「EUの経済統合と中・東欧諸国の加盟」

中央大学経済学部教授 田中素香 氏(昭和38年卒)
2005年5月12日 学士会館

はじめに
 EUの勉強を始めてから27,8年になる。始めは勢いがなかったEUだが、世界情勢の変化のなかで、西ヨーロッパの統合から旧ソ連圏を含めた地域へと拡大の一途を辿っている。
 20世紀は戦争と革命の世紀と言われるが、戦争の根底には植民地争奪という帝国主義が存在する。それを克服する運動が二つあったのではないか。一つは、共産主義により資本主義を否定し帝国主義を克服するというソ連の道である。
 そしてもう一つは、真の敵であるイギリスの植民地解体をねらいとした、自由貿易主義による帝国主義の解体というアメリカの道である。この二つが超大国となって、戦後冷戦体制を形成する。
 戦争で疲弊した西欧諸国は、フランスが西ドイツを取り込む形で西欧の復興に乗り出した。それが経済統合の道である。社会の考え方として、アメリカは競争原理による社会、ソ連は完全雇用と福祉という路線をとるなかで、西欧は市場経済をとるけれども福祉を重視する、という第三の道を歩むことになった。

1.EUの経済統合について
 フランスの理念と、西ドイツの経済支援で統合が深化していく。
1952年、フランスとドイツの不戦体制として、戦略物資である石炭・鉄鋼に対して石炭鉄鋼共同体が結成された。域内で自由貿易圏を作る形で行われたが、これがうまくいった。そして50年代後半からはアメリカとイーブンで競争しなければならなくなり、68年に関税同盟が完成し、対外共通関税が採用された。ところが、70年代は石油ショック、ナショナリズムの台頭による仏独の関係悪化、英の加盟により統合への動きは停滞する。
 その後、80年代のEUは単一市場形成に向かう。域内で徹底した自由競争を行い、ヨーロッパでの財・サービス・資本・人に関する単一市場を作り日米に対抗する路線に出る。これも心配されたが計画通りに進み、93年に単一市場がスタートした。
 そのあと90年代を通じてユーロが準備される。イギリスなど一部の例外はあるが、ユーロの導入により、経済統合は完成することになる。
 EUはスタートした時点から米ソへの対抗が課題である。
73年に6カ国からイギリス・アイルランド・デンマークが入って9カ国となる。イギリスが入ったことに大きな意味はあるが、仏独への対抗意識から新たな問題も生み出した。81年にはギリシア、86年にはスペイン・ポルトガル、ソ連崩壊後の95年には中立国だったスウェーデン、オーストリア、フィンランドが入る。
 ソ連崩壊後、EUがヨーロッパの秩序の中軸となり、どこへ向かうかわからないロシアの介入を阻止できる体制を作っていく。04年の第5次拡大では25カ国となり、もはやそれまでの西欧の統合から、ヨーロッパの統合という形になった。
 さらに07年にはブルガリア、ルーマニアが加入予定であるし、その他にも加入を希望している西バルカン、トルコ、ウクライナ、等々や、未加盟を続けるスイスやノルウェーの問題もある。

2.中・東欧諸国の加盟プロセス
EUへの加盟条件としては民主主義、市場経済、EU法の受け入れ、などのプロセスを経なければならない。
 04年に加盟した10カ国の経済力は、あわせてもEU内に占めるオランダ1国分のGDPしかない。金融サービスは未発達で、低賃金、株式市場の未発達など多くの問題を抱えているが、労働生産性は比較的高いといえる。
EUは中・東欧諸国を入れるために欧州協定を作り、加盟指導と援助を図るとともに、FTA(自由貿易協定)を結んだ。FTAが完成した2002年には加盟の準備はできあがっていた。
日本と中国などとの関係のように、企業が積極的に中・東欧諸国に進出しているが、中心は繊維産業ではなく機械産業である。大企業の進出により現地で生産してEUに輸入されていく形で、双方向で急激に貿易が伸びている。
1994年から、中・東欧諸国の経済は貯蓄不足を海外からの直接投資で埋めるパターンで回復した。90年代後半にはEUよりGDPで年率で1.3%ポイント高い成長率を示し、雇用は伸びないが、生産は着実に伸び、EUにキャッチアップする形での成功をおさめた。
ブルガリアとルーマニアはインフレで加盟が遅れるが、10カ国は昨年加盟を果たした。

