<第508回 二木会>

これからの技術開発政策について

講師:経済産業省産業技術環境局長 小川 洋 氏(昭和43年卒)
 ただいまご紹介頂きました経済産業省の産業技術環境局長の小川でございます。
新年の一回目の会合でこういう機会を与えて頂きましたことを大変光栄に思っております。ご紹介にありましたように産業技術環境局長という肩書きでございますが、産業技術とそれから基準認証、ISOやJISマークといった認証制度に関わる事、それから公害問題・地球環境問題といった環境問題、この三つの大きな政策分野を抱えておりますが、それぞれ係わり合いの深い仕事でございまして、そのシナジー効果を何とか高め、成果をあげたいと仕事をしているところでございます。
今日は産業技術政策についてお話をさせて頂くと共に日本経済の現状についてもご報告させて頂きたいと思います。

 それでは、まず足元の日本経済の現状でございますけれども、去年の12月18日に出た政府の月例経済報告によりますと、景気の基調は持ち直しということで、設備投資は増加、企業収益の改善が続いている、輸出は緩やかに増加、生産は持ち直し、個人消費は概ね横ばいで底堅さが見られるようになってきている、雇用情勢は依然として厳しいものの持ち直しの動きということでございます。
 経済産業省は鉱工業生産指数という統計を毎月出しておりますが、わが国の景気の動向と鉱工業生産動向とは過去の経験からいって大体パラレルで動いています。従って、景気のことを考えて頂くときには、鉱工業生産の動向というものに着目していただきたい、ということが申し上げたいことの第一点でございます。
 景気動向は、今12月は「景気は持ち直している」、11月は「横ばい」なのですが9月は「持ち直しに向けた動きがみられる」等、その景気判断のところは非常に微妙な細心の注意で表現されております。ある種、算数・数学の世界から国語の世界に移り変わっているという印象を私は持っておりますが、そういう形で景気判断を示しているわけでございます。
先行きでございますけど、後から申し上げますようにアメリカ経済やアジア、特に中国・タイ等は良いわけです。それからヨーロッパも持ち直してきておりますし、イギリスは調子が良いわけでございます。海外の景気が回復する中で景気上向きの動きが続いていくものだと思っておりますが、一方で、株価・為替レートの動向には引き続き注意する必要があるということでございます。

 個々の主要な指標についてご説明申し上げたいと思います。
 先ほど申し上げました鉱工業生産ですが、11月は3ヶ月連続の上昇ということで生産が増えているということであります。在庫循環は在庫の積み増し局面に入っています。先行きでございますが、1月はまた鉱工業生産はプラスだと予測されています。
 横軸が生産の前年に比べての増減、縦軸が在庫としますと、第一象限は右の上でございますが、生産が増えて在庫も前年に比べて増えるということです。どういうことかといいますと、将来の需要が増加することを見込んで在庫も増やしてゆく、その為に生産も増やしていく、45度線の右側の世界はそういうことです。従って、先行きの需要の増加を見込んで生産を増やす、在庫も増やす、これが一番調子が良いわけです。そこから段々需要が落ちてゆきますと、在庫が増え、生産を落として左側にまわってゆくわけです。ですから、反時計回りに大体回転をしてゆくということでございます。
 この第1象限にありました2000年の第4四半期からみますと、ずっと左に回転いたしまして今ぐるぐると回って2003年の第1四半期、そこから第2四半期・第3四半期と生産はずっと増えてきておりまして、積み上がった在庫がどんどん減ってきているわけです。ということは、需要がついてきているわけで、生産を増やして需要が伸びているから在庫も減ってきている、そういう状況ですから、先行き生産は案外強いのではないかと思われるわけであります。

