第541回二木会開催報告

現代日本語のおもしろさ―日本語教育の観点からの再発見―

日時
平成19年9月13日(木)
場所
学士会館
参加人数
62名
テーマ
「現代日本語のおもしろさ−日本語教育の観点からの再発見」
講師
鈴木 智美(S55年卒)
東京外国語大学留学生日本語教育センター准教授
専門分野:現代日本語意味論、日本語教育

昭和55年(1980年)修猷館卒業
慶應義塾大学文学部文学科国文学専攻卒業
国際交流基金海外派遣青年日本語教師プログラム等にて日本語教育
名古屋大学大学院文学研究科博士前期課程日本言語文化専攻修了
同上博士後期課程修了
2000年9月より、東京外国語大学留学生日本語教育センター
現在、同上大学院地域文化研究科博士前期課程・博士後期課程兼担
運営/進行 S56年卒(スゴロク会)田中昭人

講演内容

講師紹介(S55年卒 堀内 直氏)

鈴木講師中学時代はバレー部、修猷時代は、紹介者と同じ吹奏楽部。クラリネットを担当。
運動会ではダンス長として活躍。
笑顔がジュリー・アンドリュースに似ていると評判。
中学の夏休みに文庫本を1日1冊読破したとか。修猷時代は国語の先生からも厚い信頼を得ていた。
15年前、タスマニアへ日本語を教えに行ったのが、現在の言葉の探究へとつながっている。
吹奏楽部同期の仲間には、メールで言葉の質問が回ってくることもしばしば。集まりでは、言葉談義にも花が咲く。

1 日本語教育とは

日本語教育と国語教育

国語教育 国の共通言語としての日本語を教えること。
日本語教育
  1. 外国語として日本語を教えること。
  2. 第2言語(母語の次に習得する言語)として日本語を教えること。

「日本語教育」のキーワード―『多様性』

  1. 対象者が様々である
  2. 日本語を学ぶ目的、必要性の度合いが様々である
  3. 教育が行われる場所・方法・教師など、教育の環境が様々である

鈴木氏の日本語教育とのかかわり

日本国内の日本語学校で、日本の大学・専門学校に入ろうとする学生の予備教育
オーストラリアの高校で、外国語としての日本語教育
日本の大学で、日本の大学に入ろうとする学生の予備教育
日本の大学で、交換留学生として来ている留学生たちに、外国語としての日本語教育

日本語教育の目標は?

聞く・話す・読む・書く という4技能を身につけること。

レベルの目安 日本語能力試験 1級=上級 2級=中級 3・4級=初級

日本の大学では、1学期間(前期)午前中いっぱい日本語の授業を受けると、初級終了。(海外の大学では、1〜2年生の2年間をかけて初級を学ぶ。)
4級(初級前半)の語彙 単純、平易なもの
2級(中級)からの語彙 抽象的概念、漢語が多くなる
1級(上級) 日本の大学に入る基本的な力があるとされるレベル
10,000語⇒私たちが使う語彙に匹敵する、十分に高度なレベル。

2 現代日本語のおもしろさ@「文法」―言葉は文脈で生きているー

日本語教育においては、「文型」(文のパターン)〈例:N1はN2です(名詞文)/NをVます(動詞文)/Vたことがある(経験)……など〉として文法を教える。
例文を提示する時、その文型が「どういう文脈で、何を言おうとして使われるのか」ということをよく考えなければ、母語話者として実際にはほとんど使うことのない、文法を説明するための例文となってしまうので注意しなければならない。
⇒ 文法教育の落とし穴

例1 ?「あなたはジョンさんですか」vs. 「ジョンさんはアメリカの学生ですか」
(名詞文の疑問形)
例2 ?「あなたは新聞を読みますか」vs. 「あなたは○○新聞を読みますか」
(動詞文(習慣的動作)の疑問形)
例3 ?「あなたはきのう新宿で何をしましたか」
(過去の疑問形) 
例4 ?「今日、何時に教室に入りましたか」
(起点「を」/着点「に」)
→「入る」は初級で使いたい語だが、何らかの状況設定をする必要がある。
例5 「歌舞伎を見たことがありますか」
「すもうを見たことがありますか」
「富士山に登ったことがありますか」
→ステレオタイプ的な例文になる。「経験」を表す文型は、実際には「なぜ」「どんな時に」使うのか?

