考えを持っている人でした。そして私が小学校低学年だった1984年にエチオピアの大飢饉のNHKニュースを見てショックを受け、そして医療者として一度は途上国の現場を見てみたいと海外に行くことを決意しました。
■エチオピアでの活動
初めての医療活動はエチオピアでした。これは、「世界の医療団」というNGOから声が掛かったのがきっかけです。この「世界の医療団」というのは人道医療支援を行う国際NGOで、本部はパリにあります。国籍や民族や宗教とは無関係な医療支援を行うことを活動理念としていて、1980年にベルナール・クシュネルというフランスの医師により設立されました。東京にも小さな日本支部があり、現在も世界の83カ国で医療活動を行っているアクティビティの高い団体です。
エチオピアには貧困ラインと言われる1日1.25ドルで暮らしている人が総人口の約4割もいる貧しい暮らしの国と言えます。子供の健康状態についても、5歳未満児の死亡は世界189カ国のワースト27位です。ちなみに日本は世界の上位7番で、二つの国の間には大きな格差があります。そしてその死亡原因は感染症が大半を占めますが、その57%に栄養失調が合併しています。
ソマリ州はエチオピア東部のソマリアとの国境に近いところで、年間の降水量が少ない砂漠地帯で、人々は遊牧生活を行っています。「世界の医療団」がここで活動を行うようになった理由の一つは、干ばつによって食糧や水が手に入らなくなったということです。世界食糧計画による食糧援助はありますがじゅうぶんではありません。もう一つは、紛争地なので人々が必要な医療サービスを受けられないという現状があります。ソマリ州というのはもともとソマリアから移住してきたソマリ族が住んでいる場所で、エチオピアからソマリ州を独立させようと、ONLFというゲリラ集団が毎日ゲリラ活動を行っていますので、大変危険で、物資の輸送はできずインフラの整備も遅れていて、医療サービスや社会サービスも皆無に近い状態です。
ソマリに降り立ち、初めて私が目にしたのはトイレのように見える粗末な建物でしたが、それは実は空港の待合室でした。空港に滑走路はなく、飛行機は砂漠の中に上手に着陸します。これからどんな半年になるのだろうと不安に思いました。
私たちの活動は、患者さんを診療して、薬を渡して重症な患者さんを病院に搬送することでした。他の途上国と同じようにエチオピアも多産で子供が多い場所でしたので、診療所はいつも子供でいっぱいで毎日忙しくしていました。それからソマリの人たちは厳格なイスラム教徒なので、外では必ず頭にかぶり物をしなければなりませんでした。
ここでの大事な仕事の一つは子供の低栄養を見つけることでした。上腕の周囲径が12.5センチ以下の栄養失調の危険性が高い子を集めて身長や体重を測りました。デジタルの体重計はみんなが珍しがって触ってすぐに壊れ、最後は自分たちで計測器をつくってそれで計測していました。
栄養失調の子を見つけたら栄養失調治療食のプランピーナッツというのを食べてもらいます。そして下痢や肺炎のような合併症がある場合が多いのでその治療をします。またみんな寄生虫は持っているので駆虫薬を飲んでもらいます。
プランピーナッツは画期的な治療食です。高カロリーでおいしく私も大好きです。しかも水で溶かしたりする必要がなくそのまま食べられ衛生的で保存や輸送に便利です。高価なことが欠点ですが、ここでは無料で食べられますので問題はありません。これを食べると子供たちは一時的には体重が増えますが、やめるとまた栄養失調になり、一時的には効果的ですが根本的な解決にはならないということがわかりました。
ソマリの人の主食はパスタで、これにジャガイモや玉ネギやトマトのソースを掛けて食べます。ごちそうだとラクダの肉が乗っています。食事はまず男性が食べて、残ったものを女性と子供が食べますが、子供の数は多いので弱い立場にある子供から栄養失調になっていきます。
エチオピアの栄養失調の原因として、「干ばつ」・「紛争」・「多産」・「下痢や寄生虫の疾患」・「遊牧生活」・「イスラム教である文化や生活の習慣」などが挙げられます。
■マラウィでの活動
今年の1月から4月まではマラウィ大学医学部付属病院の小児科で働いてきました。マラウィはアフリカの南部にあり、ここは紛争はありませんので人々はのんびり暮らしています。しかし小児死亡や栄養失調の子供が少ないわけではなく、マラウィの子供の死亡の原因はやはり感染症が大半を占め、H??/A?DSの割合がアフリカ全体の平均値の約2倍いるというので大きな問題になっています。感染している母親からの母子感染が原因です。
マラウィで一番驚いたことは、貧富の差が著しくお金持ちは平均的な日本人より裕福な生活をしていますが、多くのマラウィの人たちは貧しい生活を送っています。マラウィの人の主食は、シマというトウモロコシの粉にお湯を少し入れて練ったもので、これにおかずを入れて食べています。
マラウィ大学医学部付属病院はマラウィで一番大きな大学病院なのですが、設備も人材も不足していて、1日に約5人の子供が死んでいきました。約80床ある栄養失調病棟でも毎日だれかが死んでいました。
