第561回二木会講演会(平成21年11月12日)
テーマ:中国・アジア域の成長発展と日本の役割
講 師:鈴木 純氏(昭和45年卒)
○紹介者 出納 克彦氏(同期) 私と鈴木君は、高校1年に入学したとき出納、鈴木と学籍簿が続いていて、それ以来ずっと仲良くしています。彼は慶應大学の工学部に推薦で進学しましたので受験勉強をせず皆に羨ましがられていました。高校時代から非常にバランス感覚のいい男で、また人生を楽しむ感覚も非常にあります。この前修猷館が選抜のラグビーに出たときに、役員でありながら仕事をしっかり休んで熊谷まで母校の応援に来ました。彼にはそういう面もあります。
今の紹介を聞かれた方は、私が受験勉強もせずに安易な道を選んだ軟弱なやつと思われていると思いますが、そんなに外れてはいないかと思います。
今日は、私が担当しています中国・アジア関係のお話を、微力ながらやっています私どもの会社の仕事を通してお話をさせていただきたいと思います。
■はじめに
先週の日本経済新聞にありましたが、ASEANと日中韓を合わせた東アジア経済が来年ユーロ圏を超えるということです。そしてそれだけではなく、2014年にはアメリカにも追いつき世界一の経済圏になるということです。ただしこの見通しには、中国がその成長を牽引し、その反面日本の存在感が低下するというコメントがあります。それが何によるかというと、1点目は「人口及びその構造変化」ということです。2004年をピークに日本の人口は低下の方向に向かっており、また満15歳から64歳未満の生産年齢人口が15年前からもう減少に至っています。2点目は「国際社会でのアイデンティティ低下」ということです。かつての経済成長期の日本のイメージが強烈だったということと昨今の新興国の成長があって、相対的にアイデンティティが希薄になっているということが言えます。そして3点目は、個人も社会も「目標不在」になっているということで、これは私が個人的に一番懸念していることです。
中国に関するこの1カ月ぐらいの直近ニュースを挙げてみます。まず「中国車の生産1000万台突破、日本を抜き世界一に」です。二つ目は「上海証券取引所の売買金額、東証を上回る」です。三つめは「深圳証券取引所に新興企業向けのベンチャーボードが開設」です。それから10億ドル以上の個人資産を持っている「中国の富豪数、米国に次ぎ、世界第二位に」という話です。それから去年からの金融の国際危機から低下傾向にあった「海外からの対中国直接投資額が11か月ぶりに8月から上向き基調に」変わったということと「主要70都市の不動産価格も上向いている」ということです。
これらの内容を少し説明します。中国のGDPはもう世界3位の位置にあり、今年も8パーセント前後の成長がほぼ確実で来年には日本を追い抜くということです。アメリカの研究機関の中には、中国は2025年にはアメリカのGDPさえも追い抜くという予測をしているところもあります。
ここのところの人件費の上昇で高付加価値製品にシフトしています。鉄、テレビ、携帯、パソコンというのが既に世界1の生産量を持っていますし、シェアも4割から5割という相当すごい数字になっています。
これからはマーケットとしての中国も世界中から注目されています。中国の中流世帯(年間所得が5?20万元、日本円だと70万?300万弱)辺りが一番購買意欲が高く、沿岸部に比べて遅れている内陸の主要都市でこのクラスの世帯が5年以内に4,800万世帯出てくると言われています。これは日本の世帯数とほぼ一緒です。
それから「資本市場の拡大」です。売買金額についても2015年辺りには東証を超えられるのではないかと見られています。
昨年は北京オリンピック、来年は上海万博ということで、北京、上海はもちろんですが地方都市でも都市開発やインフラ整備が急ピッチで進んでいます。例えば北京・上海の新幹線は2012年に完成だそうで、現在、鉄道で12-13時間かかる北京・上海間がこれで一気に5時間になると言われています。今の中国は、人にしても貨物にしても需要の4割ぐらいの供給量しかないというのが実情で、中国のインフラ整備の中でも鉄道は最重点分野と言われています。
上海の長江、昔で言う揚子江の沿岸地帯に上海地区の交通ハブの計画があります。浦東という国際空港と虹橋空港という国内線のハブ空港があり、こちらと新幹線の鉄道駅がすぐそばで、成田のそばに新幹線の東京駅があるようなイメージのものの計画が進められています。
