第554回二木会講演会記録

第554回二木会講演会記録

"あなたもできる裁判員"

?裁判員制度導入とその問題点?

演者 宇都宮 嘉忠氏昭和38年卒相当・途中転校


■紹介者のあいさつ
 
○古賀 45年卒の古賀です。宇都宮さんは、エリートコースまっしぐらという人ではなく、福岡の某国立有名大学の工学部造船学科に入られましたが、中退されて、慶應大学法学部に入学されました。当時「もう就職もできないから何か資格を取る」とおっしゃっていて、結果的にはアルバイトで生活を支えながら35歳で司法試験に通って今日があるということです。  何も20歳でいい大学に入っていい道を歩むばかりが人生ではない、人生いろいろなんだということをご確認いただきたいと思います。宇都宮先輩よろしくお願いいたします。 ■ 宇都宮嘉忠氏講演
○宇都宮 私は、今自分が弁護士になっているのが本当に不思議です。母親からはずっと「おまえは口下手だから機械相手の工学部に行きなさい」と言われていました。工学部造船科に進学して、退学しましたが「大学ぐらいは卒業しておけ」と言われて慶應大学法学部に入りました。30歳での卒業でしたので就職先がなく、司法試験を受けました。そして弁護士になり、今は日弁連の副会長をしています。本当に全く予期しない人生を歩んでいます。
■ 日弁連
 今年度初めて日弁連の執行部に入りました。会長は2年、副会長は1年の任期で、副会長は13名います。毎週金曜日に正副会長会を開き、そこで日弁連のいろいろな決済をします。朝10時ぐらいから6時か7時ぐらいまでずっとやります。
 日弁連には登録されている委員会が70近くあります。日弁連の意見書を出したり、会長声明を出すのは、全部担当委員会の仕事であり、日常的に無償でやっています。私は日弁連に入って、委員会の方々がこんなにも熱心に夜中まで意見を出し合っていく組織だということが初めてわかりました。
■ 陪審員制・参審制・裁判員制
 裁判員制度と似たものとして、アメリカなんかの陪審員制がありますが、これは有罪か無罪を決めるだけで量刑は決めません。裁判員制では、裁判官と一緒に、有罪の場合は量刑まで決めます。ドイツやフランスなどの大陸法系のところは参審制です。これは日本と同じく裁判官と一緒に事実認定をして量刑まで決めますが、違うのは一定の任期制になっている点です。陪審員制も裁判員制も1件ごとですから、そこが大きな違いです。
 日本の裁判員制度が実施される5月21日はもうすぐですが、弁護士会内でも反対意見が出ていました。新聞や政治家からも延期を求める意見もありました。しかし、今は日弁連としてはこれが問題なく動き出すように、この制度に対する取り組み方を整備しているところです。
nimoku554_2JPG.JPG■ 司法制度改革
 裁判員制度は、最初に2001年の司法制度改革審議会の意見書で出されました。当時「たき火をしようと思ったところが山火事になった」と新聞に書かれました。これはまさに言い得て妙で、最初はたき火のつもりで「改革をしましょう」といっていたのが山火事になり、予想出来ない結論となったのです。
 それまで、法制度は「法曹三者の合意に基づいて実行する」との衆議院の附帯決議を金科玉条のごとく思っていましたが、この改革で吹き飛んでしまいました。法曹三者で談合するような形で司法制度を改革するのではなく、「すべて国民が決めるべきだ」と言われるとわれわれは何も反論できません。
 弁護士は当時15,000人ぐらいで司法試験には毎年500人しか受かりませんでした。それでは足りないということで、司法制度改革審議会で司法試験合格者を年5,000~7,000人とかにしましょうと提案して、日弁連と折り合わなかったのですが、結局日弁連の2000年の総会で「1年間に3,000人ずつ増やして、50,000人に増やそう」と決議しました。と同時に法曹人口が増えるのなら、司法制度そのものに国民が参加すべきだということで、裁判員制度の2009年からの実施が2004年に規定されました。
■ 裁判員の選ばれ方
 裁判員は衆議院議員の選挙権を持っている人の中から抽出します。裁判員制の対象となる事件は、「死刑または無期懲役・無期禁錮を含む事件。故意の犯罪で人を死亡させた事件」です。具体的には、現住建造物等放火、強制わいせつ致死傷、殺人、身代金目的略取、強盗致死傷など、いわゆる重大犯罪と言われているものです。これを裁判員6名と裁判官3名の9名によって審理をする制度です。