皆様は栄養失調の子供を見たことがあるでしょうか。2枚の子供の写真がありますが、右と左のどちらが栄養失調でしょうか。一見左の子だけのように思いますが両方ともに栄養失調で、マラスムスとクワシオコワという状況です。片方は普通の子のように見えますが、実は栄養失調の重症の状態です。一見健康な子と区別がつかないのですが決定的な違いがあります。それはこの子たちはあやしても絶対に笑いません。栄養失調で食欲もありませんし、元気もないし笑う余裕もないという感じです。
マラウィは貧しいのでプランピーナツを買う余裕がなく、栄養失調の子供には栄養治療のミルクを飲んでもらいましたが、栄養失調の子供は飲む元気もないので、鼻から胃に入れたチューブにミルクを注入して与えます。1週間ぐらいで元気になり自分でスプーンを持って食べるようになります。
栄養失調病棟の死亡率は26%で、入院してくる子の4人に1人は死んでいく計算になります。死んで行く子のHIVの陽性率は高く、これは母子感染が原因なのでそれをどう予防したらいいかということに今後焦点が当てられてくると思います。
マラウィでの栄養失調の原因として、「HIV/AIDS」・「食生活、文化」・「多産」・「貧富の差」・「下痢、寄生虫疾患」が挙げられます。
■栄養失調の原因と解決
栄養失調の原因としては、「自然災害」・「病気」・「紛争」・「慢性的な貧困」・「経済の低迷」・「食糧価格の高騰」・「文化、生活習慣」がありますが、これ以外にもいろいろな問題が複雑にからみあっていて、結局これらを解決しない限り根本的な解決にはならないと思いました。
背景に様々な問題がある栄養失調に対して自分は治療者としてどう取り組んだらいいのかと悩みながら日本に帰国して実家に行くと、母の本の中に犬養道子さんの『人間の大地』(1982年)がありました。それによると、「栄養失調の原因というのは人工的に作られたもので、それは意外に身近に存在するのではないか」とあり、最後に「繁栄と豊かさにおぼれた私たちは、世界の飢えた子どもたちの死に手を貸していないだろうか」と書かれていました。
栄養失調のもう一つの原因に「食糧分布の不均衡」があります。世界の食糧生産総量は十分ですが貧しい人には食糧は行きわたっていません。豊かな国は食糧を捨て過ぎていてまた食糧を輸入し過ぎているという事実があり、その原因は先進国側にあり、被害を被っているのは途上国の人ということです。
実際に活動してきて、それが本当に現地の人たちの役に立っているのかと疑問に思うことがたくさん出てきました。私は今年の9月からイギリスの大学院で国際小児保健を勉強できる機会を得ましたので、しっかり勉強してこようと思っています。最後に、途上国の生活はやはり大変でしたが、その中でもすばらしい仲間たちとの出会いがあったから頑張ってこられたのだと思っています。国籍とか民族とか宗教とか全く違う人たちが集まって同じ目標に向かって一緒に働いていたという経験は、私自身をとても大きく成長させたように思います。彼らとまた会える日を願いながら私も日々頑張っていこうと思っています。
ご清聴ありがとうございました。
■質疑応答
○Q ご自身の食事とかはどうだったのでしょうか。それから日本人のしかも女性で行かれたのは大変珍しいのではないかと思うのですが、医療団はどこの国の人が一番多いのでしょうか。助ける側のお話をご紹介ください。
○赤羽 ご飯とパスタは手に入るので、それにトマトと玉ネギとジャガイモを煮込んだソースを掛けて食べていました。それから首都から来客があると、生野菜を持ってきてもらって食べることができました。
「世界の医療団」はフランスの組織なのでやはりフランス人が一番多かったです。男女の比率は女性のほうが多いです。日本人では男女は半々でしょうか。男性は1度行かれてもやめられる方が多かったです。一家の家計を支えている方には続けにくいという傾向があります。
○Q 写真を見て、皆さんが非常に笑顔で写っていらっしゃるなと思いました。日本とアフリカを比較して、待遇とかではなく医療の原点とか志という意味で、どちらが環境としていいと思われますか。それから、日本では親の虐待やネグレクトの問題がありますが、こういう環境ではどうなのでしょうか。
○赤羽 医療の違いというのはなく、やることは一緒です。ただ一番大きな問題は、現地では患者さんと通訳の人を介さないといけないので、そのワンクッションが私にはたびたびストレスに感じられました。でも途上国での医療というのは、いろいろな国の人が集まって一つの目標に向かっているので、日本と違って利害関係もなく自由に意見のぶつけ合いができると感じました。ネグレクトの問題はやはりあると思います。子供が多いのでお母さんは子供を可愛がれないのです。弱くて小さくて自己主張しない子供というのは無視されます。それはネグレクトの一つではないかなと思います。
○Q アフリカは、ある意味では地球上で一番困難が集中している地域だという気がしますが、最近の世界の動向の中でのアフリカの未来について何か感想があれば伺ってみたいと思います。
