日本の武田から世界のTAKEDAへ

武田薬品工業株式会社 代表取締役社長
 長谷川閑史 (昭和40年卒)


○学生時代
昭和40年に修猷館を卒業しましたが、山口県の百道中学から修猷館高校に入ってびっくりしたのは、世の中には随分頭のいい人がいるものだということでした。 これは“他のことで名を上げるしかない”と自分で言い聞かせ、勉学以外のことにずいぶん励んだことを覚えています。 下宿先では周りは大学生ばかり。いいことから悪いことまで仕込んでくれ、初めての経験も随分させてもらいました。実に面白い環境でした。
 修猷館は無事卒業したものの、このままでは到底大学にはストレートで入れない。いよいよ浪人生というときに、私のためにあつらえたように修猷学館というのができました。晴れて第1期生となった次第であります。そこでもあまり勉強せず、さすがにこれでは大学には行けないのじゃないかと思い、二学期からは山口県の田舎に帰って一人で勉強しました。その時だけですね、一生のうち本当に勉強したのは。
何とか早稲田大学に入ったのですが、これがまた私の人生を象徴しておりまして、第一次早稲田紛争のどさくさに紛れて入って、第二次早稲田紛争のどさくさに紛れて出ると。3年目と4年目に異常にがんばって、卒業するときには余裕を持って卒業するという、私にとっては誠に誇るべき成果を出しました。

○海外経験を通じて
武田薬品に入社してから、都合13年ほどドイツと米国に赴任しました。私の経験では、海外駐在に向いている人は、日本で人間関係をうまく作れた人、日本語を流暢にしゃべる人、なかでも歌のうまい人は英語が流暢になると思います。何事にもくよくよせずあっけらかんとしている人、どんな食べ物でも苦にならない人、孤独に耐えられる人、家族(特に配偶者)が海外生活を苦にしないことなどが大切かと。家庭の面でも日本以上にサポートしないと、充実した駐在生活にはならないでしょう。
 一般的に欧州人は、いろんな面で米国人と日本人の中間に位置しています。米国人というのは自分のスタイルが一番だと思っていますから、海外にビジネスに行っても自分の思うようにやればうまく通じるはずだと信じ込んでいます。欧州の人たちはそれほど単純ではありませんが、日本人ほどシャイでもないし、コンサバティブでもありません。ただ、欧州と米国に共通なところは、彼らはいずれも少々自分が間違ったことをしようが謝らない。
 人のせいにしたり環境のせいにしたりする。一方でとにかくよく褒める。特に米国人は褒めますね。これは本人のやる気を起こすという意味では悪いことではないと思います。
 欧州人や米国人は家族を非常に大切にします。ただ面白いのは、米国人は家族を大事にするといっても、一緒にいるときだけで、今日までは「I love you Honey」と言いながら、明日になったら離婚しているケースが山ほどあります。そういう意味ではあんまり信用はできませんね。それから参考までに、pure pressureというのは日本と米国では結構ありますが、欧州ではあまりありません。なぜなら、彼らは人のやることにあまり関心がない。
 米国では自分を売り込まないと上に上がっていけないから、ストレスも多い。米国でなぜ頭痛薬があれだけ売れるか、なぜ抗不安薬があれだけ売れるか、というのはこういうことがひとつの原因になっているのだと思います。
 言葉の世界で日本人は以心伝心を期待しますが、米国人や欧州人は、とにかく言わなければ伝わらないし、その国民性が言語にも出てきます。日本の言葉は、例えば赤という色でも朱鷺色や茜色などいっぱいありますが、英語だとred is redなのですよね。微妙な色の表現はありません。ところが戦争や争いを表す言葉とかになると、とたんに英語はvocabularyが豊富になります。battleありcombatありfightありwarあり。言葉のvocabularyがどういう分野に多いかで、その国のcultureがわかります。私には子供が二人いますが、米国時代、家では全部日本語で話していましたけど、けんかになると彼らはとたんに英語でしゃべりだすんですね。というのは、相手をののしる言葉は英語の方がはるかにvocabularyが多いんですよ。