 それから、2番目、設備投資でございます。
 GDPの中で大体十数%のウェイトを設備投資が占めていますが、大企業の製造業を中心に致しまして設備投資は大きく伸びてきております。大型の設備投資の例として、新日鉄君津・大分の高炉改修の投資でありますとか、東芝の300ミリウェハー対応の半導体製造ラインを大分工場でやられるとか、トヨタのニューモデル対応と、いろいろ動いてきております。過去の実績でも設備投資が伸びてきているということがおわかりいただけると思います。
 更に中小企業でも設備投資が今回の調査ではプラスに入ってきているということが注目すべきことです。それから、非製造業についてもプラス幅が広がってきています。製造業/大企業が中心のものが非製造業/中小企業にどうやって波及させてゆくかが、今後の課題ではないかと思っております。これまでなだめすかして使っていた老朽化した設備を保守するための設備投資、それから更新するための設備投資が多かったのでございますが、東芝・トヨタの投資の例に見るような、能力増強の目的の設備投資がどこまで広がってゆくかが今後の一つのポイントではないかと思っております。
 そういう中で企業の経営者の判断でございますが、よく新聞で日銀短観ということで出てございます。企業の「景気が良い」から「悪い」をひいた部分ですが、プラスが多ければ良いと思っている人が多いということを示しています。いわゆるディフュージョンインデックスの考え方ですけど、先行きについては製造業を中心に業況判断は改善しております。製造業は大企業でいくと11になっているわけです。それから、中小企業はマイナス23がマイナス13、非製造業は大企業でマイナス13がマイナス9、中小企業はマイナス31がマイナス28、非製造業の景況感というのは良くないわけでございますが、悪いという人の割合が減ってきているということがいえるかと思います。
 一方、外需依存の経済成長ではないかとのご議論がありますが、まあそうでして、貿易は輸出入とも伸びてきております。地域別の貿易の伸びをみますと、全体としてプラスになってきておりますし、特にアジアが顕著でございます。地域ごとにみてゆきますと、アメリカがプラスになっております。
 それからGDPの大体6割弱を占めております個人消費ですが、2002年以降可処分所得が大きく減少している中で、可処分所得が落ちても、当然生活しているわけで、直ぐには消費のボリュームは落ちないわけです。消費の慣性効果といっていますけれども、その効果が効いて消費性向は結果として増えていった訳です。昨年10月の平均消費性向は71.6%、大体7割前後で消費性向は動いております。手取りの内、7割ぐらいは消費に回っているというのが今の家計の実情です。ここのところ可処分所得が上がって回復してきているわけですけれども、実消費がそれに伴って増えていないものですから、その結果、消費性向が低下しています。
 今後の消費を考えた場合に幾つか論点がありますが、よく指摘されておりますのは先行きの不安の問題があるわけです。将来の収入がどうなるであろうかとか、雇用がどうなるであろうかとか、老後の年金は、医療は、いわゆる社会保障の問題でありますとか、それにまつわる支出/負担がどうなるかといったこと、先行きの問題が一つでございます。
 もう一つは季節感というのが個人消費は効いております。11月の消費を見ますと気温が高めに動いたものですから、衣料費とか光熱費は落ち込んだわけです。一方で、3連休が去年は2回あったため、旅行とか外食、飲料が増えたということで、全体として11月は持ち直してきたわけです。個人消費と季節感ということで一般的に言われているのは、春夏秋冬のメリハリが効いていること、厳しく早めであること、これが個人消費が増える要因であります。
 ですから、春から暑いなと思いますと夏の需要、夏物衣料ですとか、冷房器具とかエアコンとか洗濯機とか冷蔵庫が非常に伸びてゆく訳です。今から寒くなってももう冬物バーゲンも終わっているわけですから、なかなか消費には効かない、手取り増には効かないという状況です。

 それから3番目、消費といった場合でも、買うものはあるのか、使い道はあるのか、といった議論がございます。今3種の神器と呼ばれておりますデジタルカメラ・液晶テレビ・DVD、いわゆるデジタル家電の売上は年率20%くらいの伸びを継続してきているわけです。非常な勢いで伸びております。この手のものはワールドカップが開かれるときとか、いろんなイベントがあるときに大きく伸びるわけです。今年の9月にアテネでオリンピックが開かれますが、そこを皆当てこんでいるわけです。やっぱり欲しいものはまだまだあるが、ただ今までみたいに裾野広く欲しいものが買われているかどうかというところがあろうかと思います。
 もう一つ最近の消費で特徴的なのは、いわゆる携帯電話の通信費がものすごく増えております。昨年度(14年度)は2年前に比べて倍になっているわけです。従って、お小遣い、乃至は支出の金額があまり変わらないとすれば、押しくら饅頭になっておりますから、携帯電話の通話料のほうにいってしまうとモノの購入が伸びないという状況があろうかと思います。特に若い人たちが携帯電話の通話料を高く払っていると思います。

