第566回二木会講演会記録

第566回二木会講演会(平成22年5月13日)
テーマ:『待ったなしの地球環境問題』

講 師:馬奈木 俊介氏(平成6年卒)

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IMGP4286s.JPG○司会 馬奈木さんは修猷館を平成6年ご卒業後、九州大学大学院で都市システム工学を専攻され、その後米国ロードアイランド大学大学院で経済学の博士号(Ph.D.)を取得されています。その後、サウスカロライナ州立大学ビジネススクール講師、東京農工大学大学院助教授、横浜国立大学経営学部准教授、慶應義塾大学経済学部特別招聘助教授、中国東北農業大学客員教授、フランスIESEGマネジメントスクール客員教授を歴任されていて、現在、東北大学大学院環境科学研究科環境・エネルギー経済学部門准教授、及び地球環境戦略研究機関フェロー、東京大学公共政策大学院特認准教授を兼任していらっしゃいます。
ご専門は環境経済学、エネルギー経済学、環境政策学、産業組織論だそうです。今回は環境問題の本質や必要な対策とそれに向けた国内外の動向、更には今後の方向性についてご講話いただきます。


■馬奈木俊介氏講演

○馬奈木 環境問題や資源問題がある中で、どういう政策だと企業はより自由な環境でビジネスができるかというのを最終的な目的として研究しています。これまで中国やインドについて、また最近のメキシコ湾岸の油流出について、そして漁業の資源枯渇についてなど、いろいろな分野の分析をしています。


■温暖化の問題と影響

 私の問題意識は「温暖化」です。それと同時に原油価格が高騰していて、地球環境にいい代替燃料の開発の議論や温暖化対策の政策やビジネスの議論がより話題になってきています。
 これまでは欧米を中心にして経済成長や技術のレベルが進んできました。それがこのまま資源の限界、利用の限界を考慮せずにいると資源がなくなり汚染も出てそれに対応できず、人間は絶滅するか困難な生活を強いられるという話が、30年以上前にローマクラブの『成長の限界』という論文で出ました。これは市場の役割や技術の役割を考慮しておらず、結果的には間違いでした。資源の枯渇や資源価格の問題の中で代替の技術を考え、それがうまくいけば、技術は進み経済活動は継続できます。ただしそれがうまくいかない場合は崩壊します。
 うまくいかないケースとしてイースター島の例がよく使われます。貿易がない閉じた社会の中で人口が増え、資源を次々に使い森林も破壊し、土壌が劣化し、木が減るのでカヌーもつくれなくなり、すると魚も獲れないので食糧も不足して枯渇した森林をみんなで争い、勝った人は負けた人を奴隷にするとか、最終的には人食いの話もあり、人口も一気に減り、まさしく経済活動が一気に終わった状況で崩壊しました。これが極論的に「こうなるとまずいよ」という場合に使われます。
DSC00054s.JPG 地球のCO2濃度はこの100年ぐらいで上がっています。これは自然活動だけでは説明ができず人間の影響だということです。人間のCO2排出量に応じて温暖化が進んでいるのだから止めましょうというのが一般的な議論です。そして温暖化の将来の予測については信頼性が高いとは言えないのですが、最悪のシナリオだと破滅的な結果を迎える可能性があるので、グローバルに対応策を進めていく必要があるということです。
 温暖化の影響として海面上昇や地震や洪水やハリケーンなどがあり、近年これらの数が増えていて今後も増えるだろうと言われています。そのときに貧しい地域は本当に大変で、先進国以上にアフリカを始めとする途上国が悪い影響を受けるということです。気候変動問題は、CO2だけの問題というよりもそれに絡むいろいろな影響があるということです。
 例えば、「水資源」については、水不足の問題が出てくると、水に価値が生まれ、水の膜処理技術が普及して売れるようになるということがあります。「生態系」の問題では生物多様性の議論が出てきます。生物の多様性を保護しましょうと、COPの世界会議が今年10月に名古屋で開かれます。


