第490回二木会
我が国の建設業
講 師:鳥飼 一俊 氏 (昭和40年卒)
株式会社 熊谷組 代表取締役社長
日 時:2001年1月10日(木)
場 所;神田学士会館
●日本の建設業の技術研究
私は昭和40年に高校を卒業し、九州大学土木工学科に入学、44年卒業とともに熊谷組に入社し、技術研究所に配属されました。当社の技術研究所はつくばにあり、広大な敷地に様々な実験棟を持っています。例えば地震に対する研究、風に対する研究、水、トンネル、施工に関する研究など、業界6、7番目であっても相当の施設を持ち技術研究を行っています。一時は40億円の経費をかけていましたが、現在は削減され、それでも20億円はかけております。当社だけでなく、大手ゼネコンはもとより中堅ゼネコンでも大きな経費をかけてこうした技術研究所を持っているというのが日本の建設会社です。
しかし海外の建設会社でこのような技術研究所を持っている所は殆どありません。私は卒業して技術研究所で1年半を過ごした後はずっと台湾や香港でダムや地下鉄の建設に携わっていましたが、現地の政府やゼネコンの一流の人間に当社の研究所を見せますと、大変驚かれました。これだけ競争が激しくなりコストを下げなければならない、となってくるとどこまで基礎研究をする部門を保有しておくべきなのか、私自身の課題でもあり迷っているところです。同業他社5,6社と一緒になってひとつの研究所をもつということも考えられるでしょうし、異業他社と連携し、技術研究を行っていくことも考えていかなければならないでしょう。
●請負契約のグローバルスタンダードとは?
1年半の技術研究所勤務を経て海外の現場に行きました。昭和45年から5年間をかけて造ったのが台湾の中部にある達見ダムです。黒四ダムとほとんど同じ規模のアーチ式のダムです。このダムは熊谷組とイタリアの建設会社とのジョイントベンチャーで造りました。ここが私の原点でもありますが、イタリアの建設会社、ヨーロッパの、あるいは外国の建設会社のやり方をつぶさにみて非常に驚きました。
イタリア人が徹底的にやったことは、コントラクトマネージメントです。日本の建設会社はどうやって工期通りに物を作っていこうか、こればかり考えていましたが、イタリア人はどうやって自分の責任を相手に転嫁しようか、ということばかりです。施主からの指示に対し、イタリア人はすべて手紙で返事をします。「あなたが現場で口頭で行った指示はオリジナルの契約書を逸脱しています」「こういう指示をいただくと工期がこれだけ延びます」など、四六時中考えています。現場にはコントラクトセクションがあり、そこでは膨大な人数が必死になって施主様からいわれることを工期延長に結びつける作業をしていました。私もたまたまそのセクションで仕事をしましたが、毎日、毎日レターを書きました。相手の揚げ足とりです。現場で指示したことが少しでも仕事を妨げようものならば、「あなたのエンジニア、あるいはインスペクターが指示したことはかくかくしかじかの通り施工に差し障りがあります。したがって工期延長の権利を私どもに与えるものであります」だとか、「これは設計変更の礎になるものです」とか、書くわけです。
確かに、契約の中には「経験のある請負業者によって、リーズナブルに予見できないこてとが発生した場合には直ちに通知をだすこと、どういうことなのか詳細な記録を作ること、そしてそれを施主のエンジニアと詰めて仕事をすすめること」、と書いてあるのです。日本の契約書にも似たようなことが書いてあります。しかし日本の場合はそもそも契約書を読みません。日本の建設会社は現場で仕様書や図面はよく見ます。でも契約書は読みません。読んでも意味がないからです。外国のやり方を24歳から27歳の多感な時代に目にしまして、「これがグローバルスタンダードなのか」と感じ入りました。
最後にコントラクトマネージメントセクションのジャスティフィケーションはトラック2台分にもなり、工期は4年から6年へ、総工費は160億円から250億円になりました。私はそのやり方を見て、何て無駄なことをするのか、もっとうまくやれば2年もの工期延長をすることもない。相手の重箱の隅をつつくようなことばかりをやるよりも腹と腹を割って話せばいいのではないか、と思いました。
