第48回二木会

2001年3月8日(木) 於 学士会館
講師  樋口 十啓 氏 帝人株式会社483Higuchi.JPG (16424 バイト)
略歴
昭和50年 修猷館卒業
昭和58年 北海道大学大学院修了
昨年まで帝人バイオ・ラボラトリーズでDNAフィンガープリント法による親子鑑定等に携わる。

著書 1)「ヒトDNA Polymorphism ―検出技術と応用―」原田勝二編、東洋書店
     、1991年
    2)「DNA鑑定 ―その意義と限界―」下郷らと共著、ジュリスト、
     1010、10/15号、1992年
    3)「現代法律実務の諸問題」平成4年度日弁連研修叢書、第一法規出版、
     1993年
    4)“「にんげん」のはなし”餌取彰男著(著作協力)、三田出版、1994年 
    5)「民事事件におけるDNA鑑定」法の支配、第103号、1996年
 
テーマ 「DNA鑑定〜〜何を調べて、何が分かるか」 

1)はじめに
  親子であるか否かを判定する必要がある場合、従来は血液型による鑑定が主流
 であったが、現在ではDNA鑑定が主流となっています。
  このDNA鑑定に携わってきた経験をもとに、その概要をご紹介いたします。
2)DNAとは
  DNAは、Deoxyribonucleic acidの略号で、地球上の全生物に共通する遺伝物
 質で、細胞中の核内に染色体の構成成分として存在します。更に、4種[アデニン
 (A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)]の塩基と呼ばれる化学物
 質が並んで、DNAを構成し、この塩基の並び方(配列)自身が、遺伝情報となり
 ます。ヒトの場合、塩基が30億並んでおり、複雑多様な情報をコードする事が出
 来ます。
3)DNA鑑定とは
  1985年、イギリスのAlec.J.Jeffreys博士により、DNAを用いて個人を識別す
 る方法が発表され、これが世界初のDNA鑑定です。このDNA鑑定法を用いると
 、個人のDNAがユニークなバーコード状のパターンで表現され、指紋(フィンガ
 ープリント)のように個人を識別することができるという意味でDNAフィンガー
 プリント法と名付けられました。
 このDNAフィンガープリント法を改良したのが、個人を2本のバー(バンド)
 で表現するDNA鑑定法です。
 母娘父は、それぞれ2本ずつのバンドを持ちますが、2本のバンドのパターン
 (バンドの間隔)がそれぞれに特徴的であることが分かります。
 また、このバンドは、3人の遺伝子であり、メンデルの遺伝の法則に従い、
 子のバンドは、両親のバンド1本ずつを受け継いでいることも分かります。
  このことを応用して、未知のサンプルとある特定の人のDNAパターンとが全く
 一致するか(個人識別)、子のバンドから母と一致するバンドを引いた残りのバン
 ドが、男性(擬父)のバンドと一致するか(親子鑑定)を調べるのがDNA鑑定で
 す。
4)DNA鑑定の原理
  個人識別に用いることが出来る性質が持つべき条件は、・生涯不変であること
 ・個人により異なること ・全員が有するものであること の3つです。ご存知の
 指紋は、以上の3条件を満たすので、以前から個人識別の道具として用いられてき
 ました。
 DNAもこの条件を満たしますが、30億もの個人の遺伝情報をすべて調べるの
 には、十数年を要すること、ヒトのDNAに個人差がある配列が、発見されていな
 かったことにより、先述のDr.A.J. Jeffreys の発表まで、DNAによる個人識別、
 親子鑑定は実用化されませんでした。しかし、「繰り返し配列」の分析の実用化に
 より、DNA鑑定が可能となりました。
 DNA上に、ある一定の塩基配列を単位として、この単位が直列に数回から数十回
 、数百回と繋がった箇所が繰り返し配列です。この単位は、ヒトが共通に持ち、且
 つ個人により繰り返す回数が異なることが分かっています。図においては、矢印で
 示した共通の繰り返し単位をAという人物は8回、Bは5回、Cは3回有している
 ことを示しています。この繰り返しの回数を調べれば、A、B、Cの3人を識別す
 ることが可能になります。
 また、繰り返し配列は、DNA上に1箇所だけでなく、また繰り返し単位の種類も
 複数存在するので、それらを調べれば、非常に高い確率で、個人の特定が可能にな
 ります。
 実際の親子鑑定では、5種類の繰り返し単位を調べると、父子関係が否定できない
 ほとんどのケースで99.99%を超す父権肯定確率を得ることが出来ます。
5)DNA親子鑑定の応用例
  死後認知の鑑定例ですが、男(擬父)のサンプルは、直接得られませんが、
 男の実子3人から妻のバンドを引くと、擬父のバンド2本(*)を推定することが
 出来ます。このバンド2本うち1本と認知請求者である娘の真の父のバンドが
 一致するところから、擬父は娘の父と推定できます。
6)おわりに
  遺伝子研究・応用分野でのこの10年の進歩は著しく、DNA鑑定でも速く、簡便
 で、高精度な方法が、次々と実用化されて来ました。従前では、鑑定サンプルを
 新鮮血液に限定していましたが、現在は、口腔細胞(頬の内側を綿棒で軽く擦って
 採取します。)を使用するのが一般的となり、より簡単にDNA鑑定を利用できる
 ようになりました。
 しかし、その分相手に内密な鑑定を請け負う「鑑定屋」が多数出現すると言う弊害
 も出ています。(鑑定に同意しない男のタバコの吸殻や使用済みの避妊具などの提
 出を薦める業者さえいます。)そんな実情に日本法医学会はDNA親子鑑定におけ
 る指針を1999年に発表しましたが、飽くまで1学会の指針であり、拘束力もな
 く、法曹界の認知度も高くありません。倫理性を無視する鑑定屋を利用する法曹関
 係者さえいる現在、DNA鑑定を受ける側、実施する側の双方に高い倫理観が求め
 られています。
 DNA鑑定に付いてもう少し詳しくお知りになりたい方は、ティーエスエル((株)
 帝人バイオ・ラボラトリーズが改称)のホームページ
 http://www5.ocn.ne.jp/~tsl085 をご覧下さい。

          以   上

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