以下、どんな場面で何のために使われるかをよく考えて、それぞれの違いを考えてみると、ように説明できるか……?
1.比較
  1. 「AとBとではどちらのほうが〜ですか」
  2. 「AはBより〜です」
2.結果構文
  1. 「ドアが開いている」(自動詞+ている)
  2. 「ドアが開けてある」(他動詞+てある)
3.限定
  1. 「だけ」
  2. 「しか〜ない」
※一つの語でこの両方を表す言語もある。
4.推論・推量 
  1. 「〜のはずです」
  2. 「〜でしょう」
※使い方を間違えると“ひとごと”のような表現になってしまう。
例6.「明日(あなたは)パーティーに行きますか」「?はい、行くでしょう」

3 現代日本語のおもしろさA「語彙」−言葉は助け合って結びついている−

語と語は、慣習的な結びつきかたをする(=連語・・・コロケーション)。
自然な、生きた使い方をするためには、何と何を組み合わせるのかが重要。
  • その言語社会において結びつき方は慣習的に決まっているので、他の言葉に勝手に置き換えることはできない。
「〜をとる」
「電話をとる」「写真をとる」「責任をとる」「遅れをとる」……

「〜をもたらす」
影響/変化/効果/被害/喜び/希望/勝利……をもたらす

「かぜをひく」 ×「かぜをとる」「かぜをもつ」

「約束を破る」 ×「約束をこわす」「約束を裂く」

「時間を潰す」 ×「時間を殺す」
  • 抽象的な関係性、物事の成り立ちなどを表す語も、使い方が難しい。
例:生じる、基づく、損なう、与える、もたらす、欠く、求める……
  • 名詞からの結びつきも大事
例:疑問 が/を/に/の…… (どういう動詞と結びつくか)
  • 日本語学習者の誤用例
天気が晴れた/目標を完成する/才能を発達させる/関係を発達させる

※コロケーションは、似た意味の言葉がどう違うかを考えるヒントにもなる。

質疑応答

Q.日本語が若者を中心に大幅に変化していることへはどのように対応しているか。
A.聴解、会話の中で、そういった例外を教えることもあるが、基本的にはまず、“正しい”(講演者注:書き言葉として堪えられる)日本語を教える。

Q.アクセントや強弱には地域差、個人差があるが、どのように教えるか。
A.アクセントは東京方言を基準として教えている。
日本語教育には文法重視からコミュニケーション能力重視へという流れがある。しかし、日本語がどんなに上達しても発音が不十分であると拙い印象を与えてしまうため、初級の段階から、発音にも注意した方がよいと考える。

Q.大学入学レベルで読み書きするということは、外国の人にとって非常に難しいと思うが、どうか。
A.上級の文章構成力などになると、「日本語だから」難しいというのではなく、思考力や知的な処理能力が問題となってくるのではないかと感じている。

Q.外国人の生徒は、漢字はあまり使わないか?
A.漢字は1級になると2,000字、常用漢字すべて読み書きできることが目安になっている。みんな実によく書ける。むしろ日本人以上に書けるかもしれない。

Q.「ご苦労さまでした」「お疲れ様でした」というあいさつを外国人の学生にどのように教えるか?
A.学生から先生に言うのであれば、「ありがとうございました」が自然なのではないかと思う。

Q.どこの国の人にとって、特に日本語の習得がむずかしい……ということは?
A.特定の国の人がみんな……というのはないと思う。

Q.方言を学習に取り入れることは?
A.聴解でTVドラマなどを題材にする時に触れることはある。大阪などでは関西方言を教授項目として取り入れている場合もあるようである。

Q.1級で900時間/1万語ということであったが、そこまで学習すると、コロケーションはどの程度習得できるか。
A.コロケーションというのは英語教育でまず言われ始めたもので、日本語教育としては新しい概念。「このくらいできれば……」ということはまだ言われていない。
                                 
