清田くんは昭和39年の卒業で私とは執行部で一緒に運動会を盛り上げた仲です。当時はスタンドの警備と称して学校に泊り込み、みんなで酒を飲んだりしていました。修猷館というのは実にのんびりしたいい学校だったと思っています。
彼は、早稲田大学を卒業後大和証券に入社、その後ワシントン大学でMBAの資格を取得、帰国後は主に債券のトレーディングの分野を歩み、大和証券の取締役、副社長、大和証券SMBCの社長をへて、本年6月に大和証券グループ本社の取締役会長の重職に就かれました。彼は、俗に言えば出世頭の1人ですが、高校時代から変わらず謙虚で誠実な人柄で皆から敬愛されています。
今日の話は、皆様のお持ちの株や年金がどうなるかという現実的な関心からも、また資本主義の将来という知的な興味からも非常に時宜にかなったテーマだと思います。
"世界恐慌は起こるのか?"?国際金融危機と日本経済について?
■サブプライムローン問題と世界大恐慌との相違
○清田
今日は同期の人たちがたくさん来てくれていて、緊張しています。
1929年の大恐慌から79年ぶりに本当に肝を冷やすような経済の危機が今訪れたかなとお感じになっている方も多いと思います。そのときと今回の金融経済危機がどのくらいレベルが違うのか、本当にもう一回同じようなことが起きるのか、皆さんもご興味があると思います。結論を先に言うと、あれほどのことはないと私は考えています。
1.サプライムローン問題とは?
アメリカには住宅ローンの専門会社がたくさんあります。日本にも昔住専というのがありましたがもっと大規模です。この住宅ローン会社が貸したサブプライムローンの借り手というのは、実際には返済能力なんかない人たちでしたが、住宅ローン会社は住宅の値上がりを前提としてどんどんお金を貸しました。そういういいかげんな貸し方で過大な需要が起きて住宅価格が上がり続けました。
この住宅ローンは、証券化または再証券化したRMBSやCDOというかたちで売られ、お金が戻ってきた住宅ローン会社はもう一度サブプライムローンを貸すという回転が起こり、サブプライムローンが元の何倍にも膨らんでマーケットに出ていきました。しかしもともとは返済能力のない人たちのサブプライムローンが入っているわけですから、住宅の下落が始まると一気に返済不能の人が増えてきました。昨日までトリプルAの格付けだった証券化商品があっという間に暴落し投資家が巨大な損をしました。アメリカの大きな銀行は投資銀行業務もやっていてこのサブプライムローンにも関わっていたため皆巨大な損を出さざるを得なくなったというのがこの問題の基本的な仕組みです。
現在の住宅ローン延滞率は、ほかのローンに比べてやはりサブプライムローンがかなり悪くなっています。そして現在の米国の新規住宅着工件数は急激に落ちていて、ただ住宅在庫が投売り価格で転売されていますので、住宅在庫は少し減り始めたところです。
2.世界大恐慌
世界大恐慌というのは、今回と同じくアメリカが震源地となって世界中の経済が停滞しました。株価は9割下がり、失業率は最高25パーセントになり、そして実質GDPはピーク時から3割下がりました。このときに採られたのが有名なニューディール政策です。これは徹底した景気対策で、財政赤字を気にせず経済立て直しのために財政をふんだんに使うというものでした。また復興金融公社RFCを作りました。これも銀行への大胆な資金を供給するためでした。それから銀行の証券業務の兼営を禁止したグラス・スティーガル法を作りました。それなのに2000年前後にこれを廃止して銀行が証券を兼営し始め、10年もたたないうちに崩壊しましたので、この辺りはこれから論点になる可能性があります。
世界大恐慌と今回の共通点は、両方ともアメリカ発だということ。それから直前まで長期の好景気だったということ。それからレバレッジ型の投資が横行したということ。また、不動産とか株式市場など史上最高値を付ける国が続出する資産バブルが起きていたということです。
相違点としては、あの当時、国際協調体制はほとんどありませんでしたが、今回は主要な国が全部協調しています。手を打つスピードが圧倒的に速いです。それからコミュニケーションのツールや旅行手段とかが進んで意思の交換がすぐにできることもあの当時とは全く違います。