 それから、その次に主要な指標である雇用でございます。最近、完全失業率は一進一退ですが、全体としては少しずつ良くなってきています。しかし11月の完全失業率は季節調整後5.2%ということで、10月と横ばいでございます。その中でも15〜24歳、25歳〜34歳といわゆる若年層、彼らの失業率が高いんですね。これが一つの政策課題でございます。それから有効求人倍率、0.74倍ということでございますが、この有効求人倍率は少しずつ改善しております。従って、雇用環境は有効求人倍率を見る限り、改善していると言う事が出来ます。
 雇用について、若年層の失業率が高いという点に加えて、もう一つ地域間格差について報告をさせて頂きたいと思います。ブロック別の失業率は月別の統計が出ておりませんので、四半期ごとでゆきますと去年の7月〜9月が一番新しいわけでございますが、当時7月〜9月で全国5.1%、これを上回る失業率のところが北海道/東北/近畿/四国/九州で、一方東海は自動車を中心に非常に良いわけです。そういう地域間格差が出てきているということです。
 私が近畿の通産局長をやった経験で申しますと、近畿は全国より大体1%ポイント以上高いのです。1970年の大阪万博が関西では一番ピークでそれ以降失業率はずっと全国平均より高い水準で推移していると思います。こういう地域間の格差の問題、地域の雇用の問題、経済の活力の問題というのもこれからの課題になると思います。
 若手と高齢世代、いろんな意味の世代間の問題、それから地域、大都市東京とその他地域・地方との問題、そういったところにこれからの課題が2つあろうかと思います。

 以上、足元の経済のいろんな指標がある中で、今後の話でございますが、政府経済見通しでは、15年度は実質GDPが2%増、それから16年度は1.8%と政府は見通しています。12年度は3.0%だったわけですが、公需(公共事業、公共投資)もプラスの寄与度がありました。そこが13年には落ちまして、その後ずっと落ちてきて公需寄与度がマイナスとなる見通しであります。先ほど申し上げました世界経済の回復、それから企業部門、設備投資・個人消費と民需中心とする内需が増加して緩やかに回復をするということでございます。
 ここで申し上げたい事は、平成14年度の10月〜12月から平成15年度の7月〜9月の4期連続ですが、公需はマイナスなのです。それで民需でもってこの4期連続稼いで来ているのです。そういう意味で、経済成長のパターンというものが今の内閣の下で変わりつつあるかどうかということを、これから見てゆかなければならないと思います。
 それからこのGDP成長率が今年度2.0%、来年度1.8%というところですが、民間のいろんな機関の予測をみておりますと、十数機関で平均しますと1.98%を来年見込んでおります。幅は1.4から2.8まで、2.8%まで実質成長率をみておられるという方もいらっしゃいます。その内、内需寄与度が1.02%ですから、大体民間の機関の予測も内需中心のプラス成長2%前後みておられる方が多いということではないかと思います。
 それから、そういう中で、懸念材料、気がかりな点を幾つか申し上げたいと思います。為替や株価、それから金利の動向ということを一つ加えなければなりません。円は、今日4時前で106円14銭といったところで動いておりましたから、106円台だろうと思いますが、ちょっと円高になっていたかもしれません。それから株価でございますが、今日の終値は10,837円65銭ですが、昨日より79円83銭プラスになっています。そういう、為替、株、特に輸出企業の企業収益を為替の水準が規定するところがありますので,そこのところが今後どう動いてゆくかということがあろうかと思います。このへんは今後みてゆかなければならないということで申し上げたいと思います。

 しからば、アメリカの経済がどうなっているのだろうかと、纏めてみました。
アメリカ経済の今後の見方でございますけれども、個人消費が経済を下支えているうちに設備投資が持ち直して経済全体が回復軌道に戻ると、これが大方の見方ではないかと思っております。雇用の問題が色々指摘されておりますが、雇用者が増えてきているわけです。ここのところ雇用者数が増え、失業率が下がって、それと裏腹ですが、失業保険の申請件数は確実に減ってきているということであります。アメリカで雇用者数が増える/減るといったときには、失業保険の申請が40万件を超えるか否かが分岐点だと言われております。それが下回ってきているわけでございまして、雇用は増えているということが言えるかと思います。そういう意味でアメリカの経済は回復するのではないかと、その期待が強まってきているわけであります。
 アメリカでよく使っています、ブルーチップと言う、五十数社の民間機関の予測を平均したもので推計した平均成長率がございますが、4%を超えるところから3.7%ぐらいといったところが平均でございます。低くて2.7から4.6という幅でございます。それから主要な機関のアメリカの今後の成長率に関する見通しにつきましても、4.2とか3.8とかそういう高い成長率を見込んでいる機関も多いということで、アメリカ経済は今年は何とかなるのではないかというのが大方の見方ではないかと思います。
 いずれにしましても、さっき言いましたドルのレートの問題など、よくみて行く必要があります。アメリカの株も当然みて行く必要があります。