しかし、どうやら、彼等がやっていたことはやはり世界のスタンダードのようなのです。そこで私は会社にお願いして、イタリアのその会社に一年間行き、ミラノの本社で勉強する機会を得ました。確かに台湾の世界銀行のファンドのダムだけでなく、世界各地で同じような事をやっていました。本社だけでなく全部の現場に法務部門を持ち、丁丁発止の牙をむいた戦いをやっているんだということを知り驚きました。私は蛮カラな九州男児でありまして、重箱の隅をつつくようなことは趣味ではありませんでしたが、これがスタンダードだというならば学ぶ必要があるし、学ぶにこしたことはないと思いました。
ミラノから帰国してからすぐに、たまたま香港での地下鉄工事に配属されました。香港はイギリス人が統治しており、風土はイギリスです。コンセプトもコントラクトも社会の基盤も全てイギリスのやり方です。現場の施主側の技術者はほとんど全てがイギリス人という環境でした。私は台湾で、ミラノで学んだ事を試行錯誤しながら全部やってみました。ことごとく成功するんです。契約の通りに私はクレームをつけました。日本から一緒にやってきた技術者は私に対して批判しましたが、このやり方がグローバルスタンダードであるとして通しました。海外で日本の企業がグローバルスタンダードで、しかも全世界からの入札から勝ち取って行った工事だといえます。
今、日本でこのようなやり方をすると、間違いなく「明日から来なくていいよ」と言われてしまいます。私は香港の地下鉄工事に通算13年たずさわりましたが、疲れました。日本人の私がグローバルスタンダードで慣れなれないことをやったものですからずたずたに疲れたような気がします。自分たちのセクションにも、施主さんの方にもクレームを処理する膨大な数の技術者がいるわけです。果たして本当にそのグローバルスタンダードが世界普遍のシステムなのかどうか、ということは大いに疑問を持ちます、
今、日本では「透明性」の議論があります。競争、公平性の議論です。日本の建設会社は、お客様のいろんなリスクをブラックホールのように吸収してきました。それが悪いかというと一概にそうともいえません。外国の建設会社はクレームが高じてくると最後は裁判沙汰です。そうなると仕事を止めて膨大な時間とお金を使います。リスクもあります。日本ではそういうことはしません。「和を以って貴しと為す」です。しかし、これが果たして悪いのかどうか。、今、外国の建設会社も日本に入ってきていますが、大した仕事はできていません。こんな風土でグローバルスタンダードを持ち込んでできるはずがないのです。日本の建設業界もグローバルスタンダードがベターだ、透明にしろ、というならば外国の建設会社が入ってきて、こういった外国のスタンダードに基づいて契約し、クレームも堂々とし合おうじゃないか、施主と業者がリスクもシェアしようということになります。しかし、それがほんとうににいいのかどうか。43歳まで外国でグローバルスタンダードで働いてきて、今YES.ともNOともいえない、考えどころだと感じています。外に出れば堂々とグローバルスタンダードで働いています。日本では「わきまえて」います。
●公共工事を民間の力で
1984年、香港では民間のお金を使って、民間の力で工事をするBOT(Build‐Operate‐Transfer)方式で、香港の九龍半島と香港島を結ぶ道路・鉄道併用の海底沈埋トンネル建設のプロジェクトを手掛けました。当時の香港は中英会談後で経済が低迷していた時期で、熊谷組としても何かできないか、と香港政庁に企画案を出したのでした。政府にお願いしたのはトンネルの出入り口の土地だけ、海底も1ドルで使わせてもらいました。できた地下鉄はすでにある地下鉄公団にリースし、駅の上に人工地盤を作って30階建てのマンションを17棟作りプロジェクトは大成功、香港はにわかに活気づいて現在もこのプロジェクトは大きな評価を受けています。