「人的資源」は中国の発展の鍵になっています。13億人の人口という数だけが印象に残るのですが、実はレベルの高い大卒が250万人います。これは日本の約4倍でインドと同じくらいです。そのうち、これからの成長の鍵となるIT人材、情報工学系の技術者が80万人います。それに比べ日本はわずか2.2万人です。彼らは本当に優秀で、向上心とハングリーさを持っていて中国の成長・発展を支える大きな存在になっています。
ベトナム、インドでもニュースを探してみると中国と大体同じようなことです。中国は国際金融危機からリカバリーしてもう成長の軌道に乗りつつありますが、ベトナムもインドもほぼ同じような動きになっています。
インドというのは農業国で、米、小麦は世界第2位ですし、本来は農業で有名だった国です。1991年にアジアの通貨危機があり、そのときに社会主義から大きく舵を切って経済開放に向かいました。それまでは、農作物が豊作か不作かということが経済成長とほぼ一致していたのですが、その後の経済開放で外資の導入緩和等を進めて、農業の指数にかかわらず経済成長が軌道に乗りつつあるということです。
外資の進出については、韓国のラッキーゴールドのLGインドがもう既にインド最大の家電メーカーになっていて売り上げは1,700億円規模ということです。中国も市場としてのインドを注目していて、パソコンとか白物家電でかなり力を入れています。そしてインド自身の企業もここのところ欧米市場での資金調達を増やしているそうです。
一方で消費マーケットとしてのインドも、タタの10万ルピー小型車によって自動車の購買等に火がついています。また都市部のサラリーマンを中心に携帯を持つ人も増えていて、これも来年には4億台になるということで大変なマーケットになってきています。
中国と同様にインドも人的資源大国です。人口は既に12億人で中国に次いでいますが2030年ごろには中国を追い抜いて世界一になると言われています。人材供給力という意味で、大卒の人数やIT系の人数についても中国と同様です。
ベトナムについては、「革新」を意味するドイモイ政策で、改革・開放が進んでいます。日本も相当な貢献をしていますが、ODAと外資を呼び込んで工業化・近代化への道を進んでいます。
日本のメーカーの生産拠点としては、当然中国が筆頭なのですが、ベトナムの存在感がどんどん上がってきています。人口が増えていてコストがむしろ中国よりも安いということ、農業国なのでまじめな国民性というところが注目されているところです。
ベトナムでもハノイ、ホーチミンでそれぞれ高層ビルが建つ予定になっています。また東南アジア初の原子力発電所や、中国と同様にハノイ・ホーチミンを結ぶ新幹線も予定されています。
ベトナムの人口は8,400万人で、しかもベトナム戦争の関係で平均年齢が若く30歳以上の人口が半分だということです。今はまだ第一次産業が中心ですが、このところ第二次、第三次産業の人口が急成長しています。
その他のアジアの新興国と言われている、日本のすぐ後を付いてきた国についてご紹介します。
韓国は部品輸入とか特許権の使用料で日本に大変なお金を払ってくれている国です。対日の貿易赤字や最近のアジアの経済危機等でウォン安になっていて苦戦をしていますが、一方で非常にたくましく、サムソン、ヒュンダイ、LG、製鉄のポスコ等国際競争力のある企業を輩出しています。羽田のハブ空港構想が話題になったときに、知らない間にインチョン空港が日本の各空港にどんどん路線を広げているという話が出てわれわれも驚いたのですが、世界の国際空港ランキングで5年連続世界一になっている評価の高い空港なのだそうです。
台湾については、中国とは政治的には非常に難しそうですが、産業や社会の近代化という部分では中国人の同胞としての深いかかわりがあります。
シンガポールは、規模も小さく資源とかにはほとんど恵まれていないのですが、1人当たりのGDPは日本を超えています。それからハブ空港としては、インチョンと同じようにチャンギ空港があります。またF1の誘致を成功させたり、来年にはアジア最大のカジノ建設が予定されています。
その他、インド、ベトナムよりも既に近代化が進んでいる、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンという国が控えています。
■さらなる成長への課題
中国で言われているのは、一つは沿岸部と内陸部の地域間格差です。北京とか上海を含んだ沿岸部の東部地域は、面積的には10パーセント、人口は35パーセントですが、GDPは60パーセントということです。これからは可能性を秘めた内陸部がむしろ伸びていくということで、これを格差問題と捕えるか内陸部の人間の向上心とかに視点を置くかで随分話は変わってくると思います。