 そういった環境に日本経済はあるわけですが、この経済をどうやって活性化し、産業の競争力を回復し豊な国民生活を実現する、日本の国力に合った国際貢献をしてゆく為にどうやってきちっと経済をまわしてゆくか、そういうことを考える場合に技術というのは一つの解決のポイントになるのではないかとそういう思いがしているわけであります。
 以下、技術について申し上げたいと思います。言うまでもないことですが、技術革新ということで考えた場合にまず技術力の強化をする、それからそれを実用化、事業化をするということは、日本の産業の競争力を強化する、基盤が強まる、パフォーマンスが良くなるということです。それから足下で行きますと、経済の活性化を図る上では、投資といった意味でもプラスになるということでございます。
 技術の役割ということで経済成長に対する役割を纏めてみますと、年別に成長をもたらした要因が3つございます。労働と資本と全要素生産性と書いてございますが、全要素生産性−これが技術革新・技術進歩の寄与度になるわけでございます。これはずっと高度成長期を通じて現在に至るまでプラスで来ておるわけであります。
 労働のところはご承知の通り人口動態、これから生産年齢人口が減っていく、それから総人口も減っていくそういう状況の中で、人口増加、それによる労働力投入、女性の労働力と高齢者の社会参画もありますけれども、全体としては伸び悩みます。
 それから資本投入につきましては、貯蓄率が全体として減少している傾向にございまして、労働・資本のインプットが期待できない中、技術革新を頑張っていかないと経済成長はなかなかうまくいかないということがお分り頂けると思います。
 それでは、その技術開発・技術水準について、今日本はどの辺にいるのかということについてざっと申し上げます。スイスのジュネーブにあります世界経済フォーラムが競争力レポート、彼らが各国のデータや独自のアンケート調査で評価しているもので、ある種決めつけという感じもしないわけではないですが、ランキングを毎年発表していますが、これによると競争力の成長性に関する日本の総合順位は11位でございます。アメリカは2位です。1位がフィンランドです。これについては経済の規模とかノキア社等があるとか、そういう議論があろうかと思いますが、ビジネスの競争力、日本の総合順位は13位ということになってございます。この競争力の成長性について内訳を見て頂くと分かりますように、技術と公的制度とマクロ経済環境と3つ書いてございますが、技術は5位になっているわけで、それはイギリスやドイツやフランスに比べて遥かに高いところのレベルに付けられている訳です。
 一方で、公的制度とかマクロ経済環境というのは、例えば財産権の保護が十分かどうかということとか、財政赤字がどれだけ大きいかとかそういった指標はあまり高くないわけです。
 日本は競争力の成長性の総合順位は上がってきています。しかしビジネス競争力の方は下がってきています。それから技術に関する細目の順位では2つ申し上げたいと思います。企業がやっぱり強いと評価が高い、企業のイノベーション/新技術の吸収意欲/企業研究開発/アメリカの特許をどれだけ取得しているか、そういうところは日本は非常に高いわけです。一方で、大学の質/産学間の共同研究、それからちょっと切り口が違いますが、数学/科学の教育の質と、いわゆる教育と大学とか教育機関の研究のレベルとそのやり方というところの評価が低いということが言えます。それから技術全体は4位ということでこれは高いわけであります。これが今後の課題を考えていく上での一つの参考になろうかと思います。
 それでどういう問題があるか、先ほど、経済成長における技術革新の役割が大きいと申し上げましたが、研究開発の投資は、日本は他の国に比べて多いわけです。研究開発投資がどれだけ多いかということと、技術進歩がどれだけ経済成長に寄与しているかということですが、日本は研究開発投資が伸びている割にはそれが経済成長に繋がっていないと言えるかと思います。
 どうしてそんなことになるのだろうかという点を考えてみたいと思います。研究開発投資の絶対レベルを見ていきますと、わが国の研究開発投資は95年以降一貫して増加してきております。2001年では16.5兆円です。研究開発投資の対GDPは89年以降主要国中で最高水準を維持し続けてきておりまして、2001年度は3.29%の投資をしてきているわけです。研究費のみならず、研究者数、或いは特許の登録件数が人口とGDPの割合と比べて非常に高い水準にあります。それだけやってどういうパフォーマンスになっているかということですが、日本の技術力はどの分野が優位か、強いかということに関連して、経営者の方々にアンケート調査をしたものと、技術者/研究者の方々にアンケート調査をしたものを比べてみます。
 日本の経営者が日本が技術的に優位だと思っていらっしゃるのは、情報家電が大いに優位、それから製造(ものづくり)のところは少しだけ優位、あとは大体同じですが、バイオや通信そういったところが弱いという風に思っておられるわけです。これを、研究者/技術者/現場の方々にお伺いしますと、「材料・プロセス技術・製造技術」、それから環境関連技術については同等だと思っておられるようですが、あとは大体アメリカの方が優位だと思っておられる方々が多いということが言えると思います。
 これをどうやって埋めてゆくかということであります。
 こういう中で政府の科学技術における役割というのは、一般的にはリスクが高くて経済的に民間企業がやりたくてもなかなかやれない分野、科学や基礎技術の分野、環境とかエネルギーといった政府の役割が強く求められている社会的/国家的要請のある分野、そういった分野に求められると思いますが、その中でも特に近年は世界各国ともそれぞれ自国の産業の競争力強化ということを目標に掲げまして、その科学技術分野の資金面の戦略分野への重点的な配分、制度面では、その技術開発の成果が事業化に繋がるような制度改革/仕組み作り/システム開発をやってきているのです。ある意味で制度作り、或いは制度間、各国間の競争が非常に厳しく激しくなっていると考えております。その中で、日本国では文部科学省が基礎研究中心に、我々は産業競争力強化の観点から研究開発、その事業化といったことをやらせてもらっています。
 日本政府の全体的な科学技術の進め方に関する憲法みたいなものとして、第2期科学技術基本計画がございます。2001年から2005年までの計画でございますが、基本的考え方として、知の創造と活用によって世界に貢献をしたい、それから国際競争力を持って持続的発展をしたい、国民が安心・安全で質の高い生活が出来るよう、これを科学技術で確保しようということで、その為に戦略的重点化とシステム改革をやっていく、国際化を進めていくということです。
 わが国の産業技術政策の系譜は、日本の経済が全体たどってきたこととパラレルになるということはご理解頂けると思います。戦後の廃墟の中から我々立ち上がってきたわけですが、50年代復興期、これは経済復興ということを第一目的にしまして、傾斜生産・重化学工業化・基幹産業の育成とその為の技術ということで、海外から戦略的技術を入れてきたという時代であったかと思います。
 60年代・高度成長期は先進国と同じように自分で自主技術を何とか開発してゆこうじゃないかということで、大型プロジェクトでありますとか、事業技術研究開発補助金をスタートさせた訳であります。
 70年代、高度成長華やかなりし頃ですが、環境問題・公害問題が起こってきます。それから、知識集約型産業への移行といったことがございまして、非常に技術の分野も多様化していったわけであります。そういう意味での幾つか大きなプロジェクトが走り出し、多様な先端技術を追求する時代だったかと思います。
 80年代は技術立国でやってゆきたいということで、個性的・創造的な自主技術開発をやってゆこうと、その時にアメリカは非常にへたっておったわけですね。日本はアメリカの軍事も含めたいろんな基礎研究成果を入れてきて応用する、使い勝手のいいものに変えてゆく、それでビジネスをやってゆくと、基礎研究タダ乗り論を展開されたわけであります。その結果、基礎研究にシフトし始めていったわけであります。日本の基礎技術志向がこの頃から始まったわけです。産業界と政府資金・大学と言われております担い手全体が投入しております研究開発費の中で、この頃民間は非常に基礎研究にシフトしていったわけです。貿易摩擦等もその遠因となっていると思われます。その頃、中央研究所とか基礎研究所とか各社で設けられて来たという歴史にあろうかと思いますが、それが最近また見直されてきています。
 90年代ですが、国際貢献・産業競争力の強化ということで、各国また、競争・乱戦になってきているという状況です。その為に競争力強化、技術開発が事業化・産業化に結びつくような制度改革の時代に入ったということです。
 アメリカは、今と裏腹です。80年代以降アメリカは国際競争力低下して貿易赤字に悩まされまして、非常に危機感をもって技術革新のシステム改革に着手したわけです。修猷館の先輩の笠信太郎さんが書かれた「ものの見方・考え方」という本がありまして、日本は欧米に比べて遅れているところがあるというところから始まって、同じ日本のそんなに変わらない状態で、イザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」で非常に時代環境に合ったシステムを日本は取ったから日本は非常にラッキーな国だったと言われたわけです。80年代には「Japan as No.1」をエズラ・ボーゲル教授が書かれて、日本のシステムこそが良いということになったわけです。私はちょうど81〜82年とハーバードに行っておりましたが、あの頃アメリカは非常に苦労、苦戦をし、いろんな模索をしていて、日本から留学生や研究員をたくさん迎えて、大学側もいろんな日本の仕組み・制度を学んでいました。
 その頃、今から思いますと、ハーバードのパテントオフィスの人と話しておりましたら大学での研究成果をどっちの特許にするか、研究者なのか教授なのか大学なのかですね、いわゆる職務発明とか機関特許と言われる議論です、その頃そういう議論を彼らはしておりました。
 そういうことで米国は、バイドール法とかSBIRとか、いろんな仕組み・制度・仕掛けというのを80年代から90年代にかけて打っていったわけです。それが10年20年経って今花開いているというのがアメリカの状況ではないかと思います。従って、遅れているかもしれませんが、向こうの制度で使えるもの、日本で国情に合わせて換骨奪胎して導入できるものはしていくというのが今の日本政府の考え方であります。