小泉内閣でも民活がキーワードとなっていますが、公共施設や社会資本の設計・施工から運営までを極力民間に委ねるPFI(Private Finance Initiative)も始まっています。日本の場合、民と官の交流がほとんどありません。一方海外では官と民とを自由に行き来して働く例が多く見られます。官民の交流、労働の流動化が普通に行われるようになって初めて、日本でも本当の意味でBOTやPFIが根付くのではないでしょうか。
●これからの建設業
1980年代まで右肩上がりの経済成長の中、大きければよい、大きくなければ勝てないとそれぞれの会社が規模を膨らませていきました。ここが建設会社のリスク管理の甘さ、経営の甘さなのですが、地価は必ず上がるという考えのもと、次から次に土地を買っていきました。バブルがはじけ、地価がどんどん下がり、ご存知のように熊谷組は4,300億円の債務免除をしていただくことになりました。これに対するご批判は厳しいものがありましたが、そうはいうものの海外でも負けない日本の顔としての自負もございます。
ここにきて建設業界の再編が言われ始めています。確かに一つの選択肢だとは思いますが、それぞれの経営者は自分自身納得できない思いを持っていることと思います。リスクのある不動産に手を出したことに対する反省はあります。しかし一方では粛々とものづくりをやってきたのはどこの会社も変わらない、そうするとどことどこがくっつけばよりプラスになるのか、ということです。GNPに占める建設業の割合が現在15%ですが、これを海外並に10%内外におさえるならば、建設業という生業の中にいる人が他の産業に移らなければならないということでしょう。それぞれの企業が痛みを覚悟して小さくなっていかねばならないということです。
今後建設会社が生きていくためには規格型ではなく、多様化したニーズに応えるテーラーメード的なことが求められています。それにはやはり基本的なものづくりをもう一回見なおすこと。日本のお客様は建設会社に求めている高い技術力を提供するという意味では技術研究所をしっかりもっていなければならないのかな、合理化との間で揺れ動いているところです。
第490回二木会のお知らせ
我が国の建設業
日増しに寒さがつのる季節となりました。師走の声を聞き多事多端のことと存じますが、館友の皆様におかれましてはお元気にお過ごしのことと存じます。
戦後日本の近代化の一翼を担ってきた建設業は今、厳冬の中にある業種と言われていますが、歴史的な変革期の中で日本の抜本的な再生が求められている今こそ、美しい安全な国土、安心で快適な暮らし、活力ある都市・地域作り等、日本の再生を支えるための大きな役割が建設業に期待されています。
新しい年の最初の二木会の講師には熊谷組代表取締役社長の鳥飼一俊さんをお迎えします。鳥飼さんは、熊谷組で香港東部海底トンネル建設事業等の大事業をはじめ様々なご活躍をされた後に、2000年12月に代表取締役社長にご就任されました。建設業が実際にはどのような事をやっておりどのような課題を抱えているのか、これまでとは質の異なる新しい展開とは何なのか、海外での工事にも触れながらお話をお聞かせ頂く予定です。新年に当たり、鳥飼さんのお話を通じ、新たな世界の創造について改めて皆様と考えてみたいと思います。
多くの館友の皆様のご参加をお待ちしています。
尚、出席のご返事は1月7日必着でお願いします。
東京修猷会 会 長 藤吉 敏生(S26)
幹事長 渡辺 俊介(S38)
記
1.テーマ:我が国の建設業
2.講 師:鳥飼 一俊 氏 (昭和40年卒)
株式会社 熊谷組 代表取締役社長
3.日 時:2002年1月10日(木) 午後6時から 食事
7時から 講演
4.場 所:学士会館 千代田区神田錦町3-28
電話 03-3292-5931
地下鉄東西線 「竹 橋」下車5分
半蔵門線・新宿線・三田線「神保町」下車3分
5.会 費:3,000円(講演のみの方は1,500円)
学生及び70歳以上の方は1,500円(講演のみの方は無料)