第551回二木会講演会報告

「海猿」あれこれ?愛します!守ります!日本の海
平成20年10月9日(木)
nimoku551_01.jpg牛島 清(昭和46年卒)
略歴:                  
昭和46年3月、福岡県立修猷館高校卒業 
昭和52年3月、東京大学法学部卒業   
昭和52年4月、運輸省(現国土交通省)入省
平成20年7月、第三管区海上保安本部長

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<講師紹介>S46卒(同期)鹿児島さん 

 牛島くんは、高宮小学校、高宮中学校から修猷館に来ました。修猷館では成績優秀で、書道の達人でもありました。卒業後は東京大学から運輸省に入り、平成17年に第6管区海上保安部長、また本年7月に第3管区海上保安部長に就任し、首都圏4千3百万の皆さんの命を見守ってくれています。それではよろしくお願いします。

nimoku551_02.jpg■ 海猿あれこれ

nimoku551_03.jpg○牛島
ただ今ご紹介いただきました牛島です。今日は「海猿あれこれ」という題で、話をしていきたいと思います。

1. 海上保安庁の組織

 海上保安庁は、海の上で仕事をしていますから、これまで世間一般にはあまりなじみがなかったのですが、「海猿」という漫画が(平成11年から週刊ヤングサンデーに連載され、テレビや映画になったことで知名度が上がりました。

 全国に管区本部は11あります。第3管区は、関東及び静岡県を管轄しています。管区内には、海上保安部が8、それより規模の少し小さい海上保安署が7、分室が4、その他航空基地などがあります。職員数は、陸上勤務が815名、船員が725名、合わせて1540名です。


2.領海と排他的経済水域

 領海とは、沿岸から12海里(約22?)までの海で、領土と同じように国の主権の及ぶ海域です。それより外側、沿岸から200海里(約370?)までは排他的経済水域と言いますが、ここは天然資源、水産資源などについてのみ沿岸国が権限を持つことができます。日本海側、東シナ海側のように、向かい合った両方の国が200海里ずつの線を引くと重なってしまう場合は両国で協議をして決めることになりますが、これはお互いの国益が絡むのでなかなか合意できないのが実情です。沖ノ鳥島は小さな島ですが、侵食されてなくなってしまうと、約40万平方キロメートル(日本の国土と同じぐらい)の排他的経済水域がなくなってしまいます。

nimoku551_05.jpg 日本は国土面積38万平方キロメートルに対して、領海は43平方キロメートルですので、領土よりも領海のほうが広いのです。これに排他的経済水域の405平方キロメートルを合わせると448万平方キロメートルと国土面積の約12倍となります。さらに、アメリカと捜索救助協定を結んで日本が海難救助に責任を持つことになっている東経165度以西、北緯17度以北の海域を入れると1,356万平方キロメートルとなり、海上保安庁は国土面積の約36倍の広さの海に責任を持っていることになります。また、日本は海に囲まれているというだけでなく、リアス式の海岸も多いので、海岸線は3万5千?で、赤道の9割近い長さになります。

 日本の国土面積を各国と比較すると60位ですが、領海と排他的経済水域を足した海の面積は第6位になります。それだけ日本は海が広いということです。


3.海上保安庁の業務

(1)「治安の確保」

 海上保安庁の業務は大きく六つに分けられます。

 一つ目は「治安の確保」です。テロへの警戒を要する重要施設としては、原子力発電所、米軍基地、沿岸部の石油コンビナートなどがあります。ほかに、第3管区には、葉山と須崎の御用邸が海辺にあり、天皇皇后両陛下が来られるときの警衛の仕事があります。また、海上において行われる犯罪の取り締まり、領海・排他的経済水域の警備なども行っています。領海警備では、尖閣諸島を管轄している第11管区は一番大変です。

nimoku551_06.jpg 警備関係で一番著名な事件は、平成13年12月22日に起きた北朝鮮の工作船事件だと思います。工作船に対して、音声、汽笛等で停船を命じ、次いで船首と船尾に威嚇射撃をしたのですが、それでも停船しないので、2隻の巡視船ではさみ込んで強制的に止めようとしたときに相手船から撃ってきました。これに対し、正当防衛射撃を行った結果、最終的には相手船が自爆しました。工作船が沈没したところは排他的経済水域の日中中間線より中国側の海域でしたから、中国との交渉に時間がかかりましたが、翌年の9月に海底より引き揚げました。この工作船は、現在は横浜の赤レンガパークの近くの資料館に展示されています。この船の目的ははっきりしないのですが、覚せい剤の密輸にかかわっていた疑いが濃厚です。