 繰り返して申し上げますが、今後の日本経済社会考えた場合に、少子高齢化が進んでゆきます。労働力人口が減少し貯蓄率が減るので、先ほど申し上げました経済成長を支える2つの柱が非常に弱くなる一方でアジアから追い上げられる、また、技術自体の問題としては非常に技術革新のスピードが早くなっています。それから、要素技術が高度化・複雑化する、これとは裏腹で、研究開発コストが非常に増えている。商品のライフサイクルも非常に短くなっています。半導体等ご存知の通りでございます。IT関係の一部はドッグイヤーより短いと言われておりますが、それから、企業が全体として収益を良くすると言う意味での資産効率を追求してゆくことから、いろいろ研究開発・技術開発に対する考え方が変わってきているということで、経済発展・成長という観点からの技術革新の役割が増えている。
 それから諸外国からの追上げがあると、先端を伸ばしてゆくという意味での高付加価値型の創造的な商品を開発してゆかなければならない。従来の人の背中を見てそれをうまく踏まえてより改良・改善してゆくという形ではなくて、トップランナーになっているとは思いませんが、キャッチアップ型体制の限界、それからの脱却というのが必要であろうかと。それから企業が資産効率の改善をしなくてはならないものですから、企業が全部ワンセット自分でやるのはなかなか難しくなってきているという状況がございます。
 そこで、どうなるかといいますと、2つ申し上げたい。限られた資源をどうやって重点的に配分するかという世界、それから企業も同じ事でございまして、まず選択と集中でもってコアコンピタンスといいますか中核的事業に特化してゆきます。そこにお金も人も一線級をつぎ込んで行きます。次に、それでもやっておかなければならない基礎的な部分、もっと時間のかかるやつはやらなければならないが自分では回らないといった時に大学の力を借りる、或いは共同研究をしてゆく方向に動いてゆくことになろうかと思います。