3.中・東欧諸国の加盟後の問題
 社会主義の国を受け入れたことで、問題はいろいろな所で出て来ている。
プラスとしては安い賃金で教育水準の高い優秀な労働者が得られることである。しかし例えばドイツでは、ものすごい勢いで企業が流出する一方、労働組合への賃金低下圧力による労働条件の悪化といった問題が起きている。労働者は自由には移動できないが、7年後は可能であり、現在でも、中・東欧諸国の国々がサービス会社を作るという形での抜け道がある。このような問題から、仏独の中・東欧諸国への感じ方が良いとは言えず、特に労働者では悪化している。
第三の道モデルもまた動揺している。外からはアメリカのグローバリゼーションの揺さぶり、中からはイギリスモデル、それに中東欧諸国が絡んで、EUとしての社会モデルが狂ってきてはっきりしなくなっている。
中・東欧諸国側からみると、キャッチアップはEUからの予算も入り利点もあるが、西欧企業による産業支配が進んでいる。農民の所得は上がったが、製造業・金融業・サービス業などの産業が支配される状況となっている。
 また、首都と地方の格差、西ヨーロッパに近い国より遠い国の方が低所得・高失業率という地域問題や農業問題も、EUが援助をするだろうがまだまだ残っている。
さらに、中・東欧には英独仏の被支配地域だった歴史から来る複雑な感情が残り、決してそれらの国々にいい感情を持てないでいる。逆に歴史的な問題がないアメリカに対して親近感を持っているのである。

4.EU25(27)について
EUを引っ張ってきた仏独の成長率は低い。特にドイツは低成長に悩まされている。強い経済力と強い福祉、といった今までの路線は揺らいでいる。これにユーロにも加盟していないイギリス、北欧がどう動き、中・東欧諸国はどう絡むのか。
 昨夏、若いリトアニアの政治家にインタビューしたところ、我々はブリティッシュモデルで行くとはっきり言っていた。仏独の立場は難しいものがある。
 EUとしてはヨーロッパの権益の拡張ということから大欧州経済圏をめざし、できればトルコを加盟させ、地中海圏からアフリカ、旧ソ連圏までをひきつけたいと考えている。
 また、昨年からBRICs(途上国の大国、ブラジル・ロシア・インド・中国)が話題になっていて、対米関係からEUはロシア・中国を重視し、日本を軽視するようになった気がする。中国には特に肩入れし、自分たちの味方にすべく細心の注意を払っている。日本の中国への対応は考える必要があるのではないか。しかし、黄禍論に根ざした中国に対する警戒感も確かにあり、その場合はインドとASEANと組んでいく、いよいよとなればアメリカと組み欧米連合、と、彼らは非常に戦略的に考えて動いている。
 20世紀、EUは経済統合をうまく進めることが出来たが、現在は世界中で地域主義が進んでいる。東アジアは地域として形成されているとは言えないが、ヨーロッパはEUを軸に地域として形成されたものの、このようにさまざまな問題を抱えている。30国ともなるとミニ国連とも言われ、経済統合は頭打ちとも言われる。政治統合が大きな課題だが、イギリスでEU憲法条約が拒絶されたらどうなるか、その前にフランスで拒絶されるとどうなるか。20世紀の仏独主導のモデルが現在は当てはまらなくなっており、その先をどう建て直すかは見えない。  社会主義国は今までの「困る」諸問題を隠してくれていた気がする。グローバリゼーションになって、数百年前からのいろいろな問題が表に出てきて、一筋縄では行かない難しい状態になってきているのである。


「EUの経済統合と中・東欧諸国の加盟」

 桜があっという間に満開になり、春が駆け足でやってまいりましたが、皆さん花見はされましたか。
 さて、5月の二木会は、中央大学経済学部教授でいらっしゃいます田中素香そこうさん(昭和38年卒業)を講師にお迎えし、「EUの経済統合と中東諸国の加盟」をテーマにお話いただきます。
 EUは1951年4月に欧州石炭鉄鋼共同体として6カ国が調印したのが始まりです。2004年5月には新たに10カ国が加わり、総勢25カ国の大欧州圏が構成され、今後も拡大が見込まれています。EUは統一通貨としてユーロを導入し、経済の繋がりがより強固になり、世界経済の中でも発言力が次第に強くなっています。
 30年にわたるEU研究の第一人者でいらっしゃいますので、EUの現状とこれからを興味深くお話いただけるものと思います。
 尚、出席のご返事は4月6日(金)必着でお願いします

東京修猷会 会 長 藤吉敏生(S26年卒)
幹事長 渡辺俊介(S38年卒)

1.テーマ EUの経済統合と中・東欧諸国の加盟
2.講師 田中 素香 氏 (昭和38年卒)
中央大学経済学部教授。EU研究の第一人者
3.日時 2005年5月12日(木)
午後6時 〜 食事、  午後7時 〜 講演
※食事を申し込まれた方は、遅くとも6時30分までにお越しください。
4.場所 学士会館
 千代田区神田錦町 3-28
電話 03-3292-5931
地下鉄東西線
 「竹橋」下車5分
半蔵門線・新宿線・三田線
 「神保町」下車3分
5.会費 ・3,500円
  (講演のみの方は1,500円)
・70歳以上および学生の方は2,000円
  (講演のみの方は無料