○甲畑 川崎さんは早大文学部3年のときに1年休学をして貨物船に乗ってカナダに渡ったそうです。世界を見聞しておこうという記者魂が既に芽生えていたのかもしれません。大学卒業後、西日本新聞に就職され、最初の配属は山口、その後、運動部から経済部に移り、広告局長をへて現在の社長のポストに就かれました。
■川崎隆生氏講演
○川崎 私は早稲田の文学部に5年いて昭和49年に西日本新聞社に入りました。当時は就職先に学部指定があり、文学部の就職先は、マスコミか、学校の先生か、特に早稲田では塾の教師というのが多かったです。
社長になったのが去年の6月末です。前任の多田昭重と私は、入社年次で17年違います。全国に新聞社が五十数社ありますが、17年も若返るというケースはあまりありません。新聞社は古い体質で、経営もあまり近代的とはいえません。私が社長になれた最大の理由は、新聞がこのままでは立ちいかなくなるとの意識が前任の多田社長に多分にあったからだろうと思います。
■現状
(a)国内
現在の日本の新聞は完全に構造不況業種になっていると思います。インターネットや携帯電話の普及で、1990年代半ばから新聞を読む人数は明らかに減っており、かつての発行部数を保てない状況です。経済・金融が100年に1度の危機と言われていますが、新聞界は、1872年に日本で新聞ができて137年目の今、それ以上に大きな転換期に入っていると思います。
新聞社が構造不況業種になっている最大の理由は、広告収入の減少です。ずっと新聞の収入は購読料と広告収入が半々でしたが、広告収入は10年前のバブル期の大体半分になっています。広告収入が全収入の半分だとすれば全収入は3/4になっています。広告収入の減った分はデジタルメディアに流れており、広告よりも実際のセールスプロモーションにお金を使うところも増えています。インターネットもそろそろ頭打ちとも言われていますが、携帯電話の広告収入は着実に伸びています。
デジタルメディアが席巻する中で、昔から続いてきた新聞というメディアが大きな転換点に立っています。それに対抗する動きをいくつか紹介させてもらいます。一つは、朝日新聞、日本経済新聞、読売新聞で「ANY」という連合を組み、インターネット上で各社の社説の比較が出来るようになっています。また、さらに印刷、配達などの連携も始まっています。「ANY」以外の産経新聞、毎日新聞もそれぞれマイクロソフトやヤフーと提携してニュースを出しています。国内の新聞社は購読者数・広告収入の減少に対して、一つは連携、一つはネット社会への進出で対抗していこうという大きな動きを始めています。
われわれ地方紙も同様に、「47NEWS(よんななニュース)」という共通のニュースサイトを作り、47都道府県からそれぞれ1紙ずつニュースを出しています。また、「47CLUB」という通信販売サイトを作っています。言論機関がものを売るということは今まであり得ないことでしたが、収入を確保し、新聞ジャーナリズムを守るためにはそういうこともせざるを得ない時代になっているのです。また、西日本新聞は、山口県での発行部数が極めて少なく1千部程度でしたので、3月末で発行をやめました。さらに、宮崎、鹿児島県も同様に部数は1万部と少なく、新聞配達を南日本新聞と宮崎日日新聞に委託しました。新聞社がそういう合理化をやらざるを得ない段階にあるということです。
このように、全国紙同様に地方紙もいろいろなかたちで連携が始まり、業界再編に向っていると思います。
(b)海外
海外は、日本の新聞よりもちょっと残念なかたちでさらに前を進んでいます。
皆さんもよくご存じのニューヨークタイムズは、部数は112万部と多くはありませんが、世界への影響力をものすごく持っている新聞です。このニューヨークタイムズでさえ相当の変化を迫られています。ネットへの進出を図りましたが、経営が厳しく、建てたばかりの立派な新本社ビルを売却したり、ボストン・レッドソックスの株も売ってしまいました。さらには、トリビューンというシカゴの歴史ある新聞社が経営破綻し、ロシアのKGBの富豪がイギリスのイブニング・スタンダード紙を買収しました。このような事態はいままでは決してあり得ない話でしたが、世界の新聞がそういう状況に入っているというのが現状です。
「オバマの1千万人ブログ」というのがあります。新大統領のオバマ氏の選挙はネット中心で、あっという間に1千万人規模の大統領個人のメール網が出来ました。ここで選挙資金として6百億円を集めてしまいました。また、ブロガーという5千人の管理人が、新聞社のように情報の編集作業と発信内容を決めています。これも相当怖い話だと思います。
■課題
これからの新聞社の課題の一つが「デジタル化」です。新聞社も独自にデジタル分野での情報発信をやっていこうという動きがあります。
もう一つは、ただ同然で新聞社の情報が他に利用されている点です。全国の2万5千人か3万人ぐらいの新聞記者が現場で取材し、新聞に掲載された情報を、「朝日新聞によると」、「読売新聞によると」というかたちでインターネット上に転載されています。また、毎朝のテレビでも新聞の記事を並べてやっており、それだけで新聞を読んだ気になります。私は、新聞記者が実際に価値判断をしながら現場で得た情報はかなり質が高いものだと信じています。この情報の価値をこのような状況の下どう維持していくかが、これからの最大の課題だと思っています。