 海を利用した密輸事件であっても、犯罪者は陸上にいますから、警察とは一心同体で取り締まりをやっています。陸上 nimoku551_07.jpgの情報については圧倒的に警察のほうが持っていますし、職員数も全然違います。海上保安庁全体で1万2千人に対して警視庁だけで4万2千人の警察官がいます。一方、海上保安庁は全国組織ですから県の範囲を超えて広域的に対応できますし、航空機などの機動力もあります。また、やはり海の知識や能力では海上保安庁のほうが上ですので、お互い協力をして取締りを行っています。

(2)「海難の救助」

 二つ目は「海難の救助です」。荒れた海の中で、沈没しかかった船から人をヘリコプターで吊り上げて救助するなど、「海猿」で有名な特殊救難隊の活躍の舞台です。また、プレジャーボートへの安全指導やライフジャケットの着用講習をやっています。

nimoku551_08.jpg(3)「海上防災、海洋環境の保全」

この「海上防災、海洋環境の保全」としては、「地震・津波等の自然災害対策」や「油流出事故災害対策」があります。地震災害で病院などが機能しなくなっている場合に、地方公共団体と連携協力して、重傷の方を船やヘリで被害のない地域の病院に運ぶ訓練も行っています。

(4)海洋の調査

 水深を測って海図を作る海洋調査の仕事は、もともとは軍事上の必要性が高く、戦前は海軍省が担当していました。昔は錘を垂らして測っていましたが、今は船から音波を出して海底の深さを測っています。150度の範囲に1秒間に100本の音波を出して、戻ってくる時間を計ることで海底の深さを知ることができます。また、そのデータをコンピューター処理をすると海底の状況を三次元に表示することができます。

 「日本近海海底地形図」はそうやって日本の近海の海底の状況を図示したものです。日本海溝と言われる深い海があり、海山といわれる山があり、複雑な地形をしています。太平洋プレート、フィリピンプレート、北米プレート、ユーラシアプレートという四つのプレートがせめぎ合って、これらのプレートの境界付近で地震が起こるメカニズムがあることがよくわかると思います。
nimoku551_09.jpg 測量船によって海底の状況を詳細に調査できることから、この技術は、沈没した船を探し出すなど警備や救難にも役立てることもできます。

 国連海洋法条約で200海里の排他的経済水域の下の海域が大陸棚とされていますが、陸上からつながっている部分は、もう少し広く大陸棚と認めてもいいのではないかということで、国連で決められた厳密な定義に合致すれば大陸棚と認められることになっています。日本の近海でも、大陸棚を拡大することが可能な海域は相当広くあります。大陸棚にある天然資源は沿岸国が権限を持つと決められていますので、できるだけ広く大陸棚を拡大することが国益にかなうことになります。日本の場合は、平成21年5月までに必要なデータを国連に提出しなければなりませんが、海上保安庁と、文部科学省、資源エネルギー庁などがタイアップして調査を行い、提出に向けてデータを整備している状況です。

(5)海上交通の安全確保

 明治の初めに、観音崎、石廊崎、野島崎、犬吠埼、御前崎などの航海の目印として必要な箇所に、西洋式の大きな灯台が次々と造られました。この近代的な洋式灯台は、レンズで明かりを1点に集中させることによって遠くまで強い光を届かせることができます。また、大体の灯台はレンズを回転させて光を明滅させています。灯台は円筒形をしていますが、その中にもう一つ円筒があってその周りを螺旋階段が巡っているような構造になっています。この内側の円筒の中に何があるかと言いますと、昔はそこに錘が下がっていたのです。錘が重力に引かれて次第に下がっていく力でレンズを廻していたのです。錘が下まで下がってしまうと職員が螺旋階段を上っていって錘を上まで巻き上げるという作業をしていたのです。もちろん今は電気で廻っています。

nimoku551_10.jpg 次に出てきたのが電波灯台です。南鳥島には200メートルの鉄塔が建って電波を出しています。沖縄、北海道、伊豆の新島、韓国東海岸と合わせて5カ所の鉄塔から同時刻に電波を出すようになっています。各々の電波の届く時間差で、船の現在位置を知ることができる仕組みになっております。たとえば、2カ所の電波を同じ時刻に船が受信すれば、この2地点の真ん中にいるということになります。

 東京湾では、海上交通の安全確保するために、東京湾海上交通センターによる航行管制・情報提供を行っています。ここでは、レーダーに映る画像をコンピュータ処理して3分後、5分後の位置などを任意に設定して見ることができます。そして、危険な動きをしている船がいないか、などを監視しています。