 以下、具体的な取り組みとして私共が取り組んでいるものの一端を御紹介したいと思います。一つは技術シーズを増やしてゆくため技術開発をしてゆくということが一つ、それからそれを事業化・実用化してゆく、それが二つ目でございます。そういうことで出来るだけ玉を増やしていってそれを事業化してゆく−経済の活性化に繋いでゆく、それが自律的にまわるような世界を早くつくりたいということでございます。
 それから、研究開発、今のシーズ、研究開発の成果をあげてゆくという意味でのプログラムをいま推進しているわけですが、そこで単に技術開発だけではなくてその普及・事業化も睨みながら、政策の出口/目標というのを頭に置きながら色んな施策を糾合して事業化をしてゆきたいと考えているわけです。中でも、去年からスターとさせておりますが、3年ないし5年で実用化に直結するようなプロジェクトにつきまして「フォーカス21」と銘打ってやってございます。これを拡充・強化してゆきたいと考えております。
 それから2番目ですが、企業の役割が非常に大きいので、研究開発税制を今年から抜本的に拡充強化をしております。今までは過去の5年間中、多かったときの平均額と比べて増加分の一定割合を税額控除していたわけですが、研究開発総額に着目してその一定割合を税額控除する、それも恒久的な制度として導入したわけです。