3.90年代の日本の金融危機との比較
利下げのスタートから公的資金の注入まで、日本は約12年かかっていますが、アメリカは1年1カ月ぐらいで公的資金の注入までたどり着いています。スピードが非常に速いです。それから、この危機直前に日本がバブル崩壊後の巨大な不況危機を乗り越えているだけに彼らもよく勉強していて、よく似たことをやっています。アメリカの現状は「いつか来た道」。まさに日本が経験したとおりのことをやっている感じです。
4.巨額損失続く欧米金融機関
公表されている金融機関の損失は世界合計では6,862億ドル、円に直すと大体約68兆円です。でもアメリカやヨーロッパの金融機関がすごいのは、損を発表したらすぐ増資をするのです。世界で見ると損失を少し上回る69兆円の資本調達をしています。
銀行間の金融市場が縮まる中でデレバレッジ化現象が起こり、市場最強の金融機関ではないかと言われていたアメリカの5大投資銀行が実質全部消えてしまいました。
5.流動性危機から自己資本不足へ
マーケットで、ゼロリスクの金利とリスクに合わせた金利との差で危機の不安が読み取れます。去年(2007年)の8月のパリバショック、12月のSIV不安(銀行が証券化商品を缶詰にして持って大損したことが報道されことによる不安)、それから今年(2008年)の3月のベア・スターンズの破綻、9月15日のリーマンショック。最近ではG7のころに大きく不安が広がりました。
このような流動性の危機を背景にして、欧米の銀行が頼りにしていた中近東や中国政府からの資本も出なくなっていますので、いよいよ資金調達が不足してきました。このため、日本のバブルが崩壊して一番厳しいときに日本に対して時価会計を要求したアメリカが、自分のところが苦しくなると時価会計をやめたと言い出しています。非常に勝手なのですが、大恐慌になるよりはいいというのが今世界中の投資家や当局の考え方です。
6.世界各国の主な対応
アメリカは「協調利下げ」、「公的資金の資本注入」、「銀行間取引の政府保証」、「当座預金の全額保護」、「預金保護上限の引き上げ」、「金融機関の株式購入の検討」、そして短期金融市場における「CP(コマーシャルペーパー)の中央銀行による買取り」というところまでやっています。
日本そのものはそれほど危機になっているわけではないのですが、国際協調ということで「金利引き下げ」、「自社株買い規制の緩和」、「空売り規制の強化」、「政府等保有株式売却の一時凍結」、「金融機能強化法の復活」、これは日本の金融機関の自己資本不足が起きたときの危機対応の法律を政府が今国会に出そうとしています。それから「IMFへの資金貢献の検討」、これは麻生さんが明日から始まるG20のサミットで、IMFに日本から10兆円ほどを貸し付けて金融危機に陥っている国々に対する支援の資金に使ってくれと提案するということです。そして「日銀当座預金への付利」、これは日銀が当座預金に金利を付けることによって、行き場がなくて困っている金融機関のお金を日銀がきちんと吸収する仕組みです。
ヨーロッパも「協調利下げ」、「公的資金の資本注入」、「銀行間取引の政府保証」、「個人預金の全額保護」をやっています。またG7全体としては、協調による利下げとか円高懸念の表明などを一応協調してやっています。
7.過去の危機との相違点
90年代の日本のバブル崩壊のときは、不動産価格の下落が要因で不良債権はほとんど銀行に集中しました。しかし非常に単純でした。痛んだのは銀行や企業部門で、企業の倒産もたくさん出ました。実際には産業再生機構を通じて産業と金融の一体再生を目指し、カネボウやダイエーの救済をし、りそな銀行への公的資金の注入などで金融危機に対応しました。
アメリカの今回のサブプライム問題については、やはり大体同じことをやって公的資本の注入まで来ました。あとは産業の再生についてですが、まだやられていません。
■世界経済の現状と見通し
1.世界経済