■温暖化の将来予測と対策

 今後の気温の上昇を予測するのは大変難しいのですが、このまま行けば3.4度上昇するだろうと言われています。気温の上昇は避けられないけれども、それをなるべく抑えようと、今の世界全体での目標値は2度となっています。しかし現実的には、2度というのはかなり難しく、3度程度までは許容しなければならないだろうというのが私の理解です。
 CO2排出量を減らそうという動きはG8などで議論されていますが、そのまま生産活動は減らすのかという議論になりますので、本当の削減をしようとしても合意がなかなか得られません。その一方では、税金をかけてCO2を減らすようにしようという、苦労を伴わない話は簡単に同意されます。「CO2の使用量を具体的にインボイスに書く制度にすれば、実際に環境税を導入しようとするときに簡単になる」という話をしたら、すぐにマニフェストに載りました。だますわけではないのですが、みんなに負担がないようなうまい方法を考えれば話は通りやすいかもしれません。
 ここ数年で起こったことが、石油価格の上昇です。一般的には、石油価格が上がり過ぎると単価が高い太陽光発電や風力発電が普及し始めるので、石油を推進する人たちはそれほど高い価格は望みません。しかし石油価格が80ドル以上になると、現実的にはいろいろな技術がビジネスの俎上(そじょう)に乗ってくるだろうということです。長期的には石油は減っていくだろうという予測や石油価格の上昇などがあると、石油以外の代替燃料の技術やエネルギー効率を上げる技術が進みます。日本の企業はエネルギー効率を上げるという目標に対してすばらしい結果を残し、日本の技術はすばらしいという議論がありました。しかし実際には、投資も増えていて、労働、資本、エネルギー利用ということを考慮した効率性を見ると変化はなかったわけです。エネルギー効率が上がった分、資本の効率性が落ちたということです。全体を総合的に見ないとなかなかうまくはいかないということです。今はまだ環境政策には多くのサクセスストーリーというのがありません。
 その一方でグローバルな問題ですので、南北問題が入ってきます。今、先進国の政策的な興味はエネルギー問題や環境問題ですが、その一方で、現状の問題として南北問題があり、途上国の貧困層は救われないままでいます。 
 今のCOPでの議論の仕方は全員一致を原則としていますが、この方法はいずれ変わらざるをえないと思います。それこそ国連のように常任理事国をつくり、そこは全員一致が必要かもしれないが、それ以外の世界180カ国以上の国々については3分の2の合意でいいというルールの変更がない限り、温暖化の明確な削減目標というのは今後できるはずがありません。昨年12月にうまくいかなかった理由もそこです。

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■政策の流れ

 1997年の京都議定書では、温室効果ガスの削減を、日本は6%、アメリカは7%、ヨーロッパは8%という目標にしました。CO2削減については、日本は雑巾を絞り過ぎてもうこれ以上削減はできないと言われています。そこで簡単に削減できる国が削減するのが大変な国の削減に手を貸し、そこで削減した分をカウントしましょうという議論が出てきました。これが基本的な排出権取引のルールです。批判も多いのですが、CO2は世界全体で考えなければいけない問題ですから、世界全体として安く済めば皆がハッピーです。これが導入されたのが97年の京都議定書です。それを先進国と先進国ではなく、先進国と途上国でやった場合はCDM(クリーン・ディベロップメント・メカニズム)と言われていて、実際に中国は先進国から資金援助や技術をもらい大幅に温室効果ガスを削減し、そこで新しいプラントを手に入れました。
 どのくらいCO2排出を削減すればいいのかを考える際に必要なのは、経済成長の予測です。普通の経済発展を想定して考えると、このまま先進国が頑張り、途上国も途中からある程度頑張ってもどうしてもCO2排出は増えます。半減なんか程遠いのです。そのときの炭素に対する価格付けは1トン当たり30000円程度となっています。あまり経済成長しないシナリオだと、先進国が頑張れば低い目標を達成できますが、1トン当たりの炭素の価格が2020年には430ドルとなります。40,000円以上です。5年ほど前に環境省で出した炭素税は1トン当たり2,400円程度でしたので、この場合はかなり炭素の重要性が増すということです。温暖化に伴う経済損失は7%程度と考えられますので、CO2削減の経済的価値は今後高まることは間違いありません。CO2削減のビジネスチャンスや政策的な重要性は上がっていきます。
 今後、CO2排出量が増えていけば、環境規制、炭素税、排出権取引が出てくると思われます。そうなると生産コストが上がるので、技術開発を進めて生産性を上げ経済成長が遅れないようにするでしょう。規制が厳しくなることで技術開発も進むかもしれません。日本は環境とエネルギーに関してはトップの技術レベルを持つ分野が多いのですが、現実ではコストの問題などがあって有望視されている技術でもなかなか難しいです。
IMGP4250s.JPG そこで出てくるのは、既存の技術でもう少し技術開発を進めようということです。風力発電はかなり古くからある技術ですが、大型化することで対応しようとしています。同様に太陽光発電も大規模化して導入されれば、うまくお金が取れます。
次に、今後どうなるのかということです。先進国が途上国のインフラ整備に次々にお金を出すというのが今のはやりです。ただ問題点はそれが国の補助金の場合が多く、今はどの国も財政が厳しいので、いつまでも続かないということです。日本の太陽光の普及は世界一でしたが、補助金の終焉(しゅうえん)と共に一気にドイツに抜かれ2位になりました。日本では今、1回やめた補助金を復活させてまた太陽光発電を普及させようとして今は伸びてきています。しかしまた予算の限界とか値段が思ったようには下がらないとかいう理由で、今の伸びがなくなり終わる可能性があります。
効率という考え方では、補助金は一番効率が悪く、一番効率がいいと考えられている環境税と排出権取引の二つに比べて非効率性が2倍ということです。ですから補助金ではなかなかうまくいかないだろうと考えられています。大事な点は、炭素税の制度が導入されれば、資源価格と同様に炭素にも価値が付くことになり、それで市場が決まってくるということです。