○赤羽 アフリカは歴史的に先進国の植民地でしたので、エチオピアもマラウィも結局先進国のビジネスの土壌になっているというのが私の印象でした。そしてわずかですがそれで利益を得る現地の人もいて、だから貧富の差が広がってしまうのではないかなと思いました。
それからアフリカの紛争の原因の一番は民族紛争なので、国が一丸となる動きは難しいと思いました。これは単一民族の日本で育った私にとっては全く思ってなかったことでした。
○Q 赤羽さんの活動は大変大事でぜひ広がってほしいと思いますが、ただ世界的には砂漠化の問題や水資源の問題という大きな動きがあり、また現実的には貧困や病気や衛生状態の問題があって、ご自身がやっていらして、たったこれだけしかやれないというむなしさを感じられるのではないかと思います。その辺りのお考えをお聞かせください。
○赤羽 これはみんな感じている問題だと思います。今日50人の患者さんを診ても結局10年後には多分また50人の患者さんが来ると言われていて、私たちの活動は意味がないことではないかという思いは常にありました。ただ目の前の患者さんがよくなると感謝され、そのときの医療者特有の満足感というのは確かにあります。今、私は理想的な国際協力とは何だろうと考えていますがまだ答えは出ていません。言いにくいのですが、このように先進国がお金を持って現地で活動をするというのは、逆に現地の人たちの混乱を招くのではないか、本当に意義があるのかなというのが私の最近の考えです。
○Q エチオピアのようなところでの危機管理で肝要なポイントは何でしょうか。
○赤羽 まさかと思うようなことが実際に起こり得るということを認識して覚悟して行くということだと思います。そしてできる限り自分なりに対処法を考えておくということです。今はいろいろな国際機関のガイドラインがあり、UNHCRなんかが定期的に講習をしていますので、参考にして万が一に備えておくことがとても重要なことだと思います。
○Q 内科のクリニックを開設しています。先生のようなお仕事をなさっていると、やはり医療者としての感覚が少し変わってきて、日本に帰ってきて仕事をするときにギャップをお感じになると思うのですが、その辺りをお聞きしたいと思います。それから、途上国から帰ってきたときのデメリットと行って得られた貴重なものを教えてください。そしてもう一つは、年を取って現地に行くのは体力的にどうなのでしょうか。
○赤羽 日本の医療だとたとえ治らない病気でもとことん治療しますが、途上国では薬も設備もないのでそういうことがないというのが大きな違いだと思いました。そして日本で感じたことは、日本の医療は無駄が多く、医療側が出すごみの量が多すぎるということと、日本は検査のし過ぎだということでした。
途上国でしか得られないものについては、医療のレベルが違い過ぎて一般的な医師として行くと得られるものはあまりないと思います。ただいろいろな人と出会えて、人間としては成長できると思います。
年を取ってから行くことについては、JAICAでもシニアボランティアの方が海外でたくさん活躍されているので、モチベーションさえあれば大丈夫だと思います。
○Q エチオピアの大学病院を受診した小児の死亡率は数字で出ているのでしょうか。私も以前ナイジェリアで調査をしていたのですが、そこでは迷信によって小児が殺されるのです。医療はシャーマニズムで、当時のナイジェリアでは祈祷師が中心の医療が普通に行われていました。そういう迷信をやめさせることも大事な活動かなと思います。エチオピアではそのような具体例はありましたでしょうか。
○赤羽 病院での小児の死亡率は、子供1,000人に対して119人が死んでいくというデータがあります。ちなみに日本は4人です。祈祷師については、エチオピアでもマラウィでも彼らは医者以上に信頼されていて社会的地位はとても高く、病院に行く前にまず祈祷師のところに寄って、治らないから病院に来るという逆の順番になっていました。このような問題の解決にはやはり現地の人が主導でやらないと難しい点があり、私たちだけで解決できる問題ではないように思いました。
○Q 赤羽さんは政府とは関係の薄い組織で活動されていたわけですが、逆に日本のような先進国はそのような問題にどのように対応していけばいいのかを教えてください。
○赤羽 あの場所は紛争地で危険なので、日本人の技術協力の実現は難しいと思います。唯一できることはお金の援助ということだけかもしれません。
○司会 それでは箱島会長からお言葉をお願いいたします。
○箱島 大変に優しいお顔と優しいお言葉でお話しくださいましたが、その内容は大変にすさまじいものでした。途上国の貧困や栄養失調のバックには、部族抗争やゲリラの跋扈(ばっこ)、あるいは先進国のマーケットや資源の争奪の修羅場の現場になっているということがあり、この間のギャップの大きさを考えると人間として非常に重い問題だと思いました。
今日は改めて最近の若い者はすばらしいと思いました。同時に修猷館の卒業生として大変私は誇らしい気持ちになりました。ありがとうございました。
(終了)