 裁判員の選任の方法ですが、毎年12月までに、1件の事件につき50人から100人ぐらいの裁判員候補をくじで選びます。裁判所はその候補を集め、6人を選定します。まずは裁判長が辞退事由に当たる人をチェックし、検察と弁護側で不適格と思う人を4人ずつ8人除外します。そして残った人の中からくじで6名を選びます。この作業を午前中には完了させなければいけません。
 6人が選ばれたら裁判長から裁判についての説明があります。そして早速裁判が始まります。一般の方が、裁判員に選ばれいきなり午後から「はい、どうぞ」と言われるわけですが、短時間で心の準備をして裁判員だという自覚を持って法廷に入れるかなと思います。これは一つの心配です。
■ 裁判員制度の目的
 この制度は司法関係者、特に弁護士から見ると刑事裁判に風穴を開けたというほど大きな制度改革です。」
 本来、裁判は直接主義・口頭主義が建前ですが、実際は捜査機関が用意した膨大な調書に基づいた裁判がされてきました。裁判員制度になると、この「調書裁判」がなくなります。裁判員の目の前で弁護人と検察官が証人に質問を行います。被告人も発言できます。昭和3年から18年まで日本にも陪審員制度があり、無罪率が10パーセントでしたが、今の日本の刑事事件は99.9パーセントが有罪です。
 また、これまでは否認すれば被告人はなかなか保釈されない、「人質司法」と呼ばれる現状がありましたが、裁判員裁判では弁護人との打ち合わせが大切になることから、現在裁判員制度を踏まえ、被告人の保釈率が非常に上がってきています。
 さらには「取り調べの可視化」が行われます。これに検察庁・警察は大反対しています。取り調べを録画すると、脅したりすかしたりというのが当然できませんし、調書の任意性の問題が起きたとき、そのビデオを見ればいいという流れになってきています。今、検察庁は一部の録画を提案していますが、われわれは全面録画を主張しています。民主党は「やれ」と言っていますが、自民党は反対しています。
■ 裁判員制度の問題点
 大きな問題は量刑です。陪審員は有罪か無罪かだけでしたが、裁判員は有罪になれば量刑を決める必要があります。仮に死刑に決まったら、それを裁判員が言い渡すことがどうなのかという問題もあります。
 日弁連としては、死刑制度自体が問題だと思っています。日本政府は死刑制度の廃止は全く考えていません。一般には70パーセントぐらいは死刑に賛成という結論が出ます。でも実際に言い渡すのはまた別の話です。国連も、日本政府に死刑は人権の問題であるということを突き付けています。死刑は刑罰を超えて人権を侵害する問題なのではないかというのが、国連の意見であり、日弁連の意見でもあります。
 もう一つは評議の問題があります。3人の裁判官と6人の裁判員で行われる評議で、裁判員が裁判官に誘導されることなくしっかり自分の意見が言えるのかということです。
■ 質疑応答
○箱島 裁判員に公務員はなれないということですが、例えば暴力団員、死刑廃止論者はどうなんでしょうか。
 ○宇都宮 それは欠格事由には当たりません。ただ、政令に定めている条文の中に「自己または第三者に身体上、精神上、または経済上の重大な不利益を生じると認められるに足りる相当な理由があった場合には辞退できます」とあります。死刑廃止論者というのは主義ですが「精神上」というところに一応当てはめようとしたら当てはまり、そこで辞退というかたちになるんではなかろうかと考えられています。
 あくまでも国民平等ですから暴力団員も衆議院の選挙権を持っている人はすべて候補になります。ただ、「禁固以上の刑に処せられたことがある人、あるいはその執行が終わって5年たっていない人」というのがありますから、暴力団員でもそういうのがあればそこで欠格事由になってしまいます。また、裁判員として問題があるようでしたら「不適当だ」と検察官なり弁護人なりが排除すればいいのです。そういうかたちで処理されるのではないだろうかと思います。
○土肥 例えば裁判員に暴力団が圧力を掛けるということ対して具体的にプロテクションするといったことはありますか。
○宇都宮 一応「裁判員に接触をしてはいけない」となっていますが具体的なプロテクションプログラムはありません。暴力団が関係する事案には対象事件からはずせる場合があります。要するに裁判員に対する加害もしくは告知が行われた場合またはそういう恐れがある場合には「裁判所は裁判員事件から排除できる」とことになっており、多分暴力団の抗争事件とかは除外されると思います。
○宮川 裁判員について、年齢制限はありますか、男女別はありますか、職業別はありますか、縁故関係はありますか。説明いただきたいと思います。