 今やっております研究開発プロジェクトの具体的事例です。一つは「人口赤血球プロジェクト」ですけれども、所謂脳梗塞や心筋梗塞といった疾患では血管が狭くなっておりまして血液が通れない、酸素を供給できないということです。従って、詰まった血管でも通れるよう、(天然の赤血球は6ミクロンぐらいだと思いますが)、これよりも小さいナノカプセルにヘモグロビンを積み込んだ人工赤血球を何とか開発できないかということでやっています。それですと狭い血管も通れるようになる、それから保存もきく、或いはウィルス感染とか血液型の心配もないということで、これも各国と競争になっていますが、いまやっているわけです。アメリカは今臨床試験に入ったところですが、小さすぎて血管の壁から漏れるという状況になっているようです。
 それから2番目は「準天頂衛星プロジェクト」です。日本は赤道上にありませんので、放送・通信に利用されている静止衛星につきましては、常に斜めの位置ですので複数の衛星を打ち上げて、必ず一つは日本の真上に来るようなあげ方をして高速移動通信や位置測定が可能になるようにしてゆきたいということでやっています。
 3番目の例として「光触媒」を挙げています。これは酸化チタンの光触媒の機能に着目いたしまして、汚れや菌を分解する作用、或いは物質の表面に付着した水が水滴にならず膜として広がる作用を使いまして、病院の床や天井に使う抗菌タイル、或いはアスファルトでNOxを吸収する、或いは家庭では壁に塗って少量の水を流すことによって外壁を冷やすといったことが可能になります。

 次に、実用化・事業化ということで大学におきます未利用技術・シーズの産業界への移転です。産学連携の推進と大学におきます競争的環境の整備ということで、35歳以下の研究者の方々に競争的資金と言いますか、提案公募型で補助金を出すということをやっています。
それから、大学の持っております知的財産を産業界に繋いでゆく技術移転機関TLO、現在36ございますが、これについて、最近ロイヤリティ収入が少しずつ増えてますが、これを伸ばしてゆく。或いはその中でも得意な分野が出てきておりますTLOについて、そこに支援を集中してやって、他のTLOを指導してゆくといったことも考えてゆきたいと思います。
 それから競争的資金に関して申し上げます。日本の国立大学は今年の4月に独立行政法人化致しますが、政府補助に頼っている部分が多い。アメリカをみて頂きますと日本と逆で、連邦政府からの競争的資金と自前の収入も含めてベースは競争的資金でやるということで、日本はベースは政府の補助でやって競争的資金はその上乗せでやっているというところとの違いがございます。これを今後独立行政法人になった場合、ベースとなる教育と研究という部分を国のお金でやって、其処から先は国の、或いは色んな機関の競争的資金を皆でいいアイデアを出して確保し、配分してゆく、そういう世界に今後なってゆかなければならないのではないかと思っています。
 それからベンチャーの支援の強化でございますけれども、大学発ベンチャーということで、大学での成果を、会社をつくって事業化をするという構想を今進めています。昨春で531社の大学発ベンチャーが出来ています。これを加速したいということで、企業が1/3を出す場合に国が2/3を出して大学と共同研究するといったことをやっています。また、中小企業のベンチャー支援ということで研究開発から事業化まで一体的に支援するため、今年新規で16年度4月からですが、予算をつけたところです。
 次は知的財産戦略の推進ということです。
 小泉総理が14年の2月に施政方針演説で知的財産立国を目指したいということを演説をされまして、それ以降、戦略会議ができ、7月に大綱がまとまり、基本法が14年の秋に通りまして去年の春に法律に基づく戦略本部が出来て新しい推進計画、その下で今やっているわけです。
 大きな柱は、知的財産をどうやって創り出すかと言う創造、それからどうやって保護するかということです。いま特許の申請は非常に滞貨が多くて、これを任期付きの審査官を雇って滞貨を一掃してゆこうということで、5年間で500名を目指そうということですが、16年度は98名今回の予算折衝で確保した処です。これからは、研究開発と知的財産と標準化(後から申します)それを一体的に進めてゆくということが大事であろうと思っております。
 その標準化ですけれども、いい技術があってもそれが商品になりそれが世界のマーケットで評価をされなければならないわけです。その為の標準化というのは非常に重要になっています。この標準化をめぐって日米欧で非常にせめぎ合っているところです。従って研究開発の段階から特許などの、知的財産と標準化というものを睨みながら戦略的にやっていこうとしているところです。
 国際標準化の成功事例として、デジタルカメラの日本のシェアは今、世界の8割以上ございますが、この家庭用デジタルカメラにつきましては米国方式とISOで棲み分けをしたわけであります。ISOでは米国は業務用になって成立したわけです。日本は当時キャノンと富士写真フィルムが大同団結したわけです。
 それから2番目のクウォーツも中国・インド・韓国とアジアの諸国と一緒になってヨーロッパと調整をして規格を取りに行き、日本の提案が生きているという形になっています。それから生分解性プラスチック、何が生分解性のプラスチックかとどうやって判断をするかというところについてはいち早く提案をしてその議長役を引き受けて、その下で各国と調整をしてゆく、そういう形で積極的に国際標準策定プロセスに参画をして、日本の規格を標準化してゆくということです。うまくいかなかった例は後でご覧になって頂ければと思います。
 あとひとつ、地域間格差という事を先ほど述べましたが、地域経済の活性化のために技術を活用したい、特に中小企業・中堅企業が地域に立地しておられますので、その関係でネットワーク作り、クラスター計画というものを、全国19地域、5千社、200大学が連携してプラットフォームを形成して技術と地域の活性化を繋ぐ努力をしているところです。
 それから技術の大事なところは、もうひとつ、人材の育成・強化というのがございます。現在、企業で技術・研究開発の成果というものを事業化し、乃至は事業化の戦略に組み込んでいけるような人材を、日本でもアメリカ並みに必要だとされておりますので、その技術経営・人材の育成、強化ということで色んなマニュアルやモデルケースを作って推進しているところです。
 最後に来年度の予算の科学技術関係予算は速報ベースで、(まだ詳細はわかっていませんが)ご紹介しますと科学技術関係予算は全体で3兆円です。前年度比0.8%増と小泉内閣では力を入れております。これ以外には、社会保障費と中小企業の予算、それぐらいしか今回の予算では伸びてないかと思います。
 私からの説明は以上でございます。
 
