<第509回 二木会>

挑戦と進化の歴史 ウイダー in ゼリー

森永製菓(株) 取締役 健康事業部長 福寺 誠一氏(S43年卒)

森永製菓ができて105年。 健康事業部は1983年にでき、今年で21年目となる新しい事業部。会社のビジョンが「美味しく楽しく健やかに」であり、その中の「健やかに」を具現化するために作った事業部。
健康市場に進出したが、商品の差別化、お客様に本当に信頼されることが非常に難しいマーケット。
森永としては、安心、安全、信頼をテーマに科学的に取り組むことにした。スポーツサプリメント先進国のノウハウを吸収した事業展開をすべくジョー・ウイダー氏が創業したアメリカのウイダー社と1984年に提携した。
ジョー・ウイダー氏はボディービルの神様と呼ばれ、今でもボディービルの世界大会「ミスターオリンピア」を主宰している。かのカリフォルニア州知事になったアーノルド・シュワルツネッガー氏も何度もミスターオリンピアで優勝していて、ジョー・ウイダー氏のはアーノルド・シュワルツネッガー氏の師匠である。
ウイダー社と提携して最初に作った製品は、「プロテイン」という商品だった。最初はボディービルジムにこのプロテインを売ったのが健康事業部のスタートであった。その後トレーニングジムの経営やスポーツマンへのトレーニング・栄養指導、トレーニングと栄養に関する書籍の出版などのいろいろな分野へ進出した。
4トン車くらいの筋力測定器を積んだトレーラーで、高校の野球チームを廻って直接選手たちの筋力測定をしてアドヴァイスしながら売っていた。指導したチームの中から多くの甲子園出場校がでた。

サプリメント(栄養補助食品)を摂るだけでは健康にならない、本当の健康は
1、 バランスの取れた食生活
2、 トレーニング
3、 アクティブな思考
の三つが必要。これが当初からのビジョンだった。ビジョンから外さない、ビジョンに基づいた事業展開が大事だった。

事業部としての損益(赤字)が膨らんで、社内では大変だった。10年目の事業部存続の危機に際して開発されたのがウイダー in ゼリーだった。
トレーニング指導やサポートしていたトライアスロンの選手たちから出た下記のような切実な要望から生まれた。
・水なしでエネルギー補給できる
・腹持ちが良い
・リキャップできる(飲み切らなくても良い)軟包装材
・美味しい(ゼリー状の商品)
当時は、スポーツ店、フィットネスジム、アスレチックジムだけで販売していた。評判が良くて、事業存続が可能だと思えた。
「水の要らないカロリーメイト」と言われ、コンビニエンスストアからの取り扱い依頼が来たが、最初は商品の供給体制が整っていなかったのと、値段の高い健康食品がまだ売れる状況ではないということで断っていた。

‘94年11月それでもコンビニエンスストアからの引き合いが強かったので、コンビニへも販売し始めた。最初はなかなか売れず継続販売の基準週販(一週間あたりの平均販売個数)、に達しなかったが、そのコンビ二は商品の可能性を信じて置き続けてくれた。商品の良さを伝えるために無い金を捻出してTVコマーシャルをかけた。
TVコマーシャルについてのエピソード
‘95年の3月、4月、5月に、地区限定TVコマーシャルで影響をテストしてから全国に流した。
地区限定TVコマーシャルの効果が出たので、‘95年夏に首都圏で大々的にTVコマーシャルを流すことにした。
・プロテイン、炭水化物(エネルギー)、ビタミンの3種類の製品を販売していた。
  ・生き生き働いているOLのエネルギー補給というイメージのCMを考えた。女性に共鳴感を与えれば男性も買ってくれるという戦略だった。
  ・キャッチコピーは広報代理店の社長が考えた「10秒で摂れる朝ごはん」
  
‘95年7月の首都圏発売当初から、猛暑もあって爆発的に売れた。しかし販売数が生産数を上回り、売れ過ぎて品切れを心配することになった。嗜好品は売れてから一旦品切れさせてしまうと折角ついた顧客が離れていってしまうので、首都圏で品切れさせないために非常に苦労した。品切れを防ぐ為に販路を絞ったりして、社内での反発を買ったりもした。
商品増産のための包装材料の確保にも苦労があった。あるメーカが特許を持つ特殊包装材料を使っていたので、そのメーカーに当社に最優先で材料供給をお願いた。結果的に他メーカーが参入しにくくなった。協力工場にも生産ラインの増設をしてもらった。小さな優良企業には大きなリスクであったが、何とか承知してもらった。‘95年のうちにようやく増産体制が整った。協力していただいた取引先のためのも絶対この商品を大きく育てようと誓った。