○宇都宮 年齢については、70歳以上は辞退できます。男女別はありません。裁判員になれない職務は、国会議員、国務大臣、行政機関の職員、検察官とか裁判官であったものとか、弁理士、司法書士、公証人、司法警察職員としての職務を行うもの、裁判所職員、法務省職員、国家公安委員会および都道府県公安委員会、並びに警察職員、それから学校教育法に定める大学の法学部の教授または准教授、それと司法修習生とか自衛官とか市町村の長もそうです。それから縁故関係はだめです。例えば、親族とか親族であったものというのは辞退になります。
○宮川 そのほかに地域別はどうですか。地裁の範囲ですか。
○宇都宮 そうです。地裁です。
○高川 検察審査会というのがあります。あれは検察行政をチェックするという意味合いもあると思いますが、検察審査会の機能がじゅうぶん発揮できてないので今度の裁判員制度ができたということはありませんか。
○宇都宮 検察審査会というのは、犯罪が起こって検察官が起訴しなかったときに起訴が相当じゃないのかということで審査しますが、裁判員は起訴されたものについて判断しますので検察審査会とは関係ありません。
○伊佐 宇都宮さんは人権という言葉をどのように解釈されておられるのでしょうか。今の時代は、平和と人権と平等という言葉が大変大きな普遍的な価値としてあるわけです。私自身、人権という言葉は大変わかりにくい言葉だと思っていますし、「日本人にとって人権とは」というあたりについて、お考えを聞かせてもらえればと思います。
○宇都宮 非常に哲学的な議論です。大学の先生とか学者の方は「人権とは」というかたちでいろいろ議論されると思いますが、われわれ弁護士は個別の事件の中で人権を考えます。ですから、では人権についてお答えするのが難しいです。
○福田 今日のメインテーマではありませんが、今死刑廃止の問題が出ています。今は、被害者の人権が完全に否定されています。そこをきちんと説明していかないと、なかなか死刑廃止には行かないのではないかと思いますが。
○宇都宮 もちろん被害者にも人権はありますし、遺族の人権もあると思います。ただ、弁護士は被告人の人権と死刑制度との兼ね合いを考えなければなりません。私自身も死刑制度は人権についてかなり問題なのではないかと思っています。今おっしゃられたように、もちろん被害者の人権はどうかというのはありますが、それはまた別個の議論になると思います。70パーセントの方が死刑制度を存続すべきだというのは、やはり被害者家族の人権ということがあると思います。
○古賀 法曹の世界を目指される若い方もたくさんいると思います。法科大学院の3千人構想とかその辺の見通しのお話をお願いします。
○宇都宮 先日の朝日新聞に法曹人口の記事が載っています。それによると、2,100から2,200ぐらいの数字がいいのではないかという提言を日弁連がまとめたと出ています。日弁連としては法曹人口5万人という目標についてはもちろん維持しますということです。
 私は愛媛ですが、愛媛で去年「法曹人口が多すぎる。もっと減らせ」という決議を出しました。今年度の司法修習生から弁護士として就職ができない人が63名いました。かつては都会の修習生は地方には来なかったのに、今はわざわざ愛媛まで来るのです。弁護士になっても入る事務所がないのです。大手は優秀な者しか採用しませんから、そうじゃない人は地方に行き、もう地方も目いっぱいになっています。
 日弁連でも、地方としては1,500人ぐらいにしてほしいというのが本音ではないかと思います。弁護士人口はどんどん増えますが、受け皿が増えていません。司法制度審議会意見書には、予算が伴わないと実行できないので政府は予算の特別処置を取るべきだと書いてありますが、実際には取っていません。司法予算がもっと増えれば制度的な基盤が整います。
○司会 ありがとうございました。それでは箱島会長よりごあいさつをいただきたいと思います。
○箱島 今お話を伺っていますと、裁判員制度というのは司法制度の改革にとどまらず、日本の社会全体を変える大きな事柄だと思います。裁判員は判断力をちゃんともった人の存在ということが大前提になっているのです。でも、多分われわれはディベートにあまり慣れてないし、一人が大いにあおるとそっちのほうにざっと流れるのではないかとか、いろいろな危惧があります。
 しかし、これは5月21日に始まるわけですから、走りながらだんだんいい制度に磨き上げていくしかないなという感じがします。本当に現場におられて宇都宮さんしか話せない非常に深い内容のお話をいただき、大変ありがとうございました。