それから農民と都市生活者の地域内格差というものも言われています。それぞれの所得の推移を見てみると、農村部ではなかなか伸びず都市部はどんどん伸びています。
資本市場に関しては、まだ整備されていない部分が多く、まだ株式が中心で、債券というマーケットはまだほとんどできていませんし、証券の取引、株の取引も、現物取引のみです。それから外国での投資というものを今まだほとんどできないでいる状況です。そういう意味での資本市場の発展についてはまだこれからだということが言えると思います。
成長が非常に急速であるということと投資が加熱しているということで、これは日本がたどってきた道ですが、公害等の環境問題やエネルギー浪費の問題があります。併せて、去年の四川の地震がありましたが、災害に対しての対策も復旧等には時間がかかったということがあります。
ビジネス面では、ここ数年日本でも意識が高まっている情報機密保護や知的所有権の問題が出てきています。これからグローバル企業になっていくためには避けては通れない課題だと思います。
それから、今までは強みであったコスト競争力が、もう既にベトナム、インドにかなり追い上げられています。それから、人口は増えているのですが、労働力人口はもう2015年からは減少するということです。日本がたどった道をゆっくりとフォローしているかたちだと思います。
インドは、広い国土に人口がばらばらに拡散していますので、本来は都市の間を結ぶインフラが重要なのですが、恒常的な財政赤字があり、まだまだ整備されていません。それから、だいぶ自由化が進んでいる外資規制についても、流通分野に関してはまだまだのところがあります。そして中国と同じように豊かな北と貧しい南という南北格差があります。それから州ごとに違う税制や法体系があり、国内での物品の流通や取引がままならないところがあります。
それからインドでは、識字率は65パーセントだそうです。皆様はインドは英語が通じる国という印象を持たれていると思いますが、英語がしゃべれる人は大体1割ぐらいだそうです。また民主化が急速に進んで権利意識が高いということで、インドの場合は労働争議も大きな課題です。数学が強い国民ですので非常に論理的で理屈っぽく経営側も説得に苦労するのです。
ベトナムについては、GDPがやっと1,000ドルを超えたくらいで、ASEAN諸国の中ではむしろ一番後発です。ベトナムも国有企業の民営化を今進めています。資本市場については、これから非常に有望ではあるのですがまだまだ整備されていません。ベトナムにとって中国は、パートナーでもあるけれどもまた競争相手としても相当に意識している存在だと聞いています。
■日本への期待と果たすべき役割
1点目は「投資」です。直接投資、ODA等で日本がベトナム、インド、中国から期待されているのは「とにかくお金を出してくれ。お金がほしい」ということです。
「技術」に関して、製造技術、特に品質にかかわる高度なもの、インフラに関するもの等は日本に大いに期待されているところです。それから成長が非常に急激であることで、環境問題や公害、エネルギーのロスに関しても日本がやることはたくさんあると思います。
「育成」の観点では、直接の人材育成というのもあるのですが、オフショア開発とかで仕事を通じて育成するという観点もあると思います。それから都市についてもただ単に高いビルを建てるとかだけではなく、都市を運営するノウハウについても日本ができることはたくさんあると思います。資本市場についても日本はむしろ複雑になり過ぎているものもありますが、それでもいろいろな経験をしていますので、それを伝え育成できる世界があると思います。
「知恵」という観点では、日本の防災技術、情報セキュリティー、それから知的財産など、これらは新興国がグローバル社会の中で存在感を高めていく中では必須のものだと思います。日本はこれらについてもおそらく道しるべの役割が果たせると思います。
それから日本自身の「経験」です。日本が高度成長からバブルではじけ成熟したものが高齢化に向かっているということが、中国でももう数年後に確実になってきています。インド、ベトナムでもいずれはということもあります。日本の経験がこういうところで生かせるのではないかと思います。
最後は「運用」です。日本の個人金融資産は1,400兆という膨大なものでこれがまだ眠っています。資本市場が整備されていけば、残念ながら恐らく日本の企業に投資するよりはインド、ベトナム、中国の企業に投資したいと考える人も出てきます。個別には難しいかもしれませんが、ETFとかいうインデックス投資などで投資ができて、それがアジアの国々の発展にもつながるということがあると思います。