‘96年予算設定の難しさ。
‘96年に、超強気の予算を立てたが、売る側の営業は全く新しい、しかも良く訳のわからない商品を大量に売るような予算を押し付けられても、なかなかモチベーションを持てずに困った状況になった。打開策に、当時の全国のセールスを一箇所の工場に集めて全国戦略ミーティングなどを開き、商品の重要性を解き、どう育てて行くかなどを討議したりした。
売れる場所をたくさん作り、商品の回転数を上げることが売り上げの向上につながるので、拠点数に目標を設定して管理した。

売り方の基本
  拠点数 X 販売個数 X 単価 = 売り上げ
特売費より広告費(Push型でなく、Pull型の売り方)

たまたまあるコンビニのアルバイトさんが、チルド台の売り場にウイダー inゼリーをに置いてくれたら、冷たく冷えたのが飲めて、それが口コミで売れ行きが伸びたので、本宅はカロリーメイトの横で別宅は冷凍ケース売り場という二箇所陳列をお願いするようにした。
商品が陳列棚で倒れてしまって見えないという売り場の苦情から、販促会社さんの「倒れない販売台」という工夫が生まれた。コンビニでも受け入れてもらえて全国展開した。この倒れない販売台は特許申請していたのに、すぐに他社に物マネされて強く苦情を言ったこともあった。
商品6個入りの段ボール箱に、商品の機能を訴求するようなPOPを封入したものを流通させるという常識破りの販促方式もとった。
‘97年から売り上げは順調だったが、‘98年には踊り場が来た。‘03年は競争各社が対抗する製品を投入したため、売り上げが落ちた。
‘98年にはお客様の声を反映しキャップの改良などを行った。嚥下障害の方にも喜ばれ、また、病院の患者さん方にも喜ばれた。

私の考える「事業の成功に欠かせないもの」は“想い”と“意志”である。どうしてもこの製品を成功させるという熱い想いや、製品を育てる強い意志が無くては成功しない。包装材料の件や存産体制作りの件など、自分たちのこの製品に掛ける想いや意志が業者さんに通じた結果だと思う。 
修猷館での熱い想いや伝統を3年間経験できたことが、これらの成功に結びついていると思う。

以上。


      講師を紹介する音成 正人 氏                  講師の福寺 誠一 氏


第509回 二木会のお知らせ

挑戦と進化の歴史 ウイダーinゼリー
 

 明けましておめでとうございます。館友の皆様におかれましては清々しい新年を迎えられたこととお慶び申しあげます。
 さて、2月の二木会は、森永製菓(株)取締役 健康事業部長の福寺誠一さん(昭和43年修猷館卒業)を講師にお迎えし、「挑戦と進化の歴史 ウイダーinゼリー」をテーマにお話しいただきます。


 

ウイダーinゼリーは、チアパックゼリー飲料という新しい食品分野を作りだしました。そして発売以来10年を経た今も進化を続け、大ヒット商品となっています。福寺さんはこの新商品の開発に8年半関わってこられました。このような新しい商品カテゴリーの開発に当たっての発想、広告、資材調達、設備投資など、様々な面から具体的なエピソードを交えての臨場感あふれるお話が伺えるものと思います。
  多くの館友の皆様がご参加下さいますよう、心よりお待ちしております。
尚、出席のご返事は2月9日(月)必着でお願いします。

東京修猷会 会 長 藤吉 敏生(S26)
      幹事長 渡辺 俊介(S38)


テーマ  挑戦と進化の歴史 ウイダーinゼリー    
講 師  福寺 誠一 氏 (昭和43年卒)
 
森永製菓(株)取締役 健康事業部長
日    2004年 2月12日(木)  午後6時から 食事
                   
  7時から 講演
※お願い:食事を申し込まれた方は、遅くとも6時30分までにお越し下さい。
場    学士会館 千代田区神田錦町3−28
           電話 03-3292-5931
  地下鉄東西線        
「竹 橋」下車5分
  半蔵門線・新宿線・三田線「神保町」下車3分
会    3,000円(講演のみの方は1,500円)
 学生及び70歳以上の方は1,500円(講演のみの方は無料)



次回の二木会に多くの館友のみなさまのご参加を心よりお待ちしております。