歴年で、今年の2008年12月までの経済成長見通しは予想外にもプラスです。これは、危機は進行していましたが、8月までは経済はそれなりの成長をしていたので9月15日以降のマイナスをカバーしているということです。2009年の予想はぐっと落ちます。世界の成長率予想は2.2%ですが、先進国は全部マイナスで、新興国が引っ張ってプラスになっているのです。
2.スタグフレーション懸念は後退
各先進国は消費者物価が7月ぐらいまで上昇を続けていたのですが、8月に原油価格の急落を受けて大きく下がり始めました。このあと一気に落ちていくことは間違いないと思いますので、まずインフレ懸念はなくなりました。スタグフレーションというのは、インフレの中で景気が低迷するということですから、インフレがなくなったので「スタグフレーション懸念は後退」とあります。しかし決して楽観的なお話をしているわけではありません。むしろ来年以降は先進国がそろってマイナス成長になりそうなので、新興国の成長力が世界経済全体を下支えできるかどうかが最大の注目ポイントではないかと思っています。
3.米国経済は景気減速から後退へ
ポイントは住宅価格がいつどの程度で下げ止まるかだろうと思います。ケース・シラー住宅価格指数を見ると、98年ぐらいからずっと上昇しています。サブプライムローンもこの間はうまくいったわけです。それが2年前から下がり始め、このところ急激に落ち、あとまだ15、6パーセント下がるという予想もありますからまだ安心できません。時期についても、来年(2009年)の後半か再来年(2010年)の春ぐらいまで下がり続けるのではないかという感じです。アメリカ経済が立ち直るのは、この住宅価格が下げ止まってからということになりますので、麻生さんの「全治3年」というのは案外外れていないかもしれません。
4.原油高・資源高の影響
原油や資源の価格が急激に変化しています。物価が下がることが必ずしも景気にとっていいことばかりではないのですが、日本のように食料も含めて主要な資源をほとんど輸入に頼っている国にとっては、当面の間、いいことかもしれません。そして円高もありますので、外からものを買うぶんには非常にいいことですが、しかし売るほうはかなり厳しいということはあります。
5.日本の企業業績
日本は久しぶりに本格的な減益のステージに入ってきたと思います。円高でメリットを得られる輸入型、内需型の産業はそう悪くはないはずなんですが、外需型の産業はかなり大きなマイナスを受けるのではないかと思います。
6.為替の動向
今、ユーロやドルなどほかの通貨との関係の中で相対的に円高になっているのですが、でも日本の輸入型の産業にとってはかなりコストダウンになり、一方、輸出企業は競争力がそがれて非常に厳しくなっています。
■今後の対応
日本の将来のために何をすべきか
今後の日本は、長期的に見れば人口減少や少子高齢化で衰退する可能性がある国だということは否定できません。そういう中で日本が生きていくには、金融資産をどう生かしていくかということが大切です。積み上げられた資産の有効活用で言えば、「大旦那経済」という、稼ぐだけ稼いだら小作人に畑を任せて年貢を納めて貰うというような、新興国の成長力の高いところに投資をしてリターンを得る経済への移行を考える必要があると思います。そのタイミングとしては、円高でかつじゅうぶんに資金余剰があるときにやらなければいけません。蓄積された富とか力を世界の成長のために使って、日本が得たメリットを生かしていくということが必要ではないかと思います。
日本は今、世界一の資産大国です。そして、経常収支、貿易収支、所得収支は黒字、資本収支は赤字、対外純資産がプラスで、まさに未成熟債権国というステージにあります。経済の発展段階が進むといずれ成熟債権国となりますが、もう成熟債権国になりそうな兆候があります。そういうステージにある国がやらなければいけないことは、持っている資産を生かすということではないかなと思います。以上です。
■質問・結び
○司会
大変貴重なご講演をありがとうございます。それでは会場から質問をいただきたいと思います。