以上

ご参考:開催のご案内

  残暑厳しき折でございますが,館友の皆様におかれましては,益々ご健勝のこととお慶び申しあげます。
 さて,9月の二木会は東京外国語大学留学生日本語教育センター准教授の鈴木智美氏(昭和55年卒)を講師にお迎えし,標記のような演題にて,「言葉は文 脈で生きている」,「言葉は助け合って結びついている」などの点についてお話をいただきます。例えば,「家出」というのは、「家から出る」か「家を出る」 ことか,「傷つく」のは「自尊心」か「自負心」か,「つい」と「うっかり」と「思わず」はそれぞれどんなときに使うのかなど,皆さんはどのようにお考えに なるでしょうか?
 鈴木氏は,慶應義塾大学文学部ご卒業後,国際交流基金海外派遣青年日本語教師プログラム等にて日本語教育を実践され,その後名古屋大学大学院文学研究科 博士課程を修了,2000年9月より現職に就かれておられます。
 主な共著書に,
  • 『日本語表現活用辞 典』姫野昌子(監修)全7名共同執筆 研究社(2004)
  • 『複合助詞がこれでわ かる』東京外国語大学留学生日本語教育センターグループKANAME編著(代表・鈴木智美)ひつじ書房(2007)
  • 「日本語教育と語彙」 斎藤倫明・石井正彦編『これからの語彙論』ひつじ書房(2007近刊)
がございます。
 非常に興味深いお話をいただける と思いますので,多数の館友の皆様のご参加を心よりお待ちしております。
 尚、出欠のご返事は9月7日(金)必着でお願い致します。
             
東京修猷会   会 長 箱島 信一 (S31年卒)
幹事長 甲畑 眞知子(S44年卒)

1.テーマ 現代日本 語のおもしろさ―日本語教育の観点からの再発見―
2.講師 鈴木智美氏(昭和55年卒)
東京外国語大学留学生日本語教育センター准教授
講師近影
3.日時 2007年9月13日(木)
午後6時〜 食事
午後7時〜 講演
*食事を申し込まれた方は、遅くとも6時30分までにお越しください。
4.場所 学士会館
 (千代田区神田錦町3-28)
電話 03-3292-5931
地下鉄東西線
 「竹橋」下車5分
半蔵門線・都営新宿線・三田線
 「神保町」下車3分
5.会費 一般:
 3,500円(講演のみの方は 1,500円)
70歳以上および学生の方:
 2,000円(講演のみの方は無料)

講師ご本人による講演内容のご紹介

テーマ

「現代日本語のおもしろさ―日本語教育の観点からの再発見―」

講師略歴

 鈴木智美(すずき ともみ)
 東京外国語大学留学生日本語教育センター准教授
 専門分野:現代日本語意味論、日本語教育
  • 昭和55年(1980年)修猷館卒
  • 慶應義塾大学文学部文学科国文学専攻卒業
  • 国際交流基金海外派遣青年日本語教師プログラム等にて日本語教育
  • 名古屋大学大学院文学研究科博士前期課程日本言語文化専攻修了
  • 同上博士後期課程修了
  • 2000年9月より東京外国語大学留学生日本語教育センター
  • 現在同上大学院地域文化研究科博士前期課程および博士後期課程兼担

著書等

  • 『日本語表現活用辞典』姫野昌子(監修)全7名共同執筆 研究社(2004)
  • 『複合助詞がこれでわかる』東京外国語大学留学生日本語教育センターグループKANAME編著(代表・鈴木智美)ひつじ書房 (2007)
  • 「日本語教育と語彙」斎藤倫明・石井正彦編『これからの語彙論』ひつじ書房(2007近刊)

講演概要

 主として留学生を対象とした日本語教育に携わっています。言葉の中で最も関心のあるのは「意味」の側面です。
 この2つの点を結びつけると、いろいろおもしろいことが見えてきます。今回、初級の日本語文法、および中級の語彙(日本語教育における「初級・中級」の ことです。小学校・中学校のことではありません!)を中心に、「言葉は文脈で生きている」「言葉は助け合って結び付いている」などの点をご紹介したいと思 います。
 例えば……以下の質問にどう答えましょうか?
  • 「家出」というのは、「家から出る」ことですか。「家を出る」ことですか?
  • 「教室に入る」は、日本語としていいですか? でも、いつ使いますか?
  • 「ドアが開いている」と「ドアが開けてある」は、どう違いますか? 
  • 「はずだ」というのは、100%信じていることですか?
  • 「影響をあげる」と言ってはいけませんか?
  • 「傷つく」のは「自尊心」ですか?「自負心」ですか?
  • 「つい」と「うっかり」と「思わず」は、それぞれどんな時に使うのですか。
  • 「あえて言うならば」と「しいて言うならば」は、違いますか?
などなどです。