■野村総研の取り組み
まず会社の概要です。野村證券調査部と野村證券電子計算部というそれぞれ40年前に独立してできた二つの会社が1988年に合併して2001年に東証に上場しました。
仕事の特徴は、ナビゲーション・アンド・ソリューションということです。 今日の話に通じる具体的なことでは、日系企業さんが中国・アジア域で活動されるときにその企業運営を支えるシステムソリューションを提供しています。コンサルティング、防災の観点での支援、それから地方都市の市民カード導入支援、それから証券・資本市場の育成、オフショア開発などです。私も担当してもう2年近くになるのですが、お金を使うというかこちらから人を行かせてする仕事は「いいことをしていただいた」と喜んで評価してもらえるのですが、お金をいただく仕事はまだ少なくて、お金をいついただけるようになるのか、いただいてそれがちゃんとそろばんに合うようになるのかというのは、私に残された会社生活ではほとんど不可能なので、少なくとも生きているうちに何とか花を咲かせてくれたらいいなと思っています。
最後にアジア地域の発展ということで、これからはアジアのそれぞれの国の強みを生かして一緒に成長するモデルを考えていきたいと思っています。中国、インドというのは将来的にはマーケットとして非常に膨大なものがあります。ASEAN地域は生産の拠点として非常に優秀な可能性を持っています。これからは日本がリードするというよりは、むしろ裏方に回ってもその連携を進めてやっていくやり方が必要なのではないかなと思っています。
ご清聴ありがとうございました。
■質疑応答
○Q中国は隣国ですから日本がきちんと付き合っていかないといけないし、それは大変なことだと私は思っています。日本は日本の基軸をしっかり持つことが大切だろうと思います。日本と中国の付き合い方について何かお考えがあれば教えてもらいたいと思います。
○鈴木 私自身は、ビジネスの世界で中国人の方と付き合っているだけですので、政治的な背景とか彼らの本音というのはどこまでわかっているのかわからないです。われわれレベルでは国と国とで付き合うというのはなかなかできませんので、1人の人間と1人の人間として誠意を持って当たっていくことしかできないのかなと思っています。そしてそこを自分の考え方の原点にしたいと思っています。
○Q昔は日本が不景気のときに中国に部品を輸出して向こうで完成してアメリカに輸出して日本の経済が立ち直っていったのですが、今はアメリカの景気もよくないのですが、そういうのはどうなったのでしょうか。
○鈴木 私の知る限りでは、部品供給については、日本よりも東南アジアから輸入しているのが多いと思います。ただ、先端的なものは当然今でも日本から輸入しています。ただ大きな構造の中から言うと、今は中国の中で原材料も部品も全部一貫してつくれてしまいます。先ほどお話しした沿岸部、内陸部で言うと、内陸部がそういう部品供給の基地になっています。ベトナム辺りが中国をライバル視するのはその辺のこともあると聞いています。
最近台湾の財界トップの方と交流があり、アジアでのビジネスで「合弁をつくるときに1対1は絶対にいけない」と言われました。つまり例えばNRIと現地企業が1対1でやるといつ引っ繰り返されるかわからないということです。「もし合弁をつくるのだったら、例えば韓国とか台湾とかと合わせたかたちにするとか、第三者を必ず付けなさい」ということを言われました。
○Q中国は軍事費の増強が進んでいます。この状況が中国の今後の経済成長に及ぼす影響をぜひご指導いただきたいと思います。
○鈴木 大変申し訳ないのですが、私の専門外のご質問です。ただこれだけの経済大国になろうとしている国が、世界の大国として歩んでいこうとしているのだろうかと思います。抑止力とかけん制力という意味はあるかもしれませんが、実際はどうなんだろうなと思います。
○司会 ありがとうございました。最後に箱島会長お願いいたします。
○箱島 中国、インドを中心とするアジアの交流について現場感覚を踏まえて興味ある話をしていただきました。アジアは来年にはユーロ圏を追い抜き、5年後にはアメリカも抜くという話でした。そうなるとこれが世界の軍事、政治、社会にどのような影響を及ぼすのか、あるいは日本の存在感がどうなっていくのか、いろいろとまた新たな疑問がわいてきました。この二木会ではそういうテーマについて館友のそれぞれの専門家を随時お招きして、皆さんと一緒にまた勉強してみたいと思っています。ありがとうございました。
(終了)