講師を紹介する同級生の福寺 氏                 講師の 小川 氏        


第508回 二木会のお知らせ

これからの技術開発政策について
 

 年の瀬も押し詰まり、館友の皆様におかれましても何かとお忙しい毎日をお過ごしのことと拝察いたします。
 さて、新年明けて最初の二木会は、経済産業省産業技術環境局長の小川 洋さん(昭和43年修猷館卒業)を講師にお迎えし、「これからの技術開発政策について」をテーマにお話しいただきます。


 

平成15年も、やや景気回復の兆しが見えてきたとはいうものの、未だ先行きは混沌としたまま暮れようとしています。また相次ぐ生産現場での大事故、ロケット打ち上げの失敗など、かつて先輩方が築きあげてきた世界に誇る日本の技術も曲がり角に来ていると言えましょう。一方で、日本が世界をリードする国であり続けるためには、技術開発が必要不可欠であるということが国民の共通認識となり、産官学あげての取り組みがなされようとしています。また地球規模での環境問題の解決においても日本は、世界中の国々から主導的役割を果たすことが期待されています。
  小川さんは昭和48年に京都大学法学部をご卒業と同時に通産省に入省され、内閣官房内閣審議官を経て、平成15年7月より現職に就かれました。技術大国日本復権のため、また国際社会への貢献のため、わが国の技術開発はどのような方向に進めば良いのか、政策的なご立場から示唆に富んだお話がうかがえるものと思います。
  多くの館友の皆様のご参加をお待ちしています。
尚、出席のご返事は1月5日(月)必着でお願いします。

東京修猷会 会 長 藤吉 敏生(S26)
      幹事長 渡辺 俊介(S38)


テーマ  これからの技術開発政策について    
講 師  小川 洋 氏 (昭和43年卒)
 
経済産業省産業技術環境局長
日    2004年 1月8日(木)  午後6時から 食事
                  
  7時から 講演
※お願い:食事を申し込まれた方は、遅くとも6時30分までにお越し下さい。
場    学士会館 千代田区神田錦町3−28
           電話 03-3292-5931
  地下鉄東西線        
「竹 橋」下車5分
  半蔵門線・新宿線・三田線「神保町」下車3分
会    3,000円(講演のみの方は1,500円)
 学生及び70歳以上の方は1,500円(講演のみの方は無料)