企業体としての新聞社の特徴は、まず一つは再販価格維持制で定価販売が義務付けられており、価格競争が原則としてないことです。競争のあまり、安かろう悪かろうみたいな言論をやったら大変なことになります。二つ目の特徴は国際競争のないことです。株の譲渡制限があり、海外のメディアが日本の新聞界を席巻するということはありません。三つ目は在庫管理がいらないことです。新聞社の場合は、駅売りの部分は別にすると、事前に契約部数がわかっているので、在庫は大体ゼロです。価格競争も国際競争も在庫管理もない。言論を守るためとはいえ、こんなに恵まれた経営環境は他にはありません。ただ、ほかの新しいメディアがどんどん生まれており、その中で新聞の将来を考えなくてはいけません。
■展望
(a)業界内、異業種との連携と再編
朝日新聞はKDDIやJTB、テレビ朝日との連携を強めたり、「GLOBE」との紙面協力を始めています。来年4月に日本経済新聞がいよいよ有料の電子新聞を本格的にスタートさせます。これは相当新しい動きで全国の新聞社は今非常に注目しています。
(b)スーパーローカルへの道
これからは、「うちの新聞でしか書けないことをどれだけ増やせるか」が鍵になっていくだろうと思います。中央の新聞も首都圏ローカルに力を入れようとしていると聞いています。新聞は大きなニュースを知る媒体であると同時に、もっと細かくもっと身近な話をきちんと書いていくことが、今からの生きていく道だと思います。
■その他
西日本新聞は「九州思想と新聞の連携」といったことを始めています。福岡では今、経済界を中心にして私塾・思想塾みたいなことをやろうとする方が三つ四つ出てきており、これをしっかりとサポートしなければならないと思っています。地方紙の役割というのは、より細かな身近な情報の発信に加えて、地方発で物申していくことだと思っています。
最後に、西日本新聞がこれからやろうとしているのは「子ども」「環境」「アジア」という三つです。最大のテーマは教育を含めた「子ども」です。さらに「環境」と「アジア」。私どもはアジアには四つの支局を展開しており、この支局をきちんと守っていきたいと思っています。
現在、下宿している大学生で新聞を取っている人は10人に1人もいません。新聞を読んで、たとえば紙面に関心のないことが載っていても、「そういうことなの」というぐらいのことがないと困ります。今の新聞代は、朝夕刊合わせて3,925円です。僕が大学を卒業した昭和49年のころは1,100円でした。当時の家賃は4畳半で7,000円でしたので、今の家賃が70,000円だとしたら、新聞代に10,000円は出してもいいわけです。新聞を読んでいれば間違いなく大人になれると思います。そういう部分でも新聞の役割はまだあると思っています。若い人に新聞を読んでもらいたいということで今日のまとめとさせていただきます。
ニューヨークタイムズの日曜版などを見ると日本の新聞はまだまだです。日本の新聞は、質的にもっといろいろなことを掲載しないといけないのだろうと思っています。九州で縁があったらぜひ西日本新聞を購読いただければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。
■質疑応答
○土肥 例えば卒業した年の新聞をもう一度見たいようなときに何か、例えばアーカイブ的なサービスがありますか。
○川崎 過去の新聞はマイクロフィルムで全部保管されており、結婚した日とか生まれた日の新聞などはすぐ用意できます。
○土肥 私どもが卒業したときに、西日本新聞社の『修猷山脈』というのが出版されましたが、こういうネタも復刻されるとか・・・。
○川崎 今TNCの社長の寺崎さんが社会部時代に書いていた「修猷山脈」ですね。その記事が出ていたのは確か44年の段階が最後だと思います。
それ以来この40年間出していませんから、あと10年後ぐらいに50年分をまとめてやれればと思っています。
○伊佐 映像のニュースとは違い、新聞は心で味わうものですから、ジャーナリズムに流れていない、深い泉のわくような記事があったらいいなと思います。そこがやはり文字を追う喜びではないかと思うので、そういう紙面構成だったらいいかなというお願いです。
○川崎 よその新聞のことは言いたくはありませんが、日本経済新聞の文化欄はいいと言ってよく読まれています。私たちもそういう力を少しでも付けていきたいと思っています。新聞社内外からそういう執筆者を起用できるかという点あり、なかなか一朝一夕にはできませんが、トライしていきたいと思います。
○田代 放送業界の場合はスター系プロダクションとの関係でコストダウンしている部分があったり、多様な採用ができているということがあるのですが、新聞社の場合は外部の人材の活用はどういうかたちになっているのでしょうか。
○川崎 新聞の場合は情報と言論の二つがあります。情報の部分については、テレビ局ほどではありませんが、別の会社を作ってやっていく動きは出ていますが、今のところわが社では大きな動きにはなっていませんが、これからは変わってくるかもしれません。