■各業界の現状

 一例として、今、水ビジネスが話題になっています。バーチャルウオーターという言葉からもわかるように水が重要になってきていますが、気候変動などもあって水利用の将来は厳しくなっています。水処理技術というのは1970年ぐらいからあったのですが、環境規制が年々厳しくなる中で企業が頑張って水ビジネスが出てきたのです。つまり技術開発が進んだということが前提ではあるのですが、環境規制と価格の問題に対応してきた中から水ビジネスが出てきたということが言えます。
 船舶の場合は、エネルギー利用に伴うCO2排出量が問題になりますが、それはまだ規制の議論には入ってきていません。一般的には、船舶業界にまでCO2規制が入ったら莫大なコストがかかるために船舶業界は複数つぶれるだろうと言われていますが、われわれの計算では、あまり影響ないだろうということで、基本的にはCO2規制に賛成したほうがいいだろうと言えます。
 それと違って日本の漁業はうまくいっていません。今、石油が減ってきている問題がありますが、漁業の世界でも魚が減ってきていてそれについての対応はなかなかうまくいっていません。しかし海外では、組織として持続可能な漁業のやり方に取り組んでいて、うまくいっています。今後、日本の漁業は、CO2規制と同じように排出権取引のような仕組みや税金を導入するとかの抜本的な取り組みをしない限り、厳しいと言えます。
 最後に自動車の話です。今ハイブリッドの自動車が売れていて、次にプラグインのハイブリッドという新しい技術が出てきています。そして電気自動車や燃料電池自動車が話題になっています。このような中、例えば電気自動車の充電の問題が出てくると、道路自体も変わらなければならなくなり、そこにインフラの問題が出てきますし、また関連する土木や情報関係の業界なども影響を受けるようになります。
 都市の在り方としては、東京のように公共交通がかなり普及している都市は世界でも珍しく、世界のトレンドは自動車化社会に向かっています。その中で、自動車をどう考えるかということです。それはインフラも含めた複数の視点で考える必要があり、そこに資源の問題やCO2の問題が出てくるということです。
 自動車業界というのは、車をつくるときの鉄鋼、化学品、アルミ、そしてそれを実際に売るディーラー、用品販売、ローン、自動車保険、メンテ、技術レンタル、中古車販売というたくさんの業界があり、これらはお互いに価値がつながっています。ですから自動車業界の今後については、それを1業者だけで考えるのではなく、お互いの影響も考慮した全体像をうまく数値化できれば、政策がそれに乗りやすいだろうと、私たちは研究室でそのような状況を考慮したビジネス提案を進めています。


■質疑応答

○Q 私は今後の路線としてはもう原子力と水素を使うしかないと思っていて、その場合に一番大きな問題は、世界の人間を賄えるぐらいの水素をどうやってつくるのかという話になると思います。これは非常に深刻になると思いますが、やり方によっては可能な話だと思っています。そのような少し先を見た話を簡単に聞かせてください。

IMGP4246s.JPG○馬奈木 水素の議論は面白いのですが、現実にはコストがかかります。現在はそれぞれの業界が個別の技術でコスト削減の努力をしていますが、供給側と利用側の両方を見て、そしてインフラ全体の計算をしているわけではありません。それを解決することによっていい解が見つかる可能性があるというのが私の理解です。
 そして原子力発電については、日本での普及はなかなか難しいところがあります。今後の建設プランはあるのですが、運営管理やメンテのやり方を海外に輸出していくかたちのほうがいいと思うのです。CCSもこのやり方です。
 世界全体で見た原子力やCCS、そして水素または電気自動車という話の中で、長期的に見てどれがうまくいくかというのはとても重要になります。最終的に出てくる技術が何かというのはわかりません。当面はそれこそ原発関連や鉄鋼のプラントから副生産として出てくる水素を使うとか、いろいろなやり方を試しながら実験を進めていくしかないと思うのですが、水素の可能性は非常に大きいと思います。

○司会 最後に箱島会長、よろしくお願いいたします。

DSC00104s.JPG○箱島 馬奈木さんは平成6年の修猷館卒業です。多分平成の卒業生が講師を務めてくれたのは初めてではないかと思います。今日、私は日産自動車の厚木センターで電気自動車に試乗してきましたが、そこで説明してくれたのは、昭和61年の修猷館卒業生でした。日産自動車が社運をかけた電気自動車の大プロジェクトの先頭で活躍しているエンジニアでした。この二木会ではこれからまたこのような若い人たちにも、どしどし講師を務めていただきたいと思っています。
 環境問題はほんとに訳がわからない部分があって、そこで総論と各論が大いに会議して、一方ではそのうちまた氷河時代になるとか、また温暖化なんていうのはうそだよという安心させるような話もあったりします。しかし現実には、「ちょっと最近地球はおかしいぞ」とそれぞれ皆さんがお感じになっていると思います。確かに数百年後にならないと「こういうことだった」ということは証明できないのかもしれませんが、このことはやはり放っておけない大問題で、総合的に取り組む必要があると思います。
 この問題を総合的に理解するためには、工学と経済学を修め、日本のあちこちの大学でも教鞭を執って、そしてアメリカやフランスや中国にも活躍の舞台を広げておられる馬奈木さんが、これからますますこの重要な問題についてリーダーとして活躍なさることを心から願っています。どうもありがとうございました。
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