○製薬業界の現況
 製薬産業の現況は、医薬品市場という面から見ると、マーケットサイズは世界の50%が米国で、約25%が欧州の25カ国。その約半分が日本で約12%から13%という状況です。米国はGDPの約14%をヘルスケアに割いており、日本はその約半分です。欧州はその中間で8%から10%くらい。日本でも医療費の削減が問題視されていますが、米国や欧州に比べればGDPに対するヘルスケアコストは相対的に低い。高齢福祉社会を目指すのであれば、もっと使ってもいいのかもしれません。
1960年に国民皆保険制度が導入されて以来、1990年まで国内医薬品市場は2桁の伸びを示しましたが、それ以降は1〜2%という極めて低い伸びにとどまっている。これは、薬価の切り下げということが大きく影響をしています。世界の医薬品企業として生き残ろうとすると、どう考えても日本だけではもう無理。米国でちゃんと自分のpresenceを持って売上や利益を上げるような体制を作れないと、長い目で見た生き残りはおよそ不可能であると思います。医薬品の研究開発のコストはどんどん上がっており、ひとつ開発するのに1千億円かかるとも言われています。外国企業の参入バリアもどんどん低くなっており、今や日本の医薬品総売上の約40%は外国オリジンの薬剤で、その割合は年々増加しています。そういう状況ですから、山之内製薬と藤沢薬品のように一緒になって最低限必要な資金力を持つとか、外資と一緒になるという選択肢が出てきます。米国と日本の市場については、これだけ成長の差があるということです。

○世界の医薬品企業の状況
 世界の医薬品企業はM&Aがこの10年間進んでいます。タケダでは、自分のpresenceのあるところで平均3%のシェアを持つことを中期計画の目標に掲げていますが、現状は、日本は7%強、米国は3%弱、欧州は1%程度で、平均すると3%に達していない。残念ながら私どもよりも上にいる会社の成長率が最近の数年間は上回っていますので、差は縮まるどころかむしろ開いている。これは米国で起こる例ですが、特許が切れれば3ヶ月の間にもう売上はほとんどゼロに近くなってしまう。それほどdrasticなgeneric薬へのswitchが起こります。だけど、そこでsurviveしなければ世界的には生き残っていけない。じゃあ何をすればいいかというと、継続的に新製品を出すしかない。それができなければ、いずれ淘汰をされざるを得ない。
よく聞かれる質問ですが「商法改正で2006年からは株式交換によってM&Aができるようになりますが、大丈夫ですか」と。「絶対大丈夫です」とは株主に対する嘘になりますから言えません。「では、自社を守るために何をおやりになるのですか」と。オーソドックスには新製品(パイプライン)を豊かにし、売上や利益を継続的に伸ばして企業価値を高めるということで、マーケットキャップを増やして買いにくくするということです。「株価を上げて企業価値を高めて買いにくくするのですね」とも聞かれますが、それをいくらやったところで本当の意味での買収の防御策にはならない。タケダの今のマーケットキャップを倍にしたところで9兆円。例えば、他の会社でマーケットキャップが30兆円あったとしたら、向こうにとっては平気で買えるわけですから、まさに机上の空論であって買収を防ぐということはできません。また、買収を防ぐためにポイズンピルなどいろんな方法がありますが、本来は株主から負託を受けた資産を最大限に活用して利益を上げ、資産価値と企業価値を高め株主に還元するということが王道です。その買収を株主の利益に反してまでできにくくするようなことは恐らくやるべきではないでしょう。あまり有効な買収の防御策はないのが、私の結論であります。