Q 質問を三つです。一つは、株の売買は各人のリスクでが、会社が設定される投信というのはその会社の責任じゃないかと思いますが能力はいかがでしょうか。二番目は、リーマン・ブラザーズがつぶれましたが、債権とかを日本の野村が引き受けています。そういうのはリーマン・ブラザーズの株主に対してどのように配当されるのでしょうか、全然関係がないのでしょうか。三つ目は、大和証券も経営はよくないと思います。どのようにして今後黒字に持っていかれるのでしょうか。以上です。
A ご質問に順番にお答えします。株は自分で選んだのだから自己責任だが、投資信託は販売して運用している会社の責任じゃないかというご質問です。もし投資信託がそうお感じになるような売り方をしていたら、それが問題だと思います。今回の危機は、企業の努力や日本の国がどうしたからではなく、外からの波に対して抵抗するすべのないマーケットの変化ですから、運用そのものの結果については、投資家が納得して買われた場合にはやはり投資家の責任であるということは免れないと思います。
2番目の質問ですが、野村がリーマンに対して手を出したということですが、野村の場合は投資ではなく人を雇っただけです。ですから、野村證券は投資に対するリターンはありませんし投資金額もほとんどありません。経済的な証券だとか株だとかというものは一切関係ありません。従ってこのリーマンの雇い入れた人をどれだけ活用して収益を上げるかというところに野村證券の命が掛かっているわけです。
3番目、大和はどうするんだと。大和はやりません。既にアメリカ型のビジネスモデルとしてのインベストメントバンキングは破綻していますので、それで稼いだ人たちをいくら優秀だからと雇っても、今の証券の環境の中でお金を稼ぐことはきわめて難しいと思いますので同じことをやる気はありませんと言うしかないと思います。以上です。
Q ある程度経済学を勉強しているものですが、80年代90年代以降のケインズ経済学が死んで大学の教壇も研究者が入れ替わって、風潮としてもつい最近まで規制緩和あるいは市場原理主義と言われるのが風靡していました。ところが危機が起こって、それでやっている対策は結局はケインズ主義政策であり、国家介入であり、何かケインズ政策が舞い戻っているわけですね。こういう変化を現場にいらっしゃる皆さんはどう受け止めていらっしゃるのかお聞かせください。
A 難しいけれども大事なご質問だと思います。私見ではありますが、今の状況は、本来監視すべき監視が行われていなかったということなのだと思います。格付け会社も住宅ローン会社も投資銀行も全部いいかげんでしたし、銀行もテクニカルにかなりいいかげんなことをやっていました。これが実際には監視の目を逃れるようになっていたというところに問題があるのです。
しかし、市場原理というのがあり、これを使って最適な資源配分を行うのは正しいということは変わらないと思います。ただこれは常に行き過ぎる動きがありますので、こういう危機が起きたときに監視体制が強くなるのは避けられないと思います。民主主義は最悪だけれどもほかのどんな仕組みよりはいいという言葉と同じで、市場に基づく経済活動というのは決して完全ではありませんが、ほかの仕組みよりはいいというのは間違いないだろうというのが私の意見です。
○司会
ありがとうございます。それでは東京修猷会の箱島会長からコメントをお願いしたいと思います。
○箱島
ありがとうございました。麻生首相は100年に1度の経済危機だと言っています。大変言葉の軽い首相ですが、この点は私もそうだと思っています。今の危機をテーマにした今日の二木会には普段の2倍以上のたくさんの方々においでいただきました。このテーマで話を伺うのに、恐らく清田さんは最適の方だろうと思います。今はとても二木会どころじゃなくまさに疾風怒濤の渦中にあるわけですが、この二木会に来ていただき本当にありがとうございました。全体としてはブルーミィな話でしたけれども、未成熟債権国日本としてどういう道を進めばトンネルの先に光が見えるかということにも触れていただきました。本当にありがとうございました。
司会 箱島会長、ありがとうございました。本日は120名の会員の方に参加いただきました。それでは本日の二木会は終了とさせていただきます。ありがとうございました。