最近では、500トン以上の船は、船名、大きさ、積荷、行き先などその船の情報を自動的に発信するAISというシステムの機器を積んで航海しなければいけないという国際的な取り決めがあります。レーダー画像だけでは危険な動きをしている船があっても、それが何という船かわかりませんが、このAISの情報を受信することによって対象の船に連絡して危険を避けるような指導をすることができるようになっています。

(6)海外の関係機関との連携・協力

 海上保安庁の仕事の六つ目として「海外の関係機関との連携・協力」が挙げられます。海外との関係は非常に深まってきています。外国での大規模な災害の際に日本から派遣される国際緊急救助隊には、特殊救難隊はいつも参加しています。それから、マラッカ・シンガポール海峡の海賊対策に、大型の巡視船・飛行機を派遣して、インドネシア・マレーシア・シンガポールなどと一緒に訓練などをしています。また、日本籍船であっても外国人船員が増えてきています。アフリカ沖で漁業をしている日本船の上で、台湾人と中国人がけんかをして殺人事件になったことがあります。日本船の上は日本の法律が適応されますから、日本国内で中国人と台湾人が殺人事件を犯したのと同じことになります。ガルフ?(ファイブ)というジェット機をカナリア諸島ラスパルマスまで派遣して被疑者を連れてきたこともありました。このように、現在、仕事は非常に国際的になってきています。


4.海上保安庁の船・飛行機

 第3管区には67隻の船があります。200海里制定を機に昭和54年頃に大量に大型巡視船が建造されました。建造後すでに30年ぐらいたっており、相当老朽化していますが、この頃に造られた船が、未だに全体の4割以上という寂しい台所事情です。

 また、航空機は、飛行機が4機、ヘリコプターが6機あります。YS11がまだ現役で頑張っていますが、海上捜索をするときに海面が良く見えるように、少し出っ張った窓をつけるなどの改造をしています。こういうプロペラ機は、ある程度ゆっくりしたスピードで、低い高度を飛べるので、今でも大いに使い道があります。

nimoku551_11.jpg5.質疑応答

nimoku551_12.jpg司会 ありがとうございました。広く深く海を観察し、見守り、日本の安全を守ってくださる話を聞かせてくださいました。質問のある方はいらっしゃいますか。

白木 昭和35年卒の白木です。大変興味深い話を聞かせていただき、ありがとうございました。まず1点目は、例の工作船の所有権は国際法上どうなっているのでしょうか。2点目は、海猿人気がかなりあるという話でしたが、その効果として就職の希望者が増えたとか、何か副次的な効果があったのでしょうか。3点目は、最近、北朝鮮や中国の船がいっぱい来ていますが、国防の重要性ということから、予算や人員等、国は本当に支援しているのでしょうか。

牛島 1点目の工作船の所有権ですが、国際法とは関係なく、誰も「あれは私のもの」と言ってこないので無主物ということです。2点目の海猿人気で応募者数は増えたと聞いています。3点目の予算は、平成15年が1,689億で、20年度は1,857億ですから、若干なりとも増えています。

司会 ありがとうございます。私も横浜に住んでいますので、引き揚げられた工作船を赤レンガ倉庫近くの資料館で見ました。ほかにどなたか質問はありませんか。


nimoku551_13.jpg宮川 海上保安庁の歴史をご説明願います。それから、私の時代の領海と現在の領海との解釈の違いと、領空と領海の関係。そして、北鮮の工作船は海上保安庁が逮捕していますけれども、中国の潜水艦の場合はどうなるのでしょうか。

牛島 海上保安庁の歴史は60年になります。海図を作る作業は海軍省が始めていて、明治の初めから137年の歴史があります。灯台は140年です。警備・救難は、戦前は多分海軍がやっていたと思いますが、専門的な組織としてはなかったのではないかと思います。戦後は、機雷を処理する仕事もやっていた時代がありますが、その後自衛隊ができましたので掃海作業はやっていません。

 領海については、昔は3海里という国が多かったのですが、その後、いろいろな国がいろいろなことを言っていましたが、国連の海洋法条約で12海里ということに決まりました。

 領空については、空の上で犯罪があっても空の上で完結することはないので、空の上での国の権限をどうこうというのは考えにくいところがあります。領海の上が領空であることは間違いないのですが、自衛隊、軍の関係では、防空識別圏を越えて入ってくればスクランブルを掛けるかたちになっています。ただ、空の上で主権を行使するという意味では、領空という概念はあまり意味がないのではないかと思います。

 潜水艦については、権限はどうかというのは別の話として、今のところ、海上保安庁はソナーも何も持ってないので、潜水艦を追いかける能力はないというのが実態です。