○TAKEDA−日本の企業から世界の企業へ
 現在のタケダは、時価総額では4兆7千億円くらいで、世界の医薬品企業の中で見ると15位です。私どもは経営指針として5年をスパンとした中期計画を立て、それに基づいて経営を行っています。現在、2001年から2005年の中期計画の4年目に入っていますが、いずれの指標もほぼ達成できると思っています。なぜなら、過去10年間に渡って相当厳しい事業再構築をやってきましたし、人員の効率化も進めてまいりました。売上の規模は増えたにもかかわらず、単体人員はピーク時の1万1千人から7千人強まで減っています。
医薬外事業はアライアンスを組んで事業再構築を行いました。5年間のジョイントベンチャー期間が満了しますと、全員先方さんに転籍という形になり、さらに1,500人くらい一挙に減るということになります。機能集団として営業をやっているMRという集団に1,700人くらい、研究者の集団に1,100人くらい、製造現場の集団に1,100人くらい在籍しています。ただ製造部門はどんどん外注を進めており、将来のために持つ必要があるコアの製造技術だけは当社に留めておきますが、それ以外はよりコストの安い専門の下請けのところに出しています。それは国内のみならず、世界中探し回って安いところに出していますので、そういった意味での人員の削減は今後も続きます。
パイプラインの状況が深刻になると小手先に走りがちですが、そんな魔法の杖みたいな方法は全くありません。私が社長になってからは、自社の研究活動における新製品の創出について抜本的に見直しました。この結果が出るのには時間がかかりますので、その間は手っ取り早くよそからライセンス等で導入するか製品あるいは企業を買収し、当面の不足分を補うということを同時並行的にやっています。
現在1兆800億円くらいの自社医療用医薬品の売上の7割が海外の売上で、そのうちの8割が米国で、残りがほぼ欧州。アジアには5カ国ほど販売会社がありますが、売上、利益とも会社全体の1%以下という状況です。アジアは経営者の目から見ると将来は大切な市場ですが、手間ばかりかかってなかなか利益が上がらず、生産性は非常に低い。中国の場合は大事な市場ということで10年くらいやっていますが、売上が約1億元、利益が約1千万元でここ数年推移しています。利益はちゃんと出しているものの、マーケットは非常に未開発な状況にあります。
 その他、成果主義の徹底ということをやっていますが、日本において成果主義を定着させるのは、極めて難しい。成功するかどうかの第一は、目標を客観的に設定できるかどうかということにかかっています。非常に高い目標だけれどがんばればできるという目標を立てるのが目標管理の要諦でありますから、それができないとこの制度自体が全く意味を成さない。評定者が部下の仕事を万事知っていないといけない。できることしか書いてこないものを見破ってきちっと言えるだけの見識・知識を持ってないとできません。日本の場合には恐らくそれができる人は少ないので、そのこと自体がひとつの障害となっています。それから、フェアに話し合うこと自体もなかなかできない。米国とはカルチャーが違いますから、本当の意味での成果主義を日本に移植するような形で持ってくるのは難しいだろうと思います。
 私は、世界的な製薬企業になるために、当社独自の事業運営体制を作ろうとしています。特にタケダなりのやり方でやろうとしているのは、本社の人事部が国内の関係会社も海外の販社もガイドラインの設定からその実施状況のフォローアップまでも全部やる。法務は法務で、経理は経理でそれをやる。限られた人材を最も有効に活用する形でやってみようという壮大な実験を始めています。
 最後になりましたが、私どもが目指している世界的製薬企業の具体像というのは、単純な方がいいに決まっているわけです。M&Aをやるかどうかという判断は、自社のパイプラインの強化になるか、その後もタケダイズムを貫けるか、この2つで決めることにしています。さらに、資材の調達や機材の購入および原材料の購入のみならず、社員への報酬も全部市価基準で決めようとしています。当社としては、できる限りの仕事と見合った報酬は与えるが、より高く評価してくれるところがあればそちらを選ぶのはやむを得ない。その代わり、派遣社員にも劣るような仕事をしている場合には給料が下がっても文句は言わないで下さい、ということを労働組合とやろうとしていますが、なかなか大変です。
ただ、企業としてはそういうことにチャレンジし続けないと、この厳しい競争時代は生き残っていけないと思いますので、あれやこれややりながら、何とか世界の医薬品産業の中で生き残ろうともがいているところが、今の状況であります。

以上
「日本の武田から世界のTAKEDAへ」

10月に入りずいぶんと涼しくなりましたが、まだまだ台風も発生しており、地球は本当に暖かくなっているようにも思えます。
館友の皆さんもエコな生活を今一度考えてみてはいかがでしょうか。
 さて、11月の二木会は、武田薬品工業代表取締役社長 長谷川閑史やすちかさん(昭和40年卒業)を講師にお迎えし、「日本の武田から世界のTAKEDAへ」をテーマにお話いただきます。
 10期連続で最高益を更新し、実質無借金で強い財務基盤を持っていることが評価され、9月の日経新聞の優良企業ランキングでも2年連続で第1位となりました。
 長谷川社長は、昨年にアメリカの現地法人の社長から本社の社長となられました。ご講演では、長年のアメリカ駐在のご経験も併せ、いかにして世界に通用する強い競争力を保つ企業として成長することが重要であるかを興味深くお話いただけるものと思います。
 たくさんの館友の皆様にご列席いただけますよう、心よりお待ちしております。
 尚、出席のご返事は11月5日(金)必着でお願いします。
東京修猷会 会 長 藤吉敏生(S26年卒)
幹事長 渡辺俊介(S38年卒)

1.テーマ 日本の武田から世界のTAKEDAへ
2.講師 長谷川閑史やすちか氏(昭和40年卒)武田薬品工業代表取締役社長 
3.日時 2004年11月11日(木)
午後6時 〜 食事、午後7時 〜 講演
※食事を申し込まれた方は、遅くとも6時30分までにお越しください。
4.場所 学士会館
 千代田区神田錦町 3-28
電話 03-3292-5931
地下鉄東西線
 「竹橋」下車5分
半蔵門線・新宿線・三田線
 「神保町」下車3分
5.会費 3,000円(講演のみの方は1,500円)
70歳以上および学生の方は、1,500円
(講演のみの方は無料)